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『想いと想いを重ねた時間。 〜 羽郁 』
玖堂 羽郁(ia0862)

 いずれ、と言う話を彼女から初めて聞いたのは、一体いつの事だったか。何度も言葉と時間を重ねて、知らなかった頃の互いを伝え合う中で、何かの拍子に出てきたのだったか。
 いずれ、舞台を見に来たどこかの若君に見初められたら――かつて彼女が笛吹として暮らしていた旅芸人一座の中で、年頃の娘達はそう、夢見るように笑い合っていたのだという。いずれ、とまるで遙か遠い夢のように。
 自分の家に遊びに来ないかと、玖堂 羽郁(ia0862)が佐伯 柚李葉(ia0859)を誘った理由はもしかしたら、そんな話を聞いたこともあったのかもしれない。まるで叶わぬ夢物語を語るような彼女の言葉に、そうではないのだと伝えたくて。





 羽郁の実家、玖堂家はあちらこちらに別邸を持つ、古くから続く家柄だ。今日、羽郁が柚李葉をつれてやってきたのはそんな別邸のうちの1つ、安曇にあるお屋敷で。
 今日という特別な日の為に、羽郁は取っておきの薄青の衣に上品な梅花の香を焚き染めて、皺一つないように念入りに準備した。髪は高く結い上げて、一筋の乱れもないように。どこからどう見ても上流階級の『若君』で。
 待ち合わせた場所に、行ったらすでに柚李葉は待っていた。普段は身につけているのを見た事がない、白と水色の清楚なワンピースに、髪に結んだお揃いの白いレースのリボンを揺らして。すぅ、はぁ、と何度も大きく深呼吸して、そわそわと辺りを見回して、それから空を青いで、また深呼吸して。
 もしかして自分と同じ様に、自分のためにあの服を選んできてくれたんだろうか? そう考えて、羽郁は何だか心が浮き立つ心地になった。一番良い自分を見てもらいたくて選んだこの狩衣。彼女が同じ気持ちで居てくれたのなら、こんなに嬉しい事はない。
 だって、今日は特別な日だから。大好きな彼女を自分が生まれ育った家へと招待する、とてもとても特別な日だから。
 大きな包みを抱えた柚李葉と2人、並んで歩いて辿り着いた実家の屋敷はよく晴れた初夏の青空の下で、のしかかる歴史の重みに押し潰されることもなく、ただ泰然とそこにあった。羽郁にとってはただそれだけの、古く、大きいばかりの家だ。
 けれども、柚李葉にとっては違ったらしい。ほぅ、と小さな息を漏らして足を止めた彼女に、ほんの一歩行き過ぎてから気付いた羽郁は、くるりと振り返って尋ねる。

「柚李葉ちゃん、どうした?」
「ううん‥‥大きいな、って」

 そう、感心とも戸惑いともつかぬ声色で呟いて、また屋敷を見上げた柚李葉の頭を、ぽふ、と羽郁は優しくなでた。自分自身は生まれた時から暮らす家だけれども、初めて屋敷を訪れた者は大抵、柚李葉のような反応をする。
 だから、怖がらなくて良いのだと伝えたくて、ぎゅっと彼女の手を握った。そうして並んで屋敷の門をくぐる。
 安雲の玖堂家別邸。寝殿造りの屋敷は、これでも別邸に過ぎない。仕えている使用人だって10人程度の女房や雑色ぐらいだから、本邸にははるか及ばないのだ。
 門をくぐった羽郁の姿に気付いた古参の女房が、あら、と小さく微笑んだ。微笑み、つい、と頭を下げた。

