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『『秋夜の夢』 』
六道・せせり(ib3080)

 有象無象の歩の音、百鬼夜行の響きあり――。
 月白風清の空の色、生死不定の理をあらはす――。

●沢繭

 カラン――。

 夜もどっぷりと更けた沢繭の街。

 コロン――。

 凛とした秋の空気が、優しく頬を撫でた。

 カラン――。

すっかり灯の落ちた道に、提灯の仄かな明りが揺れる。

コロン――。

虫の音も止んだ街中に、乾いた下駄の音が鳴り響いた。

「‥‥はぁ」
 下駄の音に溜息が混じる。
「なんでうちがこんな事せなあかんのや‥‥」
 溜息に混じる少女の声。
 その声には諦めの色が滲んでいた。
「ねぇねぇ、つぎはどのいえー?」
 少女の後ろかかる幼い声。
「おっ! あのいえにしようぜ!!」
 今度は少年の声だ。
「列離れるんやないで」
 やる気なさげに提灯を掲げ、後ろを振り向く六道・せせり(ib3080)が後ろではしゃぐ声の主達に、注意を促す。

 家業の手伝い。――とは名ばかりか。
『六道家の末娘としての務めだろう。まさか出来ないとでも?』
 久しぶりに帰った実家で、さらりとそんな事を言われた。
今思い出してもむかっ腹が立つ。明らかな挑発。そして、それに乗ってしまった自分に。

「うおぉ! 一文みっけ!!」
「あー! それあたしの!!」
「ばか言うな! 俺が見つけたんだぞ!!」
「‥‥あー!」
 繰り返される小競り合いに、せせりはくるりと後ろを振り向いた。
 そこには、様々な仮装を施した小さな小さな怪異達。
 お粗末な造りの面。唯藁を被っただけの鬘。意気揚々と振りかざす木の枝の刀。
 皆、思い思いの恐怖をその小さなお頭で考えたのだろう。
「静かにせぇ!」
 思わず声を荒げるせせり。
 その声に、小さな怪異達はびくりと身を竦ませた。
「ええか? おまえらは怪異やろ? そんな正体丸出しの行動しとったら、ばれてしまうで」
 言って聞くのだろうか。
 でも、言わずにはおれない。
 六道家の代表としてこの場を仕切っている、自分の矜持が許さなかった。
 せせりは、諭すように極力抑揚を抑え小さな怪異達に声をかけた。
「ねぇちゃん、こえぇ‥‥」
「ひすてりっく、って言うらしいよ‥‥」
 せせりの注意に、そこかしこから聞こえる陰口。
 蔭口叩くんやったら、もぉ少し小声でせぇ‥‥。
 聴こえてくる小言に、頬の肉がヒクヒクと痙攣するのが自分でも分かった。
「えぐえぐ‥‥」
 そして、更に小さな呻き声。
「あー! ねぇちゃん泣かせたな!」
「なんでうちが泣かせなあかんねん!」
 せせりを指差す怪異に、思わず反論してしまう。
「うわあぁぁ!!」
 その声に、堰を切った様に溢れだす鳴き声。
 やってしもた‥‥。
 せせりは額に手を当て、はぁと大きな溜息をついた。
「あー、うちが悪かった。謝るから、機嫌直しな」
 殊更、優しく声をかける。
「えぐえぐ‥‥」
 せせりの優しい声と、頭を撫でる小さな温もりに、泣きわめく小さな怪異は涙を止めた。
 お子様て、こんな面倒臭いもんやったんか‥‥。
 頭を撫でてやりながら、そんな事をふと思う。
 うちとそう歳も変わらんやろうに‥‥。
 呆れと諦め。
 せせりは今一度大きな溜息をついた。

 そんな時。

「ほれ、さっさと行くのじゃ! 後ろがつかえておるっ!」
 列の最後尾からかけられた、偉そうな声。
 不機嫌の原因がここにもいた。
 この仕事の話を聞いた時、ちゃんと確認するべきだった。
 仕事の現場が、この『沢繭』だという事を――。
「来た‥‥」
 ずんずんと最後尾からこちらに向かってくる人影に向け、せせりは小さく呟く。
「む? 何か言ったか?」
 せせりの前にどどーんと無い胸を張り立ち止った人影。
 この沢繭の領主、袖端 振々(iz0081)。その人であった。
「なんもゆぅてへん。で、なんでおまえがここにおんねん」
 不機嫌の原因を前に、むすっと表情を曇らせるせせり。
「なんでじゃと? ばかもの! 沢繭のぎょうじに領主である振が出ぬでどうするか!」
 そんなせせりに、振々はどどーんと指を突き付けた。
「普通、領主がこんなお子様の行事に出席する方がおかしいやろ‥‥」
 胸を張りキッと睨みつけてくる振々の視線を、せせりは面倒臭そうに外し呟く。
「ほれ、行くのじゃ! うしろで童たちもくびを長くして待っておるっ!」
「行きたいんやったら、勝手に行けばええやろ」
 突き付けられた指を邪魔くさそうに払い除けたせせりは、そのまま振々にくるりと背を向けた。
「なんじゃ? 六道家のにんげんは先導もろくにできぬのか? 不甲斐ないのぉ」
 振々の何気ない一言。
 それがせせりの琴線に触れた。

