『Coconut Dream【蜉蝣の夢】 』

アスラ・ヴァルキリス（ha2173）

　真夏の午睡が運ぶ夢。
　それはとても懐かしくもあり――そして、アスラ・ヴァルキリスを真実へと誘っていく。


「僕を指名？」
　ブリーダーギルドから呼び出されたアスラは、思わず受付の職員に訊き返した。
「正確には、ヴァルキリス姓のブリーダー、だね。該当するのは君と君の母親だけれど」
　職員は手元の書類を確認し、「確か君の母親は」とアスラへと視線を上げる。
「ええ。対岸要塞警備員ですしね」
　アスラは頷く。母親はクヴァール対岸要塞での警備についており、エカリスにはいない。ヴァルキリス姓のブリーダーが指名されたとあれば、アスラが呼び出されるのはごく自然な流れだった。
「そう。だから、君に来てもらったんだ」
　言いながら、職員は依頼書をアスラに渡す。
　それは、要塞付近に出現したモンスターの群れに対処するためのブリーダー派遣要請だった。常駐ブリーダーでは対応しきれないため、助力ブリーダーが必要だという。それから、と前置きし、職員はもう一枚の依頼書を差し出した。
「同時に、結婚式を控えた恋人達が招待したい恩人がカルディア在中で、彼女の護衛を頼みたいと」
　ちょうど目的地はモンスター討伐地に近い。そういった意味でも、アスラは適任だった。
「……わかりました」
　依頼の内容に完全に納得したわけではないが、しかし指名された以上はやり遂げるだけだ。アスラは表情を崩さずに依頼書を受け取り、手続きを終えた。

「……女装……」
　アスラは「アスカ」となった自分の姿を見下ろして呟いた。
「だって、エリザベスさんを護衛するんだから、当然ですの」
　メイクセット片手に笑うのは、依頼に一緒に行くことになったエヴァーグリーン・シーウィンド。隣には護衛対象のエリザベスが、そして同行するというララ・トランヴァースとエステル・アイヴォリーの姿もある。
　エリはアスラが行くことになった依頼に、絶対に自分も行くのだと言って強引に同行を申し出ていた。そしてララやエステルにも同行してくれるように拝み倒したらしい。そこにどんな真意があるのかはわからないが、エリとエリザベスが揃えば「女装」は避けられない運命だとアスラは項垂れていた。
　これでもう何度目だろう。数え切れないくらい、女装してきた。回を重ねる毎にエリのメイクの腕前は上がり、着る服も洗練されていく。ふわふわの人形のような格好から、少しレディに近いおしとやかな格好まで。あらゆるパターンを経験した気がする。そして、これからも。
「うん、今日もとっても可愛いわよ」
　エリザベスはアスラを見てにこにこしている。ララとエステルはと言えば、ほんの少しだけ不思議そうな顔。
「似合ってる……けど……。エリちゃん、どうしていつもアスラ君のこと女装させちゃうの……？」
「エリさんより着飾ってますよね。エリさんにもこういう服……似合うのに」
　もったいない、と言わんばかりに、ララとエステルは溜息を漏らす。確かに女装したアスラは綺麗だが、エリだって負けていないのだ。
「いいんですの。エリはアシュが綺麗になってくれれば嬉しいですから」
　エリはくすりと笑い、満足げにアスラを見つめる。アスラは何も言い返さず、自身の所持品を確認し始めた。
　ちらりとエリを見る。先程、ララとエステルが言っていたことは当然であり、誰もが抱く素朴な疑問だろう。アスラとて疑問を抱かないわけではない。
　幼馴染で、好きな女の子。そのエリによって、こなした依頼の約半数は「アスカ」で参加してきたくらいだ。
　今までは彼女の「小さい時に両親達が持って帰った白レースのリボンが、エリよりアシュに似合ってたから」という説明を信じて彼女に付き合ってきたけれど、本当にそれだけなのだろうか。
　エリが喜ぶなら、望むならと、ほとんど無抵抗で女装してきた。だが、その裏に隠された真実がどこかにあるのではと、思わずにはいられないのだ。
　もちろん、その言葉には真実が含まれているだろう。エリは自分が着飾ろうとすることが少ないように思う。女性としての自信を喪失しているのかも――そう感じることもある。
　ただ、まだこれから思春期に入って成長していく外見だ。きっと美しく成長するに違いない。だからこそ、ララ達ももったいないと言いたいのだろう。
　――いつか、ボクが女装しなくなる日は来るのだろうか？　エリが着飾る日は来るのだろうか？
　アスラは小さな溜息を漏らした。
「……何も心配いらないと思うわよ」
　エリザベスがそっと囁く。アスラはハッとして顔を上げた。
「エリザベス……さん？」
「だってあたし、アスカちゃんよりエリちゃんのほうが綺麗だって思ってるもの」
　肩を竦め、悪戯っぽく笑う。
「その日が来れば、色んなことが……変わるような気がするなあ」
　もっともこれは、あたしの勝手な想像だけれど――エリザベスはそう付け加えてアスラの髪をくしゃくしゃと撫で回した。


