『あいたい、ひと ――ばーちゃん―― 』

チップ・エイオータ（ea0061）

　ハロウィン。
　それは年に一度、一日だけ、死者がこの世に甦る日。

　彼等は「逢いたい」と望んだ者が思い描く通りの姿で現れるという。
　年老いて世を去った者は、若き日の姿で。
　若くして逝った者は当時のままの姿で。
　幼い子供が成長した姿で現れる事もあるらしい。

　ハロウィンには、奇跡が起きる――


「トリックォァトリート！」
　今日はハロウィン。今年もこの町には、お菓子をねだる子供達の元気な声と笑顔が溢れていた。
　だが、お菓子の籠を手にして通りに立つチップ・エイオータ（ea0061）に「お菓子ちょーだい」と言ってくる子供はいない。せっかくたくさん用意したのに……どうしてだろう。
「んー、おいらちっこいし、子供に見えちゃうのかな？」
　大人になっても背丈は人間の子供とそう変わらない、それがパラという種族の特徴だ。おまけにチップは童顔で、年相応に見られたことは……残念ながら、あまり多くなかった。
　町を流れるテムズ川にかかった橋の欄干にもたれ、後ろ手に持った籠をぶらぶらさせながら、チップは行き交う人々の楽しげな様子をぼんやりと眺めていた。
　ハロウィンには、死んだ人の魂が還ってくると言われている。この中にも、今日一日だけ甦った人達がこっそり紛れていたりするのだろうか。
「でも、おいらのばーちゃんは……死んじゃったきり」
　チップはイギリスで何度もハロウィンを経験しているが、まだ一度も亡くなった祖母に会えたことがない。一度でいいから会わせてほしいと、神様にもお願いしてみたのに……。
「おいらがちっこいから、神様からは見えないのかな？　だから、お願いかなえてくれないの？」
　チップはひとり呟く。今年もまた、会えないのだろうか。

　もうすぐ陽が暮れてしまう。お菓子をねだっていた子供達も、そろそろ家に帰って家族で食卓を囲む時間だ。
「……おいらも、そろそろ帰ろーかな」
　自分の帰りを待っていてくれる、大切な人のもとへ。
　だが、最後にもう一度、名残惜しそうに夕暮れの町を見やった……その時。
　くいくい。誰かが、チップのシャツを脇から引っ張った。
「……え？」
　見ると、魔女の格好をした子供が立っている。
　……いや、子供ではない。背丈はチップのそれとそう変わらないが、大きくて鍔の広い帽子の下からのぞく口元には、何本もの深い皺が寄っている。その深い皺が引き攣れるように横へ引っ張られて、少し不揃いな歯並びが顔を覗かせた。
「お菓子をくれなきゃ、イタズラするよ？」
　懐かしい風が、チップの体を吹き抜けて行った。
　知っている。この声は……
「……ばーちゃん？」
　チップは帽子の下を覗き込もうと腰を屈めた。……と。
「お菓子、くれないのかい？」
　魔女の格好をしたその人はチップの視線を避けるように帽子を目深に被り直し、素早く背後に回り込んだ。
「じゃあイタズラだね！」
「――あ！」
　お菓子の籠が、チップの手を離れる。
「取り返したかったら、捕まえてごらん！」
　籠を手にした魔女は、楽しそうに笑いながらそれを頭上高くに差し上げると、見せびらかすようにわさわさと振った。そして、そのまま人混みの中へ駆け込んで行く。
「ま……待ってよ！　ばーちゃん！　ばーちゃんでしょ！？」
　叫びながら、チップは黒く小さな影を見失うまいと目を凝らした。レンジャーとして鍛えた視力は、こんな時にも役に立つ。
　――お菓子なんか、取られたっていい。けど、あれがばーちゃんなら……
「なんで逃げるの？　おいら、ばーちゃんに会いたいのに。話したいこと、一杯あるのに……」
　わけがわからない。けれど、このまま逃げられてしまう訳にはいかなかった。
「捕まえれば、いーんだね？」
　そうすれば、ちゃんと顔を見せてくれる筈だ。
　先を行く魔女は誰にもぶつかることなく、人混みの中を泳ぐようにすいすいと掻き分けて行く。まるで行く手を塞ぐものが何もない草原を駆けているようだ。
「あ、ごめん！　ごめんなさい！　ちょっと、道あけて！」
　追いかけるチップは少しもたつきながら、転がるように走った。飛ぶように軽やかに……というわけには、ちょっといかない。スピードは魔女の方が遥かに速かった。
　それでも二人の距離がそれほど開かないのは、もしかしたら……
「待ってて、くれてるの？」
　でも、何故？
　そう問いかけたチップの脳裏に、ふと懐かしい記憶が甦った。故郷の野山で、生い茂る木や足に絡み付く草や、行く手を塞ぐ邪魔な岩などをものともせずに、巧みに避けながら走り抜けて行く祖母の背中。どうしても追い付けなくて、泣きべそをかいていた幼い頃の自分。
　そのイメージが、目の前の風景と重なる。
「……そっか……！」
　試されているのだ。
　一族を率いる長として、そして弓使いとして、祖母はチップの憧れだった。その憧れの存在にどれだけ近付くことが出来たか……それを。
「よぉーし。見てて、ばーちゃん！」
　チップは大きく息を吸い込むと、軽く目を閉じた。そして、静かに息を吐きながらそっと開ける。
　目の前に広がっているのは、もはや町ではなかった。そこは、森。レンジャーの庭だ。人々は木々に、建物や路上に並ぶ屋台は岩や崖に……そう見てしまえば、避けるのも容易い。
　チップは走った。森の中なら、誰よりも素早く動ける自信がある。
「今のおいらの弓の腕見たら、ばーちゃんはなんてゆーかな？」
　一族の長で、とても弓が上手で、野山のことも誰よりも詳しくて……山賊に会っても一人で追い払うくらい、豪快で気の強い人だった祖母。
　一家の長男だったチップは、いつか祖母のような一族を率いる立派な弓使いになれるようにと、その名前を貰った。だから、という訳でもないけれど……ずっと、あんなふうになりたいと思っていたのだ。
「でも、ばーちゃんには……まだまだだねって笑われちゃうかな？」
　早く、追い付きたい。
　――追い付いて、ちゃんと会えたら、話したいこと一杯あるの。大好きな人と結婚できたこと、遺言通りに冒険者になって、色々なものを見たり聞いたりしたこと、たくさんお友達ができたこと、一族の中で初めてジャパンに行けたこと……
　葱のことは、どうしようか。教えてあげたら、乗ってみたいなんて言うだろうか……？

