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『腹ペコ娘の偵察報告 』
最上 憐 (gb0002)

「絶対怪しいと思うの! だから最上さん、貴方が調べて来て!」
 そう言われた瞬間のみ、最上 憐はせわしなく動かしていたフォークを止めた。目の前に座っているのはカンパネラ学園の女子、なぜか興奮状態である。
 一瞬で興味を失って食べ物の乗った皿に視線を戻した憐に、彼女は続けた。
「ジャック先生とヘンリー先生っていつも一緒にいるでしょう!? 絶対何かあると思うの! そう、あんな関係とか!」
「……ん。どんな。関係?」
 ぽつりと呟いた憐である。正直、学園の教官であるジャックとヘンリーがどんな関係だろうと全くこれっぽっちも興味が無いのである。それで腹が膨らむわけでもないので、尚更どうでも良い。
 だが、目の前にずらりと並べられた料理が依頼料だと気づく頃には、憐はそれらをまるっと平らげてしまっていた。これでは断るに断れない。
「二人は明日の仮装行列に参加するみたいなの! ちゃちゃっと尾行して来て!」
「……ん。仕方ない」
 せめて食べさせられた分は働こう。
 そう心に決めた憐は再びフォークを猛然と動かし始めた。

 ◆

「……ん。尾行。調査。開始。ウサ」
 ウサ耳とウサギの着ぐるみでしっかり仮装した憐は、前を行く大人二人組をこそこそとつけ始めた。
 夕暮れも良い頃だ。薄らと暗くなった広場に、ジャック・オー・ランタンを模ったガス燈が灯りだす。ある者はドラキュラ、ある者は魔女に仮装して広場で談笑している。
 その中で、金髪長身の男と、赤毛の中性的な男が仮装もせずに肩を並べて歩いているのは、いささか違和感があるし、何より嫌に目立つ。ある意味仮装よりも仮装らしい二人である。
「……ん。コレと。ソレと。アレを。大盛りで。ハロウィン盛りで。頂戴。ウサ」
 ウサギルックの少女にもっと盛れ、もっと盛れ、と急かされた露店の男性は困惑しつつも彼女が満足するまでご飯を盛ってやる。その間にも、憐はジャックとヘンリーの後ろ姿をじっと見つめていた。
「お嬢ちゃん、これで良いかな?」
「……ん。ルーも。多め。ハロウィン盛りで」
 ハロウィン盛りとは一体何だろうかと思いつつも、男性はカレーをご飯へ盛大にかける。これを一人で食べるのか、と内心思いつつも、彼は憐の方へ大皿を差し出した。
 奇しくもそのタイミングは、憐がこちらを向くのと、ジャックが振り返るのと同じだったのである。
「どうした、ジャック?」
「いや……背中に視線を感じたんだが、気のせいらしい」
「そりゃあお前、あれだろ? 美形の俺がいるんだから……」
「ああ、分かった。もう良い」
 適当にヘンリーの言葉を遮ったジャックは再びこちらに背中を向けて歩き始めた。咄嗟に露店の中に隠れた憐は、忙しくスプーンを動かしカレーを頬張りながら二人の背中をじっと見つめる。
 謎の行動を取る少女に、露店の店主は首を傾げたが、そこは商売人である。何食わぬ顔で彼女に尋ねた。
「時にお嬢ちゃん。お代は?」
 露店の店主が店主なら、憐も憐であった。彼女もまた、素知らぬふりでずばっと言ってのけたのである。
「……ん。代金は。あそこの。カンパネラ学園の。ヘンリーに。付けておいて」
 後日、意味不明の請求書にヘンリーが悲鳴を上げるのは、また別の話である。


