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『学園寮管理部・秋のホッカイドー合宿! 』
鯨井レム(gb2666)

●到着
 冷涼なる北の大地、ホッカイドー。
 枯草色と土色のパッチワークを、灰色の滑走路が無粋に分断している。
 脇に小さな建物が一つと、駐機場に古ぼけたプロペラ機が1機。ほかは何もない寂れた飛行場だ。
 プロペラ機の胴体にUPCマークがついているのを鑑みると軍施設のようだが、はてさて。
「想像以上のド田舎だな! チトセかアサヒカワに、まともな空港あるんじゃねーの?」
 タラップ‥‥否、梯子といった方が正確か‥‥から足を地につけたシルバーラッシュが、呆れた声を上げた。
 エンジニアブーツにデニム、寒さを見越してか薄手のダウンを合わせている。
「基幹空港は民間機の受け入れはしてないんですってー。ここも私たちが、カンパネラの生徒だから特別に許可が出たみたいですよ」
 長い黒髪をラフに纏めた斑鳩・南雲が、二番手でホッカイドーの地を踏む。カプリパンツにストレッチニット、首からはゴーグルをぶら下げている。こちらはやや防寒が足りなかったようで
「ってか寒! くしゅん!」
 白い息とともに、可愛らしいくしゃみをひとつした。
「ふむ、上空で酷く揺れたが無事着陸してよかった」
 プロペラ機から離れた鯨井レムの親指が、ポケットから取り出した携帯電話の電源を入れた。
 ディスプレイに浮き上がる時間を見て
「到着時刻も予定通り。折角の管理部の旅行、有意義にすごしたいものだ」
 満足そうに微笑んだ。カーゴパンツのポケットから、取り出したるはメモ帳。
「ではスケジュールをざっと確認しておく。今日はこれからAU−KVで約100kmの走行練習、途中昼食を取りながら『早川農園』を目指そう。ここでとうもろこしの収穫体験を行い、後に再びAU−KVで宿に向かう。明日以降の予定は、夕食後皆で考えよう」
 学園寮管理部長の言葉に、シルバーと南雲が頷いた。
「了解」
「おっけー、レムちゃん!」
「ありがとう。‥‥ところで、ヨグと陸人の姿が見えないようだが?」
 訝しむレムの背後で、タラップが軋んだ。
 黒いピーコート姿のヨグ=ニグラスが、顔面蒼白の笠原 陸人に肩を貸しながらゆっくりと降りてくる。
「んと、陸人さん、さっきの乱気流で酔っちゃったです」
「あァ?」
 右手に袋(飛行機の前席ポケットに入っている紙製のアレ)を握りしめた陸人に、シルバーが呆れたように声をかけた。
「おめー普段KV乗ってんじゃねーか」
「な、なんか自分で操縦するのとは全然違って‥‥」
 陸人は消え入りそうな声で言い訳をし、だしぬけに口を開いている手で押さえる。
「うぷ、やばい、出」
「!!」
 緊急事態を察したのか、ダッシュで離れるシルバー。南雲があわてて、滑走路脇の建物を指差した。
「陸人君、ほらトイレ!」
「あ、うんっ」
 細い指が示す方向に、陸人はまっすぐ走っていった。頼りなくとも一応能力者、意外に俊敏な動作である。
「まぁ、あれだけ動ければ大丈夫だろう」
 プロペラ機の後部に回っていたレムが苦笑する。荷室のハッチを開き降ろしたのは、先だってのボリビア戦線時に購入したアスタロトだ。
「だね」
 ミカエルに跨った南雲も頷く。
 同意を示すように、秋風が吹きぬけた。
 ‥‥若干肥料くさかったが、それはご愛嬌ってことで。



