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『僕の大切な全ての人達へ「  」を 』
ウリエル・セグンド(ea1662)&ミカエル・テルセーロ(ea1674)&ラファエル・クアルト(ea8898)&ガブリエル・プリメーラ(ea1671)


 山よりも、高く。
 森よりも、深く。
 仰ぐ空の、果てまで。
 温かい土の、広がる先まで。
 伝わらなくても、そこに生きた。
 伝わらなくても、傍に居る。
 だから‥‥。
「‥‥って‥‥?」
 空の光が伸ばした手を明るく透かす。
 あぁ、僕は‥‥。


 そこに、一本の大樹があった。
 幹にそっと手と耳を当て、新緑広がる葉に包まれて、娘は静かに目を閉じている。
「‥‥あ」
 まるで彫刻のように動かずその場に座っていた娘は、ふと目を開けて振り返った。大きな碧の双眸が、大地の先に立つ男を見つめる。
「‥‥お帰り、なさい」
「‥‥ただいま」
 淡い緑を基調とした服を着た娘は、まるで森の中から抜け出したかのような佇まいをしていた。対して男は動きやすい冒険用の服だ。紫色を基調とし、その上には体を巻きつけるような闇色のマントを付けている。そして。
「‥‥こんにちは」
 男の傍らには、2人の子供が立っていた。少し気が強そうな目をした男の子と、おっとりとした雰囲気の女の子。まだ10歳くらいに見える人間の子供だ。娘が腰を屈めて挨拶すると、女の子がぺこりと頭を下げた。
「知り合い?」
「‥‥拾った」
 互いに言葉少ない2人だが、言葉が無くても通じる心がある。
「身寄りがない‥‥らしい」
「そう‥‥」
 幼くして両親を失う。そのような悲劇はさほど珍しい事では無い。ここに立って子供を見つめる2人にだって、様々な過去があった。だがそれでも、いや、それだからこそ、家族を失う辛さは‥‥。
「‥‥自分の子供の前に、子持ちになる‥‥ようだ」
 男がぽつりと呟いた。膝をついて女の子の髪を撫でていた娘が、真っ直ぐに男を見上げる。そして、男が簪を細く短い木の枝を持っている事に気付いた。揺れると擦れて微かな音がする銀銅2枚の葉が重なるようにして、簪の先から垂れている。年月も経って少し錆びたような葉は、風に揺れ続けていた。
「‥‥ウリエル、さん‥‥」
 似たような物を見た事がある。そうだ、あの店の名は何と言ったか‥‥。
「旅先で‥‥樹を、見つけた」
 ゆっくりと4人は歩き出す。緑の葉が揺れる畑が両側に何処までも広がる中に伸びる一本の道を、ゆっくりと歩いて行く。
「精霊が多く居る森の、奥で。この子達は‥‥」
『誰だ!』
 深い森だった。だが不思議と暗くは無い。辺りを仄かな光に包まれながら浮遊する精霊‥‥いや、妖精か。玉のようにふよふよ飛ぶ、それらの動きに導かれるように男は森の中を分け入って行った。
 森に入ったのは、偶然だ。いつものように冒険に出て、その帰りだった。妻が身重な事は知っていたから、急いで帰る為に近道になるだろうかと思って入った森は、神秘的な色と気配を醸し出し、不思議と‥‥。
「‥‥寄るな!」
「‥‥俺は‥‥ウリエル。ウリエル・セグンド(ea1662)」
 森の奥に、一本の木が立っていた。まだ若く子供くらいの背しか無い小さな木だ。そしてその傍に、2人の子供が居た。木にもたれ掛かり、穏やかに降り注ぐ陽の光を浴び、転寝している。だが気配に気付いたのか、男の子のほうが飛び起きた。素早く手に持っていた枝を男へ‥‥ウリエルへと向け、睨みつける。小さな体ながらも炎が噴き上がるような、そんな強い意志だった。
「‥‥ウリエル‥‥?」
 誰なのか何者なのか分からない子供に名乗ったのは、何故か分からない。ただ‥‥。
「‥‥その名前、知ってる」
 男の子の声に驚いて目を開けた女の子が、ゆっくりと立ち上がり口を開いた。
「仲間だ、って言ってた」
「‥‥仲間」
 そうだ。ずっと感じていた。見知らぬ場所。見知らぬ子供達。だが、懐かしい気配がして。
「大事な人が‥‥眠っているから。そう、言った」
 隣に立って歩く娘へ、ウリエルは経緯を語る。
「ウィザードだね。‥‥この子達」
「‥‥」
 黙って頷き、ウリエルは小高い丘の上で立ち止まった。遠目にパリの尖塔が見える、美しい田園風景が広がっている。
 旅に、冒険に出て帰ってくる時、よくこの道を通った。大勢で出かけた時も、一人の時も、四季折々の風景を見てきた。この丘の上から見るパリは、懐かしくて。例え数日しか離れていなくても、『帰ってきたんだ』と胸が一杯になるような場所。
 ウリエルは静かに大地に片膝をついた。土を軽く掘り起こし、しっかりと枝を挿し込む。子供達も黙ってそれを見つめた。
「‥‥不思議だ‥‥」
 立ち上がって枝を見下ろし、そしてぼんやり空を仰ぐ。初夏を思わせる青空が、彼らの頭上に長く伸びていた。
「‥‥懐かしい香りが、する」
 目を閉じれば、瞼の裏にまで青空が広がるようだ。深く息を吸い込み、ウリエルはしばらく瞑目した。


