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『唸れ闘魂!日々これ修練〜強き筋肉を手に入れよ 』
ガイ3547)&(登場しない)

柔らかな日の光が差し込む静かな森の静寂をブチ破る男達の咆哮が今日も今日とて響き渡る。
峻厳なる山に造られた古城からただもれてくる雄叫びに眠っていた鳥達は必死の体で翼を羽ばたかせ、遠くの空へと逃亡し、近くをうろついていた熊や狼、果ては魔獣たちも身を竦め、脱兎のごとく逃げ出してく。

この森に住まう獣たちにとってここは正に人外魔境。
近隣住民にとってはちょっぴり変わった『格闘集団』。
そして城に住まう彼らにとっては『格闘の聖地』・『究極の筋肉を求めし猛者が集う神聖なる場所』―その名も『闘神集団』。
格闘を極め、最強の筋肉を求める彼らにとって日々修行であり、喜びだという彼らはやや斜め167度ほどずれた一団じゃないか、と考える人もいたりする。

そんな闘神集団の門に志の高き格闘家が先日門を叩き―見事に入門が許され、修行に励んでいた。
格闘家の名はガイ。
格闘大会では知らぬもののない猛者として知られた彼の入門は闘神集団の誰もが歓迎したのは言うまでもなかった。

かつては華麗な舞踏会が開かれていただろう大広間に所狭しと並べられた修行機器に囲まれ、半裸・裸足の男達の雄叫びが絶え間なく響き渡る。
そのすぐ隣に開けた中庭に設置された格闘盤では数人の男たちが手加減無用の組み手が繰り広げられている。
常人にとってそれは尋常ではない光景だが、最強の筋肉を求めるガイにとってはこの上ない至福と至上の修行場だと感激に打ち震える。
本日のガイの早朝トレーニングはしっかりと壁に固定された伸縮可能の鎖を拳に絡め、全力で突き出す機器による修行。
一見容易いものに見えるが、気を抜くとこの鎖は勢い良く背後へと引き戻るという重加圧つき。
繰り出す拳も徐々に蓄積される疲労と重圧にしたがって重くなっていくシロモノだが、比例するように両腕の筋肉がしなやかかつ強靭に鍛えられていくのが良く分かる。
それを実感するたびにガイのやる気は衰えるどころか、さらに上昇していき―ついには鈍い音を立てて鎖が引きちぎれ、勢い良く空中分解していった。
「あ〜やっちまったか……」
残念そうにしばし立ち尽くすガイに気付いた男が慰めるように肩を叩き、笑いかける。
「仕方がないさ、ガイ。けど、これだけ景気良く引きちぎってもらったんだ。それだけでも喜んでるだろうって!」
「うん、そうだそうだ。最強の筋肉を手に入れる力となったなら、こいつを使ってもらったかいがあったってもんだ」
次々と同意していく男達にガイは満面の笑みでうなずき、まだ無傷の機器に手を付ける。
それを見届けて男たちもさして咎めることなくそれぞれ修行を再開した。
ここでは機器が壊れることは日常茶飯事で一々気にしていたら、彼らの最終目標・究極の筋肉を求めることなど不可能。
何より彼らの指導者たる開祖は高らかに宣言していた。
―機器が壊れることなど瑣末に過ぎん!全ては究極の筋肉を手に入れんための修行ぞ……恐れることなく邁進せよ!
この言葉に後押しされ、機器の破壊が際限なく倍増したのは言うまでもない。
正比例して異世界の商人たちが訪れることも増し、機器が壊れた翌日には全く別の―最新式の機器がずらりと並んでいるのだから見事なもので、整いまくった環境にガイがさらにのめりこんでいくのは当然の流れ。
そして、この日の早朝トレーニングでガイが壊した機器は優に両手・両足の指の数では足りないほどになっていたりするのだった。

規則正しいからおおよそ遠い激震が森の中に木霊し、怯えたように獣達が逃げまくる。
すがすがしい朝のトレーニング後は天然の環境を利用した山間トレーニングがここ数日のガイの日課だ。
別に強制ではないが、時折遭遇する魔獣や不埒な盗賊集団と手合わせを楽しみに参加するものは減ることなく、むしろ増大の一途。
最近ではあまりに大集団となったので大きく3つの集団に分かれて、周辺の山々を駆け回るようになっていた。
先日などしばらく続いた大雨のせいで地盤の緩んだ崖で起こった地滑りと遭遇し、居合わせた仲間たちと共に粉砕したのはとてつもなくいい修行だったなと走りながらガイは思う。
最初はゆったりとした走り方が徐々に速さを上げ、一種の暴走集団と化していくが気にもしない。
それ以前に険しい山の中で猛スピードを通り越して超高速で駆け回るのはすごいもので、はっきり言って近寄り難い。
しかも険しいことこの上ない獣道を全員裸足で走るのだから言葉もなかった。
断崖絶壁の谷を飛び越え、ようやく古城へ戻る道を選んだガイたちだったが、突如大気を振るわせた魔獣の咆哮と逃げ惑う人の叫びが木霊する。
一瞬にして方向転換し、ガイたちが即座にそこへ急行した。
獣道を駆け抜け、急に視界が開けた先に無残になぎ倒された木々の間にのっそりと立ちはだかる巨大な熊の姿をした魔獣。
「久々の修行相手だな!!」
「おう!!」
喜色に飛んだガイの叫びに男達の声が見事に重なったと同時に凶暴極まりない魔獣へと向かって数限りない格闘技が襲い掛かった。

