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『Fireworks 』
リヒト・ロメリア(gb3852)

●帰還

  夏も終わりに近いラスト・ホープ、午後5時。
 島内中心部にあるUPC本部に高速艇が一機、空から舞い降りてきた。
 対バグア戦線に身を投じていた傭兵を乗せ帰還してきた艇は、西日さしこむ滑走路に音もなく着陸する。
 乗降ハッチが開いた。
「ふぅ」 
 下艇を待ちかねていた傭兵たちの中に、凛と佇む長躯がひとつ。藤村 瑠亥である。
「なあ、このあと飲みにいかねえ?」
「‥‥ん、悪い。帰りを待っていてくれるものが、いるんだ」
 依頼をともにした仲間と言葉を交わしつつ艇を降り、本部の事務棟へ大股で歩いてゆく。
 ドアの向こうで行うのは、報酬の受け取りなど、諸般の手続きだ。
「さて、帰るか」
 10分ほどを費やし、それらを片付けたフェンサーは事務棟を後にする。そのまままっすぐ基地正門へ向い、守衛に認識票を示し、本部を退出。
 正門周辺には、傭兵向けの飲食店や娯楽施設が軒を並べているが、それらに目をくれる様子は見せない。「待ち人」がいるといったのは、方便ではなかったようだ。
 瑠亥は早足で歩いた。向かうは道を隔てた先にある、バスターミナル。
 停まっていた郊外行きの一台に乗り込み、擦り切れたシートに腰を下ろす。
 煩いエンジン音とともに走り出したバスの乗客となること、十数分。
 都心の喧騒がすっかり消えた一角で、彼は降りた。。
「夕食には間に合うな」
 ひとり呟き、だらだらと伸びる緩い坂道を歩き始める。周囲は住宅もまばらで、よく茂った夏の木が西日を受止めていた。街路に零れるオレンジ色の木漏れ日のなか、しばらく歩いて−−。
 木造2階の建物の前で、 足を止めた。
 民家、というよりは旧い学校のような趣だ。低い柵で囲まれた中庭には、華美ではないがよく手入れされた植物が、いくつか花を咲かせている。
 入り口横に掲げられているのは、手書きのプレート。書かれた文字は「日照館」。
 どうやらこここそが、瑠亥の「家」のようだ。
「只今」
 男は慣れた様子で、扉を開けた。



●おかえり!

 扉が開く音と瑠亥の声を耳にしたリヒト・ロメリアは、廊下を小走りで玄関まで駆けた。
「おかえり」
 彼女はずっと待ちわびていた。兄のように慕う男が、依頼から帰って来るのを。
「瑠亥さん、お疲れさま、だよ」
「ん‥‥あ?」
 荷物を手にしたままの瑠亥の左目が、驚いたように開かれるのが、心地よくもくすぐったい。
「ん、その格好は?」
「浴衣、着てみたの。‥‥ヘン、かな」
 リヒトは両手を可愛らしく広げ、その場でくるりと一回転して見せた。
 この夏新調した花柄の浴衣は、自身も気に入っている1枚だった。トレードマークのピン付ニット帽の中に長い銀髪をまとめ、うなじを出したアレンジにも挑戦していたりする。
 無論、似合っている自負はあったが、
「とても可愛い」
 褒められてこそ嬉しいのが、女の子というものだ。
「よかった」
 リヒトは微笑み、改めて瑠亥を見上げる。彼は廊下より一段低い、玄関の三和土に立っていたが、それでもリヒトより頭の位置が高かった。
「ね、花火、いこ。今日はこのままいい天気らしいし、絶好の花火日和かも」
「花火‥‥? 突然だな」
 また急にどうして。そう言わんばかりの表情に
「何で花火‥‥って、夏って気がするから、かな」
 微笑をもうひとつ追加する。
「それもそうだ。たまには悪くないか」
 つられたように頬を緩める瑠亥に、さらにもうひとつ、リクエストを出した。
「瑠亥さんも、浴衣着ようよ?」
「俺も?」
「うん」
 こういう時は、きっぱり言い切ったものが勝ちなのだ。
「わかった。少し待っててくれ。着替えてくる」
「ん、待ってる」
 靴を脱ぎ、自室のある2階へ登って行く瑠亥を、小柄な少女は嬉しげに見送るのだった。



