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『カードゲームショップ・レン 』
海原・みなも1252)&碧摩・蓮(NPCA009)


 店内には、用途不明のがらくたが転がっていた。
 中世の甲冑やドレスを着込んだマネキンが、古びたアンティーク調のランプの明かりに照らし出されて揺れている。テーブルの上に置かれているランプは灯された火をゆらゆらと揺らしながらそれらの光景を浮かび上がらせ、天井に奇妙な影絵を形作る。
 海原 みなもは、それを床に倒れ込みながら目を丸くして眺めていた。
 長く太い、人間にあるはずのない人魚の尾を惜しげもなく晒して倒れている。突然の解放と目前の光景に思考が付いていかず、状況を把握しようと混乱しきった頭を動かすので精一杯だ。
「状況が分かっていないみたいねぇ。いつまで混乱してるんだい」
「あの、えと‥‥‥‥すいません」
 ペコリと、みなもは大人しく頭を下げた。
 みなもの目前には、碧摩 蓮(へきま れん)と呼ばれるアンティークショップの店主がいる。
 蓮は、カウンター越しにみなもを見下ろし、興味もなさそうにしている。まるで、自慢のコレクションに三級品が混ざっていたかのような視線だ。一級ばかりを取り扱っていた筈なのに、気付いたら大して価値もない微妙な品が混ざっている。それを仕入れてしまった自身への呆れとコレクションへの失望。決して好意的でない目が、みなもに向けられていた。
「説明が必要かしら」
「是非ともお願いいたします」
 みなもはもう一度、頭を下げる。蓮はみなもに椅子を勧める事もせず(そもそも、人魚状態のままでは座る事など出来ないのだが)、店の奥からカードバインダーのようなファイルを持って来ると、ドサリとカウンターの椅子に腰掛けた。
「あんたは変態野郎に誘拐されてカード‥‥このモンスター捕獲用のカードなんだけど‥‥に封印されていたんだよ。このカードに封印されたら最後、持ち主の命令には絶対服従となりペットとして良いように扱われる事になる。まぁ、子供が集める愛玩物みたいな物なんだが、このカードに封印されたペットは、大抵仕事にも使われる。人里近い森や沼地に生息するモンスターの駆除やら何やら、色々だね。でも、あんたのあまりにも役立たずっぷりに嫌気が差した変態野郎が、あんたを売りに出したのさ。で、あたしは滅多に手に入らないレアカードと引き替えにあんたを引き取ったんだ。人身売買なんてしたくもないけど、あたしが断れば、あんたあいつ以上の変態のところに売られていただろうからねぇ。人魚は基本的に海の底で暮らしているから、手に入れるのがすっごく難しくて、レア度が高いから。欲しがっている物好きは多いんだ。大枚はたいてでも、あんたを手に入れたがる奴はゴロゴロいる。ましてや成人前の女の子となると‥‥‥‥調教したがる変態も多いかな? さて、そんな奴の手に渡らないよう、レアカードを出してまで引き取ったあたしに、何か言う事は?」
「危ないところを助けて頂き、本当にありがとう御座います!!」
 みなもは深々と頭を下げ、蓮に心からの感謝を捧げる。
 実際、みなもは危ないところだったのだ。みなもの一族が正体を隠して人間として暮らしているのは、こんな事態を避けるためである。心ない人間に家畜として扱われ、為すがままにされる人生。そんなものは真っ平だ。
 蓮は、みなもがそんな人生に叩き込まれるのを寸前で引き上げてくれたのである。まさに九死に一生を得たみなもは、自身の幸運がまだ尽きていない事に感謝する。
「そう、感謝してくれるのね。でもね、別に、そんなにお礼なんて言わないで。働いて返して貰うだけだから」
「はい?」
 みなもの目が点になる。蓮の目がきつく締められる。
「あんたのために、あたしはコレクションの一部を無くしたのよ。ま、あいつにはレアな品でも、あたしにとっては大したカードじゃないんだけど‥‥それでも損失は損失。お金にすると500万円ぐらいは軽いんだけど」
「ごひゃっ!?」
 生きたモンスターをカード化しているだけあり、一枚一枚の額は市販のカードゲームとは比べ物にならないらしい。
