『【未来への旅立ち】 』

御影・藍（ha4188）

　どこまでも突き抜けていくような夏色の空。
　広がる草原も青々として、空との対比があまりにも眩しく見える。
　一度その姿を隠されたとは思えないほど当たり前のように照りつける太陽が、全ての景色を鮮やかに焼きつけて。

　舞台は海。
　夏祭りを最高に楽しんだ三人組は、今夏最後の思い出にと志芯の海を訪れていた。
　この海水浴が、御影 藍（ha4188）にとって、忘れる事の出来ない特別な思い出になろうとは
　彼女自身、未だ『夢』にも思わず───

●ラストサマー
「おい、お前ら！　海いかねえか、海！」
　屋敷の中をガサツな音を立てて歩きまわり、断りも無く障子を開ける天目 武蔵（hz0047）にジル・ソーヤ（hz0005）が眉を顰める。
「あのねぇ、女子の部屋に入る時は声くらいかけるでしょー！」
「なんだと？　お前を女子扱いしろってのか」
「‥‥まぁまぁ」
　相変わらずの二人のやり取りを穏やかに仲裁に入る少女は、武人の藍。
　藍は、ブリーダーギルドに夏休みをもらった後、ジルを連れ立って志芯国へ訪れていた。
　バカンスというにはこの国の気候は湿度が高く、カルディアと比べれば些か過ごしにくいのだけれど‥‥。
「武蔵さん、海というのは？」
　藍にとって、この志芯国は生まれ育った土地。
　懐かしい気候であると同時に、久々に故国で過ごす夏は特別な思いがあった。
「そうなんだよ、もうすぐ藍も休暇が終いだろ？　折角だから最後にパッと遊ぼうぜ」
　武蔵が取り出したのは、とっておきの品。
「‥‥スイカ！　どうしたんですか、そんなに」
　気付けば武蔵の足元には、瑞々しいスイカが山の様に積まれた鉄の桶があった。
「親父が以前拵えた刀の主がさ、毎年夏になるとたくさんの西瓜を持って残暑見舞いに来てくれるんだ」
　どことなく誇らしそうな顔で言う武蔵に、ぽそりとジルが呟く。
「それ、今食べちゃだめなの」
「お前さ、その食い意地どうにかしろよ」
「‥‥ま、まぁまぁ」
　非常に残念なことに、この手のやり取りはしばらく続く。
　正直、藍の根気にかかっていると言っても、過言ではない。
「とにかく、ジルさんも海に行ってみませんか？　折角ですし‥‥それに、志芯の海へ行くのは、久しぶりな気がします」
　藍は両手を合わせて、やわらかい笑みを浮かべた。
　前回故国の海で遊んだのはいつだっただろうか。
　そもそも今回志芯へ来たのはサームを利用してのことだったので、志芯の海自体しばらく見ていないのだ。
　まして遊んだ記憶となれば尚の事‥‥。
　彼女自身の中で、その記憶はもはや曖昧ではあったが、それほど長い期間故国でゆるりとした時を過ごせていないのだ。
　そう。最近見た海と言えば、クヴァールの海。
　それは、切なくて‥‥苦い、記憶───

●海と空。蒼の狭間で。
　雲一つない真っ青な空。
　志芯の空は、カルディアの空より若干色味が薄いけれど‥‥その色は、明るく爽やかで。
　対する海の色は、カルディアの海より濃く深い。
　浜に打ち寄せる波は無色で、泡だつの白が涼やかに砂を濡らしては引いてゆく。
　遠く地平線に広がるラインは完全なる紺藍。
　真夏の太陽が照り付ける浜辺の砂に、素足が火傷しそうに熱さを感じて。
　けれど、それをスッと冷やしてくれるような空の青と海の青が無限に広がる世界。
　この世界の海は、美しかった。