　町の中を駆け抜け郊外へと出ても、魔女の足はまだ止まらなかった。
　陽はとうに落ち、大通りを埋め尽くしていたランタンの明かりも、ここまでは届かない。黒い服を着た魔女を追いかけるのは、鍛錬を積んだ者でなければ到底無理だ。それどころか、普通の人なら自分の足元さえ覚束ないだろう。
　しかし二人共、視界の悪さなどまるで気に留めていなかった。町の外に広がる荒野に出ても、動きが鈍ることはない。見えていても足を取られそうな枯れ草や灌木で覆われた岩だらけの大地を、明かりも持たず飛ぶように走る。
　やがて行く手に一本の大きな木が見えて来た。魔女はその枝に身軽に飛び付き、ひょいひょいと上って行く。
「よーし、おいらも！」
「――お待ち」
　その後を追って枝に取り付こうとしたチップの頭上から、声が降って来た。
　見上げると、高い枝の上で魔女が何かを指差している。
「……お菓子の、籠？」
　更に高い場所に張り出した枝で、籠が揺れている。籠は持ち手の部分を細い枝に引っ掛けてあった。
「そこから、落とせるかい？」
　魔女……いや、これはもう、間違いない。祖母が、言った。
「ただし、枝を折っちゃいけないよ。それに、お菓子をこぼしてもダメだ」
　なかなか難しい注文だ。しかし、この程度のことが出来ないとあっては……本当に、笑われてしまう。
　チップはいつも持ち歩いている愛用の弓を背から降ろすと、矢を番えて思いきり引き絞った。
　ぴたりと狙いを定め、放つ。
　矢は真っ直ぐに、籠へ向けて飛んで行った。そして持ち手の下をくぐるように、小枝をかすめる。
　ふわり、籠が浮き上がった。枝を離れた籠は、中に入ったお菓子を揺らすことさえなく、水平を保ったまま静かに下降を始め……下の枝に当たって、跳ねた。
「あー！」
　ばらばらと、チップの頭上にお菓子の雨が降る。上手くいったと思ったのに。いや、これで上出来だろう。下に広がった枝の隙間を通るようにして、どこにも触れさせずに地面に落とすなんて……きっと、無理だ。
　しかし、祖母の評価は少しばかり辛口だった。
「……ふむ。まあまあ、だね」
　するすると幹を滑り降り、帽子を取ってにこりと笑う。
　これで「まあまあ」ということは、やはりもっと高度な技を要求されていたのだろうか。無理だと思いつつ、でも、この人ならやってしまいそうだと……そんな気もする。
「……ばーちゃん……！　やっぱり、ばーちゃんだ！」
　やっと、会えた。
　チップは懐かしい笑顔に飛び付いた。
「ばーちゃん！　あのね、おいら……おいら、ばーちゃんに話したいこと……っ」
　一杯、ある。ありすぎて、何から話せば良いかわからない程に。
「慌てるんじゃないよ、チップ。夜は長いんだからね」
　皺だらけの手が、チップの頭を撫でる。小さいけれど、がっしりと丈夫で……それでいて繊細な、大好きな手。記憶にあるのと、同じ感触だ。
　そう、ハロウィンの夜はまだまだこれから。お菓子でも食べながら、語り明かそう。
　今までのことと、これからのこと。
　心の中に溜め込んでいた、たくさんの思い。

　ハロウィンには、奇跡が起きる――とても、素敵な奇跡が。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ea0061　／　チップ・エイオータ　／　男性　／　２６歳（実年齢２６歳）　／　レンジャー】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お世話になっております。STANZAです。
チップさん、密かにファンです（←

さて、納品に時間がかかってしまい、申し訳ありません。
ＰＬさんの大切な分身であるＰＣさんと、そのＰＣさんの大切なおばあさん。
その双方のイメージを傷付けないようにと、大切に書かせていただいた、つもり、です。
です、が……もし何かイメージと違うような事がありましたらすみません……。

そして、調子に乗って葱サンタやっちゃおうかな、などと企んでいたりするのですが……（本気か

では、ご依頼ありがとうございました。
またご縁がありましたら、よろしくお願い致します。

ＨＤ！ドリームノベル

STANZA

Asura Fantasy Online

2010年11月05日