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『戦士の墓標〜夏の夜の夢〜 』
漸 王零(ga2930)

 とある夏の夕暮れ。人里離れた小高い丘へと続く道を、1人の若者がゆっくりと登っていた。
 彼の名は漸 王零。傭兵を生業とし、この世界では「能力者」と呼ばれる超人たちの1人である。
 身の丈2mを越す、やや細身だが筋骨逞しい体。巨躯に似合わず端正なその顔の左目周囲に傷口を隠すような仮面を付けている。
 肌の色は東洋人のものだが、奇妙なことに左目のみが蒼眼であった。
「……ここへ来るのも一年ぶりか」
 口に咥えた煙管を揺らしながら、王零はふと独りごちた。
 歴戦の傭兵である王零だが、その日身につけた武器といえば長刀と軍隊用ナイフのみ。
 酒壺ひとつを肩に提げた彼の向かう先――丘の頂上付近には、一振りの洋刀が突き立てられている。
 たまたま通りすがりの旅人が見れば首を傾げる光景かもしれない。
 だが王零は知っていた。
 その剣が、いやこの小さな丘そのものが――。

 かつて「英雄」と呼ばれ、後には「人類の敵」として忌み嫌われた、1人の不遇な軍人の墓であることを。

 普段は詣でる者とてない「墓」の周囲は雑草に覆われていた。
「ふむ……さすがに掃除せんといかんな」
 持参した道具で墓の周囲を掃除してやった後、王零は墓標である剣の前にどっかり胡座をかくと酒壺の蓋を抜いた。
「汝も飲むか? たまにはよかろう、話し相手もいないのでは寂しかろうしな」
 壺を傾け、剣の上から酒を注ぎかける王零。
 柄から刀身へと流れ落ちる酒精を眺めるうち、過去ハワード・ギルマンと交した死闘の光景が脳裏に蘇った。

 いったい幾たび戦場で相見えたことか?
 初めて遭遇した時「奴」はエースゴーレムを駆る小部隊の指揮官に過ぎなかった。
 異星人でありながら人類の戦術を知り尽くし、時に狡猾、時に大胆なゲリラ戦法で人類側傭兵を翻弄した憎むべき敵。
 やがて時は過ぎ、王零は正規軍からも一目置かれる有力傭兵小隊の長となったが、奴もまたバグア軍えり抜きのエース部隊・ゾディアック「蟹座」の将に抜擢され人類を悩ませ続けていた。
 バグアのヨリシロ。不倶戴天の仇敵――。
 そう、そのはずだった。
(最後に言葉を交したのは、確か極東ロシアの戦場だったか……)
 手酌で酒を飲みつつ、王零は回想する。
 あと一歩。あと一歩の所まで追い詰めながら、奴のファームライドを取り逃がしてしまった。
 今度こそ逃がさぬ――不退転の決意を固め次なる決戦に出陣しようとした、その矢先。
 王零の元に飛び込んだのは「ギルマン搭乗機が別の傭兵部隊に撃墜されたと」いう報せであった。

 あの時感じた言い様のない喪失感は、いったい何だったのか?

「だが皮肉なものだな。運命の女神は再び『奴』と決着をつける機会を与えてくれたよ」
 目の前の剣に向かい語りかける。
 そう、今この下に眠っているのは既にヨリシロではなく、正真正銘人類の「英雄」だった元合衆国陸軍軍人、ハワード・ギルマン大佐の屍なのだから。
「……そして我は勝った。汝の仇も討った。しかし……」
 ――王零にとって、それはあまりにも苦い勝利であった。


