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『【葉月惜夏花火〜神楽之都夜話/戦人】 』
富士峰 那須鷹(ia0795)

●夏は、此処に。

 ――夏が、来る。

 青空に立つ白い雲、夜空に開くは大輪の花。

 耳を澄ませて、聞こえるは。
 祭囃子か、軽妙な南国の音楽か。

 いざ、眩い陽射しと茹だるような暑さの中へ。
 そして、蒼穹と紺碧の海の狭間へ。

 今年も熱い、夏が来た――。


●夏夜に咲く花
「これでよし……と。さて、間に合ったでしょうか」
 徳利と簡単なつまみを揃えた安達 圭介は、注意して盆を持ち上げた。
 用心してそろりそろりと摺り足で縁側へ運べば、それでも気配に気付いたのか。
 先に縁側へ座っていた富士峰 那須鷹が、顔を上げる。
「手伝った方が良かったかの」
「いえ、大丈夫ですので。音はまだ聞こえないようですが、花火の方はどうですか?」
「安心するがいい、まだ始まっておらん」
 気遣いを断った圭介だが、それでも那須鷹は膝を立て、盆を受け取った。
 陽が西に落ちれば、うだるような昼間の暑さも少しは和らいで。
 見上げれば、広がる星空にはぽっかりと月が浮かんでいる。
「ここからは、そんなに見えるものなのか?」
「はい、よく見えますよ」
 夜空を仰ぐ那須鷹へ、圭介は徳利の口を向けた。
 盆の杯を那須鷹が取れば、そこへ彼はなみなみと天儀酒を注ぐ。
「ほら、圭介も」
「ええ、いただきます」
 短い言葉を交わし、今度は那須鷹が圭介の杯へ酌をした。
 そうして二人、並んで座って夜空を眺める。
 程なくして、何の前触れもなく空へ一条の光が駆け上った。
 ヒュウッ! と、遅れて音がして。
 月と星のみ輝く夜空に、ぱっと大輪の花が咲く。
 それが、先触れであったかのように。
 色を変え、形を変えて、次々と炎の花が天に咲き始めた。
「ほぉ……これは、見事な」
「はい」
 酒杯を傾けながら感心する妻の横顔を見て、嬉しそうに圭介も返事をする。
「この療養所の縁側からは、花火大会の花火がホントによく見えるんですよ」
「ふふ。これは、毎年の夏が楽しみじゃな」
 彼女の干した杯が乾く前に、圭介はまた酒を注ぎ足した。
 そして自身もまた、ちびりちびりと酒を舐める。
 身体の芯へ届くような花火の音と、鮮やかな光。
 それを共に眺めながら、色々と他愛もない話を語り合う。
 受けた依頼のこと、友人のこと、そして二人の暮らしのこと。
「そういえば、こんな風に二人で酒を飲む約束も……しましたね」
 話の合間、ふと降りた沈黙にぽつりと圭介が懐かしげに呟く。
「そうじゃったの」
 懐かしげに、那須鷹もまた赤眼青眼の瞳を細め。
「思えば、あれが馴れ初めか……」
 記憶を辿る視線の先で、また夜空に一つ、大きな花火が開いた。

   ○

 立ち上る炎が、深い森を焼く。
 焦げる匂いは風に乗って戦場より離れた簡易の診療所にまで届き、立ち動く人々は不安に胸を騒がせていた。
 ――とある、大きな合戦があった。
 多くの開拓者達が戦へ加わり、各々の得物を振るい、鍛えた技を用いて無数とも思えるアヤカシと戦っていた。
 だが激しい攻防に、猛々しく戦う者達の中にも振るう刃が折れ、遂には無数の傷を負って倒れる者達が相次ぐ。
 ざっくり、と。
 突き込まれた刃に、死の冷たさと焼け付くような熱さを感じた。
「あ、あぁ……ッ」
「しっかりしろ!」
 目の前のアヤカシを粉砕し、抉る刃を引き抜いた開拓者が声をかける。
 傷を押さえる手から、血は絶え間なく流れ落ち。
 身体が急激に冷え、訳もなく震えてくる。
 既に自力で動けぬ身を、誰かが担ぎ上げ。
「すぐに、後方へ。診療所へ運んでくれ!」
 無数の剣戟と飛び交う怒声の中、そんな呼びかけを最後に那須鷹の意識は闇に閉ざされた。