「お戻りなさいませ、郁藤丸様」
「うん、ただいま」
「あ、あの‥‥ッ、佐伯柚李葉です、宜しくお願いしますッ」

 幼い頃から使えてくれている女房に、強いていうなら母のような気安さで声をかけたら、隣に居た柚李葉が弾かれたようにペコンと頭を下げた。よっぽど緊張していたのだろうかと、彼女の頭の揺れる白いレースを見て、それから女房に目を戻すと、こんなに女性に緊張させてとまるで怒られるように軽く目を眇められる。
 それからクスと暖かな笑みを零し、よろしくお願い致します、と幾分気安く聞こえるように告げた女房に、柚李葉がおず、と顔を上げた。その手をぎゅっと強く握って、気にしなくて良いよ、と緊張をほぐせるように声をかける。
 そうして、通り過ぎざまに女房に私室までお茶とお菓子を持ってきてくれと言いつけると、柚李葉がまたほぅ、と息を吐いた。それにつと視線を向けると、ぽっ、と頬を赤くした彼女が慌てて自分のあとを追いかけてくる。
 お土産にとくれた果物は、女房に言いつけて井戸水で冷やさせた。代わりに女房が運んできたのは、香りの良い茉莉花茶と良く冷やしてあった水菓子だ。
 今日の為に何度も叩いて日干しをしておいた円座を進めると、彼女はちょこんと腰を下ろした。そうして茉莉花茶を一口含んで、ほぅ、と少し頬を緩ませる。茉莉花茶のすぅ、と鼻を通る爽やかな香りがきっと、彼女の緊張もほぐしてくれたのだろう。
 それに、まるで自分のことのようにほっとしながら、羽郁も自分の分の茉莉花茶に手を伸ばした。そうして改めて柚李葉の、清楚に揺れるワンピースや彼女のちょっとした仕草でふわりとなびく白いレースのリボンに何とはなしに胸を高鳴らせ、柚李葉が水菓子を口に運ぶのをじっと見る。
 その水菓子も、羽郁が前日から準備をしたものだった。自分がお菓子を作る事は珍しくないことだし、柚李葉にお菓子を作ってあげるのも初めてではないけれども、それでも特別な思いのこもったそのお菓子を、古参の女房はきちんと気付いていたらしい。完成品を味見して、よし、と満足そうに頷いた羽郁に女房は『ようございましたね、郁藤丸様』とクスクス笑っていたものだ。
 特別なそのお菓子を口にして、柚李葉は「美味しい」と笑ってくれた。それにほっと胸を撫で下ろしていたら、きょろ、と彼女が何かを探すように視線をさ迷わせている。
 いつも散らかしている訳ではないが、彼女がくるからと特に気合を入れて掃除をした私室。手抜かりはないはずだけれどと、ドキドキ眼差しだけで確かめたら、柚李葉がひょいと自分を見上げてこくり、小さく首をかしげた。

「ねぇ? 羽郁さん、小さい頃の絵姿があるなら見たいな」
「あ、ぁ‥‥うーん‥‥」

 そうして告げられた言葉に、羽郁はほっとすると同時に、ほんの少し考え込んだ。絵姿はないではないけれども、彼女が見て喜ぶようなものがあったかが定かじゃない。
 けれども一先ず持ってきてみようと、断って羽郁は私室を出、隣室まで絵姿を取りに行った。ぱらぱらとめくって何枚か手頃なものを見繕う。

「こんなのしかないけど、良いかな?」
「‥‥ッ、うん!」

 あまり新しくて鮮明なものがなかったと、申し訳ない気持ちで差し出した絵姿を、柚李葉は満面の笑みで頷き、大切に受け取った。そうして古びた紙を1枚1枚、丁寧にめくって行く。
 それは幼い頃の双子の姉との絵姿だったり、父の立ち姿だったりした。どれも、本邸の絵師を呼びつけて描かせたものだ。もちろん本邸にはここにある以上に沢山の絵姿が置かれていて、別邸にあるのはわずかばかり。
 それを、楽しそうに見てくれる柚李葉に、またほぅ、と胸を撫で下ろす。そうしてにこにこと楽しそうな柚李葉の顔を見つめていたら、1枚の絵で彼女の手が止まった。

「この女性はお母さま? 綺麗で凛々しい人‥‥」
「ん? あぁ、うん、そう。亡くなった母上が輿入れされた時に描かせた絵姿だって聞いてるな」

 そこに描かれていたのは、凛とした眼差しでまっすぐに立つ姫武者だった。羽郁にも双子の姉にも面差しの似た姿は、けれどもそのどちらとも違っている。
 かつて、母は玖堂家へと継ぐ際に、白無垢を着る事を拒んだ。その理由が動き難いからと言うのだから振るっていると言うか、実に母らしいと言うか。
 そうなの? と羽郁の言葉に、柚李葉がきょとんと目を丸くした。

「お父さまとどんな出会いをしたの? 運命の様に引き寄せられたのかしら」
「んー‥‥父上が散々口説き落とした末の恋愛結婚。だから母上が婚礼に武者鎧を着るって言っても反対出来なかったらしいよ」
「お父様が?」

 ますます意外そうに首をかしげた、その気持ちは理解が出来た。日頃、父は何が起こっても動揺しないような泰然とした雰囲気があって、むしろ周りを巻き込み、振り回すのが得意なように思える。その父を振り回したのだから、母は実に凄い人だったのだと、羽郁ですらしみじみ思うくらいだ。
 そうしながら柚李葉の手元から、別の1枚を選び出す。