 歩く度に可愛らしいウサ耳が揺れる。
 もしも憐のことをずっと見ている人物がいれば、彼女は前を行く男二人の娘か何かだと思ったに違いない。そのくらい、彼女は常に一定の距離を置いてジャックとヘンリーを尾行していた。
「……ん。ウサ。ウサ。ウサ」
 ぴこぴことウサ耳を揺らし、憐は二人が立ち止まると即座に近場の露店で食べ物を買い占めた。幸いお金の心配はしなくて良いし、何と言っても今日はハロウィンだ。黙っていても、憐を見つけた人々がお菓子をくれる。
「……ん。キュウリじゃなければ。何でも。食べる」
 キュウリ味のお菓子はそうそう無いだろう。シルクハットを被った初老の男性から大きなペロペロキャンディーを貰った憐は大胆にも丸ごと口に放り込んだ。ぎょっとした男性を尻目に、彼女はじっと前の美丈夫二人を見つめている。
「なぁ、これなんかどうだよ? 似合ってると思わねぇか?」
「……そこは、ノーコメントだ」
 目だけを隠す仮面をつけたヘンリーがけらけらと笑う。お前も着けろよー、とジャックに仮面を押し付けている。
 何と言うか、仲の良い二人である。
「……ん。カレー。美味しい」
 しかし、憐は全く二人の様子に興味を示すことなく、淡々と背中を見つめながらカレーを平らげている。先の通り、彼女は二人が何であろうとどうでも良いのだが、食べ物の礼はしようという姿勢なのだ。
 綺麗に食べ終わったカレー皿を置き、もこもこの綿菓子に持ち替えた憐は、行列から受け取ったお菓子入れの籠を腕にかけ、前を行く二人の会話に聞き耳を仕方なく立ててみた。
 どうやら、昔話に花を咲かせているようだった。
「若ぇって良いよなぁ……俺達も十代の時はもっとこう、はっちゃけてたよな?」
「そうだったか……? 訓練をしてばかりだった気がするが」
「そりゃあ、お前はそうだろうよ。なのにちゃっかり結婚しやがって……この野郎っ!」
 地団駄を踏むヘンリーの隣に立つジャックは溜息でこれを流した。代わりに、こちらを一度振り返る。さっと憐は近くの茂みに隠れた。
「……どうした、ジャック?」
「いや……さっきからどうも視線が……」
 存外、能力者ではないジャックの方が鋭いらしい。というよりもヘンリーの方が鈍いのか。憐は綿菓子を丸々口に放り込むと納得したように頷いた。
 再び歩き始めた二人を、憐はまた後ろからこっそりとついていく。
「お嬢ちゃん。お菓子は要らないかね?」
「……ん。籠に。入れて。キュウリ以外は。食べられる」
 籠が一杯になる前に、入れて貰ったお菓子を全て消費している憐である。大体の人はキャンディーをくれるので、すっかり口の中が甘くなってしまった。
 仮面をつけた(つけさせられた)男二人は仮装行列の中をふらふらと歩いている。夕闇が迫り、本格的に広場が暗くなっても帰る様子はない。
 丁度広場では、即席で組まれた楽隊が軽快な音楽を流し始めたところだった。仮装行列もいよいよ終盤なのだろう。
 ウサ耳とウサギの尻尾を揺らしながら、憐は露店で買ったたこ焼き(特盛り)を食べる。調査対象の二人が動かなくなったので、彼女は広場のベンチに座って、どちらかと言えば食べる方に意識を向けつつ、彼らの様子を窺っていた。
「おおっと。待ちな、お嬢さん、俺とデートしない?」
「結構です」
 両頬にたこ焼きを丸々一つ詰め込んだ憐は、その声を聞いてようやく視線を上げた。ヘンリーの悪い癖が出たか。
 頭を抱えたジャックを無視して、一瞬で断られたヘンリーは行列に参加していた別の女性に声を掛けていた。意味深に仮面の端を持ってにこやかに近づいている。
 しかしもって、どれも失敗に終わっているのだが、それでも懲りないのは流石と言うべきか。
「……ん。ヘンリー。常に。女子を。ナンパ。噂通り。好色」
 たこ焼きのタコを呑み込んで、憐は一人呟いた。本人が聞いたら「違ぇ!」と即答しそうだが、生憎客観的に見て事実である。
 四、五人に声を掛け終わって全敗したヘンリーの後頭部をようやくジャックが軽く叩いた頃には、憐は貰ったクッキーを平らげていた。
「その辺にしておけ。まったく……その癖は治らないのか?」
「治るも何も、ナンパは俺の趣味だから良いんだよ。治すつもりもねぇしな」
「はあ……どうしてお前とこうも付き合いが長くなったのか、俺には理解不能だ」
「そっくり返してやるぜ。ま、俺は毎日楽しいけどな」
「まあ、それはそうだが」
「だろ? じゃあ良いじゃねぇかよー」
 ばんばんとジャックの背中を叩いたヘンリーである。溜息をつきはしたが、ジャックも機嫌を損ねた訳ではなさそうだ。
「……ん。ジャック。何だかんだ。言っても。ヘンリーに。付き合っている」
 むしろ引き摺られていると言う方が正しいかもしれないが、深い意味は無く、仲が良いのは確かなようだと憐は結論づけた。
 やがて、楽隊の演奏が終わる。しんとした広場にはまばらな拍手が起こり、火葬した人々はぞろぞろと帰路につき始めた。
「……ん。最後の。一個」
「あいよ、お嬢ちゃん。Trick or treat」
「……ん。トリック。オア。トリート」
 店仕舞いをしている露店の店主から、余ったお菓子を受け取った憐は帰り始めたジャックとヘンリーの後ろ姿を追った。
 気づけば、籠に溜まったお菓子の数は相当ある。今晩のおやつには困らないはずだ。
 そう言えば、報告書を書かないと行けない気がしたが、まあ……帰ったら適当に書いておけば良いだろう。