 再び那須鷹が目を覚ました時、死の匂いは……戦場の喧騒は、遠かった。
 耳に届くのは苦痛にあえぐ呻き声や、励ますようにかける言葉。
 目を動かして周囲を窺い、そこが診療所だと気付いた彼女は何度か手を握り、次いで足が動くことを確かめる。
「ふ……ッ」
 おもむろに手を伸ばし、床の傍らに置かれた刀を手に取ると、身体を引きずるように立ち上がった。
「まだ、動き回っちゃ駄目ですよ」
 看護に回っていた一人がそれに気付くと、慌てて那須鷹を止めに飛んでくる。
「あなたはつい先程、瀕死の状態で運ばれたんです。今は安静にして……すみません、誰か手伝って!」
「瀕死だろうと、なんだろうと。動けるならば刀を取り、戦うのが戦人じゃ!」
「すぐに戦うなんて、無理です!」
 次々に看病役や医者らしき者達が集まってきて彼女を止めようとするが、なおもそれを振り切り、那須鷹は戦場を目指した。
 傷ついた身なぞ、構うものか。
 床の上で命長らえるより、一体でも多くのアヤカシを屠り、修羅に生きてこその戦人――と。
「わしは戻る、戻らねばならぬ。戦場こそが、わしの生きる道……ッ!」
 猛々しく吼え、部屋の戸がタンッと勢いよく開く。
 開け放たれた扉の向こう側で、思わず彼女より僅かに小柄な巫女らしき男が、気圧されるように一歩下がった。
 目を丸くして彼女を見上げた男は、だが彼女が部屋を出るより先に、下がった一歩を進み出て。
 彼女を通すまいとするかの如く、立ち塞がった。
「そこを……退くのじゃ」
「どきません。それにその傷では、満足に動くこともできないでしょう」
「武人戦人は、戦場にあってこそ。この場に於いて、それが分からぬ輩ではあるまいッ」
「分かりますが、満身創痍で向かう怪我人を見過ごす気もありません。今は、床に戻って休んで下さい」
「三度は繰り返さぬ、そこを退け!」
 キッと睨み下ろして、那須鷹は鋭く凄むが。
「貴女の戦場が向こうなら、俺の戦場は此処なんです!」
 相手も真っ向から視線を返し、かつ彼女以上に強く静かに、那須鷹をいさめた。
「だから、貴女を往かせる訳にはいきません……ッ」
 じっと、睨み合うことしばし。
 誰もが手を止め、息を殺して二人の様子を窺っていた。
 彼女の血気を真正面から受け止めながら、一歩も引かぬ相手に。
 やがて那須鷹は、ふぅっと長い息を吐く。
「そう、じゃな。傷ついたままで戦場へ戻っても、足手まといになり、皆をも危険に晒す……か」
 言葉にすれば戦場への焦燥感は穏やかに解けて失せ、頭が冷静さを取り戻す。
 途端にふっと身体が傾ぎ、とっさに相手は受け止めようとしたが、彼女は倒れず踏み止まった。
「床へ、戻りましょう」
 それでも声をかけながら、手を伸ばして那須鷹を支えた。
 再び床の上で那須鷹が胡坐をかけば、傷の具合を確かめ、手際よくほどけかけた包帯を巻き直す。
 その手際のよさに感心しながら、不意に彼女は呟いた。
「名は、なんと……いや、名を問う前ならば先に名乗るべきか」
 それすらも忘れそうになっていたかと苦く考えながら、己が名を口にする。
「わしは、富士峰那須鷹という」
「富士峰さん、ですね。俺は安達圭介です」
「あ、だち……圭介……」
 記憶へ刻むように、男の名を繰り返した。
「ぬしは、酒は嗜むか?」
「ええ。人並みには」
 何気ない問いへの、当たり障りのない返事に、目を細めて那須鷹は小さく笑む。
「ならば、いつか……共に酒を呑もう」
「約束、ですね。わかりました」
「すみません。また重傷の方が……!」
 短い会話を交わす間に、部屋へ駆け込んだ里人が巫女を呼んだ。
 緊張をまとう圭介の表情に、那須鷹も顔を上げ。
「行くがよい。わしはもう、おぬしらの戦いに迷惑はかけぬ」
 自分でも思ったより静かな言葉に相手は頷くと、急ぎその場を後にした――。

   ○

「あの後、那須鷹さんが馴染みの茶店に来られた時は、本当に驚きましたよ」
 妻の言葉に思い返した圭介は、ふと懐かしく呟く。
「お酒を呑む約束を果たせて、こうして特別なご縁も出来て……あの場では、想像もしてませんでしたね」
 ふと傍らを見れば、柔らかく微笑んで那須鷹は夜空を仰いでいた。
「あの時……わしには、圭介がまぶしく見えたのじゃ」
 再び、空には花火が上がり。
 照らされた横顔に、頬に朱がさして見えたのは……そして彼女が目を細めたのは、気のせいや花火の光のせいはないだろう。
「お酒、なくなりましたね。花火もそろそろ終盤ですが、新しいのを……」
 ふと、膝に手を置いて立ち上がりかけた圭介だが。
 何かを思いついたように立つのを止め、腰を戻した。
「いえ、流石にこのぐらいにしましょうか」
 何度か足した徳利も既に空となっているが、それをごろりと圭介は転がす。
 過ぎ行く夏の名残り、二人で穏やかに過ごす時間を、惜しむように。
 そして今年の締めくくりと言わんばかりに乱舞する花火が、艶やかに空を彩った。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【ia0795/富士峰 那須鷹/女性/外見年齢19歳/サムライ】
【ia5082/安達 圭介/男性/外見年齢24歳/巫女】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 大変長らく、お待たせしてしまいました。「ココ夏!サマードリームノベル」が完成いたしましたので、お届けします。
 今回はノベルという形での御縁を、ありがとうございました。
 出会いの場所となった合戦ですが、特に指定がなかったため『緑茂の戦い』をベースとさせていただきました。
 お二人の馴れ初めということで、ちょっと緊迫感を伴った感じとなっています。また中盤シーンについては、それぞれの視点からと言う形になっています。
 遅れている間にすっかり秋も深まりつつあり、時期がずれてしまいましたが……。
 大変長い時間をお待たせしてしまい、御迷惑をおかけ致しました。
 もしキャラクターのイメージを含め、思っていた感じと違うようでしたら、申し訳ありません。その際にはお手数をかけますが、遠慮なくリテイクをお願いします。
 最後となりましたが、ノベルの発注ありがとうございました。
 またお届けが大変遅くなって、本当に申し訳ありませんでした。
(担当ライター:風華弓弦)
ココ夏!サマードリームノベル -
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舵天照 -DTS-
2010年10月28日

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