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『細き糸を手繰りて 』
シルヴィア・クロスロード(eb3671)&エスリン・マッカレル(ea9669)&オイル・ツァーン(ea0018)&限間 時雨(ea1968)&ルシフェル・クライム(ea0673)&リース・フォード(ec4979)

●キャメロット
 トリスタンの心臓を奪い返す手掛かりを求め、彼を救うまでは戻らないと誓って旅立った王都、キャメロット。
 しかし、この街に手掛かりがあるとなれば話は別だ。
 円卓の騎士候補である己の地位、そして、夫の地位と名声とを最大限に使って、常であれば複雑な手続きを踏まねばならない資料の閲覧、貴人と謁見する。
 決意を込めて、シルヴィア・クロスロードは己の剣を手にした。
「私は、これから紋章院に行って参ります」
 その声に、難しい顔をして書簡を読んでいたエスリン・マッカレルが弾かれたように顔を上げる。
「ん? ああ、もうそんな時間であったか‥‥。シルヴィア殿、大変だと思うが、よろしく頼む」
「はい。ところで、その書簡は時雨さんからのものですよね? 何か手掛かりでも?」
 エスリンは手元の羊皮紙に視線を落とした。
 シルヴィアの言う通り、これはアスタロトとヒューイットの手掛かりを求めて南方に赴いた限間時雨からのものだ。その内容が手掛かりとなるか否か、エスリンはまだ判断しかねている。
「時間は大丈夫だろうか?」
「後少しぐらいでしたら」
 差し出された書簡に、シルヴィアは素早く目を通した。
「イゾルデ‥‥。どこかでお聞きした事があるお名前ですね」
 苦笑したシルヴィアに、エスリンは頷きを返す。
「私の知るイゾルデ姫は、かの事件以来、姿を消されたままだ。この手紙にあるイゾルデという女性が、本当にイゾルデ姫であられるなら‥‥」
 人見知りが激しく、護衛についた冒険者達でさえも、その姿を間近で見た者は少ない。
 エスリンは、その数少ない冒険者の1人だ。
「‥‥南方に行かれるのですか?」
「確かめたい。だが、トリスタン卿がお生まれになった時、予言をした占い師の老婆も何か知っているやもしれぬ‥‥」
 惑っている様子のエスリンの手に手を重ねて、シルヴィアは微笑む。
「そちらはお任せ下さい。必要な情報を共有出来るようにと、パーシ様が用意して下さった場があります。その占い師の情報を流せば、皆様が協力して下さいます。ですが、イゾルデ姫は、間近で接したエスリンさんでなければ確認は出来ません」
 背を押すシルヴィアの言葉と、掌の温もりに、エスリンは意を決した。
「分かった。その言葉に甘えさせて頂こう。占い師について、私の知る限りの情報を書き出しておく。それを」
「皆様にお渡し致します」
 笑顔で請け負ってくれたシルヴィアに感謝を述べて、エスリンはすぐさま支度を始めたのであった。

●澱み
「うーん? この森も違うのかな」
 森の入口に小さな壷を置いて、リース・フォードは周囲を見渡してみた。
 夏の陽射しを遮ってくれる木々が、吹き抜ける風に心地よい葉ずれを奏でている。あの時、異界と澱みについて語った女性と出会った森によく似た、人があまり立ち入らない森。
「もう少し話を聞きたかったんだけどな‥‥」
「ほぉ? それで、小さき者達にせっせと貢いでおったのか」
 突然に聞こえた声に、リースは振り返り、息を呑んだ。
 優しげな容貌を持つリースだが、歴とした冒険者である。これほど間近に接近されて微塵も気付かなかった‥‥なんて事は、有り得ない。それほどにリースの近く、彼の手元を覗き込むようにして女は立っていたのだ。
「ふむ。蜂蜜酒か。わしに話を聞きたいというのであれば、わしにも貢がねばな?」
「あ、ええ、どうぞ」
 小振りの壷を差し出すと、女は嬉しそうに目を細めた。
「わしらに酒を供えてくれる者など、もうおらぬでな。今の国の金は持っておらぬしの」
「よければ、また持ってきますけど? 今度はエールとか」
 ふふん、と女は笑ってみせた。