●夏の夜の夢・序

 長躯の青年と小柄な少女が並んで「日照館」を出た頃、辺りは夜の帳に包まれつつあった。
 西の空の低い位置に、オレンジ色が少しだけ残っている。
「わあ、綺麗な夕焼け」
 小さなブリキのバケツを携えたリヒトの指が、夕焼けを指し示した。浴衣とあわせたぞうりが、カラコロと愛らしい音を立てている。
「ああ、本当だ」
 黒い浴衣を着こなした瑠亥は頷きつつ
「リヒト」
「?」
 さりげなく銀髪の少女を歩道の内側に入れた。ほぼ同時に、ヘッドライトを点した自動車が、2人のすぐ傍を通り過ぎてゆく。
「ボ、ボクだって能力者だから、大丈夫だよ?」
「能力者とかそういうのは、関係ない」
 向けられるのは慈しみに満ちた目。リヒトはきまり悪そうに目を逸らしたが
「ありがと」
 ぽつり呟くのは、忘れない。ついでに瑠亥の浴衣の袖口をちょこんと掴んだ。
 二人は、大通りからわき道へと入る。街灯の光に照らし出された道で動くものは、長く伸びた影だけだ。
 リヒトの草履の鈴に被さるように、虫の鳴き声が聞こえる。
「夏も、終わりだね」
「そうだな」
 ぽつりぽつり、言葉を交わし、歩く。
「瑠亥さんは、お仕事で忙しかった、ね」
「‥‥すまない。寂しい思いをさせてしまったか」
 長躯の青年は、少女の顔を見ないまま、ぼそりと謝った。
「ん、無事に帰って来てくれたから」
 俯き、しばし黙るリヒト。
「ボクはそれで、十分かな」
 つけ加え、鈴を鳴らして小走りに駆けた。照れを隠すように。
「ほら、あのお店!」
 どこか「日照館」に似た趣の、懐かしい匂いのする雑貨屋が、水銀灯の下、佇んでいる。コンクリート打ちっぱなしの土間には、これまた粗末な台が並べられており、その上の木箱には駄菓子が行儀よく収まっていた。それは例えば飴玉であったり、ソースをつけて食べる煎餅であったり、串に刺さった丸いカステラであったりだ。
「‥‥今時こんなところが」
「こないだお散歩してた時、偶然みつけたんだ。ボクのお気に入りだよ」
 物珍しげに店内を見回す瑠亥。一方リヒトは駄菓子の横の木箱を、真剣な面持ちで眺めている。
「おや、リヒトちゃん。今日は花火が欲しいのかい」
 店番の婆もリヒトのことは常連と認識しているようだ。膝の上の猫を撫でながら、穏やかに名を呼んだ。
「うん、これとこれとこれ、ちょうだい」
浴衣の袂を片手で押さえつつ、花火をいくつか選ぶ銀髪の少女。小銭と一緒に、婆に手渡した。
「はいはい。今日は良い日和だからね。蝋燭とマッチもいれておくよ」
 婆にとって彼女は、孫娘のように映っているらしい。白い紙袋に花火をいくつかオマケして詰め
「兄ちゃん、火の始末は大人がちゃんとやらにゃいかんよ」
 瑠亥に押し付けた。
「ん、‥‥ああ」
 瑠亥は曖昧に頷き、ぎこちなく紙袋を受け取った。不器用を絵に描いたような姿にリヒトはくすりと笑い
「ありがとおばあちゃん、またね。 −−瑠亥さん、行こう」
 ついと黒い浴衣の袖を、引っ張った。
 ふたりを見送る婆の膝の上で、猫がにゃあと鳴いた。



●夏の夜の夢・儚
 花火を買った雑貨屋から、ラスト・ホープ都心まで繋がる人工川のほとりまで、さほどの距離はなかった。
 生活用水としての役目は担わない、癒しのためだけの川だ。川原には土と石が敷き詰められ、草木まであちこちに植わっている。
「水辺は、涼しいな」
 空に広がる星空を見上げながら、瑠亥が呟いた。
 なるほど彼のいうとおり、熱を孕んだ街中の風とは異なるそれが、ひやりと二人の頬を撫でて抜けてゆく
「そうだね、じゃ、はじめよう?」
 ブリキのバケツに水を汲んだリヒトは小首を傾げて、花火の入った紙袋を覗き込んだ。
 最初に取り出したのは、支柱付の小さな蝋燭。平らなところに立てて、マッチを擦る。
「あれ‥‥うまくいかない」
 慣れない手つきで点火に挑戦するリヒトの手から、瑠亥がマッチをそっと抜き取った。
「貸してご覧」
 しゅっ、っという擦過音とともに、僅かな火薬の匂いが広がる。
 男は小さな小さな炎を、リヒトの足元に立つ蝋燭に移した。
「瑠亥さん、すごいね」
「ん、慣れだ」
 蝋燭の灯りは、わずかに手元を照らす程度。互いの表情はよく見えず、照らされるのは手元だけ。
「はい、花火」
「ああ」
 リヒトが、瑠亥に花火を手渡した。
 竹の棒に色紙で包んだ火薬が括り付けられているだけの、ごくありふれた手持ち花火だ。
 蝋燭の炎で、先端の紙片を炙る。
 着火まで、数秒。
 火薬の匂いとともに、音を立てて花がひらいた。
「わあっ」
「懐かしいな、花火なんて暫くぶりだ」
 白い煙をあげながら咲き誇る時間は、思いのほか短い。
「あ、もう終わっちゃった」
「ん、じゃあ次はこれにしようか」
 沢山あった竹の棒は、瞬く間にブリキのバケツに沈む残骸と化してゆく。
「ねずみ花火‥‥これは『人に投げちゃいけません』の典型例だね」
 手持ち花火を使い果たしたリヒトが輪っか状の花火を炙り、川に向けてぽいと放った。
 それはささやかな炎とともにしばしくるくると回り
「わっ!」
 ふたりの足元で、音を立てて爆ぜる。
「驚いたな」
いたって平静な顔で、瑠亥がリヒトを覗き込む。
小さく声を上げた少女は、きまり悪そうな笑みを返した。
「ほら、最後のお楽しみ、線香花火だよ?」

