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『大地に望みもて、星に願いを 』
桂木 涼花(ec6207)


●短冊は機
 ノルマン王国の民たちにとって、遠い異国の地であるはずのジャパンは親しみをもつ近しい国である。 ジャパンの風習が伝わってきたのだろうと思われるものを、数多く目にするほど縁は深い。
 なぜなら1度、国家として滅亡の危機に立たされたノルマン王国の復興に惜しみない助力を与えてくれた「友邦国」だからだ。
 そんな国家関係に挟まれた事情もあり、故郷を離れ、遠く遠く海も越えて、山に、大地に隔てられたはずの異国の地で、桂木 涼花(ec6207)が手にしたのは七夕の短冊。
 七夕は、牽牛と織女……1年に1度だけ会う事を許された夫婦が逢うことのできる日。七夕の日に会える事を楽しみに、天の川を挟んで夜空に瞬いている彼らになぞらえて、短冊に願いをかけるようになったのはいつの頃からの話なのか。藍色の短冊を手に、涼花はそっと息を吐いた。
 1年に1度だけしか会えない彼ら。
 けれど、1年に1度は必ず会える夫婦星。
 胸に淡い想いと一緒に短冊を抱えていた涼花が、冒険者酒場に置かれた笹に短冊をかけてきたのはその日の夜分になってからのことだった。


●望み、願い
 願い祈る心は大切。それよりもまず願いをかなえるために自分の手で動く事。
 涼花にとっての短冊は、願いを星々に伝える術ではなく、誓いの証になったよう。
 七夕の短冊に願いを込めて、笹に託したその日から、願いを叶えるためには、星に願うのではなく己の手で掴みとらなければ叶わぬと、もてる伝手と術を総動員するつもりで動き始めた。
 涼花が会いたいと願ったのは、ノルマン王国の誇るブランシュ騎士団の分隊の1つを預かる人物――藍分隊長のオベル・カルクラフト。先に冒険者達を招いて開かれたお茶会で面識を得てのこと。
 涼花はその席で、長くノルマン王国を支えてきたブランシュ騎士団・赤分隊長であるギュスターヴ、通称・赤様を囲む卓にいたのだが……ノルマン王国は、国の要職にある人物たちに独身者が多く、隙あらば良い相手を娶せることを生き甲斐としている赤様の事、あれよと言う間に……涼花はオベルに引き合わされた。
 茶会の席でのこと、会った時間は決して長くはなかったし、交わせた会話は多くはなかったが……身を賭して尽くすべき、叶えるべき何かを探して故郷を出、放浪にあった身が、初めて強烈にもっと知りたい、関わりたいと思えたのが、オベルだった。
 気高く優しい藍色の瞳に、清冽な剣に、女として剣士として人として、如何しようもなく惹かれ。
 かの人は常にノルマン国内を巡り、一所に落ち着く事がない上、貴族身分も国王の縁戚で公爵という身分の主。面会を希望して会えるとは限らない人物だが、幸いなことに先日華燭の典をあげた国王夫妻……同胞の冒険者たちに助けられ恋を叶えた王妃は、恋する者達にとって何より頼もしい味方だった。
 分隊長が相手となれば、勿論赤様も協力はおしまぬわけで。
 茶会の時の言葉は、紹介者として間に入ったギュスターヴの顔を立てたのと、あの場で涼花に恥をかかせぬ為の配慮、それ以上の事はないという位は承知の上で、それでも会いたいと願ったのだ。


