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『●其の名は故里に眠る、共に永遠に 』
御凪 祥(ia5285)

 明るい旋律の笛の音が遠く聴こえる。振り返るとぼんやりと星空を隠す灯の広がり。
 散歩と称して夏祭りの喧騒から抜け出してきた。火照った身体に夜風が心地よい。
 時折夜行性の小動物が駆けて草が揺れる音。突然上がった低いながら響き渡る梟の声。
 何かが手招きしているような気がして暗闇に目を凝らす。
 ――きっと木が風に揺れているだけ。

 喧騒の火照り‥‥といっても御凪 祥は仲間達の輪の中で静かに会話を楽しみ笑っていただけであったが。
(まぁ、あいつらと居たら毎日がお祭り騒ぎみたいなものだがな)
 そんな時間が楽しくて仕方がない。仲間と一緒にこのような場所へ繰り出せるのは貴重な愉しみである。
 生まれ育った泰国では、夏祭りに繰り出した記憶も余りない。
 極々幼い頃、兄が手を引いて連れていってくれただろうか。あれは祥が随分とせがんだのだったか。
 氏族の者達と顔を合わせた時の微妙な空気。幼いなりにも感じたのを思い出す。
 それ以来、祥も行きたいとは言い出さなかった。少しだけ寂しくはあっても。
 同年代の子供も、年相応の無邪気な残酷さで‥‥大人達から聞きかじった言葉をそのままに兄へと投げつける。
 それを祥自身も聞きたくなかったから。

 ちょっと気を利かせて、そのようなついでに随分と遠くまで歩いてきてしまった。もう人々の声も聴こえない。
 一人になりたかった‥‥つもりも無かったが。
 静寂が辺りを包んでいる。祥が土を踏む気配だけが空気を震わせて。
 唐突に木々の天蓋が途切れ、暗闇が終わる。 
 誰も居ない場所で満天の輝きが包み込むように今、身体を照らしている。
 浴びた光に立ち尽くす。

 ふと先日の依頼の事を思い出し。そこから連鎖的に蘇った記憶は――。

 ◆

「たぁっ!」
 庭に設えられた数々の器具。古い木製で傷がたくさん付いているが、それすらも古色を帯びてひとつの風格を成している。
 池に浮かぶ跳ね板を踏み越え、突き立てられた槍の穂先をかわして長棍を打ち付けて、駆け抜ける。
 薄闇。幼き頃から幾度、いや数え切れない程無数に。身体が次の動きを覚えている。
 見えなくても、何が待っているか判る。舞うような優雅な動きを意識して、足跡を残さぬように身を翻す。
 深い藍に染められた長い袖を舞わせ、それを何処にも引っ掛ける事なく捌き。
「随分頑張ってるな。もう日は沈んでしまっているぞ」
「兄さん‥‥お帰りなさい」
 武門の統領として何かと忙しない兄。今日もこのような刻限まで会合に赴き気を使い疲れた様子。
 統領であるのに武芸が不得手な彼はきっとまたその席で何か揶揄されたのだろうが。
 弟の前に戻れば甘い笑顔に。
「今日は新しい動きの練習をしていたんだ。次の合同演武会でも優勝するから楽しみにしていて」
 静かに、控えめに微笑む春洋――あの頃の祥、生まれた時に付けられた名。
 兄の代わりに誰よりも強く。兄が他の氏族に馬鹿にされたりしない為に。
 黒髪を長く伸ばし少女のようにも見える華奢なまだ成長期の身体。
 ひたすら武芸を磨く毎日でもその麗しさは損なわれていない。
 大好きな兄が腕を広げて褒めちぎり、優しく温かく抱き締める。おずおずとその抱擁に応じ――。