 川原に屈んだふたりの手元で、小さな花が咲く。
 ほとんど音も立てず煙も出さないオレンジ色の光。
「相変わらずも儚く、短い花火だな‥‥」
 丸い火球が落ちる様を見つめ、瑠亥が呟いた。リヒトの手の中の花もちいさな球になって、落ちてしまったようだ。
 袋を探る。最後の2本を、それぞれ指先で挟んだ。
 点火。花咲く。夏の終わりを、告げる花が。
「儚いからこそ、綺麗に見えるんだね‥‥」
 オレンジ色の光が、リヒトの銀髪を淡く照らす。
「ボク‥‥難しいことはわからないけど‥‥すごく綺麗だと思う‥‥」
 いとおしむように花火を見つめる横顔も、僅かに見える。
「そうだな。散る美学と言うか、日本の桜に通じる風情というものがある」
「桜?」
 リヒトの視線が、花火から瑠亥に移った。金色の瞳を見返し、長躯の傭兵は言葉を続ける。
「春に咲く、綺麗な花だ。この戦争が終わったら、リヒトにも見せてやりたい」
 戦争が終わったら。否、終わらせなければ。内心で決意を、新たにしながら。
 最後の花が、ぽとりと散った。
「‥‥約束、だよ?」
 少女の声とともに、静寂と暗闇がふたりを包む。
「‥‥ああ」
 しばしの後。
「‥‥さ、帰るか」
 瑠亥が立ち上がり、リヒトに手を伸ばした。浴衣の裾を気にしながら、リヒトも後に続く。
「リヒト、見てご覧」
 声をかけられ、指差す川面を見て、彼女は息を呑んだ。
「‥‥わ‥‥蛍」
 瞳に映るのは、闇の中を舞い飛ぶ、緑色の光だ。
「珍しいな‥‥ラスト・ホープで見られるとは、思っても見なかった」
 瑠亥の呟きも、リヒトの耳には入らない。ドイツ出身の少女にとって、小さな甲虫が発光しながら群れ飛ぶ様はとても珍しく、美しいものに映ったのだ。
「幻想的な‥‥風景‥‥だね」
 浴衣の腕をそっと伸ばし、触れようとするもそれは勿論叶わない。
「綺麗だ」
 リヒトの仕草を見守りつつ、そっと頭を撫でる瑠亥。
 夜風が、ざあっと音を立てて川原に向け、吹き抜けた。
「くしゅん!」
 それは意外なほどに冷たく、秋の気配をも孕んでいて。
「さあ、そろそろ帰ろうか」
 夏の夜の夢の終わりを悟らせるには十分なものだった。

 ふたりが「日照館」への帰路をそぞろ歩く頃、夜はもうとっぷりと暮れていた。
 細い月が頭上で輝き、冴えた光で道を照らしている。
「いい息抜きになった。こういうのも、たまには悪くない。ありがとう。リヒト」
 ブリキのバケツをぶら下げた瑠亥が、ぽそりと感謝の念を口にする。
 歩道の内側を歩いていたリヒトは、右側を護る傭兵を見上げ、微笑んだ。
「うん。また、来ようね」

 月明かりが二人の影を、夜道に長く黒く描く。
 どこにでもありそうな、だけどここにしかない、夏の終わりの淡い夢。




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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ga3862/藤村 瑠亥/男/22歳/グラップラー
gb3852/リヒト・ロメリア/女/14歳/スナイパー

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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はじめまして、クダモノネコです。このたびはご発注ありがとうございました。
おふたりの夏休みが、思い出深いものとなったことを祈っております。
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CATCH THE SKY 地球SOS
2010年08月30日

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