●疾駆〜堪能
 空の青と地面の土色が、地平線でぱっきりと分けられた風景。
 あとにも先にも遮るものが何もない一本道を、5機のAU−KVが駆け抜けてゆく。
「ツーリング。ふふふ。ここで腕を磨くのです‥‥でもこんなに走りやすかったら、練習にはならないかもです?」
 パイドロスを気持ちよく流すヨグに、インカム越しにシルバーが答える。
「この何にもねぇところが、故郷テキサスを思い出させるな。車も良いが、今の時期ならバイクで風を切りながら走るのが一番だろ」
 その傍を走るのは、ちゃっかり復調した陸人だ。
「シルバーさんってテキサス出身だったんですかっ。毎日ステーキ食べてたんですか?」
「何だよその誤ったアメリカ観は。食わねーよ」
「そっか。まぁたまには、ハンバーグも食べたくなりますよね」
「‥‥」
 そういう問題じゃねえよ。思ったが口には出さない19歳。
「見てみてー!」
 インカムから南雲の興奮した声が飛び込んできた。
 指差す先で、白黒の乳牛が十数頭、のんびりと日なたぼっこをしている。丸太で区切られた奥の敷地には、茶色の馬も見えた。
「間近に見ると大きいな」
 アスタロトの上で、レムが感嘆の声を上げた。そこにさらに、南雲の声が被さる。
「レムちゃんっ! さらに前方にお店発見っ!」
 道路脇のそれは牧場の持ち主が営んでいるのだろう、小さな店構えだった。
 駐車場の端に野菜の直売所があり、奥に屋根だけの簡単な飲食スペース。「ソフトクリーム」「じゃがバター」ののぼりが風にはためいている。
「ねえレムちゃん! ソフトクリーム食べたい!」
「レム姉様、僕も南雲さんに賛成ー」
 部員2人の提案に、レムはやや戸惑った。予定通りにコトを進めたい、生真面目さが顔を覗かせる。
「このあとの『早川農園』でも食事はできると思うが‥‥」
「いーんじゃね? 笠原も腹減ってんじゃねーの?」
「あ‥‥そうですね‥‥けっこう空っぽかも」
「ふむ」
 しかし多数決なら、予定を押し通す必要も必然もない。
「わかった。前方の直売所で休憩しよう」

「えへへー。これぞホッカイドーだよね!」
右手にバターたっぷりのじゃがいもを乗せた南雲が、飲食スペースで幸せそうに笑った。左手に握り締めたミルクたっぷりのソフトクリームに、大きく口をあけてかぶりつく。
「おいしー!」
 続いて、じゃがいもをぱくり。
「すんごくおいしー!!」
 小柄な少女は冷たいものと熱いものを交互に、何の不具合もなく咀嚼し
「レムちゃん、ヨグくん、たべないのー!?」
 少し離れたところにいる2人に手を振った。
 一方手を振られたヨグは、観光客向けのミニ牧場に夢中だ。
「ん、あとで食べるですっ」
 何しろ丸太で区切られた一角には、構ってほしそうに見上げるポニーや子牛や子羊がわんさといるのだ。ヨグに放置できるわけがない。
「かわいいですねレム姉様っ」
「動物のえさ」と銘打たれた野菜くず入り紙コップを小銭と交換し、寄って来る動物に順番に食べさせている。
「特に子羊がかわいいですっ。たくさん食べて大きくなるといいですねっ」
 レムはレムでそんなヨグを微笑ましく眺めつつも、
「ん、ああ‥‥」
 えさ売り場に貼られた「ジンギスカンあります」の紙を、複雑な面持ちで眺めるのだった。

 一方シルバーと陸人は、道路から見えた馬区画を覗いていた。
 観光用の引き馬なのだろう、、体格のいい馬が散歩しつつ、草を食んでいる。
「なかなかいい毛並みじゃねーか、こっち来い?」
 丸太の隙間から手を伸ばすシルバー。すると近くにいた馬が2頭、ゆっくりと歩み寄ってきた。
「お、お利口サンだ」
 馬は長い首を腕に預け、撫でられるに任せている。
「シルバーさん凄いですねー。馬の気持ちがわかるみたいだ」
「あァ? 実家に大勢いたからだろーな。うちのとは品種が違うようだが」
 たてがみを指で梳き、言葉のないコミュニケーションを交わす先輩に、陸人は羨望を抱いた。
「よし僕も! おいで!!」
 やや強引に、シルバーと馬の間に手を突っ込む。
「あ、おい、危」
「え?」
 ばくり。
 馬の大きな口が、割り込んできた手を、手首まで食んだ。

