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『Dark and Rose 』
常 雲雁(gb3000)

 人生何があるか分からないものだ。
 簡単なお仕事だから、と促されて引き受けた常 雲雁はまさにその言葉を体感していた。
 ハロウィンの催しが行われる会場の警備をするために、本来ならば自分を含めてかなりの数の人間が雇われていたはずだ。
 だが、雲雁が足を運んだ集合場所には誰一人集まっていたかったのである。集合時間は五分ほど過ぎているというのに。
「これは、一体……」
 唖然としている雲雁だったが、そこへ一人の男性がのそのそと歩いてきた。きちんと梳いた赤毛をくしゃくしゃにしながら、悪態をついている男性の名はヘンリー・ベルナドット――今回の警備における責任者である。
「ああ、くそ……何だって全員インフルエンザでぶっ倒れてんだ! ひでぇ冗談だぞ、ったく!」
「……今、何と?」
 思わず聞き返した雲雁である。ようやく彼の存在に気がついたヘンリーは露骨に安堵したような息を吐いた。
「無事なのもいたか。俺達以外、全員インフルエンザに引っ掛かって病院に拘束中だそうだ」
「ということは、警備は二人で……ですか?」
「……だろうなぁ」
 雲雁は眼下に広がる会場を見下ろした。予想以上に広い……というよりも、だ。
「二人だけで警備となると、普通にやっては手が回らないですね」
「まったくだぜ……面倒なことになったな」
 項垂れたヘンリーだったが、なぜか雲雁はあっさりとした様子で彼の肩に手を置き、にこりと微笑んで見せた。
「大丈夫ですよ、ヘンリー教官。俺にとっておきの策がありますから」

 ◆

 会場内には華やかな仮装をしたり、美しく着飾った人が大勢いたが、そんな人々を全て振り切ってあまりある二人が入口に佇んでいた。
 入口で誘導を務める男性を皮切りに、会場内の人々はその二人に一瞬で目を奪われ、次いで感嘆の溜息をついたものである。
 黒のマーメイドドレスの裾を艶やかに翻した女性――もとい、雲雁はウィッグの着け心地を確かめながら、慣れないハイヒールを駆使して会場内を闊歩している。裏打ちの赤が時折見えるのが何とも艶めかしい。軽くウェーブのかかった黒髪が時折ふわりと風になびく。
 だがしかし、これが男性なのである。どう見ても女性にしか見えないのだが。
「あー……くそ、ピンヒールは歩きづれぇぞ!」
「教官。言葉遣い、言葉遣い」
 苦笑してヘンリーを見た雲雁である。それもそのはずで、後ろの裾を引き摺るようにして歩くヘンリーは真っ赤なドレスを身に纏っていた。元々中性的な顔立ちである、必要最低限の化粧で立派な女性に化けていた。ただし、黙っていれば。
「というか……女装する必要はあんのかよ……」
「ありますよ、勿論。この手の会場には必ず、女性目当ての不埒な輩がいるものだし、そういう奴には囮作戦が有効だろうし」
「理屈は分かるが、なんで俺まで……」
「まあまあ。教官、赤が似合いますから良いじゃないですか。後で写真を撮らせて下さいね」
 にこやかに微笑んだ雲雁を視界に入れた男性陣が無意識に紅潮した。ものすごく大型であることを除けば、文句なしに今の二人は美人の部類に入る。身長にしたって、モデルだと言い張れば問題はない。
「とりっくおあとりーと!」
 上機嫌の雲雁と早くもぐったりしているヘンリーの元へ、小さな少女が走り寄ってきたのはそんな時だった。慌てて追いかけてきた母親らしき女性は、二人の姿に目を丸くして、次いで同性(?)ではあるが赤面して頭を下げた。
 ドレスの襞を引っ張られた雲雁は少女の目線まで身を屈め、持っていた彼女の籠へお菓子を入れてやる。
「……はい、お菓子だよ。楽しんでね」
 やや高めの声で少女の手にキャンディーを渡した雲雁に彼女は満面の笑みで受け取った。
「ありがとっ、おねーちゃんっ!」
 雲雁の後ろにいたヘンリーが何とも言えない顔になったが、恐らく少女の目線からでは分からなかっただろう。
 何度も頭を下げる母親に手を振って、立ち上がった雲雁にヘンリーが言った。
「完全に女だと思われてんのな……ある意味、計画通りなんだろうけどよ」
「ははは……教官も美人に見えていますよ」
「……ありがたいような、でも嬉しくねぇなぁ」
 しっかりドレスを着込んでメイクまで決めた男性の言うことではない。
 思わず口をついて出そうになった雲雁だったが、そこはぐっと堪えて、剥き出しの形の良い肩を竦めるだけに留めておいた。