 みなもはあまりの金額に実感が湧かず、くらくらと頭を揺らしていた。
「まぁ、このカードは本物のモンスターを封印している物だからどうしても値段が跳ね上がっちゃうのよね。で、それだけのお金を使っておいて、買った物を無くしちゃいました、じゃ済まないのよ。ねぇ、どう思う?」
 有無を言わさぬ口調。みなもは、長らく感じていた違和感に漸く気付き、沈黙した。
 蓮は、みなもを助けてはくれたものの、決して人として見ていたわけではない。それどころか、人魚としてすら見ていない。蓮は、みなもの事をちょっと可哀想な境遇の女の子だと判断して自分の手元に置きこそしたが、自分の手元から解放するかというのはまた別の話としている。最低でも、元手分は働かなければ、“人”ではなく“モンスター”として扱い続けるだろう。蓮は、基本的に冷めた性格だ。顔見知りであろうと誰であろうと、扱いを変えたりはしないだろう。
 当然、モンスターとして扱い続けるという事は、蓮のペットとして飼育され続けるという事だ。幸いにも積極的に外出をしたがるタイプには見えないが、それでも、他人のペットとしてコレクションに加えられるのは歓迎できない。
 みなもは現在の状況を打破出来ないかを考え、そしてあっさりと諦めた。
 この店内には、“水気”が一切ない。つまり、みなもの人魚としての能力が一切発揮されない場所なのだ。この場所では、力尽くで逃げる事など絶対に出来ない。尤も、みなもにとっては恩人を攻撃する事など論外ではあったのだが、抵抗が無意味だと思い知らされると思わず脱力してしまう。
「一応は“店”だしね。趣味の入っている蒐集物でも、損はしたくないのよ。と言うわけで‥‥‥‥構わないわよね?」
 500万円など、即金で払えるアテなど無い。親に言えば出してくれるかも知れないが、みなもは自分の不注意で招いたこの事態を、親に解決して貰おうなどとは考えもしなかった。
「わ、わかりました」
 時間は掛かるかも知れないが、少しずつでも返していくしかない。
 みなもはそう覚悟を決め、せめて家族に連絡だけは付けさせてくれないかと交渉しようと口を開き‥‥‥‥
「あたしが言うのも何だけど、長々と女の子と顔を付き合わせているのも趣味じゃないの。今日中に終わらせてあげるから、覚悟してね?」
「え、それは一体‥‥‥‥」
 僅か一日で500万もの大金を作り出す‥‥‥‥そんな魔法を、みなもは知らない。
 決して熱心ではないが、蓮は立派な店を構える商人である。そんな蓮ならではの方法があるのだろうが、みなもは嫌な予感しか覚える事が出来ず、不安に胸を高鳴らせる。
「まぁ、悪いようにはしないわよ。色々、意味も分からない品が増えてきたから、ちょっと整理をね」
 蓮はそう笑いかけながら、しかし楽しそうにみなもを見下ろしているのだった‥‥‥‥



「ふぅん、なるほど。このカードで属性を変えて、こっちのカードで相手を破壊すれば‥‥‥‥相手のプレイングを乱せるわね」
 一人、蓮は小さな唸り声を上げながら眉を険しそうに顰めていた。普段から怪しい微笑みを絶やさない蓮ばかりを見ている者からすれば、非常に珍しい光景だ。
 が、どちらかというと、そうした微笑みを浮かべた姿が“接客”のために身に付けた仮面であり、こちらの方が本来の蓮だと言える。
「はぁ、はぁ、はぁ」
 しかし、みなもは普段見る事のない蓮の素顔になど、関心を向ける事が出来なかった。
 いや、そもそも目が見えているのかも分からない。みなもの視線は虚ろになり全身からは静かに汗が噴き出している。だが、その汗もそれほど経たずに蒸発して綺麗に消滅していった。
 みなもの体は、まるで炎に包まれているかのように真っ赤な空気を纏っている。それは、みなもの能力によるものでもなければ蓮の能力でもない。みなもが身に纏っている、不思議な衣装によるものである。
 みなもは、それまで着ていた水着(と言ってもブラだけだったが)ではなく、真っ赤なドレスを着込んでいた。脚は尾ビレのままの為に少々不格好ではあるが、人魚のお姫様と言った風には見える。が、その顔色は非常に苦しそうで、まるで病人のようだった。
「辛そうね。まぁ、水属性のあんたに火属性のドレスはきつかったか」