 パリの街中は、今日も賑やかだ。
「あ。この肉と‥‥それからお野菜貰うわ」
 傍から見ても身重を分かるエルフの女性が、市場の中を歩いていた。気付いた人は遠慮して道を開け、それへと笑みを返しながら彼女は買い物をして歩く。
「‥‥もう、10年近くなるのかぁ‥‥」
 何となく呟いてしまうのは、旅に出ている恋人を思うからだ。そんな恋人がたまに、女の子と一緒に2人で帰ってきたりもするからで。
「‥‥嫉妬してないわけじゃないんだから」
 ウリエルがアンジェルという名のハーフエルフの少女と出会って、10年近くなる。家族のように、妹のように大事にしているという事は分かっているけれども、10年も経てばアンジェルだって妙齢の娘である。ウィザードになって時折森の中に住むようになった娘は、益々美しくなった。2人で旅に出ている‥‥わけでは無いだろうが、一緒に帰ってくるのはどういう事なのか。いやいや、ウリエルに限ってそういう事は絶対に無い。でも女心は複雑なわけで。
「ま、いいか‥‥」
 荷物をお持ちしましょうかとナンパしてくる男をかわし、エルフの女性‥‥ガブリエル・プリメーラ(ea1671)は、露台に並ぶ色取り取りの花を見やった。
「おばさん。それと‥‥これ、貰える?」
 部屋に飾るつもりで花を何本か買い、束を抱えて店を離れてから、ふとガブリエルは気付く。
 部屋に花だなんて。私らしくないわよね。
 ふと笑みが零れたが、すぐにその笑みが消えていく。
「‥‥ミカエル、あんた‥‥何処に居るのよ」
 ミカエル・テルセーロ(ea1674)が姿を消して、何年も経っていた。2、3年はシャトーティエリー領に居たはずである。領内の混乱が収まり、ラティール町に学者村を建てる事が出来た後、何時帰るか分からない旅に出てしまった。ラティール町長の結婚式には出ていたような気もする。次は自分達だろうと話していた矢先にミカエルはノルマンを去り、そして連絡が取れなくなったのだ。
 彼が帰ってきたら式を挙げよう。そうウリエルと話しつつ数年が過ぎた。その間に子供が宿り、もう直に生まれる。
 新しい命の誕生を。一緒に祝って欲しかったのに。だから、だろうか。最近頻繁に旅に出るようになった良人の事を思う。ミカエルと全く連絡が取れなくなってから1年ほど経った後、ウリエルは一人旅に出るようになった。自分が身重になってからは回数も増えた。その気持ちは、分からないでもない。そしてそれを止めないのは、きっと。
 自分も、探しに行きたいからだ。
「早く、戻ってきなさいよね‥‥」
 家に帰り花を部屋に飾る。何度か向きを直してその出来栄えに満足してから、ガブリエルはふと窓の外へ目を向けた。
「部屋に花、か‥‥」
『この前、出かけた先に綺麗な花畑があってね‥‥』
「‥‥まるで、誰かさんがうつったみたい、よね」
 穏やかな笑みを思い出す。何時の間にか、自分の身についていた癖だ。それに気付いて、彼女は笑んだ。深く、深く、目を閉じそして、笑う。
 あぁ、こうして‥‥。
「‥‥生きて、いるんだわ」