「海ーーー！」
　来たら来たで、上機嫌に遊び始めるのはジル。
　暑さを大の苦手とする彼女だが、海という場所が彼女のテンションを無駄に盛り上げる。
「ジルさん、砂に足を取られないよう気をつけ‥‥」
　ずべっ。ふぎゃっ。
　‥‥そんな音と声が聞こえてきた瞬間、武蔵は溜息をついて頭を抱えた。
　藍の気遣いは、ほんの少しだけ、遅かった模様である。
「大丈夫ですか？」
　ジルの砂を丁寧に払う藍は、相変わらず優しくて真面目だ。
「藍はほんと、良くできた子だなぁ」
　なぜか感心した風に呟く武蔵の両手には大きくみずみずしい西瓜。
　濃い緑と黒、そのコントラストが砂浜によく映える。
「なにそれ。武蔵はどうなの、実際」
　ジト目のジルが「藍はやらん」と行った風情で砂の上から武蔵を見上げ。
「‥‥お、俺はなぁ！」
「ジルさん。武蔵さんには、椿さんという‥‥」
「藍！」
　海という場所が、気分を高揚させるのだろうか。
　三人はいつもよりはしゃぎながら、全身全霊で海水浴というイベントを楽しんでいた。
　水着で海に飛び込めば、外気温と水温のギャップに思わず身を縮め。
　しかし、それも慣れてくればこちらのモノで。
　ひと泳ぎどころかブリーダーの体力でどこまでも泳ぎ倒してしまい、このまま志芯の諸島までいけそうな気がした。
　海に浮かんで、空を眺める。
　どこまでもどこまでも、目の前の空と、自分の浸かっている海と。
　身体の境界なんか最初からなくて、この青藍の間で自分は溶けて無くなってしまうのではないかと錯覚しそうになる。
（「この感覚は‥‥エレメントのはじまりとおわりに、似ているのかな」）
　光となり空へ還るエレメント達、その最期を数限りなく見てきた。
　藍は、ギルドで依頼に忙殺されることで、自分の中に息を潜めている本心に気付かないふりをしてきたと、今になって思う。
　けれど、こうして何も考えずゆったりとした休息をとって初めて、深層に根付く気持ちに向き合うことができた。
　あれも、これも、避けて通れなかった事。
　藍が未だに引きずり続ける思い‥‥それは、人型エレメント達に対する悔い。
　そして何より、最期の戦いへ置き去りにしてきた、沢山の想い。
「藍！　スイカ冷えたって！」
　砂浜から声を張り上げるジルが、藍の意識を現世へと連れ戻す。
　それに何処か小さく安堵をして、藍は海の上で手を振ると再び泳ぎ出した。

「はー‥‥食った食った」
　武蔵の母、そして藍が作ってきた弁当箱はすっかり綺麗な空箱へと変貌を遂げていた。
「このまますぐ海にいくと結構しんどいよね、ちょっと休憩しよ？」
　ジルが近くの海の家で冷たい飲み物を買ってくると言って走り出す。
「藍も、さっきまで結構泳いでたし、少し寝た方がいい。ジルの奴、まだ最後まで遊ぶ気だからな」
　そう言って笑うと、武蔵はいつもの外套を頭からすっぽり被り昼寝を始めた。
　志芯国の浜辺。カルディアとは少し異なる植生はジルには珍しい様だが、二人にとってはこれがオーソドックスな海。
　木陰につくった三人の拠点、藍も促されるように身体を横たえるとぼんやり海と空の境界を眺めた。
　心地よい疲労。満腹感の中、聞こえる周囲の楽しげな声と、心を許した友人たち。
　満たされてゆくのを感じながら、藍はゆっくりと瞼を閉じる。
　視線の先。最後まで瞳に焼き付けた、その青の狭間に意識を呑みこまれるように───