 蓮はそう言い、ぱたぱたと無数のカードが収められているファイルを捲り始めた。
 ‥‥‥‥みなもが着せられているドレスは、唯のドレスではない。蓮の説明によると、カードに封印されたモンスターに“装備”させる事で効果を発揮する“アイテム”なのだという。
 装備方法は非常に簡単で、みなもを封印しているカードにアイテムのカードを重ねるだけだ。カードを重ねた瞬間、みなもはいつの間にかドレスを着込んでいる。袖を通す過程をスキップして行われる装備変更に抵抗など出来るはずもなく、みなもは蓮に使役されるモンスターとしての役目を忠実にこなす以外、他になかった。
 しかし、現在の状態は危険だ。蓮がみなもに着せているのは、“ドレスを着込んだ対象と周囲のモンスターの属性を、反対の属性に切り替える”というドレスらしい。つまり、水に触れる事で本領を発揮するみなもの属性は“水”だが、このドレスを着込んでいる間は“火”の属性を持つ事になるのだ。
 それは、日常生活からして水を多く必要とする人魚にとって、あまりにも過酷な仕打ちだった。体がドレスによって熱を持ち、体内の水分が急速に蒸発していく。このままでは、いずれは干涸らびてしまうだろう。人魚の尾が力無く項垂れている。昔、人魚の木乃伊が発見されたとか聞いた事があったが、あれは確か偽者だった。自分は本物の木乃伊になるのだろうか? もしそうなるのだとしたら、蓮によって売りに出されてしまうのかも知れない。
 勿論、それは蓮にとっても本意ではない。蓮はドレスの効果をメモ用紙に書き記し、素早くみなもの装備を解除した。みなものカードに重ねていた装備カードを手に取り、ファイルに収めるとまた別のカードを手に、それをみなもに装備させる。
 ざぱぁっ!
 熱気に包まれていたみなもの体が、今度は水を頭から被ったように水浸しになった。しかし、その水は幻か何かなのか、木製の床に触れた瞬間に消滅し、被害をみなもの肌を濡らすだけに留めている。
「かは、けほ」
「これで汗は流れたかしら。じゃ、次のカードにいくわよ」
 もう少し優しさを見せても良いようなものだが、みなもは文句など言えなかった。
 500万もの借金を、蓮は手持ちのカードの解析に協力する事でチャラにしてくれると言ったのだ。解析方法は、みなも自身の身体に、実際にアイテムを使用するという非常にシンプルな方法だ。元々、この封印のカードはカードゲームとして遊ぶ事も出来るように作られているらしい。繰り返しゲームを行うために、相手、もしくは自分のモンスターを殺傷する類のカードは存在しないのだそうだ。
 つまり、疲労する事はあっても死ぬ事はない。それに、カードに封印されている限り、みなもが死亡したとしても、ボロボロの状態でカードの中に強制的に戻されるだけなのだという。カードの中では自然に傷が治癒していき、二日もあれば全快するらしい。
 みなもにとっては非常に有り難い機能だったが、しかしそれが災いし、蓮はみなもに容赦なくアイテムカードを使用し続けた。
 先の属性を切り替えるドレスなど序の口だ。爆弾のような形をしたカツラはカウントダウンも無しに爆発し(周囲への被害はなかった。モンスターだけに影響を与えるらしい)、透き通るような水色の羽衣は常にしとしとと水気をみなもの体に与えて水の牢に閉じ込め(人魚でなかったら危なかった)、中世の堅固な甲冑を装備させられた時には、尾ビレで体を支える事が出来ずにがらがらと転んで動けなくなってしまった。
 他にも、可愛らしいネズミのような格好や巫女服に旅人風、宇宙人のような格好までさせられた。
 これらのアイテムも、何処かで捕獲された亜人や特殊な道具なのだろうか? 頭の上に天使の輪のようなものを浮かべながら、みなもは世界の不思議について考えてみる。
「うぅ、あの、もう‥‥‥‥これ以上は」
 カード化されたモンスターは、傷を負ったところで死ぬ事はない。しかし精神的には次第に追い詰められていく。
 みなもは戦闘を行っているわけではなかったが、それでも度重なる変身と衣装交換、更にそれらとセットとなって現れる不思議な効果に翻弄され、心身共にボロボロとなっていた。
「そうね。もうそろそろ十分かしら」