●叶い、今
 それでも会いたいと、もっと知りたいという想いに駆られ、ここまできた。
 ここまで来たのに、いざ本人を前にする機会を得るとどうしていいかわからくなる。
「お待たせしてしまったか、申し訳ない」
 今日のオベルは、簡素な騎士装束姿。静かな声は先日聞いた時と変わらない。
「私に御用とか……私で出来る事なれば、出来うる限りを約束しよう。冒険者殿らには大変世話になったからな」
 オベルの中では『冒険者』で括られている事に、胸が痛んだ。まだ『涼花』としてオベルの中にいない事を知った痛み。会ったのは1度きり。正式に見合いの席でというわけでなく、くだけた茶会の席であったのだから仕方ないという想いと、それでも未来の王妃がいる場で赤様に引き合わせて頂き話した場であったのに……という想い。それも承知していたはず……と自分の中の気持ちをかき集め、真っ直ぐに見つめる。
「今日のお願い……お手合わせ願いたいのです。祖国の色を含むというノルマンの剣技、その一流の技とはいかなものか、是非一度だけでも……と」
 望みを告げて、折り目正しく礼をとる。
 真剣での立ち合いを望む涼花に、オベルは気が進まないようだったが、それでも部下に言って持ってこさせた刀を手に、幾つかの事項を確認してから、藍分隊長が詰める執務室前の中庭に出た。
 互いに礼をもって、剣を手に向き合う。第三者の存在しない、真実初めて二人だけの空間。
 そこでオベルに真向かい、涼花が抱いた印象――刀を鞘から抜き、手にした姿は隙がないというよりも、どこか違和感を感じるものだった。
 胸内に疑念が浮かぶ。手加減をされているのか、本気を引きだす事が出来ないからなのかはわからない。つと、奥歯をかみしめ、柄を握る手に力がこもる。
 元より涼花も長引かせるつもりはなかった。
 天地の実力差があるであろうこの方の、本気を一瞬でも引き出すことができるだろうかと、己の持てる技の全てを尽し挑むだけ。狙うは、得手たるブラインドアタックにシュライクの合わせ技。
 抜刀を狙う涼花に対し、対峙する間合いを読んだ上でのことだったか。構えの均衡を最初に破り、踏み込んできたのは――オベルだった。無造作にも見える踏み込みは鋭く、速かった。
 身体を捻り切っ先を反らし避けたのは、意識してのことではなく、長い修行の賜物。剣士の本能ゆえのもの。転機を逃さず石火の速さで抜き放った刃は、けれど阻まれ。
 幾合かの鋭い剣戟の音。長引けば不利と必殺の剣を繰り出そうと涼花が身を沈めた一瞬、ぞくりと背筋に震えが走った。それは対峙するオベルの剣の気配。
 一瞬で今まで打ち合った剣の流れが変わったのが分かった――直後、がつんと叩きつけられた衝撃に、刀を持つ掌が痺れる。重い一撃に僅かに傾いだ身を立て直す間もなく、突き付けられた切っ先に膝をつく。
「……参りました」
 見上げれば、オベルの眉間に皺が刻まれていた。けれど、機嫌が悪いわけではなさそうだ。見誤っていなければ――困って、いる?
「……申し訳ない。私は、切り結ぶのは得手ではなくてな」
 言葉が端的過ぎて、涼花は小さく首を傾げた。確かに日本刀は幾度も刃を打ち合わせるに向かない、突くより斬る刀だ。
 先ほどオベルが外し置いた剣の柄尻には藍色の輝石が飾られていて。剣房が飾る剣は、日本刀ではない西洋の太刀。思い返せば、涼花が手合わせを望むと、部下に日本刀持ってこさせていた。刀に藍色は飾られていない。
『祖国の色を含むというノルマンの剣技、その一流の技とは、国を背負い奮闘してきた剣とは、いかなものか』
 手合わせを願い出た時の自分の言葉。
「…………あっ!」
 声をあげた涼花に、オベルはどこか気まずそうに刀を鞘におさめた。
 思い込みで願ってしまったことに、一瞬で頭に血が上る。頬が熱い。力が抜け、付いた膝からぺたんと座りこんでしまう。
 初めから言ってくれればと、一瞬恨みごとにも似た想いが浮かぶが、最初からノルドの使い手と思い込んでいた自分もいるから、感情をそのままぶつける事も出来ない。
 部下の指導も隊長職の役目。ノルドを指導する事もあるだろうから、使えないわけではないのだろう。
「……す、すみません」
「いや、団長以下ノルドの使い手が多いからな……貴女は十分強い。己の剣で向き合わねば礼を失すると思うほどに」
 一撃に重きを置いた戦い方を得意とする。確実に相手を仕留める戦い方。戦場で身に付けた効率の良い戦い方、武器の消耗を抑え、己の体力の消耗も抑えるには――敵を短時間で倒すのが1番。それがオベルが戦場で身に付けた戦い方だった。
「私も貴女の事は良く知らない。お互いさまだから、気にする事でもないだろう。知らなければ、知ってゆけば良いだけの事だ」
 オベルの言葉は涼花の胸にすとんと、おちた。
 それは、これからがあると思ってもいいのだろうか?
 だからこそ自然にこぼれ出た問い。
「私は貴方を追いかけても、良いでしょうか?」
 涼花の真っ直ぐな瞳を見返すオベルの瞳は静かな色を湛えたまま。
「……質問に質問を返すのは卑怯だと思う。思うが、私も貴女に訊ねよう」
 束の間の逡巡の後、涼花に向き合ったオベルの瞳は清冽な青。
 促すように小さく頷けば、青い瞳が伏せられる。
 ややあって開かれた瞳は、再び藍にも似た深い静かな色に染まっていた。
「私は、この国が、民が、何より大切だ。この国が、平和に平穏であるように尽くすのが私の1番で、それ以外は2の次だ。私が何よりも優先するのは、国の大事、民の安寧」
 涼花は頷いた。王国の守護たるブランシュ騎士団の分隊長であることを思えば、もっともな言葉だからだ。けれど、次の言葉に心が凍る。
「妻となるべき女性に、『貴女が何よりも大切だ』と言えない……そんな男に嫁げるか、と」
 目を瞠った涼花に、オベルは口元を歪めた。どこか自嘲めいた笑みに見える。
 惹かれた心を、恋心というのであれば、そのやわらかな気持ちが凍りついたままの涼花に、オベルは心の内にある言葉を伝えられるように少しずつ紡ぐ。
「私が伴侶に臨むのは、優しくたおやかな令嬢ではなく、共に戦える盟友だ。女性はそのように割り切れるものではないのだろう」
 ランス領を預かる公爵でもあるオベル。
 領主であるが、ブランシュ騎士団の分隊長職にあるゆえに、領地には不在がちになる。
 その領地を託せるほど、強く信頼できる女性でなければ妻には望めない。妻とするならば支えてくれる相手を望み、けれど己の1番は妻ではないという、男としては最低な部類だという自己分析はできているらしい。
「貴女が真っ直ぐに気持ちをぶつけてくれたから、俺も返そう。それが礼儀でもあるだろうから」
 剣を振るい生きてきた身、自身を伝えるも相手を識るも、これに勝る手立てはないと手合わせを願い。
 それは剣に依って生き、駆けてきたオベルも一緒なのだと識る。
「ヴァレリーには融通が利かないと言われるだろうが、そもそも上手く立ちまわれるくらいなら、もうとうの昔にどこぞのご令嬢と結婚しているだろう」
 答えを返せず地面に座り込んだままの涼花の腕を取り、ふわりと引き上げる。
 立つのを助けてくれる手の優しさは、騎士ゆえか、オベルだからなのかはわからなかったが、どこか困ったような藍分隊長の微笑は、語られた言葉のまま、今涼花だけが触れた素の表情のように見えた。
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2010年08月02日

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