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『A Sultry Night Dream 』
UNKNOWN(ga4276)

 浮上は一瞬。けれど、瞼を上げる動作だけはゆっくりと。
「‥‥さて」
 UNKNOWNは本当に小さな声でそう呟きながら、天井を見つめていた。
 暑い。そして熱い国にある、彼が隠れ家代わりによく使用している屋敷の天井では、ファンがゆっくりと音を立てずに回っている。
 庭園に立つ木々の隙間を鋭く射る様に、灼熱の太陽が照り付けていた。
 木々が受け止められなかった射光から、室内にいる彼と彼女を守るべく、薄衣のカーテンが微かな風に揺れながらも、残った日差しを包み込む様に受け止める。
 音もなく、ファンが回り続ける。
 そして、日差しは明るく目を焼く程に眩しいはずだというのに。

 ――UNKNOWNの瞳には、どの色も映ってはいなかった。

 まるで一昔前の、フィルム映画でも観ているかの様な、景色。
 だから、彼は小さく笑うのだ。

 ――これは、夢なのだと。

 彼と同じく、汗に薄く濡れた身体をベッドに投げ出して、彼の腕を枕に眠る女性の姿も。
 全てあの時のまま、彼の記憶に存在している、あの日の出来事だった。


 □■■□


 建物の中は外に比べればまだ涼しい方だが、それでもやはり汗が滲む。
 そっと彼女の頭下に籐の枕を差し込んで、UNKNOWNは自由になった腕を伸ばしてサイドデスクの上に置いておいた愛飲している煙草へと手を伸ばした。
 1本だけ引き抜いて口に銜え、細工の施されたライターで火を点けようとした瞬間。
「ダメ」
 どうやら起こしてしまったのだろう。
 隣で眠っていたはずの彼女が、そっと彼の口元から火の点いていない煙草を取り上げてしまった。
 しっとりと汗ばんだ肌にシーツを纏いながら、女性はまるで悪戯の成功した子猫の様に‥‥。
 ――ジジッ‥‥。
 瞬間、脳と視界にノイズが走る。
 何かに一瞬、彼女が重なった様な気がしたが。
 それも、本当に一瞬だけ。

 ああ、そうか。
 気にしてはいけないのだ。
 この、真夏の夜の一時の夢に存在するのは、彼女と自分だけ。
 それ以外は、存在しないのだから。

 瞬きひとつでノイズを振り払って、UNKNOWNは小さく口元を引き上げる。
 その間にも、隣で寝そべっていた彼女は、薄いシーツを身に纏いながらベッドから降り立っていた。
 葦の椅子に深く腰掛け、足を組みながら彼を見て笑う彼女を寝そべった体勢で眺めながら彼も笑う。
 すらりと伸ばされた足が組み直されるのを見てから、彼は上半身を起こしつつ女王の様に優雅に腰掛けた彼女へと声をかけた。
「なら、本とワインは許してくれるかな?」
「ええ、構わないわ」
 芝居がかった二人の言葉が、微かな風に乗って部屋へと広がっていく。


 □■■□


 繊細な技巧の凝らしてあるワイングラスを、傍にあるローデスクの上に二つ置き、あえて飲みやすい銘柄のワインをワインクーラーから選び出す。
 この夏の暑さの中、彼女と共に飲むには深みのあるものよりも、爽やかなものの方が良いだろうというUNKNOWNの心遣いだ。
 途中まで読み進めていた本をサイドテーブルから拾い上げて、彼女の座る葦椅子の前へと歩み寄ると、既に座っていた彼女を片腕で抱き上げ、自らが先に椅子へと座る。
 膝の上に彼女を乗せて、挨拶代わりに頬に額にと唇を落とす。
 程よく冷えたワインのコルクを器用に抜いて、グラスへと注ぐ。
 互いにグラスを持ち、軽やかな音を立てながら合わせる。
「乾杯」
 喉を潤す程よいアルコール分に、暑さを実感する。
 それは、この気温だけでなく、恐らくまどろみの前までの行為も原因の一つなのだろう。
 心地よい倦怠感と、そして決して涼しいとはいえない微かな風。
 それでも外の射光に比べれば、涼しい方なのだからこれ以上とない幸せな一時といえる。
 時折ワイングラスを置いて、片手で本の頁を捲りながら、グラスを置いた手で彼女の髪を梳く。
 気持ち良さそうに目を細める彼女を見なくとも、どんな表情をしているのかくらい手に取る様に分かる。
 喉の奥で低く小さく笑いながら、本を読み進めて。
 ――ジジッ‥‥。
 ワイングラスを手に取ろうとして、UNKNOWNはまたふと気づく。
 このワインは赤なのだろうか、白なのだろうか、それともロゼなのだろうか。
 味で分かるが、色が見えない。

 フィルム映画の様な記憶のせいだろうか。
 けれど、それら全てが残念だとは思わない。
 見えないからこそ、自分の想像力が豊かになる。
 もしかしたらこれは、まだ見た事のない赤の味わいのする白のワインかもしれない。
 そんな自分らしくもない夢物語を思いつけるのだから。
 けれど、そう。唯一つ、本当に残念なのは。
 膝の上で笑う彼女の髪や瞳が、何色なのかを当ててあげられない事だ。
 夏の暑さに汗ばむ肌を寄せ合っているのに、彼女の名前も、思い出す事は許されない。
 これは、真夏の夜の、一時の夢なのだから。
 涼しくなれば、彼は仕事に行かなければならない。
 涼しくなれば。
 空調の効いた部屋に、戻ってしまえば。

 過去の夢の中に広がる世界ではなく、今の現実に広がる世界に、戻ってしまえば。
 ――目覚めて、しまえば。

 けれど、今だけは構わないだろう。
 小さく笑って、UNKNOWNは色のないワイングラスに口をつける。
 喉を潤す葡萄酒は、喉を焼く力もない程の、甘い‥‥。


 □■■□


 緩やかに、UNKNOWNは目を開いた。
 華美な装飾の施されていない、何処にでもありそうで、何処にもなさそうな、部屋。
 そこは、彼の ――能力者であり、現実をひっそりと生きるUNKNOWNの自室である。
 纏わりつくシーツの原因は何だろうかと上半身を起こして部屋を見渡せば。
 何かの拍子に間違って当たってしまったのか、空調の設定がタイマーにセットされてしまっていた。
 暑さと夢の原因はこれだったのか。
 小さく肩を竦めて、彼はベッドから降り立った。
 シャワールームで汗を流し、これから出掛けなければならない。
 今の自分は。
 UNKNOWNと名乗っている、能力者である自分には、やるべき事が山の様にあるのだから。
 フィルム映画の様な夢は、確かにあった、ある男の出来事だ。

 その男は、トレンチコートとボルサリーノ。
 オートクチュールのスリーピース・スーツとパールホワイトのカフスシャツ。
 そして、様々な武器を使って世界を飛び回る。
 紫煙の旅人、UNKNOWNである。


 END


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ga4276/UNKNOWN/男性/外見年齢30歳/スナイパー】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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>UNKNOWN様

大変お待たせ致しました。
昔のフィルム映画の様に、白黒だけで映像が流れる様な雰囲気を目指してみました。
UNKNOWN様の今後のご活躍を、お祈り致します。
どうぞ、良い日々を。


風亜智疾
ココ夏!サマードリームノベル -
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CATCH THE SKY 地球SOS
2010年08月10日

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