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『曖昧モグラ 』
海原・みなも1252)&(登場しない)



 モグラ怪人――もとい、生徒さんたちから事の種明かしをされてから、一週間が過ぎた。あたしは怒る気力もないほど疲れていたけれど、日が経つにつれて元気を取り戻してきた。あれだけ恐ろしく感じた光景も、遠いおとぎ話のように感じるようにもなっていた。
 事情は分かるけれど、やっぱり事前に教えて欲しかった――と生徒さんたちに前置きした上で、改めて“モグラ怪人”のメイク依頼を受けることにした。メイクだと分かっている以上、あのときのように怯えることもないし、今や非日常的になったあのおとぎ話に興味も出てきていたからだ。
 依頼は翌日である平日に行われることになった。うちの中学校ではアルバイト先の証明書さえあれば「総合学習」扱いになって、夏休みの補習と引き換えに休むことが出来る。どうやら、あたしが依頼を受けることを伝えてすぐに、生徒さんは書類を学校に提出してきたらしい。善は急げって言うものね、とは生徒さんの言葉だ。
 ……その行動力を分けて欲しいです、とあたしは笑った。

 ギラギラと照りつけてくる日差しに眩暈を感じながら駅を出ると、生徒さんが迎えに来てくれていた。
「……あのときは、ごめんね」
「そんな……もう、いいんです」
 生徒さんたちの申し訳なさそうな顔を見たくなくて、あたしは努めて明るく言った。
「ほら、考え方を変えてみれば、珍しい経験でしたし」
 あたしのこの言葉には、生徒さんも下げていた眉を上げて笑った。
「確かに、私たちからしても珍しい体験だった! 怪人だし、モグラだし、改造だし」
「ですよね。種が分かっていれば、面白いかも……!」
 がおー、と怪人っぽいセリフを小声で発するあたしたち。
 歩道を歩きながら互いに笑った後、生徒さんが小さく息を吐いた。
「良かった。みなもちゃんのことすっごく傷つけていたら、どうしようかと思ってた」
 その声には心底安心した響きがこもっていた。


 今回の依頼は、モグラ怪人として一日を過ごすこと。特殊メイクだと分かった上で、どれくらい怪人として自然に過ごせるか。特に五感に着目したメイクを行うそうだ。
「という訳で、これをどうぞ」
 生徒さんから手渡されたのは、モグラに関する写真付きのメモだった。モグラの目は退化していることや、大食漢であること、巣の様子などが写真と一緒に書いてある。そのモグラの写真は、モグラ怪人とは違って円らな瞳が可愛い姿をしているけれど――不思議なことにそのメモを眺めているだけで、遠くなった筈のおとぎ話が近づいて来る気がした。
 あの粘っこい話し方、鉤爪の不便さ、醜く突き出た鼻、ウネウネと這いずるミミズの群れ……。
 ゾクゾクと背中に電気が走る。恐ろしいような、心地良いような、奇妙な感覚に襲われるのだ。後ろから生徒さんに抱きとめられたときも身動きが取れなかった。
 服を脱がされ、メイクされやすいように様々な体勢を取らされる。蛍光灯の下で微かに判別出来る水着の日焼け跡も、丁度陰になる柔らかな脇も、平等に黒い剛毛に覆われていった。
 ――この毛は何で出来ているんだろう?
 獣独特のにおいに吐き気がする。植えられた体毛の黒さも、人工的な光の下ではベッタリとした艶のない色に見え、不気味さを掻き立てていた。
 ずんぐりとした体形にされたあたしは、ごろりと仰向けにさせられた。
 口には拡張器が取り付けられる。プラスチックだろうか、金属のような硬さはなく、口に優しく収まった。「イ」の発音をするときくらいの口の開きで、痛みはない。ただ絶えず唾液が舌先にまで流れ込んでくるけれど……。
 目にはレンズを入れられた。一時的に視力を悪くするために。前回、視界が歪んで見えたのはこのせいだったのだ。
 ――鼻の制作には随分と時間を要した。体形を整えることにも使ったいつもの粘土素材を用いて、あの突き出た鼻を形成した後、生徒さんはそこに透明な粒を埋め込んでいった。
「においを集める素材なの。これで一時的に鼻が利く筈よ。……さあ、手を出して。後で足も……」
 黒い指の先には鋭い鉤爪がつけられた。手の方が鋭く、足の方は横に向かってカーブを描いている。
「……歩いてみて」
「はイ」
 あたしは頷いて、一歩踏み出そうとしたけれど、床に足を滑らせて派手に転んだ。粘土を分厚くし、特に膨らまさなければならないお尻から背中にかけての部分には衝撃吸収材が入れられているため、痛みはない。けれど驚きのあまり、あたしは悲鳴を上げた。
「ギぇ!」
 粘っこい唾液に舌が絡まって、濁音が生ずる。隙あらば口から零れそうになる唾をのみ込まなければならず、あたしは床の上で身悶えた。
「フぅ……何とかなっタ」
 溢れる生ぬるい唾液を喉に押し込み、あたしはヨロヨロと起き上った。最初から二足歩行は難しいので、四本足で歩くことにする。これなら何の苦労もなく前進することが出来るからだ。
「みなもちゃん、教室を移りましょう。巣に行けば、お仲間がいるわ。どうすれば良いかも、自然と分かる筈よ」
 こくり、と頷くあたし。湿った音と、金属の不愉快な音を立てながら、ゆっくりと巣へ向かった。