「実に見事な筋肉な〜ガイ。俺もまだまだ修行が足らん」
「いや、お前の背筋だって素晴らしい鍛え振りだ。あの機器を使うと、魔獣の爪すら届かぬものになるのか!」
「なぁ、ガイ。俺の腕の筋肉もなかなか良くなってきただろう?お前が持ってきた奥義書を読ませてもらったお陰で筋肉一つ一つの動きが分かるまでになったぜ」
夕餉も早くに済ませ、皆で向かったのは休息の定番・サウナ室。
惜しみなく沸かされた蒸気に満たされた石造りの部屋は真新しいオーク材で造られたベンチがゆったりと置かれ、仄かに木の香りが漂う心地よさに満ちている。
良く鍛えた筋肉は良く休ませろ、が教えの一つであり、修行後は誰もが先を争って殺到するが、それでも充分な広さが保たれている。
ここで繰り広げられる修行談義や筋肉談義は楽しく、更なる強さへ至る糧につながる有意義なもの。
一日鍛えた身体をゆったりと休めながら談義に花を咲かせるのは誰にとっても最大の娯楽だった。
「足の筋肉が少々劣ってきたかもしれん……効果的な方法がないか?ガイ」
「うん……心配するほど劣ってはいないぞ?だが、もっとしなやかにするなら足腰に重点を置いた機器を使って鍛えるのがいいだろうな」
「それならいいのがあるぞ!今日、新しい機器が入ってきたんだが、その中にいいのがあった。一番に使え!その代わり、隙間なく盛り上がった腹筋の鍛え方を教えてくれるか?」
「いいだろう!なんなら、その後の組み手の相手もしてくれよ」
次々に飛び交う華やかな筋肉談義に交わりながら、ガイも明日の組み手相手を探して何人かに話を振る。
この手の話は一番盛り上がりが良く、即座に相手が見つかるもので修行相手に事欠かない。
何よりも自分の欠点を指摘し、改善点を要領よく伝えてくれるガイと組み手をしたいという者は大勢いた。
最強の筋肉・格闘家へ至る道は険しく長いのだ。
どんなに些細な指摘でも改善して、更なる高見を求めるのが格闘家の本分。
蒸気をも超える熱気が今宵もサウナ室に充満し、頃合を見計らった重鎮の呼びかけが掛かるまで話が耐えることはなかった。


中空に銀色に輝く月が差し掛かる頃、ガイは皆が雑魚寝している部屋へ向かう前に少しばかり崩れかけた城壁近くの広場に寄るのを日課にしていた。
特に何かの修行をするわけではない。
だが、静かに息を吐き出すと、ガイは瞑目して気を高める。
全身からゆらりと立ち上る仄白い気が水面に広がる波紋のように空気をゆるがせて広がり、周囲をわずかに振動させていく。
やがて古城全体まで広がったところでガイは目を開けた。
果てしなく広がっていた気は煙のように掻き消えてしまうが、ガイを満足させるには充分なもの。
ここへ訪れたばかりの頃、気を古城全体に広げるまでに2刻以上掛かっていたが、今では数瞬で極限まで高まり、全体を包み込むまでに至っていた。
まさに修行の賜物だ、とガイは満足げに微笑んだ。
気を高めるには普通ならもっと時間が掛かる上、高め方もコツがいるものだ。
今までの修行でも多少は高まったのは分かっていたが、ここへ来てからは飛躍的に伸びた。
互いに鍛えあうよき仲間に恵まれたことは最大の幸運と思い、明日へのさらなる修行に胸を躍らせる。
寝室となっている客間へ戻ると、皆眠りについていたがその表情は誰もが充実したもので満たされていた。
腕を磨き、高みを目指して駆け上がる。だが、そこに胡坐を掻けばたちまち落ちていく。
それはここにいる誰もが心に刻んだ誓い。
ガイも慢心することなく、より強く素晴らしき筋肉を求め、ごろりとその場に横たわる。
穏やかな風が吹き抜けると共に心地よい眠りへとガイは静かにいざなわれるのだった。


FIN
PCシチュエーションノベル(シングル) -
緒方 智 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2010年08月17日

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