 暗。血飛沫。視界が真紅に染まる。想い出は掻き消えて。

「‥‥何故。何故こんな事を」
「弱いから悪いのだ。薛家に害でしかない者を生かして何になる。それともお前もこの家の名を貶めたいのか」
 こいつのように。この役立たずが長子として生まれたから悪いのだ。蔑んだ眼。
「強ければ‥‥いいんだな。それなら文句は無いんだな」
 苦い物を吐き捨てるように春洋が低く言葉を発する。
 煮え滾った心。深い悲しみが業炎のごとく吹き上げる胸。
 それを全て覆して表情は無。
「やるのか。お前ごとき未熟な者が‥‥」
 容赦なく突きつけられる長大な青龍刀。軽々と片手で振るわれ、その血糊がぴしゃりと春洋の爪先を汚す。
 兄の身体から流れたその貴い血。眉がぴくりと動く。
 無言で槍の穂先を叔父へと向ける。切れ長の青き瞳が静かに『敵』を見据えて。
 同時に床板を蹴る音。
 幅広の刃が襲い、身を捻った春洋の袖を無残に裂く。武門の型に則った槍の捌きが軽々とかわされる。
 翻る青龍刀の刃を滑るように身を低くして潜り。
 舞のように身と共に槍を水平に回転させ、跳躍して逃れた叔父を弾くように柄を軸に今度は我が身を前に。
 柄が刃で払われる。だがそれも読みの上。
 空中で態勢を崩すと見せかけて刃の平を強く踏み、槍を身に引き寄せて――喉笛を。
 仰け反られて僅かに届かなかった。そのまま体重を預けて叔父の上に倒れ込む。
 上に乗った春洋の方が一拍速かった。
 利き腕の肩を槍で抉り、一瞬緩んだ手から青龍刀を蹴り飛ばす。立ち上がった叔父に再び槍を振るい。
 胸を深く薙ぎ、一文字の傷から真紅が視界に散る。

 驚きに見開かれた眼。
 いつの間にか己を超えて育っていた春洋の強さに対して、か。
 動きだそうとした唇。

「‥‥聞きたくない」
 凍てつく程に冷ややかな声。喉笛を深く貫く穂先。唇から零れ出る血泡。
 骨肉を貫き、その向こうの朱柱へと固く突き立った感触。
 元の色も判らぬ程に手元まで血に染まった柄。
 滴り落ちてゆくのは‥‥兄の血と同じ色。
 叔父が最期に何を言おうとしたのか。
 許しを請おうとしたのか。それとも強くなった春洋を褒めようとしたのか。
 肩で息をしながら、春洋は強く首を横に振り。幾度も首を振り。
 黒髪が乱れて頬に貼り付いた。

 ◆

 暗。漆黒。降り注ぐ白銀の淡い光。

 今目の前で起きた出来事かのように鮮明な夢。捨てたはずの昔の名。
 薛家の統領の座を継いだが、兄の居ないその地位に意味は感じられなかった。
 清められた部屋に残るあの日の傷跡。
 家を出奔し、名を天儀風に変えて過去を絶ち開拓者となった。今の自分は『御凪 祥』。

「ふっ‥‥昼でもないのに白昼夢とはこれ如何に」
 戯言に紛らせてみても、込み上げた苦い記憶は何処にも行ってくれない。
(どうせ蘇るならもっと昔、楽しい想い出ばかりだったらいいのに)
 数えれば一杯あるはずだ。兄と暮らしていた頃。二人だけの時のあの笑顔。
 過去は誰にも変えられない。この手をどれだけ鍛えても――。

(何故だろう、急にあの頃の事を思い出す‥‥なんてな)
 凛々しさの中に翳を帯びた、大人になった顔を星空へと向ける。
 瞬く小さな星達が染める夜空の中を。一筋の涙のように流星が堕ちてゆく。
 泣けない祥の代わりであるかのように。



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■登場人物■
【ia5285】御凪 祥 /男性/外見年齢23歳/志士

■ライター通信
この度はドリームノベルのご発注ありがとうございました。
泰国に居た頃の過去をとの事で、WTの依頼ではなかなかできない深い部分の描写を。
叔父の青龍刀も泰国から連想して設定に無い部分も勝手ながら色々と創らせて戴きましたが。
イメージとそぐわない箇所がございましたら、どうぞご遠慮なくお申し付け下さいませ。
ココ夏!サマードリームノベル -
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舵天照 -DTS-
2010年08月02日

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