 カチンっ――。

 頭の奥で何かが弾ける音が確かに聞こえる。
「‥‥おもろい」
「む? 何がおもしろいのじゃ?」
 答えたせせりに、振々は何事かと問いかけた。
「そうゆぅんや、おまえはできるんやな?」
 そんな振々に、せせりは邪な笑みを浮かべ問い返す。
「振がせんどう? なぜそんなことをせねばならぬのじゃ」
 しかし、振々はまるで取り合わない。
「あー、なるほどなるほど。――できんのやな」
 そんな振々の返しに、うんうんと頷いたせせりは小さく呟いた。
「なんじゃと‥‥?」
 先程までの余裕は何処へ行ったのか。
 せせりの呟きに、振々はその表情を一変させる。
「まぁ、お飾りのリョウシュサマやから、しゃーないか」
「‥‥」
 せせりの更なる追撃に、振々は俯きフルフルと肩を震わせた。
「‥‥勝負じゃ! どっちが多く菓子集められるかのっ!」
「ほぉ、ええやろうっ! その勝負うけてたったるわ!」
 せせりと振々。
 二人にそれぞれ率いられた怪異軍団は、二手に分かれ沢繭の街を恐怖の坩堝へと陥れるべく、闇に消えた。

●深夜
「‥‥はぁ」
 闇夜に響く大きな溜息。
 また悪い癖が出た。
 あのまま煽てて、全部押しつけたったらよかった‥‥。
「‥‥はぁ」
「ねぇちゃん、どうした?」
 と、二度目の溜息をついた時、せせりに一人の怪異が声をかけた。
「何でもあらへん。そんな事より、はよ集めてきぃ」
 やる気なさげに怪異を追い払うせせり。
「なんだ、腹減ったのか?」
「違うだろ? アレだよ、アレ」
「あれ?」
「ふふ‥‥こい、ってやつだっ!」
「うぉぉぉ! マジか!」
 せやから聴こえとるゆぅねん‥‥。
 それでも精一杯声を殺しているのだろう、怪異達がせせりに聞こえない様にひそひそと言葉を交わす。
「見えてきたで、はよ行ってき」
 謎な話題で盛り上がる怪異達に、せせりは更に面倒臭そうに呟き、前方の屋敷を指差した。
「お! みんな、いこうぜ!」
『おー!』
 せせりの言葉に、先程までの噂話はどこへやら。
 怪異達は、せせりの脇を抜け一目散に屋敷へと駆けだした。
「はぁ‥‥単純や」
 大挙して屋敷へ襲いかかる怪異達の背中を眺め、せせりはぽつりと呟いた。

 こうして、夜はどっぷりと更けていった――。

●弐音寺
『――二十一、二十二――』
 数字を読み上げる大合唱。
『――三十五、三十六――』
 深夜にもなろうという時間にもかかわらず、その大合唱は衰える事を知らなかった。
「おっと、底が見えてきましたな」
 二つの籠の中を覗きこむ男。
 確か、補佐官の最上ゆぅ奴やったか。
 あのお子様のお守、か‥‥。気の毒やな。
「振のかちに決まっておる!」
「はは、それはどうでしょうね。なかなかいい勝負ですよ?」
 目の前で交される他愛もない会話。
 何がそんなにおもろいんや。こないなお子様の催し‥‥。
「なんでもええけど、はよしてくれへんか? うち、眠いんやけど」
 ふあぁっと生欠伸を噛み殺し、せせりが呟く。
「なんじゃ、もう負けをさとったんじゃな?」
 そんなせせりにかけられた振々の言葉。
 にやにやと口元を歪め、勝ち誇った様に見つめてくる振々。
「‥‥‥‥はぁ?」
 そんな振々に、せせりは思わず反応してしまう。
「もう役目はおわったのじゃ! 帰ってよいぞ?」
 反応を示したせせりに、振々は無い胸をドーンと張り、しっしっと手を振った。
「ほぉ、負け犬の遠吠えか」
 しかし、そんな振々に向け、せせりも負けじと胸を張り言い放つ。
「なん‥‥じゃと?」
 お返しとばかりに放ったせせりの言葉に、今度は振々が反応した。
「聞こえんかったんか? その歳で耄碌とは、可哀想な事やで」
 やれやれと両手を天に掲げ首を振るせせり。
「いい度胸じゃ! この振にそのようなぼうげ――」