　モンスターへの対処も無事に終わり、エリザベスの護衛もつつがなくこなして結婚式の行われる町に到着すると、そこでハーモナーとウォーリアー二人が同様の目的を持って合流した。彼等はハーフエルフだ。
「ハーフエルフが多い町ですね……」
　アスラは町の人々を見渡していく。道行く人々も、広場で遊ぶ子供達も、大半がハーフエルフだ。
　――そして、ボクもエリもハーフエルフ……。
　声には出さずに呟く。エリはアスラほど気に留めてはいないようで、初めて見る町並に目を輝かせていた。
「あたし達目立っちゃうねー」
「そうですね。エリザベスさんも目立つ……かな」
　ララとエステルがくすりと笑う。人間である彼女達と、エルフであるエリザベス。ハーフエルフの多い町では、やはり少しばかり目立ってしまうようだ。
「結婚式は明日になるそうですので、今日は宿で一泊して疲れを癒しましょう」
　宿は手配しておきましたから、とハーモナーが笑う。一瞬だけエリが表情を強張らせたが、アスラは気付かなかった。ハーモナーの言葉に頷き、皆に同意を求める。
「じゃあ、休みましょうか」
「さんせーい！」
　ララが元気よく挙手すれば、エリザベスとエステルも同意の首肯。ただ、エリだけが不安そうに先程のハーモナーとアスラを見つめていた。
「エリ？　どうしたの？」
「え？　な、なんでもない……ですの！」
　心配そうに顔を覗き込むアスラに、エリはぶんぶんと首を振る。
「宿、行くですの……アスカ！」
　エリは「アスカ」を強調するように言うと、アスラの手をぐいぐいと引っ張って歩き始める。
「もしかして……」
　宿でも女装を続けなきゃならないのかな、エリの様子だと――。
　アスラは小さな溜息を漏らした。


　翌日は朝から晴天で、真夏の結婚式は参加者の額に汗を滲ませる。
　だが、新郎新婦は暑ささえ気にしないふうで、今日のこの喜びに浸っているようだった。
　木漏れ日の下でのパーティーは思いのほか涼しく、誰もが料理と歓談に楽しい一時を過ごす。料理の中にはエリが手伝ったものもあり、アスラは慣れない町で食べる慣れた味付けに少しばかり安堵した。
「……ねえ、あなた……よね、アスカちゃん……アスカ・ヴァルキリスって」
　食事を終え、遠巻きに新郎新婦を眺めていたアスラは、町長の孫娘に声をかけられた。
「そうです……けど」
　なぜ町長の孫娘が声を――？
　アスラは怪訝そうに彼女の顔を見つめる。彼女はさして気に留めるでもなく、笑顔を零した。
「あなたが女の子で良かった。男の子だったら、私あなたと結婚させられるところだったの」
「え……？」
　突然彼女から告げられた話に、アスラは目を丸くした。結婚？　ボクと、この人が？
「あら、知らないの？」
　彼女は驚いたように眉を寄せると、「実はね」と語り始めた。
　それによると、アスラと彼女の母は姉妹なのだそうだ。母の一族では直系は代々女しか生まれず、養子として迎えた男はそのほとんどが近親の娘と結婚しているのだという。
「だからね、あなたが女の子で本当によかったわ。そう思うでしょ？」
　アスラが男であると全く気付いていないようだ。彼女は再び笑顔を零すと、嬉しそうに新郎新婦を見る。アスラもつられて、新郎新婦へと視線を流した。その途中で、少し心配そうにこちらを見ているエリと視線が絡み合う。
「エリ……」
　思わず漏れるエリの名。しかしエリはすぐに何事もなかったように視線を逸らし、エリザベスやハーモナー達と歓談にふけり始めた。
　ああ、そうか。
　そうだったのか――。
　アスラは全てを悟った。
　前から疑問はあった。自分は両親とは血が繋がっていないんじゃないだろうかと。
　彼女が言っていたアスラの「母親」というのは、彼が「父上」と呼んでいる存在のことで間違いない。
　先程の話が本当ならば、ここは両親の故郷ということになる。だが、両親は決して里帰りをしたことがない。
　きっとそれは、アスラが真実を知るのを忌避してのことだったのだろう。
　捨て子か何かだった自分を両親が拾い、髪や瞳の色が偶然にも母と同じだったから、そしてハーフエルフだったから、自分達の子として育てたのだろう。
　ふと思い出す。大晦日の、大人達の囁く声。