「話を聞く代価か? まあ、いい。わしは久方振りの酒を味わえて気分がよい。何なりと聞くがいい」
「え? えーと、そうですね。まず、お名前を伺ってもいいですか?」
「スカアハ」
 蜂蜜酒を呷った女が、あっさりと答える。
「色んな伝承を調べたんです。それから、冒険者の事を知ってる様子だったので、ギルドの報告書も。貴女が遺跡で目覚めた方かどうかは確信が持てませんでしたけど、これではっきりしました。‥‥この間、話してましたよね。目覚めた貴女の同胞が地の澱みを食い止めているって。目覚めた者というのは、ルーのような古代の神の事ですか?」
「ルー? そのような者は知らぬな。わしらが眠りについた後に現れた者かの?」
 はて、と首を傾げたスカアハは、蜂蜜酒の瓶を手慰みにしつつ、考え込む。
「あの?」
「ルーとやらはよく分からぬが、お前はわしの事も調べたのであろう? ならば、目覚めた我が同胞が何者であるかぐらい察しておろ?」
 笑いながら意地悪く問い返されて、リースは頬を掻いた。
「わしも目覚めてからさほど経っておらぬ故、この世界の仕組みがまだよう分かってはおらぬ。じゃが、この地の澱みに関わる事は日に日に肌で感じるのじゃ。おまえ達が感じるようになった時には、手遅れとなっておろう。澱みが地に満ちれば、異界だけではなく、全ての邪悪なる者の封じも解かれてしまうであろうよ」
 全ての邪悪の封じ?
 物騒な言葉に、リースは息を呑んだ。
「早う、邪竜の毒を封じてしまわねばならぬ。あれの毒はあまりに強すぎる。わしらの力を全ての合わせても、消し去る事が出来なんだ。力尽きた同胞が次々と眠りについた。賢者と勇気ある者の手を借りて、封じるのが精一杯であった‥‥」
 呟かれる言葉を、リースは呆然と聞いているしか出来なかった。

●来訪者
「こんばんは」
 部屋の扉を叩く音がしたのは、真夜中も近い時間。
 寝る支度をしていた時雨が扉を開けると、そこには金色の髪の娘と、栗色の髪に印象的な紅い瞳の青年が立っていた。
「あ‥‥」
「探しましたのよ? あのお店の先に宿を取っていると聞いたので、これを説き伏せて伺ったら、もう出立された後で」
 料理屋で出会った娘、イゾルデは口を尖らせてそう訴えかける。だが、あれから何日も経っているのだ。時雨とて来るかどうか分からない彼女を待っていられるほど暇ではない。
「えーと、とりあえず‥‥入る?」
「はい」
 何の警戒心もなく時雨の部屋に足を踏み入れたイゾルデに、青年も続いた。こちらは礼儀正しく一礼をし、無駄のない動きで扉を閉めるとイゾルデの傍らに戻る。
「それで? 説き伏せたっていうのはこの人のこと? 腕の立つ護衛って言ってた人かな?」
「はい。彼はこれでも盗賊の一味ぐらいなら簡単に撃退してしまいますのよ」
 細身の青年は、力仕事には向かない身体つきに見える。相手を外見で判断してはいけない事ぐらい、時雨とて分かってはいるが。
「ですが、最近は盗賊も逃げ出してしまう程、怖ろしいものが出るという噂がありますのよ。ご存じ?」
「盗賊も逃げ出す程怖いもの? モンスターか何か?」
 尋ねた時雨に、イゾルデは声を潜めた。
「バンパイアだと、途中の村で聞きましたわ。あなたは冒険者だとか。では、バンパイアとも戦った事がおありですか? 青白い肌で、人を惑わす美しい容姿をしているというのは本当ですか? ああ、そうでした。目は赤いそうですわね。この者みたいに」
 名指しされた青年は軽く息をついた。
「お嬢様、そのような事よりも」
「ああ、そうでしたわね。それで、バンパイアと戦った事は?」
 バンパイアと聞かれて、時雨は考え込んだ。
 色んなモンスターと戦って来たが、バンパイアはいただろうか。
「あたしの冒険を最初から思い出すと1晩じゃ足りないね。いたかもしれないし、いなかったかもしれないと言っておくよ」
 無難な答えでかわして、時雨は「ああ」と付け足した。
「でも、デビルなら間違いなく」
 今は部屋の壁に掛けられてある緑の外套へと目を遣る。それは、時雨が言葉通り命がけで戦ったデビルが遺した品だ。
