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『果たされぬ誓い 』
イアル・ミラール7523)&茂枝・萌(NPCA019)


「IO2の方々も寛容ですね。私を快く送り出して下さって‥‥‥‥」
「元々、イアルは犯罪者じゃなくて被害者だもん。悪く言っても重要参考人。拘束してるのがおかしいんだよ」
 イアル・ミラールと茂枝 萌は、東京の人混みを歩きながら、目当ての店を探して視線をキョロキョロと彷徨わせている。
 銀座近辺のこの地域には、昼の店に混じってちらほらと夜間専門のいかがわしい店が立ち並ぶ。平日であるだけあり、通り過ぎていく人々も忙しない。そんな中、急ぐでもなく店に入るでもなく仲良く歩いている美女二人は、非常に人目を惹き、存在感をアピールしていた。
「それより、身体は本当に大丈夫? 無理はしてない?」
「はい。もう大丈夫ですから、心配しないで下さい」
 イアルは苦笑しているが、萌は本当に心配しているようで、表情には不安の色が浮かんでいる。
 数日前、人魚の得体の知れない呪いによって石へと変えられたイアルは、萌の献身的な介護と想いによって、奇跡的に元の人間の姿へと戻る事が出来た。激闘と激務の末に漸く二人は落ち着けるかと思いきや、イアルは治療もそこそこに重要参考人として事情聴取を受ける事となり、先日萌が上司と掛け合い、やっと解放されたのである。
 しかし代わりに、萌は妙な任務を一つ与えられてしまった。その任務は、東京に根城を置く暗殺業を営む高級クラブへの潜入捜査だった。本来、萌のような戦闘に特化した人間が行う任務ではないのだが、イアルの解放を取引に使われては拒みようもない。萌は渋々IO2からの要請を受け入れ、イアルと共に出向いてきたのである。
(囮捜査の類はリスクが高いしね。私を送り込もうって言うのは正しいんだろうけど‥‥‥‥イアルまで連れ出すなんて)
 萌はイアルを連れ出し、危険な場所に出向かなければならない自分に腹を立てていた。
 だが、とうのイアルは任務の内容を聞かされても微笑みを持って応え、瞳孔を了承してくれた。萌は意地でもイアルを守り抜くと覚悟を決める。
「余り固くならないで下さい。仕事は、あくまで調査なんですから。体を固くしていると、怪しまれますよ?」
 イアルの言葉に萌は苦笑しながら頷き、身体に充満していた緊張を無理矢理見追い出す。
 そうだ。これは潜入捜査なのだ。不必要に身体から殺気や緊張感を漂わせても怪しまれる。自然に、出来るだけ自然に振る舞わなければ‥‥‥‥
 萌は、これから待つ難儀な業務内容に溜息を付きそうになりながらも、隣を歩くイアルを気遣い、懸命に平常心を保とうとしていた‥‥‥‥


「いらっしゃいませ。また来て下さったんですね」
「へへへ、イアルちゃんに会いたくってねぇ」
 数日も経った頃、イアルは潜入先のクラブでの接客を続けていた。
 かつては一国の主となっていたカリスマは健在で、一度見れば二度と記憶からは消し去れないほどの美貌を武器に、イアルは簡単に高級クラブへと雇われてしまった。潜入してから一週間と立たない間にイアルはあっと言う間にあちらこちらからお客を引っ張り込み、虜にしてその頭角を現していく。先に働いていた先輩連中はお客を取られて大層不機嫌そうにしていたが、表立ってその不満をイアルにぶつけてくる事はない。いや、不満を表そうにも、イアルの魅力の前には男女の差などないのかも知れない。蠱惑的なイアルに魅了されて誰も手出しが出来ず、イアルがその気になってしまえば、小さなハーレムが出来上がってしまいそうだ。
「それにしても、イアルちゃんは本当にその服が似合ってるねぇ」
「そ、そうですか?」
 イアルは複雑そうに笑いながら、自らの格好に頭痛を覚えていた。
 イアルが来ているのは、俗にバニー服と呼ばれる衣装だった。水着のようなレオタードに黒い網タイツ。店の中でもハイヒールを履き、頭の上には白い兎耳のカチューシャを着けている。
 働くようになった初日こそ面食らった物の、イアルは何だかんだとこの衣装を着続けていた。潜入捜査を始めてからの数日間、成果らしい成果を上げられていないのだ。此処で追い出されるわけにはいかず、無理を言われない限りは店の方針に従わなければならない。
 萌は店の外に張り付き、いつでも突入できるようにと待機している。萌はイアルと共に店に潜入しようにも様々な要因(決してバニー服のサイズが合わなかったからではない。ないったら、ない)によって無理が生じたため、仕方なしに外での待機となったのだ。
「イアルに何もありませんようにイアルに何もありませんようにイアルに何もありませんようにイアルに何もありませんように」
 念仏のようにぶつぶつと呟きながら、萌はクラブを監視できる建物(少し離れたビルの屋上だった)から動かずに監視を続けている。その背後にはIO2が誇り無数の兵器が並べられ、高級クラブどころかこの付近一帯の建物を蹂躙できそうな火力である。
 これだけの装備を集めるのにも相当な苦労をした物だが、その程度の苦労など大したことではない。萌はイアルに危機が訪れた場合、本気でそれらの火器を使うつもりで監視を続行したのだった。
「くくく。頃合いか」
 そうとも知らず、イアルを遠巻きに長めながら、舌なめずりをする男が居た。
 萌が店内に居たのならば、目敏くその男を見つけ、一瞬にして叩きのめし尋問の一つもしていたのであろうが‥‥‥‥
「うふふ」
「あはは。それでねぇ」
 イアルは接客に夢中になっており、とても、それに気付く余裕など持ち合わせてはいなかったのだった‥‥‥‥