 ざっと会場を回って、一休みしている時にそれは起こった。
 露店でお茶を買って帰って来た雲雁は、ヘンリーを囲む数人の男達に首を傾げた。ピンヒールを履いた彼よりも大きく体つきも立派、服装が軍服ということは、近くの基地から休暇に来ていた軍人だろうか。
「教か……ごほんっ、どうかしましたか?」
 男が男をナンパする光景は見ていて面白い。口元に浮かびそうになる笑みを手で隠しながら近づいてきた仕事仲間を、ヘンリーは複雑そのものの表情で見つめた。
「おお、連れの姉ちゃんもでかいなっ。モデルさんか?」
「良いねぇ……こっちの黒髪の姉ちゃんはオレ好みだぜ」
 にやにやとしながら男の一人が雲雁のウィッグを撫でる。いつもなら脇腹に一発入れてやるところなのだが、彼はあくまで女性として丁寧にその手を払いのける。
「失礼……髪は触られたくないので。ごめんなさい」
 穏やかに、けれどもきっぱりと言った雲雁に男は気まずそうに手を引っ込める。それでも彼女――雲雁の姿が気になるようで、ちらちらと品定めするように彼を上から下へと眺めていた。
「で、姉ちゃん、名前くらい教えてくれても良いじゃねぇかよ〜?」
「名前……だぁ?」
 しつこく名前を聞かれてぷるぷると震えているのはヘンリーである。青筋が浮かんでいるので明らかに怒っているのだが、祭りで浮かれた気分の男達には怖がっているようにしか見えないのだろう、と雲雁は冷静に状況を分析して更に吹き出しそうになった。
 一方のヘンリーは、赤毛の前髪を乱暴に書き上げて、紫の瞳で正面の男を視線で貫いた。
「……『わたし』、無粋な男に名乗るほど安い女じゃないの。もっと良い男になって出直してらっしゃいな」
 精一杯の女声でさらっと言ったヘンリーである。思わず雲雁は視線を外して込み上げた爆笑を噛み殺す。自分がやるのは良いが、人がやるのはこうも面白いのか。
「行きましょう、ユン。あっちに可愛い仮装を見つけたの」
 唖然とした男達の間をすり抜けて、雲雁の腕を引っ張って歩き出したヘンリー達を男達が追ってくる気配は無い。
 それだけ、言葉に隠された棘が鋭かったのだろうか。
「……教官、女性になるとクールになるんですね」
「言うな……今のは黒歴史だ」
 引き摺られるようにして歩いている雲雁の言葉に、すっかり地に戻ったヘンリーは青ざめた表情で付け加えた。
「あいつら……仕事が終わったら所属を調べて二階級降格処分にしてやるっ」
「……ぶっ」
 洒落にならない、と肩にかかった黒髪をいじりながら聞いていた雲雁は遂に爆笑したのだった。


 黒と赤の美女はその後もハロウィンを満喫していたが、仕事をさぼっていた訳ではない。ただ、連れがいようといまいと、男性が二人に集中してくるので楽しみながら仕事をするのに苦労しなかっただけである。
 だが、これだけ盛大なハロウィンの催し物だ。不届き者は皆無ではない。
「だ、誰か……助けてっ!」
 不意に広場の中央から聞こえた声に、雲雁とヘンリーは顔を見合わせて即座にそこへ走り出した。地面に座り込んだ女性は二人の姿に驚きながらも、泣きながら立ち上がる。
「どうしましたか?」
 相手を安心させるように優しく尋ねた雲雁に女性は震える腕を上げて前を指さした。
「ひ……ひったくりにあって……こ、怖かった」
「先に行くぜ」
 視界の端に明らかに似合わない小さな鞄を抱えて走る男の姿を捉えたヘンリーが地面を蹴った。ピンヒールということを忘れた見事な走りである。
「ここに居て下さい。ひったくり犯は『俺』達が必ず捕まえるから」
「……俺、達?」
 きょとんとした女性に微笑んだ雲雁は、口元に人差し指を添えて片目を閉じて見せた。


