『晩夏〜雨降る丘の上で 』

藤村　瑠亥（ga3862）

　天を覆う雨雲は暗さを増し、ポツポツと降り始めた雨粒は、やがて篠突く雨となった。
　暗雲の中、時折白い稲光が閃き雷鳴が轟く。
　既に終りも近い今年の夏の、置き土産のようなにわか雨。
　白雨――そう呼べばさも風流に聞こえるが、黒いジャケットを濡らして染みこむ雨水は、藤村　瑠亥にとって突き刺さるような冷たさに感じられた。
　怪我でもしているのか。
　頭に巻いた包帯で右目を覆い隠した若者は、丈の低い草がまばらに生えた小高い丘の頂あたりにぼんやりと座り込んでいる。

　もうどれだけの時間、そうしているのだろうか？

　髪や衣服はもちろん、口に咥えた煙草までしとどに濡れて、とうに火も消えている。
　彼は１人ではなかった。
　地面に直接腰を下ろし、折り曲げた膝の上に片手を置いた姿勢のまま、若者は己の目前に立ち並ぶ、石塊を積み上げて作られたいくつかの「塔」を眺めやっていた。
　山岳で登山路を示す為に作られる石の塔をケルンと呼ぶが、それはしばしば山で命を落とした山男たちを弔う墓標の役目も果たす。
　この丘に立ち並ぶ「塔」もまた、碑銘こそ刻まれていないが、やはり命半ばで人生を終えていった者たちの「墓」。
　普段は詣でる者とて少ないが、それでも瑠亥は時折、死者たちの魂に呼び寄せられるように墓参りのためその丘を訪ねていた。
　墓参――といっても最初に持参した花を供え、しばし合掌して死者たちの冥福を祈れば、あとはこれといってやるべきこともない。
「……」
　それでも包帯の反対側で見開かれた瑠亥の青い左目は、墓の下で眠る者たちと何事かを語り合うように、じっと墓標の群れから視線を離さなかった。
　別に慌てて雨宿りしようという気にもなれない。
　黄泉路へと旅だって行った「彼ら」と、まだ現世であがくように生き続ける自分と。
　そんな物思いすら激しい雨が洗い流してくれるように感じられ、今の瑠亥にとっては心地良くさえあった。

　そんな瑠亥の姿を、少し離れた丘の中腹から傘を差して見守る少女の姿があった。

　遠倉　雨音。腰の下まで長く伸びた黒髪と整った顔立ちからひどく大人びた印象を与えるが、実際はまだ高校生といってよい年頃である。
　およそ２０年前に始まり、今なお続くバグアとの戦争さえなければ、どこにでもいる平凡な女子高生として平和な学園生活を送っていたはずの、そんな少女。
　だが体内にエミタを移植したその日から、雨音も瑠亥も超人的な能力と引き替えに、バグアと戦う「戦士」としての人生を運命付けられた。
　普段は人工浮遊島「ラスト・ホープ」で暮らす彼らを、一般人は時に人類の守護者としての尊敬を、時に自らと異質な存在への怖れを込めて「能力者」と呼ぶ。
　雨音が瑠亥と知り合ったのも、そんな能力者の傭兵として受けた、とある依頼でのことだ。それをきっかけに兵舎で仲良くなり、休暇の日など友人同士としてたびたび遊びに行くなど親しい間柄となっていった。
　同性の傭兵仲間からは、「もう彼氏じゃないの？」などとからかわれることも多い。
　雨音自身も瑠亥に対して、単なる男友達以上の好意を抱いているのは確かだ。しかしまだはっきりと告白してはいない。
「それ」に気づいたのは、いったい何時からだろうか？
　気の置けない友人として親しくなる一方で、ある一定の距離から近づこうとすると、瑠亥の方でさりげなく身を引いていることに。
『これ以上俺の近くには来ないでくれ』
　あたかもそう警告されているかのような違和感。
　ある時雨音は瑠亥の隠された過去の一端に触れ、また遠回しとはいえ、自らの想いを伝えることもできた。
　しかし未だにその返答はなく、友達以上、恋人未満――そんな曖昧な関係が瑠亥とは続いている。

（……瑠亥さん……）
　雨音もまた、先程から声をかけることもなく、無言で墓の前に座り込む若者を見つめていた。
　いや、正しくは「声をかけて良いのかどうか迷っていた」というべきか。
　瑠亥がこの墓地にいることを人づてに聞いて後を追ってきたものの、いざ彼を見つけてみると、その背中はどこかしら他者を寄せ付けぬ強い「拒絶」の意志を示している。
「心を閉ざしている」――言い換えればそういうことになるのだろうか。
　だが瑠亥の背中がまとうものは、そんな陳腐な表現では語り尽くせない。
　怒り。哀しみ。あるいは悔恨――。
　それは頭上に黒く渦巻く雨雲にも似た、おそらくは瑠亥自身にしか理解しえない複雑な情念なのであろう。
　しばし戸惑っていた雨音であったが、間もなく意を決したように丘を登りだし、瑠亥のすぐ背後まで近づくと、手にした傘をすっと差し出した。
「濡れますよ」
「……雨音？」
　振り返って少し驚く瑠亥に傘を預けると、雨音は彼の隣に寄り添うようにしゃがみこみ、石塊の墓標に向かい静かに手を合わせた。