 ◆

 後日、依頼主に報告書を出した憐は一言付け加えた。
「……ん。結果。報告。意外と。結構。怪しいかも。継続。調査の。必要。ありかも」
「本当に!? やばいどうしようっ!」
 何がやばくてどうすれば良いのか、憐には皆目見当がつかなかったし、心底どうでも良かったので、彼女は敢えて何も言わなかった。
「なにこれやばいっ!」
 しばらく報告書を読んでいた依頼主は、突然カッと目を見開いて奇声を発しながらどこかへと走り去って行った。
「……ん。そんなに。変なことは。書いていない。はず」
 呟いた憐だったが、依頼主には聞こえていなかったらしい。
 最上 憐のジャック・ゴルディ、並びにヘンリー・ベルナドットに対する尾行調査の報告書は以下の通りである。

――報告書――
 ヘンリーはいつも通りジャックを振り回し好色でジャックも嫌がっていなくて、でもヘンリーは鈍い様子で仲良く仮装行列に参加していた。(中略)ボディタッチあり。抱きついていた。ナンパは趣味。毎日楽しいらしい。
 要継続調査。怪しい。

 一部文字が読み辛い箇所もあり、どことなく脚色された部分も無きにしもあらずと言ったところか。
 だが、依頼主が大きく勘違いしたのは言うまでも無い。主にボディタッチの辺りで。
 一人ではしゃぐ依頼主の女子生徒を見やりつつも、それ以上の興味は無かったので、憐はあの仮装行列の日に貰った最後のお菓子を口に放り込んだ。
「……ん。カレー味。おいしい」
 口の中に広がったカレー味に、憐はようやく口元を綻ばせたのであった。

―END―


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【gb0002 / 最上 憐  / 女 / 10 / ペネトレーター】
【gz0333 / ジャック・ゴルディ / 男 / 29 / NPC:一般人】
【gz0360 / ヘンリー・ベルナドット / 男 / 28 / NPC:フェンサー】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 こんにちは、冬野です。いつもお世話になっております。
 この度は発注ありがとうございました。

 さて、いつも食欲旺盛なので、今回ももりもりと食べさせてみました。
 お菓子ばかりなので、お腹が膨れるかは微妙なところですが、一杯貰えていれば幸いです。
 ヘンリーの鈍さは何とも言えないですね。一般人ですら薄々気づくのに……!

 それはさておき、今回も沢山食べていつも通り振る舞う憐さんを書けて楽しかったです。
 ご希望の内容に沿えているかどきどきしつつ……改めて、発注ありがとうございましたっ!

 またご縁が御座いましたら、どうぞ宜しくお願い致します。

 冬野泉水
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CATCH THE SKY 地球SOS
2010年10月21日

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