▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『風便り 』
シノン・ルースティーン1854)&スラッシュ(1805)&(登場しない)

 太陽が沈みかけたのを機に、シノン・ルースティーンは宿屋に入った。慣れてきたやりとりを宿主と交わし、部屋へと向かう。
 素泊まり、一泊。
(もう、何度も繰り返したもんね)
 くす、と小さく笑い、シノンは部屋のドアを開ける。本日の宿は特別綺麗でもなく、また汚いわけでもなかった。ごくごく一般的な、簡素な部屋。
 荷物をベッドに置き、窓を開く。さわ、と涼しい風が室内に入り込んでくる。
「この風、何処から来たのかな」
 シノンは呟き、目を閉じる。風が何処から来たのか、静かに考えて。
(この風はきっと、あそこから来ている。優しい風だから)
 シノンは思う。だから、目を閉じれば自然に光景が浮かんでくるのだ。

――風はきっと、エルザードの方から吹いてきたのだ。


 数ヶ月前、シノンはまだエルザードにいた。ベルファ通りから少し外れた所にある、小さなスラム街。薄汚れた古い建物が建ち並び、小さな工房や商店がひしめき合うように存在しているそこに、シノンが生活する孤児院はあった。
 所々に修繕した後が見受けられる孤児院だが、寂しい外見とは反対に、中はいつも賑やかで楽しげな笑い声がいつも響き渡っている。
「ここの事が、あるから」
 シノンはいつも、そう思っていた。孤児院の事があるから、自分の中にある強い思いを押さえつけていた。
 世界を見たい、知りたい。そう、思っていたというのに。
「兄貴に、見透かされてたな」
 真っ白になった洗濯物を干しながら、シノンはくすくすと笑っていた。迷い続けていた日々の中、兄貴分であるスラッシュはシノンの背を押してくれた。
 お前には風が似合う、と。
(あの後押しがなかったら、あたしは決心してなかっただろうな)
 スラッシュがいなければ、世界への欲求をずっと心に押し込めるところだった。
 そして、もう一つ。シノンの背を更に押した少年の存在。
(大事なのは、あたしがどうしたいか)
 シノンは、干し終えた洗濯物を見上げながら微笑む。青い空と白い洗濯物のコントラストが、綺麗だ。ひらひらと青空の下で風に揺られる洗濯物は、まるで空を泳いでいるようにも見える。
「……よし」
 シノンはそういうと、洗濯籠を持って孤児院の中へと入っていく。
 今夜、話をしようと心に決める。孤児院の皆が大好きな、チャイを鍋一杯に作ろう。春だから昼間は暖かいけれど、夜はまだ肌寒いから。
 熱いチャイと一緒に、話をしよう。


 夕食後、シノンの回りに子ども達が集った。手にはチャイが入ったコップがある。シノンから少し離れたところに、スラッシュも居る。
「なにー? シノン」
「改まって、話とか言ってさー」
 子ども達が口々に尋ねてくる。いつも通りだ。
 シノンは「あのね」と口を開く。ざわざわしていた子ども達が、一斉にしん、と静まり返る。
「あたし、旅に出ようと思うの」
 シノンが告げた直後、誰も言葉を発しなかった。突然の言葉に、なんといっていいのか分からないのかもしれない。
「すぐに、じゃないけど……もうちょっと……ううん、一週間後に」
 曖昧な表現は避け、シノンはきちんと期限を告げた。途端、小さな子が「いや!」と叫んだ。
「シノン、行っちゃ、いや!」
 その言葉を皮切りに、小さな子達が一斉に泣き始め、シノンにしがみ付く。シノンにしがみ付けない子は、近くに居る年長者にしがみ付く。
「何で? 何でなの?」
「行ったらやだ!」
「何処にも行かないでよ!」
 子ども達は泣きながら、シノンに訴える。思いも寄らなかった言葉だったのだろう。当然といえば、当然だ。いつまでも、今の生活が続くのだと信じていたのだから。
「あのね、皆……」
「やーだー!」
「シノン、やだやだやだ!」
 シノンが話をしようとしても、泣き叫ぶ子ども達がそれを許してくれない。旅に出る説明が、なかなか出来ない。
(仕方ないか)
 シノンは苦笑交じりに、泣き続ける子ども達の背をぽんぽんと叩いたり、頭を優しく撫でたりして、宥めようとする。が、中々騒ぎが収まらない。

――パンパン!