「まあ。そうですの? では、1夜では足りないお話を聞かせて下さいな。わたくし、あなたを雇います」
「いいけど‥‥。あんた達はどこに行く気?」
 イゾルデの宣言に、青年がもう一度息をつく。説き伏せられたと言っても、彼はまだ納得していないのかもしれない。
「ポーツマスですわ。そこに知り合いがおりますので」
「ふーん。そうなんだ」
 時雨が相槌を打つ間に、イゾルデは青年を振り返り、勝ち誇るかのように胸を張って宣言した。
「さ、これで決定ですわ。わたくし、この方とご一緒致しますから!」
 よく見るとそこそこ端整な顔をしている青年が、渋い表情をするのを気にも留めず、時雨の腕を掴んで急かす。
「そうと決まれば、今夜はもう休みませんと。夜更かしはお肌によくありませんのよ?」
「へ? ちょっと待って? もしかしてこの部屋に泊まる気?」
 腕を引かれ、立ち上がった時雨にイゾルデは天使の笑顔を浮かべて大きく頷いた。
「勿論ですわ! 一夜で語り尽くせぬお話を聞かせて下さるのでしょう?」
 早く早くと急かすイゾルデに呆気に取られる時雨に、青年が静かに歩み寄ると、彼女の両肩をがしりと掴んだ。文句か、それともお嬢様をお守りする為の何十箇条の注意事項か。負けるまいと腹に力を入れ、青年の顔を見返す。
「いいですか? もし、お嬢様に何かされそうになりましたら、大声を出して下さい。私は隣に部屋を取りましたので、すぐに駆け付けますから!」
「まあ、失礼ね。いきなり手は出さないって、何度も申しましたでしょう?」
ー心配されてるのは、あたしかいっ!?
 ぎゅうと、しがみついてくるイゾルデと眉間に皺を寄せた青年との間で、時雨は愕然としたのであった。

●糸の端
 調べ物を終えて紋章院を後にしたシルヴィアは、重い気持ちを抱えて空を見上げた。夕暮れの色に染まって行く空を、いつもであれば素直に美しいと思えるのだが、今日は遣る瀬無さが混ざった物寂しい気持ちになる。
 こんな時、太陽のように明るく力強い笑顔を見たくなる‥‥。
 その笑顔を思い浮かべて、シルヴィアは頭を振った。
「いいえ。こんな事ぐらいで慰めを求めるようでは、パーシ様の隣に立つ事も、円卓の騎士候補を名乗る資格もありません」
 きゅっと唇を噛み締めると、シルヴィアは背筋を伸ばし、胸を張る。
 これぐらいの事で挫けたりはしない。自分には本当に困った時には支えてくれる人がいる。そして、騎士たる誇りがあるのだから。
「シルヴィア殿」
「あ‥‥ルシフェル殿?」
 突然に声を掛けられ、無意識に髪や服の乱れを直し始めたシルヴィアに、ルシフェル・クライムは少々面食らった様子だ。寸前までの彼女の葛藤を知らぬ彼の目には、奇異に映ったかもしれない。
 小さく咳払いして、シルヴィアはぎこちなさの残る笑みを返した。
「そちらはいかがでしたか?」
「ん? あ、ああ‥‥。あまり良い情報とは言えないのだが‥‥。紋章院の方では手掛かりを得られただろうか」
 彼には珍しく、疲れた顔をしている。
 トリスタンに所縁のある貴族を訪ねて歩いているのだから、気疲れも相当なものであろう。
「‥‥私の方も‥‥。紋章院は貴族の紋章を管理しています。当然ながら、トリスタン卿の紋章も記録されているのですが‥‥」
 天使の島を所領とするマルクの一族の長子たるトリスタンは、その紋章を受け継いでいたが、円卓の騎士となった折に、己自身の紋章を紋章院に登録した。マルクの一族の紋章に花の図案が加えられたものだ。
 その紋章を作成、発行したのは紋章院であり、当然ながらその由来も記録されているはずなのだが。
「花の図案は主に女性が用いるもの。トリスタン卿の母君に関わる可能性もあるわけですが、その記録が抹消されていました」
「抹消?」
 頷いて、シルヴィアは担当官から聞き出した話をルシフェルに語った。
「トリスタン卿の紋章を発行された方は、もうお亡くなりになっている方だそうですが、紋章は家柄を表すもの。トリスタン卿の紋章についてもその図案となった理由が記録されていたそうです。しかし、その記録はトリスタン卿ご自身の依頼によって抹消されたとか」