●泡沫の夢
「おい！　いつまで寝てるつもりだ、てめえ」
　そんな声から始まった。
　さっき眠りについたばかりだったはずなのに、そんなに長い時間寝入ってしまったのだろうか？
　真面目な藍は思わず「まずい」と焦って身体を起こしてみれば。
「‥‥え？」
「あんだよ」
　目の前には、居るはずのない存在がハーフパンツタイプの水着姿でヤンキー座り。
「すみません、間違えました」
　再び眠りに就こうとした藍の手を無理やり掴んで、機嫌悪そうに相手は怒鳴る。
「おまえはいつ何を間違えたんだよ！　なんでもいいから起きろ、皆待ってるぞ」
　思ったより強い力で腕を引かれて立ち上がる。
　細身の体でありながら、均整のとれたしなやかな筋肉を纏うその姿態を。
　そして‥‥何度となく見た、腹に刻まれた黒い『太陽』を表す象形文字を、思わず冷静に見つめる藍。
「まだ寝ぼけてんのか‥‥」
　盛大な溜息の主は、ラア（hz0054）だ。
　クヴァールでの最終決戦の最中、命を落とした人型エレメントだった。
「いえ、というか‥‥まだ多分夢の中、なんですが」
「何言ってやがる、めんどくせえ」
　ラア曰く。「こまけえことはいいんだよ！」の精神で、木陰から波打ち際まで藍を引きずっていった。
「藍ねぇ、遅いのです！　僕は早く泳ぎたいのです」
「え、えと‥‥」
　藍は思わず頬を掻いた。
　シープシーフ‥‥彼は今カルディアにいるだろう筈の人型エレメント、で。
　いないはずのラアがいるより、衝撃は遥かにマシであったが、なぜ「一家大集合なのか」。それが問題だ。
「さっきからこいつがうるせえんだ。さっさと遊んでやってくれや」
「僕を子供扱いしないでほしいのです！」
　夏の海でも相変わらずの風体で。煙管を片手に炎烏が面倒くさそうな顔をしている。
「皆ー！　スイカ冷えたって！」
「‥‥え」
　何の気なしに、ジルが先程三人で食べつくしたはずのスイカを手に現れる。
「私、さっき沢山食べたのでお腹は‥‥」
　夢の中でもやはり満腹であった藍は丁重に断ると、ジルがしょんぼりとスイカを抱えて戻ろうとする。
　しかし、それをラアが制した。
「丁度いい。ちょっと相手になってもらおうか」
　ラアはジルからスイカを二つかっさらうと、一つを藍へと無理やり手渡す。
「な、なんですか」
　なされるがままスイカを抱きしめ、続いてどこから取り出したのか木刀を受け取る。
「おまえ、人間の中では良い線いってる武人なんだろ」
　ラアも藍と同じ様に、木刀右手に、スイカを左手に話を続ける。
「勝負しねえか。この中じゃ、俺が一番速ぇんだ」
　そういって、ラアはとんとんと木刀の先でスイカを叩いた。
「‥‥なるほど。相手のスイカを先に割った方が勝ち、ということですね」
「そんなとこだ」
　真夏の太陽が照りつける浜辺に、二人が対峙する。
　その表情に宿るのは、純粋な好奇心。
「速さなら、負けませんよ」
　ブリーダーで５本の指に入るその速度を持って、藍が木刀右手に余裕の笑みを浮かべ。
「ふん、俺に勝てるとでも思ってんのか？」
　素直に勝負に乗った藍を好ましく思いながら、にやにやと笑うラア。
　人とエレメント。
　そんな関係や両者の存在背景は、とうの昔に無くなったように思えた。

「‥‥本当に‥‥速いのですね」
「お前も思ってたよりやるじゃねえか」
　スピードスター対決とも言えるスイカ割りは、結局一瞬で差がついた。
　「何が起こったですか！」ときょろきょろしたシープの言葉こそが、まともに見ていた人々の意見を代表していた。
　文字通り、眼にもとまらぬ速さで互いのスイカへと伸びた木刀。
　ほんの少し、リーチの差、だけだったかもしれない。
「今回は、譲って差し上げます」
　藍の手にしていたスイカは、ラアの木刀による刺突一撃で割り砕かれた。
　スイカの瑞々しい果肉を全身に被った藍だが、その様子は楽しげで。
「ま、伊達に元ハヤブサじゃないんでな♪」
　初めて見せる無邪気な表情。上機嫌のラアは嬉しそうに自らのスイカをくるくる指先で回して笑った。

