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『千代紙に、たづの願いを 』
深山 千草(ia0889)&桔梗(ia0439)

 空に浮かぶ島々を儀と呼ぶ。そのひとつ、天儀の中心都市・神楽には志体持つ者達が集う場所がある。開拓者と呼ばれる彼らを取り纏める施設が開拓者組合、通称ギルドである。
 それは、殊更厳しかった今年の気候も漸く落ち着いた、ある秋の日の物語――

●祝い鶴
 開け放された開拓者ギルドの出入口を秋風が吹きぬける。
「わぁっ、ダメですよぅ!」
 梨佳は微かに身震いすると、風に吹き飛ばされそうになった折り紙を、慌てて片手で押さえた。捕らえきれずに一枚二枚が飛んでった先を目で追いつつも、押さえた手は離せなくて動きようがない。
「あぅ〜」
 ちょうどギルドにやって来た深山千草が、外へと旅立ちかけた一枚を捉まえてくれた。
「あらあら、大丈夫?」
 千草が折り紙を押さえたまま固まっている梨佳がいる小卓まで持って行こうと近寄ると、向かいから近付いて来た桔梗が梨佳の背後に立っている。
「梨佳、何してる?」
「‥‥ふぇ?」
 重石代わりになりそうなものを探してもう片方の手で探っていた梨佳、何やら柔らかいものに触れた。
 びっくりして振り向くと、桔梗の手に触れていて。慌てて、手を離す。
「わ、ごめんなさいです‥‥!? わぁぁぁ!!」
 どきりとした梨佳、つい両手とも離してしまったもので折り紙が風に舞った。
 あらあら大変ねえと千草はおっとり床に散った千代紙を集めてやり、一緒に拾い上げた桔梗が再び梨佳に問うた。
「梨佳。何、してた?」

 集めてもらった折り紙を受付から借りてきた文鎮で押さえて、漸く落ち着いた梨佳は桔梗に答えた。
「‥‥え、と。鶴折ってたです」
「千羽鶴ね。何かおめでたい事があったのね」
 千草に「はいです」と返事する。
 なんでも天儀一有名で天儀一お騒がせな開拓者が所帯を持つ事になったのだそうで、祝いの千羽鶴を折っていたのだと言う。
「結婚‥‥と言うと、あの人ねえ」
 千草は新郎の顔を思い出した。近く自宅の長屋で挙式予定との事だったか。
 しかし目の前の鶴は、そう多くは出来上がっていないようだ。小卓に乗っている分だけなら少な過ぎに見える。
 ギルド内を見渡せば職員達は皆忙しそうだ。それもそのはずで、石鏡で数年に一度の大祭が開催される、今最も忙しい時期なのだった。
「梨佳ちゃん‥‥あと何羽くらいあるの?」
 数を聞いた千草は微かに戸惑いの色を浮かべた。大変だ。
 祝言当日までに到底仕上がりそうにない数なのに、お手伝いしましょうかと申し出ると、案の定「大丈夫ですよぅ」と梨佳は遠慮するのだ。梨佳はギルドの正規職員ではなく、自主的に手伝いをしている存在だから割と自由が利く。他の職員が忙殺されている時でもこうして内職に励める立場には違いないのだが、一人で抱え込むのは如何なものか。
 二人の会話を他所に、桔梗は不思議そうに彩色鮮やかな千代紙を飽く事なく眺めていた。裏表まんべんなく珍しそうに返す返す見つめて、続いて小卓の上に並んでいる折鶴を手に取った。
「これ、が。これになったのか?」
 おっかなびっくり、指先でそっと摘みあげて折鶴を観察している桔梗は、まるで初めて遭遇したかのようだ。
「もしかして‥‥折り紙の鶴、見たの初めてですか?」
 こくり頷く桔梗は興味津々、平たい正方形から作られた立体物、これがこうなるのかと観る角度を変えて感心しつつ眺めている。
 そんな少年少女の遣り取りを微笑ましく見つめ、千草は考えた。
「ねえ、間に合わないのは大変なのじゃなくて?」
「うー‥‥」
 じゃ、こうしましょ?と千草。
「うちにおいでなさいな。ここじゃなくて、梨佳ちゃんが遊びに行った先で、鶴を折っても‥‥いいでしょう?」
「そうすると、いい。幾千代も待ってる」
 黒毛白鬣の小柄なもふらさまの名を聞いた梨佳の顔は輝いた。