 ……あたしが前回見たときよりも、巣は巨大なものになっているように思えた。一体これを作るのにどれくらいの時間がかかったのだろう?
 床にはこんもりと土が盛られていて、とても歩きやすい。壁も、天井も、土で覆われている。実際は土を随所に貼り付けていったのだろうが、ぼんやりとした視界ではまるで本当に自分たちで掘った地中にいるように見える。
 あたしは巣の真ん中までやってくると、柔らかな土の上で身体を伏せた。
 ……湿っていて、何て良い匂いのする土なんだろう!
 嬉しくなったあたしは仰向けになって、背中を土に押しつけた。そして身体を左右に揺らしながら、背中を土に激しくこすりつける。ズリ、ズリ、ズリと、規則的なリズムで音を鳴らすのだ。あたしの刺々しい剛毛すら、土は優しく包み込んでくれる。
 遂には飛び出た鼻を土に埋め、大きく息を吸い込んだ。ミネラルを多く含んだ豊かな土が鼻や口に入ってくる――美味しい! あたしは歓びのあまり土の上を転げ回るのだった。
「みなも、待っていタよ」
「おかエり、みなも」
 奥から声がするので、起き上ってみると、見覚えのある怪人たちがいた。
 前に見た彼らは醜く、また卑しかった。今も全く同じ姿のままいるのだが、その土まみれの姿には親しみがあり、メイク前に見せられたモグラの写真のような愛嬌さも感じられた。モグラもモグラ怪人も同じような生き物に思えるのだ――、
 あたしは口の中でダマになった土を吐きだしてから、言った。
「タダイマ」

 あたしたちは、ひどく空腹だった。モグラ怪人は一日の半分も胃を空にしていると死んでしまう。だから一日に何度も食事をする必要があった。
 間の悪いことに、貯蔵庫のミミズは尽きてしまったそうだ。だから新たにミミズを探さなければならなかった。
「……クンクン……」
「ヒクヒク…………」
「…………コこダ!」
 土を這い豚のように鼻をひくつかせ、芳しい匂いを探し当てると、気も狂わんばかりに掘る。体温が急上昇しそうになると、仲間と交代して身体を土にこすりつけて冷やす。連係プレーが重要な作業だ。
 土の中からミミズが姿を現した瞬間、あたしたちは我先にと口を土に突っ込む。肉を感じさせる匂いとは裏腹に、味は淡白だ。それが土と混じることによって、噛むときに仄かな甘みが生まれてくるのだ。
 ――土もミミズも本物ではないだろう――
 頭の隅でぼんやりと考えるが、本能の前では無力だった。あたしたちは少量のミミズを土ごと貪り喰い、また身体を冷やした。あたしたちの身体は熱くなりやすく、高温になると倒れてしまう。だから頻繁に身体を冷やさなければならないのだった。
 少量ずつ幾度も食事を行うために、排泄も少量をこまめにしなければならなかった。あたしたちは代わりばんこに薄暗い土の小屋へと籠った。排泄してしまうとたまらなくお腹が空き、本能のまま土をまさぐり、食欲を満たすと小屋へ入りたがった。
 ――その合間での僅かな理性支配の時間を縫って、あたしたちは組織の拡張を画策していたのだ。
「やハリ、仲間を増ヤさなケればナらなイだろウ」
 あたしたちの意見は一致していた。

 抗い難い本能に時間を取られながらも、あたしたちは幾つものドアに立ちふさがる土を掘り、着実と巣を大きくしていった。
 そして遂に、おあつらえ向きの場所に出た。
 学校という人間たちの施設――、それも曲がり角に侵入出来たのだ。ここなら、人間をさらってくるのに丁度良い。あたしたちは薬品を持ち、将来の仲間がやってくるのを待った。
 やがて靴音と共に、一人の女性が現れた。と同時に、あたしたちは手際良く彼女を気絶させ巣に運び入れた。瞼を閉じた女性の顔を見て、あたしの心の中で呼びかける声がした。
(……あ、生徒さん)
 ――何のことだか分からないけれど、この人は生徒さんと言うらしい。あたしはこの人を知っているようだ。ならば、この人もあたしたちの仲間になれて嬉しいだろう。
 ――そうだ、嫌がる筈がない。最初は悲鳴を上げるかもしれないけれど、すぐに良き仲間となるのだ。そう、結果的に双方が満足する結果になる。あたしは確信している。
 巣の中で、さっそく彼女の姿をあたしたちと一緒にしてあげる。だって、人間のカタチのままでは、彼女が疎外感を感じてしまうもの。
 あたしは改造を仲間に任せる代わりに、彼女の手を握ってあげていた。大丈夫、すぐに終わるからね。
 祝杯の準備をし始めた頃に、彼女は目を覚ましたようだ。空間を裂くような叫び声が巣に響き渡った。
「おハよウ」
 あたしたちが微笑みかけるよりも早く、彼女は立ちあがって走りだそうとした。けれども、かつてのあたしがそうだったように、足を滑らせて無様に転んだ。ここは土の上だというのに、彼女はあたしよりもそそっかしいらしい。
 訳のわからぬ言葉を叫ぶ彼女に、あたしは手を差し伸べた。
「痛くハないデショう? クッションみたイなカラダだモの。すグに良くなルと思イマすよ」
 そしてまだ怖がる彼女に優しく笑いかけた。

「さア、コチラヘ来テくだサい。まズはテストしマしョう……」




終。

PCシチュエーションノベル(シングル) -
佐野麻雪 クリエイターズルームへ
東京怪談
2010年08月11日

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