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『ひと夏の夢〜新生〜 』
エルディン・アトワイト(ec0290)

●起
「あれ‥‥?」
 夏の最後にキツネーランドに行きたいですと師にお願いしてやってきた秋霜夜は、もうすっかり見慣れた門を潜ろうとして、ふと気付いた。
「どうしました? 霜夜君」
 師であるエルディン・アトワイトが、その目線に気付き自分も門へと目をやる。
「あ、せんせ。ここ見て下さい」
 弟子が指した場所を、エルディンは目を細めてじっくり見つめた。柱の下のほうの部分で、場所的には霜夜の膝辺りの位置だ。薄く何らかの絵が描かれているが、よく見るとそれは筆などではなく、尖ったもので刻み描かれたものである。
「これ、何でしょうか?」
「‥‥紋章‥‥に見えますね。恐らく頂点にあるのが大鷲。この三角の図の中にあるのは‥‥虎‥‥或いは豹でしょうか。それから兎、犬‥‥三角の外側にあるのは左側が剣、右側が盾ですね。それなりの大きさですが、以前からあったでしょうか‥‥?」
「無かった気もします〜。‥‥はい、せんせ〜」
「どうぞ、霜夜君」
「この門の色、前までと違う気がするです」
「それは、季節ごとに色合いを変える場所ですから‥‥」
 言いかけて、エルディンは園内を眺めた。青と白に彩られた空間。確かに園内はその時ごとに色合いが違う。だが門は。色取り取りの飾り付けをされていてもこの門だけは。いつも同じ色では無かっただろうか。そう、黒のような藍のような、この場所の支配者を思い浮かばせるような色をしていた。
 それが今は、美しい青色に塗られている。
「これは‥‥」
 ただ色を変えてみただけ、とは思えなかった。何度も来ているからこそ分かる。常時変わらぬ場所が変化しているという事は、そこに意味があると言う事だ。
「行きましょう、霜夜君。何か‥‥予感がします。何かが起こる予感が」
「はいっ。これは事件ですね♪」
 楽しそうに笑いながら、門を潜ったエルディンの後を霜夜は追った。


 そう、確かに今日のこの場所は違っている。
 ようこそ、魅せられた者達よ。
 君達は今日ここで‥‥。
「‥‥終わりを、迎える」

●承
「うわぁ〜‥‥せ〜んせっ。プールですっ。あっちもこっちもプールですよっ!」
 園内は、半分以上プールで構成されていた。霜夜が、興奮気味にエルディンへと振り返りながらも跳ねるように走って行く。
「滑りますから気をつけなさい」
「は〜いっ」
 大小様々なプールが並ぶ中、霜夜は真っ直ぐに目的のプールを探しているようだ。
「あ、プールのスイカさん達、発見しました!」
 七夕の頃に来た時に一緒に遊んだスイカ達を見つけ、霜夜は嬉しそうに駆け寄った。
 飛び込み台が設置された、長方形型の何の捻りも無いプールがそこにはあった。ただ普通と違うのは、そこにスイカが沢山浮かんでいた事だけだ。前回来た時、霜夜は楽しそうに遊んでいたのだが‥‥。
「あれ‥‥? 減ってます‥‥?」
 今日は数が激減していた。
「スイカの季節もそろそろ終わりですからね」
 後からついて来ていたエルディンがのんびり言ったが、霜夜は首を傾げる。だがややしてから、プールの端に寄ってきたスイカに気付いたのか嬉しそうにつんつんしながら、それに話しかけた。