 蓮もそんなみなもの様子に気付いていたようで、作業の終了をあっさりと決めてくれた。パタンとカードを収めているファイルを閉ざし、疲労を籠めた溜息をつく。
「久々にカードを弄ると、疲れるわ。あんたもそうでしょう?」
 みなもの疲労は、蓮のそれとは桁が違う。しかしみなもにはコクコクと頷き、床に倒れで胸を大きく上下させる事しかできなかった。
「ふふ、疲れてるわね。でも、それに見合う給金にはなったでしょう?」
「‥‥っ、え?」
「それぐらいに辛い目に遭わないと、500万なんてお金、中学生じゃ作れないって事よ。身に染みて分かった?」
 蓮は楽しそうに、だが、どことなく怒っているように言い捨てた。
 蓮のような大人からすれば、みなものように隙だらけでお人好しな少女は、見ていてハラハラするのだろう。簡単に誘拐され、取引材料にさえされてしまう。それでいて、その場からの脱出に荒っぽい手段に打って出る事も出来ず、為すがままにされてしまう。
 それは、亜人に厳しいこの人間社会を生き抜くに当たって、決して好ましい気質ではない。優しいのは美徳なのだろうが、それは同時に弱みとなり、犯罪者に付け入る隙を与えるばかりなのだ。
「今度、あんな奴に捕まったら助けないわよ。自力で逃げ出しなさい」
「は、はい!」
「まったく、あたしの店に売りに来たから良かったものの‥‥‥‥」
 蓮はぶつぶつと呟きながら、みなもが封印されていたカードを破り捨てた。途端、それまで人魚の状態から戻る事の出来なかったみなもの体が、瞬く間に元の人間の形に戻っていく。綺麗な裸体は淡い光を帯びて、まるで天使か妖精のようだった。
「‥‥‥‥あの、蓮さん?」
「なぁに? お嬢ちゃん」
「あの‥‥‥‥服を貸して頂けますか?」
「チャイナドレスで良ければね。小さいサイズ、あったかしら。あ、レンタル料は貰うからね?」
 どうやら、みなもはもう暫くは蓮の趣味に付き合わなければならないようだ。
 みなもは蓮に悟られないよう、微かに溜息をつく。
 これで、地獄のような日常からは解放される。が、油断をすれば、また同じような目に遭うのだろう。唐突に、みなもは残されている家族の事が気になった。
「蓮さん。あの、変える前に、電話を貸して頂けませんか?」
「別に構わないわよ。向こうにあるから、使いなさい」
 とぅるるるるる、とぅるるるるる。
 長いコール音が、酷くもどかしい。
(まさか、みんなまで‥‥‥‥)
 自分のように、カードにされてしまったのではないか。
 そんな悪い想像ばかりが頭を過ぎる。
『はい。海原です』
 懐かしい声。聞き慣れた、生みの親の――――――――
 みなもは蓮から服を借り受けると、脇目も振らずに走り出した‥‥‥‥



Fin



●●あとがきゅ●●
 カードゲームが大好きなメビオス零です。
 昔から、ゲームの類は好きです。特にカードゲーム。小学生ぐらいの頃から自分でルールを作ったり、友人間とオリジナルのカードを使って遊んでいました。時には市販されてるカードゲームのルールを弄って戦略ゲームにしたり、訳の分からない事もしていましたが。
 今でもカードの類は好きなのですが、やはり入手の手段は選びたいですよね。タチの悪い人になると、デュエルスペース(カードゲームで遊べる場所)で遊んでいる人のデッキを盗んだり、相手を騙して安いカードと稀少なカードをトレードしたり、安く買い叩いたり‥‥‥‥場合によっては、店がデュエルスペースの解放を止めてしまったりするので、迷惑千万。盗まれた方も堪ったものではありません。
 そう言う事に巻き込まれないよう、やはり信用できる仲間を見つけたいですね。
 では、今回の後書きがここまでです。
 今回のご発注、誠にありがとう御座いました。ご感想やご指摘、ご叱責などが御座いましたら、遠慮無く送りつけてくださいませ。
 改めまして、今回のご発注、誠にありがとう御座いました。(・_・)(._.)
PCシチュエーションノベル(シングル) -
メビオス零 クリエイターズルームへ
東京怪談
2010年07月27日

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