▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『変わらない未来へ。 』
フォーレ・ネーヴ(eb2093)


 久しぶりに見るアトランティスの空は、相も変わらず虹色だった。

「おぉッ、懐かしいね♪」

 何とはなしに額の上に手をかざし、空を見上げたフォーレ・ネーヴ(eb2093)の第一声がそれである。何しろアトランティスの地を踏むのは10年ぶり、となれば感慨もひとしおだ。
 さらり、と背中に流したストレートの髪を揺らし、初めて見る虹色の空に興奮する子供達を促して、時に窘めながらウィルの町を歩く。故郷とは違うけれど、故郷同然に馴染んだ場所。
 「新天地が見たい!」と子供達にせがまれて、月道を通り故郷からアトランティスへやってきたのは、今朝のことだ。そうしてあちら、こちらと懐かしい場所を巡って、今向かっているのは1人の青年の家――否、フォーレがすでに少女ではないように、10年経った今、彼もすでに青年ではなかろうが。
 相手と約束はない。けれども帰郷の前から彼の事は気になっていて、こうしてウィルに遊びに来ようと決めた時から、絶対顔を見に行こうと思っていて。
 ちょっとずつ変わった、けれども空気だけは変わってないウィルの下町を通り抜け、彼の家の前に辿り着き。すっかり大人の男になった彼が、妻らしき女性の手を引いて、家から出てきた所に遭遇する。
 相変わらず左足が悪いのだろう、少し引きずりながら夫に手を取られて歩く女性は、やっぱり見覚えがあって。何事か楽しそうに話していた彼女が不意に、フォーレ達に気付いて夫の腕を引いた。
 そうして2人の視線を受けて、フォーレはにっこり微笑む。

「久しぶりだね。元気そうでよかった♪」
「‥‥あ、れ?」
「あれ? 気が付かないかな、かな? 私だよ。フォーレ」
「‥‥って、師匠ッ!? うわッ、マジッすか!?」

 クスッ、と悪戯な子供のように瞳を輝かせて、笑った彼女に笑われた彼は――シルレイン・タクハは、かつてよりも成長した顔で、けれどもかつてと変わらぬ笑顔になって、近所中に響き渡る声をあげた。





 かつてフォーレがこの町で冒険者をしていた頃、彼女はシルレインを弟子にした。正確にはレンジャーになりたいと憧れるシルレインが、とある理由でギルドに助けを求めた際にやってきたフォーレに、一方的に弟子入りした。

「いやぁ‥‥あの師匠が母親ッすか。俺、マジびっくりしましたよ」
「にーちゃん、どういう意味かな?」
「う‥‥ッ! やッ、そのッ、師匠もあの、お元気そうでなによりで‥‥ッ」

 うっかり失言をして冷たい視線に晒された弟子は、慌てて全力で首と両腕をぶんぶん振った。それから、今はシルレインの妻と楽しそうに遊んでいる子供たちに視線を向ける。
 あれが四男で、あれが末娘で、と指をさして教えると、なるほど、とこっくり頷く弟子の姿がまるで、折に触れてレンジャーの心得を教えていたあの頃をふと思わせた。

「‥‥にーちゃん。にーちゃんの目的は達成できた? それとも、続けてる?」
「‥‥ッ」

 その懐かしさに導かれるように、ずっと気になっていた事を尋ねたら、シルレインは笑顔になり、だが次の瞬間顔を曇らせて肩を落とし、それから何か言いかけて、だが諦めたようにまた口をつぐんだ。その百面相が何よりも如実に、彼の過ごした10年間が決して平穏なものではなかったことを示している。
 だからフォーレはあえて、ん? と気付かないふりの笑顔を向けた。それにまた言葉を探すようにシルレインは、がしがし頭をかいて、えっと、と視線をさまよわせ。

「その‥‥俺、今、冒険者してます‥‥あの後、逃げた盗賊団の連中も捕まえて、官憲に突き出して‥‥それで、ギルドに登録できて、ずっと」
「それは、おめでとう、かな?」
「あがとうございます。マジ、師匠達のおかげッす。俺の鍵開け、仲間内でもちょっと評判で。師匠に教えてもらったナイフ投げも、今じゃ結構なもんッすよ」
「へぇッ、そうなんだ?」
「俺が元盗賊団だって事、ギルドにも言わないでもらえたんで。マジ感謝ッす」
「あはは♪」