「レムちゃん、今陸人君の悲鳴が聞こえなかった?」
「シルバーが一緒なんだ、大丈夫だろう。2人が戻ってきたら、出発するとしようか」



●収穫体験
 寄り道を経て、バイクを走らせること2時間余り。
 一行は目的地である「早川農園」に到着した。観光のピークは過ぎているようで、他に客の姿は見当たらない。
「‥‥よく来たな、ここが早川農園だ」
 地主の息子なのかアルバイトなのか。黒髪の少年が管理部の一行を出迎えた。
 5人にそれぞれかごを一つずつ渡し、とうもろこし畑へと先導する。
 畑の中、緑の葉を伸ばすとうもろこし。一番背の低いヨグはもちろん、シルバーでさえ埋まってしまうほど背が高かった。
「ここは多くのとうもろこしが群れを成している畑だ。収穫したけりゃ色々見て回ると良いだろう」
 少年は手ごろな一本を選び、器用にもいでみせた。デモンストレーションのつもりらしい。
「みんな美味いと思うから、積極的に収穫したほうがいいぜ」
「なるほど。上手くとるコツ、美味しいものを見分けるコツなどを、よかったら聞かせてはもらえないだろうか」
メモを取り出し、少年に説明を求めるレム。
「そうだな‥‥収穫する時は手先でちぎるのではなく、体重を乗せる感じで‥‥」
 もっとも、聞いているのはレムだけで。
 ヨグと陸人は背より高いとうもろこし畑でかくれんぼをはじめ、南雲にいたっては
「レムちゃん! そんなメモいいから! 早く獲って食べようよ!」
 目を輝かせて同級生の少女を呼ぶのだった。
 いやお嬢さん、まだ食べるおつもりか。
「ちょ、待て、待ってくれ南雲」
 説明半ばで強引に、レムは引っ張られてゆく。
 その背中を眺めながら、少年はぽつり呟いた。
「背中を預けられるとうもろこしが見つかるかもしれないぜ‥‥俺みたいにな」
 いや君は、何を言ってるんだ。

 レムと南雲が連れ立ってとうもろこしを獲っている頃。
 シルバーは1人手持ち無沙汰に、休憩所のベンチに座っていた。畑を見下ろすことができる高台に作られており、風と景色は気持ちよかったが、「ゆできび(ゆでたとうもろこしの意)」ののぼりがはためく露店とトイレのほかは、特に何もない。
 と、そこに。
「あれ、シルバー先輩っ」
 畑でかくれんぼを楽しみ、収穫も終えたヨグと陸人が現れた。
「おー」
「んと、シルバーさん、獲らないの?」
「ケッ」
 無邪気な2人に、銀髪の少年は肩をすくめる。
「もろこしって何だと思ったら、よりによってコーンだったとはよ‥‥品種は違うたぁいえ、ンなもん‥‥」
「テキサスでは毎日とうもろこし食べるんですか?」
 陸人が素朴な疑問を口にした。
「人間は食わねーよ。馬や牛が食う」
 流石に家畜のエサなんだよ、とは言わない。知らなければいいことは、世の中にたくさんある。
「そか、ハンバーグとステーキですもんね」
「違うって言ってんだろが」
 だが多少は、アメリカの正しいライフスタイルを知ってくれと思わないでもなかったが。
「んと、お待たせですよっ」
 露店を覗いていたヨグが、「ゆできび」を携えて戻ってきた。つややかな実ははちきれんばかりで、甘い香りを漂わせている。
「ヨグたんありがとう!」
「‥‥まぁヨグが買ってきてくれたんだしな‥‥」
「はいです♪ 暖かいうちにたべちゃいましょ!」
 ヨグと陸人はワクワクと、シルバーは気乗りしない様子で、とうもろこしにかぶりつく。
 しばし、沈黙。響く、咀嚼音。
 破ったのは
「うめぇ! あめぇ! なんだこれ!?」
 シルバーの感嘆だった。
「ん、美味しいっ」
「塩ちょびっとつけると、もっと甘くなるです。ちょびっとね」
 もちろんヨグと陸人の口にも合ったようだ。
「こんな風に茹でて食うことは無かったが、意外とイケるじゃねーか。悪ィ笠原、も1本買ってきてくれ」
「んと、陸人さん僕もっ。てか一緒にいきましょ!」