「今日は懐中時計があるので遊べないのです」
「おや、遊びたいのですか? では私が預かりましょう」
「え? いいんですか? それじゃ心置きなく〜」
 懐から、霜夜は懐中時計を出してエルディンに渡した。銀色の表面が鈍く光り、一瞬小さな音が鳴る。
「‥‥あれ? 今、音が鳴りました‥‥よね?」
「時報でしょうか」
「今まで鳴った事なんて無かったですよ?」
「少し分解してみましょうか」
「えぇっ!?」
「冗談ですよ、遊んでいらっしゃい」
 愛弟子は水着を持って、そのまま着替え室のほうへと駆けて行った。それを笑顔で見送り、エルディンは懐中時計へと目を落とす。
 表面の蓋を軽く撫で、まず仕掛けがないか確認した。それから蓋を開いて中を見る。文字盤はシンプルな作りで、針は狂いなく動いているようだった。
「とりあえず、私が首から提げていれば魔女のほうからやって来るかもしれませんね」
 紐を伸ばして首から提げ、エルディンは軽く辺りを観察する。
 自分達以外の誰も他に居ない事には気付いていた。係員も見当たらない。まるで、彼らの為だけに開かれた場所のようだ。
「さて‥‥向こうから来なければ、こちらから出向かなくてはなりませんが‥‥」
 軽く懐中時計の表面に触れながら呟くと、再び小さな音が鳴った。そこへ霜夜が帰ってきて、プールに思い切り飛び込む。
「準備運動も無しに飛び込んで大丈夫でしょうかね‥‥」
 苦笑しながらそれを眺め、ぷかりと浮かび上がった弟子から目を逸らし、懐中時計の蓋を開いた。それから顔を上げ、時計塔を探す。このランドに変わらず存在する、黒塗りの時計塔。確か中央部分の広場にあったはずだ。
「3時‥‥35分」
 少し離れた場所にある時計塔の文字盤は白く輝いているが、本来ならばその針が指す数字など見えるはずも無い場所に居る。否、針そのものさえ見えないだろう。だがその数字を読み取って、エルディンは懐中時計を睨むように見つめた。
「3時‥‥40分」
 時間がずれている。同じ時を刻んでいるとばかり思っていたが、『時間合わせておこう』と簡単に直すものでも無い気がした。そもそも、どちらの時間が正しいのか分からない。
「‥‥この懐中時計、私には使えないのでしょうか‥‥」
 裏返し、中にあるであろう歯車などを直す為の入り口である蓋に手を当てた。軽く手で横にずらそうとすると、すんなりその蓋はスライドする。
「せんせ‥‥何かありました‥‥?」
 不意に聞こえてきた弟子の声に、エルディンは顔を上げた。そのままにこやかに微笑む。
「いえ、何もありませんよ?」
 そして、再度時計に視線を落とす。歯車が重なっているはずのその奥には、何も無かった。その何も無い空間へと指を入れる。一瞬指がちりっと焦げるような感触がしたが、痛みは感じなかった。
「これは、一体‥‥? いえ、こういった場所です。勝手に動いていても可笑しくは無いでしょうが、しかし‥‥」
「触れてしまったのね、それに」
 声は、唐突に振ってきた。
 ゆっくりと顔を上げ、エルディンはそこに座る人物を見上げる。
「やはり、来ましたね、貴女のほうから」
「いいえ」
 光を浴びると藍色に輝く黒髪を持つ女性は、微笑む事なくエルディンを見つめた。
「貴方のほうから、来たのよ」