　ややあって、瑠亥の方へ顔を上げ問いかける。
「どなたか……お知り合いの方ですか？」
　瑠亥の顔がほんの僅か、痛みを堪えるように歪む。
「いつか話したな……」
　それでも雨音に傘を返しながら、重い口を開いた。
「ここで眠っているのは、何も信じなかった俺に、手を差し伸べてくれた者たちだよ……」
　淡々とした口調で、瑠亥は己の過去と、この丘に眠る者たちとの縁（えにし）について雨音に打ち明けた。
　少女は黒い瞳で頭ひとつ長身の若者の碧眼をまっすぐ見上げたまま、身じろぎもせず彼の話に聞き入っていた。
　雨音にしてみれば、全てを受け入れる覚悟はとうにできている。
　ただ己自身に瑠亥の過去を知り、彼の閉ざされた胸の奥を覗く資格が果たしてあるのか――その点についてのみ、迷いがなかったといえば嘘になるが。
　全てを話し終えたあと、瑠亥は再び墓の方へ向き直った。
　雨音が無言のまま、若者の頭上へ傘を差し掛ける。
　降りしきる雨の中、２人はしばしの間、そのまま墓前に佇んでいた。

「……前に、訊かれたっけな？」
　ふと思い出したように、瑠亥が呟いた。
「こんな風に俺と一緒にいて……他人から恋人同士のように見られることに、抵抗はないかと」
　傘を持つ雨音の腕が、微かに震える。
　瑠亥がいま、かつて彼女が彼に投げかけた質問に対する「答え」を返そうとしていることに気づいたからだ。
「見られるということに関しては……素直に嬉しいとは思う」
　だが、あの質問はそういうことを訊いているのではないだろう――瑠亥は悟っていた。
　それがやや不器用な形ではあっても、雨音なりの「告白」であることに。
　だからこそ、瑠亥もまた、この場で真剣に答えねばならない。
「俺は犯罪者だ。雨音の見てきた……これまで死んできた者たちの数倍、確実に殺している」
　雨の音が一段と高まる。
　にもかかわらず、瑠亥の低く感情を押し殺した声は、雨音の耳へ確かに届いていた。
「そんな俺が……おまえを求めれば、この先きっと迷惑がかかる」
「……」
「雨音には帰る場所も、友も、親もいる。だから――」
　一瞬の躊躇い。だが瑠亥は一段と語気を強め、雨音からやや目を逸らして告げた。
「踏み込むな」
　雨音は瑠亥の言葉が全て終わったことを確かめるように数秒黙り込んでいたが、やがてすぅっと深呼吸をひとつしてから口を開いた。
「抵抗はありません。私は貴方のことが――」
「言うな！」
　怒鳴るようにして瑠亥が少女の言葉を遮る。その先を聞いてしまえば、もはや後戻りはできないのだ。自分も、彼女も。
　だが雨音はたじろぐこともなく、一語一語を区切るかのような口調で、今度こそはっきりと告白した。

「貴方のことが、好きですから」

　再度の沈黙。
　晩夏の雨の音が２人を包み、彼方から遠雷の轟きが響く。
「瑠亥さんは、私とそういう風に見られることは……お嫌ですか？」
「嫌ではない。俺だって自分の感情くらい解ってる……だが、それとこれとは別だ。こんな俺が……修羅の道を歩んできた男が、今更何を望む？　これ以上など……俺には出来すぎだ」
　雨音は傘を降ろし、雨に濡れるのも構わず空を見上げた。
「覚えていますか？『過去の贖罪と精算をする』といっていた貴方が、しばらくラスト・ホープを離れていた時のこと」
　大きな瞳から溢れ出る涙が、降り注ぐ雨と入り交じって頬を伝い落ちる。
「正直……私は、あのまま貴方が帰って来ないのではないかと、心配でした。だから、片眼を失っても貴方が戻ってきた時は本当に嬉しかった。私は、貴方がここに戻ってくる『理由』の一つにはなれたのだと――その時です。貴方に惹かれている自分に気づいたのは」
「……それでも、踏み込むのか……雨音？　であれば物好きだな……おまえも」
「物好きなのも迷惑をかけているのも、多分お互いさま。だからこそお互い惹かれあった……それで良いではありませんか？」
　瑠亥の方へと向き直った雨音はもう泣いていない。
　雨に濡れそぼった少女の顔には、苦笑混じりの、それでいて晴れやかな笑顔が浮かんでいた。
　長い歳月に渡り瑠亥の心を閉ざしていた固く冷たい氷塊を、暖かな陽光で溶かしていくかのような、そんな笑顔。
「ありがとう。俺も……雨音が好きだ」
　瑠亥が歩み寄って雨音の肩を抱くと、少女の細い体からふっと力が抜け、手から離れた傘が音を立てて地面に転がった。
　己の逞しい胸に身を委ねるように縋りついてくる雨音を一層強く抱き締め、瑠亥は彼女の柔らかな唇に自分の唇を重ね合わせる。

　いつしか雨は止んでいた。

　雨上がりの丘の上、雲の切れ間から射し込む光の梯子が、固く抱き合う恋人たちの姿を祝福するかのように照らし出すのだった。

＜了＞

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号　／　ＰＣ名　／　性別　／　年齢　／　職業】
　ga3862／藤村　瑠亥／男／２２歳（外見）／フェンサー
　gb0338／遠倉　雨音／女／２４歳（外見）／イェーガー

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちは！　対馬正治です。今回のご発注、誠にありがとうございました。藤村さんと遠倉さんのキャラクターはＣＴＳのゲーム本編でも何度か担当させて頂きましたが、今回は「２人の告白シーンのストーリーを」とのことでわざわざご指名を頂戴し、ライターとしても光栄の至りです。
「友達以上、恋人未満」の微妙な関係。頑なに閉ざされた瑠亥の心を知りながらそれでも歩み寄って行く雨音と、彼女を求めながらも、迷惑をかけまいとあえて拒もうとする瑠亥。発注文からイメージを膨らませて２人の心が重なりあう瞬間を描写する形になりましたが、ご満足頂ければ幸いです。

ココ夏！サマードリームノベル

対馬正治

CATCH THE SKY 地球SOS

2010年09月21日