　――自分のパートナーを兄貴と呼ぶことがあったとか、最後のファイヤートラップ、コンバートソウルもせずに詠唱しなかったか、とか……。
　――その日にエリの家もファイヤーボムらしい不審火で焼失してしまい、二人の遺品はないとか、過去を語ったことがないとか……それに、最後のファイヤートラップの威力とか……エリの父に対する疑問は山のようにあるがな。
　――それでもあの娘は、お前達の娘だ。
　――アスラがお前達の子だと同じ位にはな。
　――昔の事故で私達は子供を持てませんからね。

　――アスラがお前達の子だと同じ位にはな……。
　あれはきっと……このことだったのだろう。
　あの時は意味がわからなかったけれど――。
　アスラは俯き、奥歯を噛み締めた。これまで抱いていた疑問が全て解けていく。
　きっとエリは何かを知っていたのだ。いや、知っていなくとも、アスラを女装させるようにと、アスラの両親から頼まれていたのだろう。
　だからこれまで、アスラを散々女装させてきたのだ。今日、この日のために――。
「だから、一緒に来たんだね、エリ……」
　顔を上げ、エリを見つめる。この依頼に強引に同行したのも、ララやエステルに同行を頼んだのも、きっとアスラ――「アスカ」を守るためだったのだろう。
「アスカちゃん、どうしたの？」
　町長の孫娘が不思議そうにアスラの顔を覗き込む。
「ううん、なんでもない。……幼馴染み、紹介してあげるよ」
　アスラはそう言って、エリを指差した。
「ふわふわっとして可愛い子！　あなたも可愛いけれど、彼女もとっても素敵！」
「ありがとう」
「あら、あなた……とっても嬉しそうに笑うのね。まるで自分が褒められたみたいに。そんなにあの子が大事？」
　思わず笑みを零したアスラに、孫娘は目を細める。
「……うん、大事。いつも……ボク……じゃなくて、私のことを考えてくれる、大切な……人、だよ」
　その大切な人を、自分が守るのだと決めている。
　両親のことがショックではないと言えばもちろん嘘になるけれど、薄々感づいていたことだ。
　今は、事実をありのままに受け止めよう。アスラはエリの横顔を見つめたまま小さく頷く。
　どんな事情があっても、自分が両親に育てられたのは紛れもない事実。
　知らないふりを続けよう。そう……これからも。
　決して二人を傷つけないために。
　アスラは「ありがとう、エリ」と小さく呟き、孫娘を伴ってエリの元へと歩き出す。
「アシュ、こっちこっち！　デザート一緒に食べるですの！」
　こちらに気付いたエリが、満面の笑みで手を振ってくれた。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【ha2173　／　アスラ・ヴァルキリス　／　男性　／　10歳（実年齢20歳）　／　狙撃手】
【ha0170　／　エヴァーグリーン・シーウィンド　／　女性　／　10歳（実年齢20歳）　／　プリースト】
【hz0021　／　エステル・アイヴォリー　／　女性　／　20歳　／　ウォーリアー】
【hz0031　／　ララ・トランヴァース　／　女性　／　12歳　／　ウォーリアー】
【hz0050　／　エリザベス　／　女性（♂）　／　20歳（実年齢60歳）　／　一般人】



ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
■アスラ・ヴァルキリス様
いつもお世話になっております、佐伯ますみです。
「ココ夏！　サマードリームノベル」、お届けいたします。
アスラ様がなぜ女装するのか、その真相ということで、発注文を拝見して「そういうことだったのか」と思った次第です。
ソルパの依頼で何度も女装されるところを書かせていただきましたが、きっと何か事情があるのだろうと思っておりました。
今回、このような形にしてみましたが、いかがでしたでしょうか。お気に召す内容となっているといいのですが。
もし、「イメージと違う」等ありましたら、遠慮無くリテイクをかけてくださると幸いです。

この度はご注文下さり、誠にありがとうございました。
とても楽しく書かせていただきました。少しでも楽しんでいただければ幸いです。
朝晩冷え込むようになって参りましたので、お体くれぐれもご自愛くださいませ。
２０１０年　９月某日　佐伯ますみ

ココ夏！サマードリームノベル

佐伯ますみ

The Soul Partner 〜next asura fantasy online〜

2010年09月27日