 ルシフェルの眉が寄る。
 トリスタンが記録抹消を依頼した‥‥というのは、余程の理由があったのだろう。紋章は貴族にとって己の出自を示すものであり、誇りだ。
「トリスタン卿の依頼があった時期は、聖杯戦争の最中であったとの事です。消された記録についてご存じの方がいないか、紋章院でも確認して下さるようですが」
「聖杯戦争の最中? どうして、そんな時期に?」
 聖杯戦争には、彼らも参加していた。聖杯を探し求めて、それこそイギリス中を駆け巡った。記憶にある限り、トリスタンも彼ら同様、慌ただしい日々を送っていたはずだ。
「その辺りに、紋章院での記録を抹消しなければならない事情でもあったのか? ‥‥そう言えば、トリスタン卿と懇意にしていた貴族がこんな話を聞かせてくれた」
 しばし考え込んだ後、ルシフェルは口を開いた。
「トリスタン卿は、以前、その貴族に母上について話した事があるらしい。母を知る者は自分が母によく似て来たというが、自分は母の顔さえも覚えていない。知っているのは、伯父から聞かされた話と名だけだと」
「母君のお名前‥‥。それが分かれば!」
 ゆっくり、ルシフェルは頭を振る。
「その貴族は名前までは聞いていないそうだ。ただ、母上は妹と共に役目を得て故郷を出た。そして、その先でトリスタン卿の父上と出会い、卿が生まれた。‥‥卿が生まれた時に予言を受けたという話は?」
「伺っています。「名誉を得る」ことと「禁断の恋に落ちる」こと‥‥ですね」
 ああ、と肯定を返し、ルシフェルは目を細め、口元を引き上げた。
「トリスタン卿が、いつも一歩退いて女性と接していたのは、女難のせいばかりではなかったというわけだ。それは余談だが、母上はその予言を受けた後、生まれたばかりの卿に「トリスタン」‥‥哀しみの子という名をつけ、マルク殿の元に送ったのだという。卿は、そのすぐ後、母上が亡くなったと聞かされたらしい。唯一の手掛かりである母上は亡くなられているかもしれんが」
 ルシフェルの話を頭の中で整理していたシルヴィアがあっと声をあげる。
「そうだ。トリスタン卿の紋章に描き加えられた花の図案が母上に関わるものである可能性が高い。ならば、その記録を消したトリスタン卿の行動は、何の意味を持つのだろうか」
「母君に関わる事に行き会った。そして、理由は分かりませんが、母君との関係を知られる事がないよう、紋章院の記録を消した‥‥と?」
「卿がおられぬ今は、推測に過ぎないがな。そして、もう1つ手掛かりも出来たわけだ」
 ルシフェルの顔に不敵な笑みが戻った。切れかけた糸を繋ぎ止めた。
 その感触を確かなものだと確信して。

●人と魔の狭間
 静まりかえった廃墟の中で只1人。ここでデビルが1匹や2匹現れてくれたなら、まだ気が楽だ。
 オイル・ツァーンは苦笑しつつ、瓦礫の中を注意深く歩いていた。
 崩れた壁と館。もう何百年も昔からここが廃墟であったかのような錯覚すら覚える。けれども、ここはあの日まで確かに館が存在していた。あの惨劇が起きるまでは。
「何か痕跡でも残っていれば良いのだが‥‥」
 足下の瓦礫に色が混ざっている事に気付いて、オイルはそれらを丁寧に退かしていった。色のついた瓦礫は、フレスコ画の残骸のようだった。恐らく、この辺りに広間でもあったのだろう。
「イゾルデ姫がアスタロトだったとしても、ユーリアやヒュー、そしてモロルトと部下達が人の暮らしをしていたはずだ」
 ジェラールは言った。
 ヒューが何を思ってデビル側についたかは分からないが、彼がルクレツィアに危害を加える事はない、と。
 例え、アスタロトの命であっても、有り得ないと断言した。
 ヒューの身体に流れる血の宿命だ。
 ルクレツィアの命令は七大魔王たるアスタロトの拘束力をも跳ね返す‥‥という事だろうか。
 だが、気になる。
 ルクレツィアの望みは、皆と共に楽しく暮らす事だ。