 1時間後。
「で、3人で7本も食べてしまったのか」
 収穫したとうもろこしでかごをいっぱいにしたレムが、呆れたように呟いた。
「まったく、宿で食事が食べられなくなっても知らないぞ」
 嫌味を投げつつ、アスタロトの後部に収穫物をくくり付ける。
「大丈夫だっつーの。バイクで走ってる間に腹減るだろ、なぁ斑鳩」
 シルバーは苦しいお腹を撫でながら、管理部長の後ろにいる南雲に声をかけた。
 なぜなら
「ふぁいひょうふ!」
「南雲‥‥君まで」
 先刻ソフトクリームとじゃがバターを片付けた少女が、「ゆできび」をパクついていたからだ。



●投宿
 早川農場からさらに2時間。
 一行が旅館「しらせ」にたどりついたのは、空が夕闇に包まれる頃合だった。
 ちなみに第一声は、
「シルバーさん、お腹減ったねっ!」
「全くだ、飯が楽しみだなオイ」
 レムが抱いた杞憂を吹き飛ばすものであった。別腹は男女問わず、存在しているらしい。
「情緒のあるたたずまいだ‥‥」
 アスタロトを停めたレムが、感慨深げに声をあげた。
 ラスト・ホープではまず見られない、純和風の木造建築物。瓦屋根に格子扉、足元には石畳。
 もっとも瓦は豪雪にも耐える強化金属、石畳もセラミックなのだが、安っぽいところは全くなかった。
 しかしシルバーは、さほど感銘をうけなかったようだ。
「ちっぽけなホテルだな。実家の馬小屋とたいしてかわんねーぞ」
「これは旅館というんだ。昔から伝わる伝統のある日本家屋を忠実に再現している。芸術品といえるだろう」
 レムが説明するも、あまり分からなかったようで
「リョカン? ユーカクとは違うのか? 寮のテレビで見たぞ」
 暫し、考え込む。
 南雲がこそっとレムに耳打ちした。
「シルバーさんって天然なの?」
「‥‥日本人じゃないからな」
 フォローになっていない答えを返すレム。
 その後ろに、ようやくヨグと陸人が現れた。ヨグは陸人の腰にぶら下がり、陸人が荷物を2人分抱えている。
「ヨグたん重いよー! ちゃんと歩いてよー!」
「んと、僕疲れたのです。陸人さん、温泉まで引っ張って下さい〜。くれぐれも男湯に」
「オンセン?」
 ヨグが発した聞きなれない音に、シルバーが怪訝な顔をする。
「シルバーは温泉を知らなかったか。ならば夕食前に、入浴を済ませてしまおう。‥‥とりあえず部屋に、荷物を置きにいこうか」