 手を鳴らす音が響いた。それを機に、泣いていた子の声が止まる。皆が音の主を見つめる。
 鳴らしたのは、孤児院の年長者だった。
「皆、寂しいのは分かる。嫌なのも分かる。でも、話を聞こう」
「でも」
「でも、じゃないよ。ちゃんと、聞かなきゃ」
 また別の年長者が、他の子を諌める。シノンがきょとんとしていると、年長者達は静かに微笑む。
「シノン、話して」
「私たち、何となく分かってたんだけど……シノンの口から聞きたい」
(察してくれてたんだ)
 シノンは胸が熱くなる。自分が悩んでいた事も、決心した事も、口には出さなかったけど察していたのだ、と。
 一つ大きく息を吐き出し、シノンは再び皆に向かって口を開く。
「あたしはね、世界を見たいの。そして、知りたい。あたしの持つ風を、色んな人に渡したいの」

――風と共に生き、風の巡りを正しなさい。君だけの風を作り出し、その風を渡しなさい。

(あたしの、風)
 ずっと前から、強く思い抱いていた。決心もしていた。
 ただ、踏ん切りをつけていなかっただけだったのだ。
「……でも」
 幼い子が、ぽつりと呟く。が、その後に言葉は続かない。何と言って良いのか分からないのだ。
 こんなにも、シノンが目を輝かせているから。
「不安だろうし、寂しいだろう。だが……行かせてやれ」
 静かに、スラッシュが口を開いた。
「ずっと、シノンは悩んでいた。お前達の事も大事だから。だからこそ、行かせてやれ」
 スラッシュは「でも」と呟いた子の傍に行き、頭を撫でる。
「シノンには、帰着点が必要だ。必ず帰ってくるための、家が」
「きちゃくてん?」
「そうだ。シノンが安心して旅に出るためには、この孤児院がシノンにとって帰ってくるべき場所にならなければいけないんだ」
 スラッシュの言葉に、子ども達の口がぐっと閉じられた。何かを、決意するかのように。
「これから一週間、シノンのやっていた事を引継ぎするぞ」
 スラッシュの言葉に、年長者達が「はーい」と返事をする。
「兄貴……」
 シノンがじっとスラッシュを見つめる。スラッシュは、小さく笑う。
「行って来い、シノン。後の事は、俺たちがなんとかしてやるから」
「シノン、ちゃんと帰ってきてよね。だからこそ、送り出すんだから」
「絶対だよ、シノン!」
 スラッシュに続いて、皆が口々にシノンに言う。シノンは皆の顔を見つめながら、何度も頷く。
 自然と、笑みが浮かんでいた。


 一週間は、あっという間に過ぎていった。仕事の引継ぎや、細やかな指示。加えて、旅の準備。荷物は最小限でいいとはいえ、いざ詰めるとなると何を入れていいのか分からなくなったりしていた。
(思い出すなぁ)
 出発の日、小さくまとめた荷物を手にしてシノンは思う。神殿からエルザードに来た日の事を。あの日も、同じようにこれくらいの荷物を手にしていた。
「あの時は、やって来たんだけど……これから行くのは、旅行だもんね」
 シノンは呟く。ちょっと長めの旅行に、行くだけだ。
 いつかここに、必ず帰ってくることを前提にして。
 出発のために孤児院の扉を開ける。すると、孤児院前には沢山の人たちが待っていた。
 孤児院の子ども達とスラッシュは、もちろん。スラムの人々が、シノンの旅立ちを祝福してくれている。
「行ってらっしゃい、シノン」
「気をつけてね」
「ちゃんと帰ってこい」
「たくさん色々見て来るんだよ」
「皆……!」
 じいん、とシノンの胸が熱くなる。沢山の人たちが、シノンを見ている。シノンに笑顔をくれる。
(これが、風。あたしの、風)
 実感する。シノンが持っている風が、確かに手渡せていたという事を。
(世界を、見たい。知りたい。あたしの風を、身にまとって……!)
 シノンは一人一人に「いってきます」と「ありがとう」を繰り返す。ちょっぴり涙目の子もいるけれど、皆、笑顔だ。
「行って来い、シノン。世界を見て、知って来い」
「はい、兄貴」
 スラッシュに、ぽん、と背を軽く叩かれる。最後の、一押し。
「行ってきます……!」
 シノンは大きく手を振る。スラッシュの手の感触が残る背に、風を受けて。


「あ……もう、こんな時間なんだ」
 ぼんやりと空を眺めていたら、既に日が沈み終えようとしていた。シノンは小さく微笑み、風にそっと祈りを捧げる。
「皆に、あたしの笑顔を届けられますように」
 ふわり、と風が吹いた。風はきっと、エルザードに届くだろう。スラム街へ、孤児院へ、子ども達へ、スラッシュへ。
 シノンは「よし」と気合を入れる。
 まだ、旅の途中なのだから。


<風に便りを乗せて・了>
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
霜月玲守 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2010年09月28日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.