 従兄弟であるアレクシス、そして従者のヒュー、友である冒険者や近所の子供達。皆と笑い合う日々こそが、彼女の願うもの。そこから自分が欠ける事をルクレツィアは望んでいないとヒューは知っていたはずだ。
 にも関わらず、どうして彼はルクレツィアの、アレクシスの元を離れたのだろうか。
「アスタロトに操られている様子ではなかった。ヒューは自分の意思で、ルクレツィアの元を離れたのだ。何故だ?」
 瓦礫を掘り起こす手を止めて、オイルはふと昔の出来事を思い出していた。
 あれは、まだ聖杯を探していた頃の事だ。
 彼は、父親たるバンパイア、イーディスに従ってアレクシスの元を離れた事がある。
 イーディスの元にはルクレツィアがおり、そして聖杯探しに関わる聖女が拘束されていた。彼女らを守る為に、血による支配だけではなく、イーディスに従っていたらしい。
 それは、後で聖女であった少女に聞いた話からの推測だが。
「ヒューには半分、人間の血が流れている。その人間の血が、バンパイアとしての血の支配を弱めているのだとしたら、イーディスに従った時と同様に、何らかの考えがあってアスタロトに従っているのやもしれん」
 だとしたら、何らかの手掛かりを残してはいないだろうか。
「‥‥こういう時は、魔法を使う事が出来ればと思うな」
 彼が残しているかもしれない手掛かりを探して、膨大な量の瓦礫を取り除くだけで何日、いや、何十日掛かるだろうか。
 取りのぞいたフラスコ画の残骸の下、床石が僅かに覗く。これだけの時間をかけて、取り除けたのは彼の片足分の瓦礫だ。
 溜息をついて瓦礫を蹴り上げると、オイルは再び考えの中に戻って行った。
「何故、ヒューはアスタロトに従う? 操られているのでなければ、何故?」
 それが分かれば、ヒューをこちら側に戻す事が出来るやもしれない。そして、起死回生の一手となる可能性も‥‥。

●イゾルデ
 愛騎ティターニアを駆けて南方へと向かったエスリンは、周囲を見回した。
 情報交換の場に残されていた時雨の伝言から考えて、この近辺にいるはずだ。時雨も、エスリンとの合流を考えて、警護上の利便性を訴えかけ、主街道を進んでいるという。
「このまま行けばポーツマスか。‥‥まさかとは思うが、追い抜いたしまったか」
 そんな考えが頭を過ぎったその時、
「エスリーン!」
 街道筋の木立の間から、彼女の名を呼ぶ声が聞こえた。
「隈間殿!」
 時雨の姿を確認してティターニアの手綱を繰り、駆け寄ると、心地よい木陰の下で座って、優雅にお茶を飲んでいる女性の姿がエスリンの目にら入った。
「‥‥イゾルデ姫‥‥」
「やっぱり本人?」
 ティターニアの上のエスリンに手を伸ばした時雨が小声で問う。
「外見は。それで、従者は何処に?」
「私がいるから、先触れでポーツマスに行って来いと、無理矢理お使いに出されちゃったよ」
 肩を竦めて、時雨がさらりと答えた。
 簡単に纏めてしまったが、イゾルデにしつこく念押ししまくり、時雨にくれぐれも注意するようにと何度も告げ、お嬢様から蹴り飛ばされるように出発したのだ。あの騒動は、さすがに説明のしようがない。
 そんな事を思い出して、時雨が遠い目をしているうちに、ティターニアから降りたエスリンはイゾルデへと近づいて膝を折っていた。
「お久しぶりです、イゾルデ姫。ご無事で何よりです」
「あら。どこかでお会いした事がありまして?」
 無邪気な微笑みをエスリンに向け、首を傾げて見せる様は、人見知りの強いイゾルデ姫とは別人のようだ。
 だが、姿形は「あの」イゾルデに間違いない。
「はい。以前に。ユーリア殿はご一緒ではないのですか?」
「ユーリア? ユーリアの事もご存じなの?」
 不思議そうに尋ねて来るイゾルデに、エスリンと時雨は互いに顔を見合わせたのであった。
WTアナザーストーリーノベル -
桜紫苑 クリエイターズルームへ
Asura Fantasy Online
2010年07月26日

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