●転
 言われて、エルディンは辺りを見回した。
 まず目に入ったのは、黒い柱だ。何本も立っている。それから床に広がる真紅の絨毯。そして、彼の目の前に伸びる白い階段。階段は左右2箇所にあり、上でひとつになっていた。その、ひとつになっている部分に豪奢な皮製と思われる椅子があり、そこに女性が一人座っている。
「私は、先ほどまで霜夜君と一緒に居たはずですが‥‥? 貴女がそれとも私を引き寄せたのでしょうか。丁度良い。貴女に言いたい事がありました。勿論これは‥‥霜夜君の同意ナシに渡す気はありませんが」
 懐中時計を軽く振って見せたが、女性は頷きもしない。
「そもそも、ここの支配者ともあろう魔女が、どうしてこの時計を恐れるのでしょう。それが不思議でなりません」
「恐れてなど居ないけれども‥‥」
「私は全世界の女性の味方ですから貴女の味方をしたく思いますが、お互いの言い分も聞くべきでしょう。悪魔と話し合った事は?」
「貴方は、自分の命、精神性を奪おうとする相手との決着を話し合いでつけよと言うのかしら」
「まず試してみる事です。試さずにあれこれ言っても解決にはなりませんよ」
「解決‥‥?」
 そして、女性は今日初めて笑った。暗い、笑みだ。
「一方的に攻撃してくるような相手と、どのような解決を? いいえ、貴方に問うても意味は無い。そして、貴方とこれ以上話す意味も無い」
「‥‥どういう、事です?」
 不穏な空気を察して、エルディンは半歩下がった。しゃらと時計から伸びる鎖が音を立てる。
「私は言った。貴方の弟子を護るようにと。その時計ごと。だが貴方は封印を解いた」
「封印‥‥? いえ、確かに謎を解こうとは常に思っていますが、それと封印と何か関係があると?」
「問答無用」
 静かな声に、一瞬エルディンの反応が遅れた。女性は椅子を蹴り、空を舞うようにして跳びかかってくる。その右手に刃の煌きを見て、エルディンは右腕を突き出した。何時の間にかその右腕に、六角形の盾が彼を護るように装着されている。盾が刃を跳ね除けるが、女性は構わず二撃三撃と繰り返し突き出した。その全てをかろうじて盾で防ぎながら、エルディンは左手で印を結ぶ。
「神の慈愛を汝に与えん。我が神の名に於いて、献身を示すべし。縛してその身、律っせよ!」
「‥‥無駄だ」
 神父の左手は、一瞬光を持った。だが即座に術は霧散する。確かに以前、七夕の頃に効果を為した神の言葉があったはずなのに、今はそれが効果を表さない。
「‥‥この場所‥‥城のように見えますが、ここに結界が?」
 女性と距離を置き、エルディンは盾で体を護るようにして構えた。
「今のお前には、神の声など届かんよ。死して、神に詫びるが良い」
「冗談ではありません。何故そのような事を」
「ではお前の言い分を聞こう。お前は私の味方だと言ったな。ここには何をしにきた」
「先ほども言いましたが、謎を解く気持ちがあるのは事実です。ですが霜夜君は言いました。この場所を護りたいと。私も同じ気持ちです。ここが死者の魂が安らぐ場所であるならば、貴女がそれを優しく見守るのなら、私も貴女に協力しようと思っています」
「神父よ。永遠に朽ち果てぬものがあると思うか」
「いいえ。目に見える形ある物は何時か必ず滅びます。しかし魂は永遠を得、神の楽園にてその居場所を得るのです」
「そうだ。永遠は存在しない」
 女性は、剣の切っ先をエルディンに向けたまま、低く呟いた。
「この場所を、私は護ってきた。何時か必ず来るであろう者の為。僅かでも良い。幸せであれると思い心底楽しいと思えるような場所を。私は作ってきた。何時までも待ち続ける事が出来る。今もまだ、待つつもりでいる。だが永遠は存在しない。この場所も何時か朽ち、私も消える」
「‥‥成程。つまり貴女は‥‥」
 緊張を解かぬよう女性を見据えながら、エルディンは頷く。
「ただ一人の人を待つ為に、ここに君臨し続けていると言うのですね?」
「そうだ」
 成程。心の中で呟いて、彼は微笑んだ。どこか少しだけ気になる存在だった。この人と付き合う事が出来ればと思わなかったと言えば嘘になる。だが謎の存在であったという事だけではなく、何処かで壁を作られている気はしていた。これ以上踏み込むなという警告を発しているようにも感じていた。それは彼女がここの支配者であるからというだけではなく。
「貴女のような女性を待たせるとは、随分罪な男です。これは是非会って説教しなくてはいけませんね」
 微笑みながら言って、そして、気付いた。
 ここに生者が留まれる時間は1日。正確には1日よりもうんと短い。それよりも長くここに留まれる者は、既に生きては居ない魂。彼女が待っているのは、どちらの方法で来る男なのか‥‥。
「‥‥私としては、多少複雑な思いです。ここが楽園であって欲しいとは願っていますが‥‥」
「神父」
「エルディンです」
「お前は、罪を犯した。一刻も早くこの場所を離れ、二度とここには来るな。そう誓えば赦してやろう」
「待って下さい。私には、全く意味が分かりません。きちんと説明して貰えますか」
「その猶予は‥‥」
 言いかけて、女性は眉を顰めた。すぐに天井を見上げ、一歩後退する。その動作にエルディンも天井を見上げた。天井からさげられたシャンデリアが揺れている。
「‥‥遅かったか‥‥!」
「待って下さい! 私に罪があると言うならば、償いましょう。けれども死してではなく、生きて償います。教えて頂けますか」
「『封印』だ」
「封印?」
「その時計は『封印』だった。私は、この城の上に今の園を造った。この城を時計に封印し、刻まれる時が一日を越えて続かぬようにしたのだ。だがお前が解いた。この迷宮は‥‥終わる」
「私が‥‥?」
「だが終わらせはしない。必ず封印してみせる。この城が地上に出る前に‥‥!」
「私も一緒に行きます」
「断る」
「私に責任があるのならば、私も協力しなければなりません。魔女‥‥いいえ、最後くらい‥‥聞いてもいいですよね?」
 女性の傍に立ち、エルディンは微笑んだ。
「貴女の、本当の名前を」