●入浴
 シーズンオフのせいか、宿の温泉は貸切状態だった。
 ゆったりした内湯に露天風呂が併設されたスタイルだ。露天風呂は岩風呂が2つに檜風呂、五右衛門風呂があり、入浴客の目移りを誘う。
 さて、男湯の一角。
「温泉ってのは悪くねーな。学園にもでかい風呂はあるが、また一味違う」
 岩風呂の壁際を陣取ったシルバーが、空を見ながら呟いた。
 空気が冴えているからか、空に瞬く星は、ラスト・ホープで見るよりもクリアに見えた。夜風が頬を撫でるように吹きぬける。
「んと、お疲れさまなのですよっ」
 湯にお盆を浮かべたヨグが、シルバーの傍にやってきた。白い徳利に、猪口がふたつ。
「あったまりながら、きゅーっと行くと美味しいのです!」
「お、サンキュな」
 シルバーの猪口に、徳利から何かが注がれる。それはどろりとした黄色っぽい液体で、甘い香りを放っていた。
「何だコレ?」
「んと、プリンシェイクを熱燗にしてみました!」
 プリン好きの少年はにっこり笑い、自分の猪口を一気に呷る。
「甘くて身体に染み渡るのです〜。疲れがしゅわしゅわっと、溶けちゃうみたいな?」
「‥‥」
 シルバーは手の中の猪口を見つめた。気持ちは嬉しいが、己の口には、多分合わない。
「シルバーさんもどうぞです」
 何故温めたし。冷たければ一気に流し込めたかもしれないのに。
 どうする? この状況を。
 決めた。
「‥‥おい笠原ー! ヨグがお酌してくれるってよー!」
 シルバーは、後輩を呼んだ。しかし姿は、見当たらない。かくなる上は!
「って笠原?」
 さりげなく、あくまでさりげなく猪口を岩の上に置き、湯からあがる。
 果たして後輩は。
「はぁ‥‥」
 檜風呂に漬かって、壁を眺めていた。女湯との境となる、背の高い壁を。
「何してンだ?」
「あ、シルバー先輩。この壁の向こうにレム先輩と斑鳩さんがいると思うと、僕‥‥!」
「‥‥」

 陸人が夢とロマンを抱いている女湯。
 男湯とほぼ同じ構造ではあるが、こちらはなかなかに刺激的だった。
 なぜなら。
 岩風呂の湯を洗面器で汲みながら、2人の少女が身体の洗いっこをしているからだ!
「でねレムちゃん、今日の夕食の後にね‥‥」
 女同士の気安さか、2人ともバスタオルを巻くような水臭い真似はしない。
「ああ、いいアイデアだ。きっとヨグも喜ぶだろう。手配はこの後‥‥」
 もちろん要所要所は、寺倫‥‥もとい、石鹸の泡で覆われている。
「ちょ、レムちゃん! そこくすぐったいよぉ」
 風呂椅子に腰掛けた南雲が、背後のレムに笑いながら文句をつけた。長い髪はアップで、肌は桜色。
「そうか、それは悪かった」
 膝で立つレムの頬も、ほんのり上気していた。泡立つ手ぬぐいを一旦引っ込め、しばし同級生の身体を眺める。
 そして何の前触れもなく
「えい」
 むに、とわき腹をつまんだ。
「ひゃうん!」
 不意をつかれ、文字通り椅子から30cmほど飛び上がる南雲。
 しかし彼女とて能力者。瞬時に身を返し、レムに対峙した。
「だめだってそこはー! んもう、おかえしっ」
「ちょ、こら、南雲、やめっ」
 泡まみれでじゃれあう2人は知らない。
 壁の向こうで妄想たくましい少年がやりとりに耳をそばだてていることを‥‥。