「飯。先に行ってるぜ」
　炎烏がひらりと手をふり。
「藍ねぇ、スイカ流したら来るですよー。ご飯が終わったら、今度こそ、遊んでもらうのです」
　シープが屈託のない笑みを浮かべた。
　人とエレメント。
　当たり前のように一緒にいて、元々そうであったかのように互いに思い遣り、そして幸せな時を過ごしている。
（「この世界が夢、なんじゃなくて‥‥」）
　これが、『現実』だったらいいのに。
　この世界が『夢』であることを知りながら‥‥また藍はうとうとと食事の後に瞳を閉じる。
　クヴァールの事‥‥そして、その結末。支配するそれは、切ない思い。

　吹き飛ばされるラアの体を飛爪で抉り、そのまま地表に叩きつけると彼の体に馬乗りになって拳を突きつけた。
　あの時見下ろしたラアの瞳を思い出す。
　強い怒りと、憎しみを宿した強い強い瞳。ぼろぼろになった体と、まとわりつく生ぬるい血液の臭い。
　あの時のシーンが蘇る。なんどもなんども、擦り切れたフィルムの様に再生され。
　音も無く、声も無く、今や臭いも思い出せなくなっている。
　ただ、藍は何かを必死に叫んでいた。
「　　　　　　　　　　　　　　　　」
　口だけが動き、発されぬ声。伝わらぬ思い。届かぬ、願い。

　なぜ、解り合うことが出来なかったのか───

●未来を変える力
「藍！　そろそろ一緒にあそぼうよー」
　ゆさゆさと体に伝わる振動に、思わず目を開けた藍の瞳から一滴の露が伝う。
「！！」
　ジルがそれに驚いて、近くで眠っていた武蔵を殴りつける。
「ってえな！」
「あんた藍に何したの！」
「何もするかよ！」
　騒々しい遣り取り。現実に引き戻された事を強く感じ、藍は思わず声を出して笑う。
「‥‥藍、怖い夢でも見たの？」
「いいえ。大丈夫、です。何も‥‥怖くは、ありません」
　心配そうに藍の手を握って瞳を覗き込むジルに、問題ないと言った風に頷く。

　心の中にずっとずっと消えないで存在し続けるその記憶と、強い思い。
　忘れる事はしなくていい。
　忘れないでいたい。
　胸に留めている限り、それはあらゆる行動への出発点になって。
　そして‥‥今を生きる彼らこそが、姿なき彼らの想いを受け継ぎ、未来を変えることが出来るのだから。

「さ、もう少しだけ‥‥遊びましょうか」


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号　／　ＰＣ名　／　性別　／　年齢　／　職業】

【ha4188／御影 藍／女性／外見年齢20歳／武人】
【hz0005／ジル・ソーヤ／女性／外見年齢17歳／ウォーリアー】
【hz0047／天目 武蔵／男性／外見年齢24歳／武人】
【hz0054／ラア／男性／外見年齢23歳／エレメント】
【hz0055／シープシーフ／男性／外見年齢10歳／エレメント】
【hz0052／炎烏／男性／外見年齢45歳／エレメント】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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大変お待たせしております、「ココ夏！サマードリームノベル」をお届けいたします！
また、本編中では大変お世話になり、重ね重ねありがとうございました。

あわ…り、りぷれい１本ｂ（
この度頂いたテーマは、私の想いと強くリンクしており、綴る手がとまりませんでした‥‥というのが正直なところです。
夢のシーンですが、藤山なりの「別の未来の可能性」を描かせて頂きました。
けれど、過去を振り返り、それを悔いるにとどまらない強さ。
別の未来を覗き見て、なお今を生き、未来を変える道に踏み出した藍さんの真っ直ぐな所が大好きです。
ジルや武蔵も同じ気持ちですよ。あ、いつも連中にお声掛け頂きありがとうございます！（←）
何かお気付きの点や、イメージの違う点等ございましたら、お手数ではございますがリテイクを出して頂けますと幸いです。
もうすぐ１０月、涼しくなってきましたね。
どうか気候の変化にお気をつけて、お過ごしくださいませね。
この度も、ご発注ありがとうございました！

（担当ライター：藤山なないろ）

ココ夏！サマードリームノベル

藤山なないろ

The Soul Partner 〜next asura fantasy online〜

2010年09月24日