 ふと気づくと、日は暮れて辺りは薄い闇の帳が降りつつあった。
「つい眠りこんでしまったか……我としたことが」
 背後に人の気配を感じ、刀の柄に手を掛け油断なく振り返った王零の双眼が驚きに見張られた。
 そこにいたのは、忘れるはずもない者たち。
 迷彩服に身を包むがっしりした体格、異様な鉄仮面を被った白人将校と、喪服のドレスをまとった若く美しい白人女性――ハワード・ギルマンと娘のエリーゼ・ギルマン。
「我は1人で来たはず……なぜ? なぜ汝らがここにいる?」
「さてな。幽霊(ゴースト)、魂(スピリット)――まあ好きに呼ぶがいい」
 ハワードが大袈裟に肩をすくめ、エリーゼは静かに微笑んでいる。
「汝は……」
 一瞬、相手をどう呼べばいいか当惑する王零。
 目の前の2人は人間の霊なのか、それとも――。
「バグア……カルキノス、なのか?」
 人類の中ではただ1人、王零のみが知る「蟹座」の真の名を呟いた。
「いや、違うな。カメル上空での戦いを憶えているか?」
 答えたのはエリーゼの方だった。
「おまえが私の肉体を滅ぼした時、奴もまた共に滅びた……バグアはヨリシロに憑依してから一定の時間が過ぎないと、新たなヨリシロには移れないらしい」
「そうだったのか……」
 夢の続きを見るような心持ちで、王零は2人にそれぞれ盃を渡し、酒を注いだ。
「俺も奴らのヨリシロにされてたらしいな……全くしくじったぜ。そうと知ってりゃ、頭を拳銃でぶち抜いて自決してたろうにな」
 豪快に酒杯を飲み干してから、ハワードは「ジーザス!」と小声で舌打ちした。
「ハワード……あなたという目標があったから我は強くなれた」
 やや気恥ずかしい気分を押し殺し、王零は胸の裡を明かした。
「戦ったのはあなたではないが、あの時の我にとってカルキノスではなく、あなたこそが大きな壁だった。約束は守れなかったが――」
 いったいいつ頃からだろうか? 宿敵である「蟹座」に対し、単なる憎しみ以外の感情を抱き始めたのは。
 ハワードが振り向く。鉄仮面の奥で、青い眼が成長した息子を見守る父親の如く細められた。
「そういうことなら……無駄ではなかったかもしれんな。ヨリシロにされたのも」
「ああ。零は強い漢だ。いつかきっとバグアどもを宇宙に追いやってくれるさ。私たち父娘に代って、な」
 王零はエリーゼに視線を移した。
「……我が弱かったが為にあなたが犠牲となった。あなたの未来を奪ったのはきっと自分なのだろう」
 悔やんでも悔やみきれぬ悔恨。卑劣な罠を仕掛けたのはゾディアック「射手座」の男と彼に忠誠を誓う強化人間の少女であったが、その両名も今はこの世の者ではない。
 結局、王零は自らを責めるしかなかった。
「すまなかった。恨んでくれても構わない――」
「全ては巡り合わせだ。私は誰も恨みはしない」
 エリーゼがすっと片手を伸ばし、王零の言葉を遮るようにその口を塞いだ。
「それに……おまえは私を『解放』してくれたではないか? おかげで私は私自身に戻り、こうして父と再会することもできた」
「そういえば、カルキノスはどうした? 汝らがこうして魂となって現れたとして、奴は……?」
「ほら、『奴』もここに来ているぞ」
 エリーゼの指さす方を振り向くと、そこに血塗れのパイロットスーツに身を包んだ、エリーゼと瓜二つの女が佇んでいた。
(カルキノス……!)
 王零も直感で2人のエリーゼの違いを区別できた。
「哀れなものだ。『奴』はもうヨリシロには移れない。そして我々のように昇天することもできず、これから先ああして永遠に闇の中を彷徨うのだろうな」
「……」
 王零は「蟹座」が最後の武器として使った形見のナイフを見やり、再び顔を上げた。
 血塗れの女――カルキノスは無表情のまま、しかしどこか寂しげに俯く。
「力こそ全て」であるバグアにとって、全ての力を失いただ虚ろな影のごとくこの世界に存在し続けることは、単なる消滅よりも遙かに屈辱的な運命に違いない。
「汝も、どうだ?」
 不思議と憎しみが湧かず、王零は4つめの盃をカルキノスの方へ置くと酒を注いだ。
「汝はとても大切な存在だった。好敵手? 恋人? どっちだったのだろう?」
 カルキノスもゆっくりと王零の方へ歩み寄る。
「もし……汝と敵対しない出会いをしていたら、我はどうしていただろう?」
 今更ながら、他に違う選択はあり得なかったのか?
 エリーゼに対するものとはまた別の後悔が胸の奥からこみ上げる。
「……汝は……どうだ? 汝にとって……我は……」
 女の口許が僅かに緩んだ。
「もし叶うなら、ヨリシロの2人ではなくカルキノスとしての汝と出会いたかった……そうすれば……」
『――私もだ』
 ふいにカルキノスが身を屈めたかと思うと、王零に顔を寄せた。
 若者の唇が、冷やっとした奇妙な感触を受ける。
「退屈かもしれないが……我が逝くまで聖闇で待っていてくれ」
『あまり急がずともよいぞ、零。それよりもあの誓いを……忘れるなよ』
 カルキノスが微笑みながら王零から離れる。
 そのまま彼女の姿は夜の闇に溶け込むように消えた。
「そろそろ時間だな。俺たちも還るとするか――本来居るべき場所に」
 そういって、ハワードとエリーゼの父娘も立ち上がる。
「ふふっ、少し妬けたぞ……私も、生きてる間に恋のひとつもしたかったものだ」
 つっと王零に歩み寄ったエリーゼが、悪戯っぽく笑うと背伸びするようにしてその頬に軽く口づけした。
「God bless for you!」
 改めて直立不動の姿勢を取ったハワードが王零に向かって敬礼すると、ギルマン父娘の姿もその場から音もなく消えていった。


 王零が我に返った時、既に東の空は白々と明け始めていた。
 だが昨夜の出来事が単なる夢でなかったことを、地面に置かれた4つの盃が物語っている。
「……」
 若き能力者は無言のまま、持参した刀とナイフを地面に突き立てた。

 道を下る王零が最後に一度だけ振り返ると、丘の上に並ぶ戦士たちの墓標が朝日を浴びて白く鈍い輝きを放つばかりだった。

<了>

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

ga2930/漸 王零/男/20歳/ファイター
gz0118/ハワード・ギルマン/男/42歳/バグア(元)
gz0229/エリーゼ・ギルマン/女/20歳/バグア(元)
 ― /カルキノス/なし/不明/バグア

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちは! 対馬正治です。今回はサマードリーム・ノベルのご発注、誠にありがとうございました。CTS本編では既に終了したゾディアック「蟹座」関連のシナリオに関しては何らかの形で後日談的なストーリーを執筆できれば……と思っていたところ、漸 王零さんからちょうどいいタイミングで発注を頂き、ライターとしても気合を入れて書かせて頂きました。アナザーストーリーという形ではありますが、「蟹座」編エピローグとしてお楽しみ頂ければ幸いです。では、またご縁がありましたらよろしくお願いします!
ココ夏!サマードリームノベル -
対馬正治 クリエイターズルームへ
CATCH THE SKY 地球SOS
2010年09月02日

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