 そんな時。
『――四十三!』
 ついに大合唱が止まった。

「むむ‥‥」
「‥‥」
 いい争いも忘れ、急ぎ籠の底を覗きこむ振々とせせり。
 二つの籠はすでに空となっていた。
「これはこれは、同点ですか」
 そんな様子に、うんうんとにこやかに頷く頼重。
『同点や(じゃ)と‥‥?』
 そして、二つの声がはもった。
「振のだんごのほうが大きいから、振のかちなのじゃ!」
 勝負の結果に納得いかないのか、振々は自分の籠から出された一際大きな団子を指差し胸を張る。
「なにゆぅとんねん。勝負は個数や。大きさなんか関係あらへんわ」
 しかし、そんな振々をせせりはせせら笑い、軽くあしらった。
「ふぅ‥‥背のちいさい奴は、うつわまで小さくてこまるのじゃ」
 だが、そんなせせりを今度は振々がせせら笑う。
「お前のほうがチビやゆぅねん。何回ゆぅたらわかるんや」
「なにをいっておるのじゃ? 目でもわるいのかぇ?」
「はぁ? お前のは下駄でごまかしとるだけやろ!」
「下駄をはかずとも、振の方がおとななのじゃ!」
「背と大人は関係ぇあらへんわ!」
「なんじゃ、負け惜しみかぇ?」
「どぉしたら、そんな話に持っていけんねん‥‥。一回、お頭の中かち割って見たろか!」
「見れるものならみてみればいいのじゃ!」


「はい、皆に渡ったかな?」
 尽きぬ言葉の応酬外では、頼重が子供達へ今日の戦利品を配っていく。
「うん! おじさんありがと!」
「うおぉ! 我慢したかいがあるぜ!」
 受け取る子供達もまた、果てしない言い争いの蚊帳の外で満面の笑みを浮かべた。


「あほか。モノの例えや。そんな事もわからんのか。これやからお子様は」
「なんじゃ? たっしゃなのは口だけかぇ?」
「はいはい、達者達者。お前なんか到底及ばん位な」
「なるほどの。弱いやつほどよく吠える、というのはお主のような事をいうのじゃな」
「なんや、もぉ白旗か? 暴君ゆぅ噂も独り歩きしとっただけみたいやな」
「暴君? だれのことじゃ?」
「なんや、みえへんのか? 目ぇまでわるぅなったんか、可哀想に‥‥」
「お、見えたのじゃ。めのまえに居るではないか」
「ほんまに末期やな‥‥」


 言い争う二人の攻防に、初めは興味津津で聞き入っていた子供達だったが、すでに飽き眠たそうに眼をこすっていた。
「さぁ、もう夜も遅い。早く帰って寝るように」
『はーい!』
 そんな子供達へ、まるで先生の様に子供達へ言い聞かせる頼重。
「では、解散!」
 そして、頼重はこの催しの解散を告げた。


「振の方がかわいいのじゃ!」
「あほか。どぉみてもうちやろ!」
「お主のめは相変わらずのふしあなじゃな!」
「ええか? 世の中には『鏡』ゆぅ、便利なもんがあるんやで?」
「なんじゃ、鏡もみたことがないのかえ? 可哀想をとおりこして、きのどくじゃな‥‥」
「まぁ、見る必要ないくらいうちのがかわいいからなぁ」
 せせりと振々はその場から微動だにしない。
 子供達が帰路に就いた後も、止めどなく発せられる言葉の応酬が続いていた。
「お二人とも、皆帰りましたぞ。じゃれ合いはそれ位にして、我々も――」
『じゃれあいちゃうわ(ちがうのじゃ)!!!』

 ぐしゃ――。

「――――っ!?」
 頼重の声にならない悲鳴。
 壮絶な死闘に口を挟まれた二人の怒りは拳となり、頼重の股間に突き刺さっていた。
「もうすぐこ奴を言いくるめられそうじゃったものを! 邪魔するでない!」
「言いくるめるんはうちや。まったく、ついに他人の台詞までとるよぉになったんか。沢繭の領主も地に落ちたもんや」
「とったのはお主じゃろ。名家六道もおちたものじゃな」
「なん‥‥やと‥‥?」
「なんじゃ!」

 ヒクヒクと痙攣する頼重を足蹴に、二人の戦いは夜が明けるまで続いたのだった――。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ib3080 / 六道・せせり / 女性 / 10歳(外見年齢) / 陰陽師】
【iz0081 / 袖端 振々  / 女性 / 10歳(外見年齢) / 一般人】

ラ┃イ┃タ┃ー┃よ┃り┃
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この度はご注文ありがとうございました!
そして、ノベル完成まで長い間お待たせしてしまって、申し訳ありませんでした……っ!

好き勝手やれとのご命令(ぇ)でしたので、好き勝手しました(ぁ
複雑に絡み合う二人の関係(ないない)。そして、目覚める愛(ないないない)。
とまぁ、冗談はさておき。とても楽しく書かせて頂きました!

私自身、初めてのOMC作品ということもあり、精一杯書かせていただいたつもりではありますが、お気に召さない場合は容赦なくリテイクしてくださいませっ!

それでは、ご注文ありがとうございました!

真柄 葉
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真柄 葉 クリエイターズルームへ
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2010年10月12日

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