 ちなみにその事実が、実はウィルの冒険者ギルドの一部で公然の秘密だったという事を、未だに知らないのは当のシルレインだけだったりするのだが。
 だがそれだけでは、暗い表情の理由にはなるまい。無言で先を促すと、はは、と彼は肩をすくめた。すくめて、乾いた笑みを浮かべた。

「――盗賊団の連中は全員、死刑でした。当たり前ッすけどね、ほんとアイツら、ろくでもない奴らばっかだったんで。同情の余地なしって感じで」
「‥‥でも、にーちゃんは複雑、かな?」
「‥‥‥アイツらほんと、どうしようもない連中で。でも」

 かつてのシルレインにとっては、そこがたった一つの寄る辺で、家族だった事をフォーレは知っている。親も兄弟もなくしてやさぐれていたシルレインを拾い、鍵開け師として仕込んだのは
その生活に嫌気がさし、盗賊団を壊滅寸前に追い込んだレンジャーに憧れ、冒険者を夢見てウィルで何でも屋を営んでいた頃も、再び目の前に現れた彼らへの感情は、蘇った忌まわしき過去だけではない『何か』があったのかもしれない。
 けれどもシルレインは今度こそ盗賊団と決別し、その手で捕らえる事を決めた。その為に努力し、冒険者に協力を仰いだ。
 だから、その目的を果たした事は本当に喜ぶべきことだ。それなのにいまだに痛みを抱えたような顔をする弟子が、どことなく弟子らしいとフォーレは思う。
 きっと彼はいまだに、彼の大切な人たちを傷つけようとした少女を怒りながら、憎んではいないのだろう。嫌悪であって憎悪でない、良く似ていて歴然と異なる感情で、盗賊団で妹と呼んだ少女の死を胸にしまっていたのだろうから。

「‥‥無理、しない様にね?」
「平気ッす! 嫁さんと義弟に心配掛けられないんで。師匠こそ、昔の調子で無茶やってんじゃないッすか?」
「にーちゃん、私ももうお母さんなんだよ?」

 にこぱ、と笑ったらなんだか、娘達の方から異論が聞こえてきた。後でゴツンと一発ずつ入れておこうかな? と笑顔の下で考える。
 そうしてふと見上げた、陽精霊輝く虹色の空。龍と精霊の国アトランティスでしか見られない光景。

「よーッし、じゃあにーちゃん、久々にナイフ投げの腕前を見てみようかな♪」
「うッす!」
「そうそう、教えた罠作りのほうも、ちゃーんと修行してるのかな?」
「う‥‥ッ!? そ、それはその‥‥ッ」

 だらだらだら、とたちまち脂汗をかいてフリーズする弟子があまりにも昔の通りで、今度こそフォーレはお腹を抱えて、声を立てて笑った。そんなフォーレの前で必死になって「やっぱ、向き不向きってあると思うんすよッ!?」と力説するシルレインを、ほらほら、と追い立ててナイフ投げの的の前に立たせる。

「後で罠作りも見せてもらおうかな♪」
「げッ、マジッすか!?」

 ぬおぉぉぉッ、と悶えながらナイフをかまえたシルレインの姿は、10年前よりはるかに様になっていた。その立ち姿を見ただけでもこの10年のたゆまぬ修行がうかがえると、フォーレはにっこり目を細める。
 それでも師匠と呼ばれる以上、弟子に追い抜かれるわけにはいかないものだし。

「私もナイフ投げようかな? にーちゃんと勝負♪」
「師匠、勘弁して下さいよッ!!」

 師弟の明るい笑い声に、遠くから見ていたフォーレや近所の子供達がシルレインの妻と顔を見合わせ、くすくすくす、と笑う声が重なった。シルレインの手から放たれたナイフが、スト、と危なげなく的に収まると「すごーいッ!」と歓声が上がる――それはかつてと変わらない、ウィルの下町の光景。
 虹色の空の下で弟子が掴み取った幸福を想いながら、フォーレもまたあの頃のように、ナイフを放ったのだった。






━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【整理番号 /    PC名     / 性別 / 年齢 / クラス  】
 eb2093  /  フォーレ・ネーヴ  / 女  / 19  / レンジャー

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

師匠様からのありがたいお申し出に甘えて、弟子との再会を書かせて頂きました。
あの弟子は今、こんな感じだろうか、と考えながら蓮華も本当に懐かしくなりまして。
師匠様のお心に留めて頂き、弟子に代わって心からお礼申し上げます。

10年後のお母様になられた師匠様‥‥ちょっと大人な師匠様を描けていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
WTアナザーストーリーノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
Asura Fantasy Online
2010年08月30日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.