「笠原、鼻血でてるぞ」
「えっ、いやあのっ、これはっ」
「んと、陸人さんって、ある意味幸せですよね」



●夕食、そして祝い
 温泉を堪能した5人が部屋に戻ると、夕食の準備が整っていた。
 座卓には見慣れない‥‥中央部分が盛り上がっていて兜のような形の鉄鍋‥‥を載せたカセットコンロが鎮座している。
「おかえりなさいなの。とっとと座るなの」
 そこに、ツインテールの少女が、肉と野菜を運び込んできた。
「今日の夕食はジンギスカンなの」
 接客業には凡そ不向きな口調ではあるが、悪気はないようだ。
「ん、僕、ジンギスカン食べてみたかった!」
「私も〜! 今日あんまり食べてないからお腹ペコペコ!」
 ヨグと南雲が顔を見合わせて笑う。あんまり食べてないって? 等と突っ込まないのが粋な大人だ。
客の素直な喜びが嬉しかったのか。ツインテールも微笑を浮かべた。
「それはよかったなの。このお鍋でお肉と野菜を焼いていくの。もりあがった部分でお肉、下で野菜なの」
「んと、そのお鍋。どうしてそんな形なんですか?」
 ヨグの質問を、レムが待ってましたとばかりに引き取る。
「ヨグ、いいところに気がついたな。これはモンゴル帝国を率いたチンギス・ハンが兵士の兜を鍋代わりに熱して、羊肉を焼いて食べたという言い伝えから生まれた郷土料理だ。この鍋で肉を焼くと脂が下に流れてさっぱりと、かつ野菜を肉の味付けで‥‥」
 そこで彼女は気がついた。誰も聞いちゃいねーことに。
「うお! うめえ! 羊は臭ぇっていう思い込みがあったがそんなことねーわ!」
「陸人くん、そのお肉とってー」
「はーい南雲さん、かぼちゃともやしもオマケしてきましたよっ♪」
「レム姉様もお肉食べましょ?」
 4人の部員は、ツインテールの焼いたラム肉を美味しそうに頬張っている。
「み、皆が美味しく食べているなら‥‥僕はそれでいいんだ」
 誰にともなく呟くレム。
 少し赤面したまま、彼女も箸に手をつけた。

 それから1時間後。ジンギスカンは5人のお腹にすっかりおさまってしまった。
「んと、僕、幸せー」
 満足そうなヨグに、南雲が笑いかける。
「ふふふ、ヨグ君! ギブアップにはまだ早いよっ!」
 タイミングを合わせ、レムが冷蔵庫をあけた。
 取り出したるは、プリンをデコレーションした大きなケーキ。別行動となる入浴時を利用して、2人が手配したものだ。
「え、んと、えと?」
『ヨグ おたんじょうびおめでとう』
 自分の名前が記されたチョコプレートに目を白黒させるヨグ。
「今年も皆でお祝いできたね、ヨグたんの誕生日!」
「ヨグ、おめっとさんだ」
 シルバーと陸人が手を叩いた。
「ヨグ、おめでとう。これからもともに学生生活を楽しもう」
 予想だにしなかったサプライズに、ヨグはほんの少しだけ目を潤ませた。
 勿論。
「んと、ありがとです、皆さん!」
 次の瞬間には、思い切り笑った。



●模擬戦
 食後の腹ごなしに、再び温泉につかった5人が部屋に戻ると、寝床の用意がなされていた。
 誤解なきよう記載しておくが、もちろん男女別室である。
 ではカメラは、男子の部屋に潜入してみよう‥‥。