 目論見は、失敗した。
「ちっ、何故だ。何故失敗した!」
 イアルが勤めていたクラブの支配人、裏で暗殺業を営み多額の利益を上げている男は、巨大な氷柱に封印されているイアルを前に唇を噛んでいた。
 イアルの美貌と集客力の高さを評価した支配人は、イアルに暗示を掛け、即興の暗殺者に仕立て上げようとした。このクラブには、多くの政治家や富豪が訪れる。そうした者達と店の暗殺者達を同衾させ、殺してしまうのが彼のスタイルだった。
 しかしイアルは、暗殺など行った事もない素人(少なくとも、支配人にはそう見えた)である。暗殺者に仕立て上げるには、それなりの段階を踏まなければならないが、本人に拒まれてしまう可能性が非常に高く、情報の漏洩が心配の種となる。そこで支配人は、イアルに強力な催眠術を掛けて必要な知識と行動パターンを刷り込んでおこうと目論んだのだ。
 だが、結果は無惨な物だった。イアルは催眠術を掛けられた途端に動く事も出来なくなり、口もきけなくなってしまったのである。催眠術自体は、支配人の手順には一切の問題はなかった。しかし、イアルはこれまでに何度も催眠術を掛けられ、暗示を掛けられ、石にまで変えられてきたのである。つい数日前に掛けられた人魚の暗示の影響が残っている状態で催眠術を重ね掛けされたため、刷り込まれた行動に矛盾が生じ、作動不良を起こしたのだ。
 暗殺者として使えないと判断されたイアルは魔術によって氷柱に封じ込められ、今では玩具として売りに出されるのを待つばかりとなっている。
「これでも金にはなるんだが‥‥‥‥くっ、これなら、生かしたままで接客させておけばよかった」
 イアルが表のクラブでお客を集めてくれれば、それだけ暗殺対象と接近できる機会も増えるし、店の売り上げも上昇する。それをみすみす逃した事に腹を立てながら、支配人は氷柱の並ぶ地下室で舌打ちをしていた。
 ‥‥‥‥しかし、その様な怒りなど大した物ではない。
特に、支配人の背後に忍び寄り、剣を振り上げている萌にとっては‥‥‥‥比べる事すら出来はしない。
「ちょっと、キミ」
「なにをぉぉ!?」
 突然声を掛けられて振り返った支配人に、萌は高周波ブレードを振り下ろした。
 鋼鉄をも切り裂くIO2最強の切れ味を誇る牙である。生身の人間などひとたまりもなく、その身はバターのように断ち切られる。が、萌はあくまで調査と、イアルの救出のために突入してきたのだ。此処で主犯格を殺してしまっては任務が失敗となってしまう。萌は怒りに身を任せながらも冷静に剣の柄で支配人の顔面を殴り付け、呆気もなく昏倒させた。
「イアル! ああ、ごめん! また遅れちゃって‥‥‥‥」
 萌は倒れ込んだ支配人の後頭部を踏み付けながら、凍り付いたイアルに駆け寄った。氷柱へと取り込まれたイアルはピクリとも動かず、萌の不安を煽り立てる。
 人魚の時には、傍にいたにも関わらずにイアルを誘拐され、洗脳までされてしまった。それと同じ事が、こんなにも早く起きてしまった。萌の精神は揺さ振られ、不安が大きくなるばかりだ。
「IO2に、応援を要請しないと!」
 この地下室に来るまでに、店内に待機していた警備員や暗殺者の類は昏倒させている。しかし、時間が経てば外に出ていた者達も集まってくるだろう。そうでなくとも、凍り付いたイアルをここから連れ出すには、IO2の応援が必要だ。
 萌は支配人の身体を手持ちのテープで縛り付けると、踵を返して店内に戻っていく。
「ごめん。何度も何度も‥‥‥‥守ってあげるって、言ったのに!!」
 果たせなかった誓いに、萌は心の中で涙を流し、咆吼を上げていた‥‥‥‥



Fin
PCシチュエーションノベル(シングル) -
メビオス零 クリエイターズルームへ
東京怪談
2010年08月12日

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