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『タネも仕掛けもあります 』
月代・慎6408)&聖栞(NPC5232)

 チッチッチッチッチッチッチッチ……

 何の音だろう。
 月代慎はそう思って首を傾げた。が、すぐその音の正体は分かった。
 理事長館の応接室で、聖栞が懐中時計を覗いていたのである。懐中時計の秒針は、大きな音を立てて時を刻んでいた。

「こんにちはー、すごい大きな音ですね。その時計」
「あら、いらっしゃい。月代君。そろそろ来るんじゃないかしらって思っていた所よ」

 栞はたおやかに笑いながら、懐中時計を懐にしまった。
 参ったなあ。別に遊びに来るの、言った覚えないのに。
 慎はそう思いながらも、いつものにこにこした笑いで、栞に無言で勧められたソファーに腰を下ろした。
 既にテーブルにはビスケットと熱めのミルクティーが用意されていた。本当にここに来るの、分かってたみたい。

「この間は舞踏会に行ったんですよー。いやあ、怪盗がイースターエッグ盗んで行っちゃったから、びっくりしました」
「あら、そう言えば月代君は新聞部だったわね? いい取材、できた?」
「いやぁ……それが俺、途中で会場抜けちゃったんで全部は取材できなかったんですよねえ……」
「あらあら。もしかして、怪盗を追いかけに行っちゃったとかかしら?」
「あはははは……」

 慎は笑いながら誤魔化した。
 まさか会場抜け出て怪盗と思念の会話を盗み聞きしていたなんて言えないし。
 でも。何で先生は今日も何も言ってないのに理事長館に来た事分かったんだろう、何かあるのかなあ?

「うーんと。少しだけ質問していいですか?」
「何かしら?」
「先生が魔女って本当ですか?」
「本当よ」

 あっさり。
 うーん、と慎が言葉を選び始めた。

「じゃあ、俺がここに来るのが分かったのも魔法か何かの一種ですか?」
「そうねえ。例えば網があったとする。そこに引っかかったものって網を引っ張ったら見えるじゃない? そういう魔法ね」
「ふうーん。霊能力みたいに感知する魔法とかではなく?」
「そういう魔法を使える人もいるけれどね。私の魔法はそこまで高度なものじゃないから」
「ふーん。例えばの話をしてみていいですか?」
「あら、今日はまた質問ばっかりね」

 栞はくすくすと笑う。
 慎はにこにこと笑いつつも、頭の中はくるくると思考が働いていた。
 うーん、手品ってタネが分からないように隠しているだけで、タネも仕掛けもなければ手品は成立しない。
 魔法も同じって事でいいのかな? 魔法の正体はヒントは教えてくれるけど、言えないみたいだし。
 でも、網に引っかかったものなら分かる、か。それだったら、何で俺が怪盗を見に行っていたのか分かるかな。
 少し、質問を替えてみようか。
 慎はそう考えた末、言葉を紡いだ。

「例えば、どこかに幽霊みたいな人が立っているとしたら、先生は気付きますか?」
「幽霊ねえ……」

 栞が一瞬だけ笑顔が消えた。
 あれ? 何か地雷でも踏み抜いた?
 慎がそう焦ったが、真顔になったのはほんの一瞬。すぐにいつもの笑顔に戻った。

「残念ながら、私だと気付けないかもしれないわねえ。よっぽど感知能力に長けた魔法使いや、それこそ霊能力者さんじゃないと。私の魔法は生きている人じゃないと感知できないから」
「なるほど……」

 慎はそう相槌を打ちながら、ビスケットを齧った。
 全粒粉のビスケットは喉に詰まる。慎は黙ってミルクティーでビスケットを飲み下した。

「そういえば、俺は魔女とか魔法使いとかの知り合いっていませんけど、魔女とか魔法使いって遺伝なんですか? 突然変異なんですか?」
「そうねえ。私の場合はそういう家系、かしら? まあ私はそんなに魔法は使えないから使わないけどねえ」
「ふうん。じゃあ」

 慎は瞼の裏に、舞踏会でちらりとだけ見た海棠の姿を思い浮かべた。
 何故か常世姫が警告を出していた海棠は、確か理事長の甥だって話をどこかで耳に挟んだような気がする。新聞部でだったかな?

「甥ごさんは、魔法とか使えるんですか?」
「そうねえ……」

 栞は何故か上を見た。
 そう言えば、前も面接していた時、上を見ていた事があったような気がする。
 慎は一緒になって上を見たが、特に何も感じない。少なくともここに思念や霊はいない。あっ、先生は生きている人なら居場所が分かる魔法を使っているんだっけ?

「上の階、誰かいるんですか? 前の時も上、見てませんでしたっけ?」
「うふふふふ……今日は本当に月代君は鋭いわね」

 栞はたおやかに笑いつつ、人差し指を口元に当てた。

「内緒よ。私、うちの甥と暮らしているから」
「はあ。そうなんですか?」
「ええ。まあ知っている人は知っているけどね」

 栞がそう言った途端、時計塔の鐘の音が響いた。
 学園もそろそろ下校時刻である。

「はい、今日のお話はここまで。この話は」
「ここでしかしちゃ駄目、でしたっけ?」
「ええ。よく覚えていてね。他の人にも、話しちゃ駄目よ?」
「はーい」

 慎は最後にビスケットを1枚頬張った。

「ビスケットとお茶ご馳走様でしたー」
「またいらっしゃい」

 栞が見送る中、慎は理事長館の門を潜り抜けていった。
 網。網かあ。網の中なら分かって、生きている人なら分かる、かあ。でもその網って、何を捕まえる網なんだろう?
 慎は首を傾げていた。
 それに、そんなものがあるなら、自分が気付いてもおかしくないのに何で気付かなかったんだろう? 魔法と霊能力は違っていても、感知系魔法が使えるなら霊能力でも分かりそうなものなのに。

「まさか、ねえ……」

 慎は既に金色に染まった空の下、さっきまでいた理事長館を見ていた。
 理事長館は、学園の中心に存在している。
 まさか、網が大きすぎて気付かないとか、じゃないよねえ?

「どこが魔法はそんなに使えないんだろう……」

 慎はそうぽつりと呟いた。

<了>
PCシチュエーションノベル(シングル) -
石田空 クリエイターズルームへ
東京怪談
2010年10月12日

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