 一方、会場の端までひったくり犯を追い詰めたヘンリーは正面で身構える男と睨みあっていた。
「姉ちゃん……悪い事は言わないから、そこをどきな」
「誰が姉ちゃんだ、気持ち悪ぃことを言うんじゃねぇよ」
 吐き捨てるようにヘンリーが言った瞬間だった。持っていた鞄を彼に投げつけた男が踵を返したのである。一瞬視界を奪われたヘンリーはすぐに追いかけようとする。
 刹那、運動に耐えきれなくなったピンヒールの踵が音を立てて折れたのである。
「げ……っ」
 妙な声を出して膝をついたヘンリーである。ドレスが邪魔ですぐに立ち上がれない。
 好機と見た男が余裕の体でヘンリーの脇を走り過ぎようとした、その瞬間である。

「――俺を忘れては困るな。悪いが、容赦はしない」

 死角から飛び出した雲雁がドレスの裾をまくし上げて、男を蹴り飛ばしたのである。吹っ飛ばされた男は無様に地面に尻餅をついた。
 見えない無駄毛処理も完璧にこなしていた雲雁は、綺麗な素足を晒したまま仰向けに倒れた男の胸をヒールの踵で踏んづけた。
「……俺達が警備の日に犯罪など、覚悟は出来ているんだな?」
 どう見ても女王様の雲雁の言葉に男が青ざめる。逃げようとしても、その方向には赤いドレスのヘンリーが仁王立ちで構えているのだ。
 逃げ切れる人間がいたら顔を拝みたい。
「さて……」
踏みつけた足の膝に腕を乗せて屈んだ雲雁は、男に向かって柔和な笑みを浮かべ、優しく、けれども絶対零度の声でトドメを刺した。
「泥棒は犯罪ですよ、お兄さん?」

 ◆

 小さなハプニングはあったにしても、ハロウィンの催しものは滞りなく閉会を迎えた。
 ひったくり犯を簡易の拘留所に放り込んだ雲雁は、ヒールを直して貰ったヘンリーのところへと戻って来た。
「あ、ヘンリー教官。まだ化粧は落とさないで下さい」
 化粧落としのシート――何故そんなものを持っているのかは聞かない方が良いだろう――を手にしたヘンリーを止めた雲雁は、懐からデジタルカメラを取り出して、満面の笑みを言ったものである。
「はい、教官。記念撮影をしませんか? 滅多に女装なんてしないでしょうし、それに、形に残らないのは勿体ない出来ですし」
 そう言う雲雁の女装もかなり完成度が高いのだが。
 しばらく考えていたヘンリーは、一つ溜息をついて、赤い髪を掻きながら口元を緩めて言ったものである。
「しゃーねぇなぁ……一枚だけだぜ?」
「勿論っ。それじゃあ……撮りますよ」
 花も霞む程の笑顔を見せた雲雁は、嬉々としてシャッターを切った。

―END―



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【gb3000 / 常 雲雁 / 男 / 23 / グラップラー】
【gz0360 / ヘンリー・ベルナドット / 男 / 28 / フェンサー】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 こんにちは、冬野泉水です。
 この度はノベルを発注して下さり、ありがとうございましたっ!
 また、お届けが遅くなってしまい申し訳ありません。

 女装……ということで、とにかく雲雁さんは美人さんになるのだろうなあと思い、うきうきしながら書かせて頂きました。お気に召して下されば幸いですっ。

 では、またご縁がありましたら、よろしくお願いいたします。

 冬野泉水
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CATCH THE SKY 地球SOS
2010年10月29日

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