「わー、ベッドと違って天井が高く感じますぅ」
 相当眠いのか、布団でごろごろするパジャマ姿のヨグ。
「やっぱ夜のお楽しみといえばトランプですよね♪ 僕、大富豪はけっこう得意なんです♪」
 鞄からトランプを取り出す陸人。
 そして
「トランプ? 何軟弱なコト言ってんだよ! 合宿と言えばマクラナゲだろうが!」
 どこか間違って日本文化を理解しているシルバー。
 問答無用でトランプを取り上げ
「え、あの」
 代わりにそば殻枕を手渡す。己も小脇に抱え、部屋の端まで走った。
「いくぞおおおおお!」
 何が?
 陸人に聞き返す間も与えず、シルバーは全力で枕を投げる。銀のオーラを身に纏い、瞳を銀に染めて。
 その直後。
「ひゃあああああ!!」
 そば殻枕が鈍い音を立てて、陸人のみぞおちにめり込んだ。能力者とはいえ、生物的に弱い箇所は弱い。
「り、陸人さんっ?」
 ぱたりと倒れる犠牲者を見て、ヨグは手近の枕を掴んだ。積極的に戦う気はないが、身は守らないといけない。
 案の定。
「次はヨグだあああ」
「ん、あ、えとっ」
 容赦のないそば殻枕攻撃を、すばしこくよけるヨグ。抱えた枕をシルバーの顔面めがけて投擲、ヒット!
「んと、シルバーさんっ。僕、疲れたのですぅ」
「何いってんだヨグ! まだまだ寝かさないぜ!」
 無駄に元気なシルバーは、枕を拾い集めながら部屋を駆ける。
 入り口側に移動したヨグめがけて、枕がまっすぐに飛んだ−−!
「シルバー、陸人、ヨグ! 少し静かにしないか‥‥!」
 ぼふっ。
 捕らえたのはヨグではなく、女子部屋から注意を促しに来たレムの顔面だった。
「やべっ」
 もちろん、覆水盆に帰らず。
「シルバー、きみはまたくだらないことを!」
 レムの肌が褐色に染まり、眼帯の奥から赤い光が漏れ出した。
「んと、レム姉様、覚醒はっ」
 ヨグの制止も聞かず、足元の枕を拾い、ためらいなく全力で放り投げる。
「うおおおお!?」
 陸人と違い、受身を取っていたシルバーだったが、その身体は枕ごと軽く宙に浮いた。
 窓を突き破り外に転落する数歩手前で踏みとどまり、なんとか体勢を整える。
「おもしれえ! オレも本気でいくぜ!」
「望むところだ、後悔するなよ?」
 ガチバトル勃発、さらにさらに。
「レムちゃーん、どうしたのぉ? え、枕投げ?」
 様子を見に来た南雲までが参戦したので、場はカオスを極めることとなった。
「よーし! 負けない! 笠原君、覚悟ー!」
「ええええええ僕はっ」
 ようやく起き上がった陸人めがけ飛んでくる枕。
「もうレム姉様、僕眠いですってば〜」
 布団に潜りつつも、飛んできた枕はしっかりキャッチし、反撃を忘れないヨグ。
「よし、弾補充だ! この勝負、もらった!」
 押入れから新しい枕を勝手に取り出し、マシンガンの如く投げ続けるシルバー。
「まだだ! まだ終わらんよ!」
 いや終わった方がいいだろう。だが戦うのをやめない管理部長。

 そんなこんなで。
 もはや模擬戦に近い枕投げは、日付が変わる頃まで続いたのであった‥‥。



●終焉
 空が白み始める頃合。
 女子部屋に戻って眠りについていたレムは、携帯電話の着信音で起こされた。
「む‥‥」
 布団に入ったままディスプレイを確かめる。呼んでいるのは『カンパネラ学園』。
「‥‥はい、鯨井です‥‥え、オホーツクに木彫り熊キメラが出た‥‥? わかりました、すぐ向います」
 通話を終了し、布団から跳ね起きる。横で寝息を立てる南雲を、そっと揺すって起こした。
「レムちゃん、どうしたのぉ‥‥?」
「緊急の依頼だ。僕は男子どもを起こしてくる。南雲は準備をしていてくれ」
 依頼。その単語で寝惚けていた南雲の目も、ぱちりと開く。
「オッケー! さっさと片付けておいしいもんたべようねっ」
「ああ」
 2人の少女は笑い、素早く身支度を始めた。

 20分後。
 5台のAU−KVの排気音が、朝霞を引き裂いた。楽しい時間の終わりを告げ、仕事へと切り替える爆音が。
 彼らは一路北を目指す。道端の露店も美味しいものにも、きっと目をくれることなく。

「ま、この埋め合わせは次回の旅行でってコトにしよーぜ?」





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
gb1949/ヨグ=ニグラス/14/男/ハイドラグーン
gb2666/鯨井レム/18/女/ハイドラグーン
gb1998/シルバーラッシュ/19/男/ドラグーン
gb2816/斑鳩・南雲/18/女/ハイドラグーン

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
学生寮管理部の皆さんこんにちは!
ホッカイドーツアー、楽しんでいただけたでしょうか。
ご発注ありがとうございました。
HD!ドリームノベル -
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CATCH THE SKY 地球SOS
2010年11月01日

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