「玖堂の花嫁は本来はこれを着るんだ」

 そこに描かれている人は羽郁も良く知らないけれど、それもまた、と言うかそれが本来の花嫁姿。清楚で繊細な細工を凝らした花嫁衣裳は、絵姿を見ただけでも感じ入るものがあって。
 ほぅ、と彼女がまた、感嘆の息を吐いた。

「素敵‥‥」
「姉ちゃんは『寒そう』って言ってるけどな」

 初めてこの衣装の現物を見た時の、双子の姉の言葉を思い出して羽郁は、くすりと笑って肩を竦めた。絵姿からでは解らないけれども、この花嫁衣裳は薄物で仕立て上げたもので。風通しの良い布地だけれども、確かに季節を選ぶ代物ではある。
 そう言ったら、確かに彼女が言いそうだ、と柚李葉もくすりと笑みを零した。そうして憧れの眼差しに、ほんの一握りの寂しさのようなものを滲ませてまた、じっと絵姿に視線を落とす。
 そんな柚李葉を見つめながら、何故だか告白するような心地で、羽郁は大切に言葉を紡いだ。

「俺は跡取じゃないから‥‥自由に恋愛、結婚が出来る‥‥幸せな身分だ」
「うん‥‥」
「姉ちゃんが想いを遂げられなかったら‥その分、俺が幸せになろうって思う」
「‥‥‥うん」

 噛み締めるように、どうか気持ちが伝わってくれれば良いと、願いながら紡いだ言葉に柚李葉はこくり、こくりと頷いて、それから視線を落としてしまった。きっと何かを考えているのだろう、眼差しが遠くなって、心がどこか違う場所を見ているのを感じる。
 彼女がその生い立ちや、引き取ってくれた今の家族の遠慮を抱えている事は、柚李葉からも聞いて居たり、言葉の端々からも感じていた。そうしてそれ故に今でもなお、羽郁への遠慮が完全になくならないことも。
 そんな彼女の心を引き立たせたくて、殊更に明るい笑顔を浮かべた。

「花嫁になる人には、いつも笑顔で居て貰えるように大切にしたいな♪」
「‥‥うん、素敵」

 その言葉にも柚李葉は、眩しそうに目を細めて頷いた。けれどもその頷きは、決して自分自身のものとしてではないのだと、僅かに揺れる眼差しが伝えてくる。
 どうしたら、柚李葉の心の支えになれるだろう。いつもどこか不安を抱えて周りとの距離を慎重に測っているような、そんな彼女に何の遠慮もなく傍に居て良いだと、ただ傍に居て欲しいのだと本心から伝えることが出来るのだろう。
 羽郁はいつもそれを考えている。それは成功しているように思えて、こんな時、まだ足りないのだと実感する。
 それでも。

(俺は、柚李葉ちゃんをいつか、妻にしたい)

 それは飾りのない羽郁の本音で。いつか彼女が選ぶのが、自分であってくれれば良いと思って居て。そうであるためにどうすれば良いのか、いつもいつも考えていて。
 柚李葉がにこっ、と微笑んだ。それはどこか無理をしている笑みで、けれどもそれを気遣う隙を彼女は与えないまま、ぺこりと頭を下げる。

「そろそろ、遅くなったから帰らなくちゃ。お養母さんが心配するから‥‥ありがとう、お邪魔しました」
「‥‥うん。またな、柚李葉ちゃん」

 その言葉に、何かを堪えるようにぐっと奥歯を噛み締めて、それからいつもよりも力強く笑った。笑ってぎゅっと柚李葉の両手を握り締めた。
 何も心配しなくても大丈夫だから。
 そう、伝えたかった言葉が手から伝わればいいのにと、柚李葉をじっと見つめたら、彼女ははにかむように微笑みこくりと頷いた。『ありがとう』と礼を言うように。




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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /    PC名    / 性別 / 年齢 / クラス 】
 ia0859  /  佐伯 柚李葉   / 女  / 15  /  巫女
 ia0862  /   玖堂 羽郁   / 男  / 17  / サムライ

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
お届けが遅くなってしまい、本当に申し訳ございません。

お2人の大切な時間、心を込めて書かせて頂きました。
恋人同士の穏やかで、そわそわと落ち着かないような、そんな雰囲気になりました。
藤の君様はいつも真っ直ぐにお相手を見つめていらっしゃって、包み込むようにお相手を大切にされているのだな、と思ってみたり。

お2人のイメージ通りの、優しくて甘やかな時間が流れていれば良いのですが。

それでは、これにて失礼致します(深々と
HappyWedding・ドリームノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2010年07月26日

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