●結
 城の外にはゆるやかな階段が繋がっていた。石造りの回廊から見える外の景色は暗闇に覆われ、何一つ見えない。そんな中、2人は更に下の階へと向かって走り降りて行った。
「何故、悪魔はこの時計を持っていたのに使わなかったのでしょうか?」
 ちゃらと揺れる鎖に気を取られつつ、エルディンは前を走る女性へと尋ねる。
「生に執着ある者にしか使えないからだ」
「‥‥霜夜君も執着が無いとは思えませんが‥‥」
 何故私が持つと封印が解かれたのか‥‥などぶつぶつ言いながら、エルディンは走り続けた。
 何十段あったか分からない階段を降り、白い床が映える廊下を抜け、2人は奥の扉の前へと辿り着いて立ち止まる。女性が扉に手を触れたが、エルディンの目は扉に描かれている絵を見つめていた。
「‥‥これは‥‥」
 目を走らせ、記憶の中にある絵と重ね合わせる。
「この紋章は、出入り口の門に描かれていた‥‥。あの絵は、何時からあそこに?」
「‥‥そうか。やはり、時間は進み始めていたのだな。最終的に解いたのはお前だが‥‥遠くない時に、何れ解けた」
 扉が音も無く開いた。女性は迷わず室内へと入り、エルディンも後を追う。室内は暗闇に覆われていたが、壁や天井は白く、ほんのりと光を帯びていた。その光が薄っすらと、奥にある絵を浮かび上がらせる。
「‥‥これは?」
「触るな」
 絵に近付いたエルディンに、女性の鋭い声が飛んだ。苦笑して頷く。
「えぇ。無駄に触るのは止めておきましょう。それで、これは?」
「この城の主だ」
「絵が‥‥?」
 振り返り、再度絵を眺めた。暗くて詳細は不明だが、人物の絵である事は間違いない。恐らく色合いや格好から、王の衣装なのだろう。これは肖像画で、実物は他のところに居るのだろうとエルディンは考えた。実物を探して封印するのかと思いながら扉が無いか目で探した刹那、背中に激痛が走る。
「‥‥なっ‥‥なぜ‥‥」
「お前は既に、奴等の手下だ。生かせば必ず橋渡しとなる」
「私は‥‥私ですっ‥‥! だれの‥‥手下でも‥‥」
「その盾の紋章は見たか。時計の蓋は? 気付かなかったとは言わせないが‥‥?」
 遠くなっていく意識を奮い立たせるように、エルディンは背に突き刺さったままの剣を握り締めた。刃が手の平に食い込むのも気にせず、一気に引き抜く。
「私は‥‥確かに私だ。他の誰にも‥‥乗っ取られていない! ここを封印するならっ‥‥私も必ず協力します!‥‥神の、名の、もとに」
「それは、嬉しいね」
 聞いた事の無い声が、間に割って入った。その声を聞き、エルディンの背中に緊張が走る。一瞬にして鳥肌が立つのを彼は感じた。
「精々頑張ってくれたまえ。楽しみにしているよ」
「な‥‥誰‥‥でしょうか‥‥?」
「『誰か』というのは余り大きな意味を持たない。だが私の眠りを妨げたのは、どうやら君のようだ。あぁ、君が一端のようだ、と訂正しておこうか」
 饒舌な男だとエルディンは思った。否、男にしては声が若い。高いというべきか。
「話は十二分に聞いた。いいだろう。君達が望むならば‥‥護ってやってもいいよ。哀れなる魂を。同情すべき想いをね」
「‥‥彼女は‥‥?」
「大丈夫。君は生かしてあげよう。この城を抜ければ、君の神とやらの力も行使できるだろうしね」
「さぁ、行きなさい」
 また別の声が、彼を促す。
「‥‥彼女は‥‥どうしたんです? 気配が感じられない。彼女は‥‥イヴは‥‥!」
 何時の間にか、手の平に食い込んでいたはずの刃さえも消えていた。一瞬にして、彼女を思わせる気配の全てが。
「新しい支配者の前に、古い者は必要ないだろう? 気にする必要も無い。君を刺した女だ」
「いいえ‥‥彼女は必ず‥‥返して貰います‥‥!」
 くすと笑う声が聞こえたが、エルディンは気にせず叫ぶ。
「彼女も‥‥こんな終わり方は望んでいなかったはず‥‥! 必ず‥‥!」


 陽の沈んだ夜が支配する園内に。
 大きな城がせり上がり姿を見せた。
 かつて時計塔が忘れる事無く時を巡らせ刻んだ場所は。
 闇に映える白き色を持って、塗り替えられている。
 そう。
 時は、進み始めた。
 ここに、新たな物語が始まる。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

ec0290/エルディン・アトワイト/男/32/神聖騎士
ia0979/秋霜夜/女/13/泰拳士


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつも発注を有難う御座います。
決着をと言う事でしたので、一先ずの決着を付けさせて頂きました。と言いましても、決着となっておりますかどうか。
今回は、こちらのお話が裏となっております。楽しんで頂ければ幸いで御座います。今回の先生は熱血探偵という風になった気がしないでもありませんが‥‥。
それでは、又機会がございましたら、宜しくお願い致します。
ココ夏!サマードリームノベル -
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Asura Fantasy Online
2010年09月17日

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