 柔らかな日差しが降り注ぐ庭先には、小さなテーブルセットがあった。椅子は2つ。その片方に座りながら、ラファエル・クアルト(ea8898)は子供を抱きゆったりと揺らしてあやしている。
 家の中からは愛妻の澄んだ歌声が聞こえ、初夏の爽やかな風が吹いていた。子供の体温も相まってうとうととつい、まどろんでしまう。
『行って来ます』
 優しい笑顔だった。だが何処か、覚悟したような笑みだ。
『待ってよ。何処に行くつもり?』
 まどろみは、夢か現か知れない世界を描き出す。彼が旅に出たと知った時、本当に自分はこんな台詞を投げかけただろうか‥‥?
『決めてないよ。でも‥‥』
 そして、彼は本当に言ったのだろうか。
『僕は‥‥人を護り、愛して‥‥生きたい』
 ミカエルと会った日の事は、憶えている。穏やかな優しそうな笑みを浮かべて、何時だって自分の事よりも他人の事ばかりで。でも自分の意見も言うし強い意志もある。そんな事を知ったのは何時頃だっただろうか。強い、曲げられない心でもって、彼は自分の道を‥‥決めたのだろうか。
 仲間それぞれが別の道を歩き始めた事は寂しい。
『子供が出来たのよ』
『‥‥アンジェルも、家族の一員、だから‥‥』
 それぞれに大切な人が出来て、分かたれた道を歩き始めた。その道を、別の道を進みながら見つめる。変わって行く関係。止まらない時間。何時か、自分より先に失われてしまうであろう仲間と、仲間よりも先に失われてしまうであろう自分。愛する人が出来た事は嬉しい。喜ばしいし幸せな事だけれども‥‥。
 新しい愛は、昔の絆を‥‥忘れさせてしまうものなのだろうか。
「‥‥お早う、ラファエル」
「‥‥ミカ‥‥?」
 気付けば、目の前の席に彼が座っていた。良く知った笑みを浮かべて、両手で器を持っている。香草茶だ。でも、何時の間に淹れたのだろう。
「あんた、今まで‥‥何処行ってたのよ‥‥」
「‥‥帰って来たよ」
「‥‥」
 言われて手を、伸ばした。崩れない笑みを浮かべる目の前の仲間に、触れたくて。
 手を。
「‥‥っ!?」
 不意に、扉が開く音がした。はっと飛びおき、膝の上で眠っている子供がうっかり落ちていないかをまず確認する。大丈夫と分かってから玄関の方を見やった。
「おかえりなさい」
 奥さん買い物に行っていたかな、と反射的に思う。玄関側は逆光になっていてよく見えないけれども。こういう事はよくあったから。
 だが、言葉にしてから気付いた。
『‥‥帰って来たよ』
 あぁ、笑顔だ。あの、笑顔だ。
 玄関の中から聞こえてくる声を聞きながら、ラファエルは子供を抱く腕に力を篭めた。
「‥‥おかえりなさい」
 そして、強く呟く。
「‥‥ただいま」
 それに対する返事は少し遅かった。ウリエルの低い声がして、ゆっくりと庭にやってくる。両手を2人の子供の背に当てていた。
「‥‥帰って、きたのね」
 炎のような熱い心を持った男の子と、大地のような穏やかな心を持った女の子だと思った。ウリエルに促されて挨拶する子供達に、ラファエルは頷いてみせる。
「‥‥それで‥‥ミカは。何処に連れて来たの?」
 

 あぁ‥‥もう、人には不用意に関わらないで生きようと思っていたのに‥‥。
 何故だろう‥‥。寄る辺の無い双子を見つけて‥‥森の近くに住まいを持って‥‥小さな村の人を護ったりする事もあった‥‥。子供達の未来の為には、他の子とも遊んだほうがいいだろうと思って‥‥結局‥‥人と関わる事を止めるなんて出来なかった‥‥。
「ミカエル‥‥!」
 双子達の声が聞こえる。あぁ、泣いているのかな‥‥。ごめんね。君達が大人になるまで‥‥ちゃんと育てるつもりだったけど‥‥。
「死なないで‥‥!」
 大地が、暖かい。この身を包み込むように寄り添い、護ってくれているようだ。僅かに動くと擦れる葉や草の音から、ここが森の奥だという事は分かったけれども‥‥。
 手を、伸ばした。
 光差す、方向へ向かって。
 光を受けて薄っすらと、自らの手の形が見えた。その奥に広がるのは、無限の‥‥光。
「‥‥ミカエル‥‥!」
 パリは‥‥どの方角だっただろう‥‥。皆、元気で幸せだって分かってる。だから、平気。
 でも‥‥きっと、知ったら泣くのだろう。自分の死は、どんな形で伝えられるのだろうか。それとも、伝わらないだろうか。
「‥‥ぅぶ‥‥」
 大丈夫‥‥。泣かないで。志半ばで倒れたと思われるかもしれないけど。この道を添い遂げられずとも。後悔はしていない。皆の声も、匂いも、全て忘れない。だから‥‥泣かないで。
 声が、聞こえる。
 僕の名を、呼んでいる。
 ねぇ‥‥。
 もし、生まれ変わる事が出来るなら‥‥。


 誰かを支える‥‥優しい樹に、なりたい。


 ‥‥。
 あぁ‥‥まだ誰かの泣く声が聞こえる‥‥。
 ‥‥。
 ねぇ‥‥お願い‥‥。


 ‥‥笑って?

 

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2010年09月09日

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