●折り鶴
 千草と桔梗は互いの出身や育った環境こそ違えど、今は同じ屋根の下で暮らしている家族のような間柄だ。二人に案内された自宅は、潮風が心地よい二階建ての古い民家だった。
 垣根から見えているのは白木蓮の枝だろうか、春になればさぞ可憐な花を咲かせる事だろう。風に乗って、咲き始めの銀桂が良い香りを運んで来る。
 縁側傍にある座敷へ通されて、ここで鶴を作る事となった。
 障子を開け放して、爽やかな秋の陽射しが差し込む中、庭を見遣れば木々の向こうに海が見える。様々な植物が世話されている庭を見るに、この家には四季折々の愉しみがあろう事が伺えた。

「さあ、始めましょうか」
 畳の上に千代紙を広げて、思い思いの柄を手に取った――が、桔梗は何だか躊躇っている様子。
「桔梗さん、どうしました〜?」
「綺麗、だな」
 色とりどり繊細な柄の数々に、触れるのも惜しいような、いつまでも眺めていたいような。
 畳に並べたまま、桔梗は折り始めた梨佳の手元を眺め始めた。
「照れちゃいますよぅ」
 あんまりじっと見つめられて、却って緊張しますと梨佳。けれど桔梗は視線を外さなくて。そんな二人をにこにこと見守っていた千草は桔梗の行動の意味に気がついた。
(「お手伝い、したいのよねえ」)
 桔梗は鶴作製の手伝いをしたいに違いない。だけど彼は、きっと。
「折り方、知らない」
 ほら、やっぱり。
 手順を覚えようと凝視していたのだった。ならと梨佳は手元を桔梗に近づけて一羽折ってみせる。
「今度は一緒に折ってみませんか?折りながらの方が解りやすいと思うです」
 実践の提案に頷いた桔梗、今度は千代紙選びが待っている。

 しばらくのち。
 鶴の折り方を修得した桔梗と梨佳は仲良く作り続けていた。畳の上には随分たくさんの折鶴が転がっている。
「少し休みましょうか。お茶を淹れるわねえ」
 ほんわりと休憩を提案して、千草は厨に下がっていった。戻って来た彼女が持っていた盆には、湯気立つ緑茶と――
「わぁ、栗きんとんです〜♪」
「お口に合うかしら」
 自家製なのと千草。いただきますと遠慮なしでぱくついた梨佳は「美味しい♪」幸せそのものの笑顔を見せた。
「僕にくれても良いもふよ」
 おやつの気配に誘われて、桔梗のもふら・幾千代が顔を出した。庭からは千草の忍犬・茉莉花が、くるんとした尻尾を振っていた。
「梨佳ちゃんは茉莉花と会うのは初めてかしら?」
 白毛の柴犬は笑っているかのような表情で誘うように梨佳に尻尾を振っていて、梨佳は縁側に寄った。茉莉花は梨佳に近付くと、愛想良く梨佳の手の甲を舐めた。
「わぁ、懐っこい子ですね〜女の子さんです?」
「ええ。撫でてあげて、とっても喜ぶわ」
 勧める通り撫でてやると、茉莉花は尻尾を千切れんばかりに振って喜んだ。もふられ好きなのと千草が微笑む。
「茉莉花、俺も」
 梨佳と並んで手を伸ばし、茉莉花をもふもふ撫でる桔梗もほんわり和やかで、茉莉花は嬉しそうで、千草は穏やかに見守っていて――誰かさんが、拗ねた。
「僕を可愛がるもふ」
 ごろごろごろん。
 転がって茉莉花を押しのけた幾千代が、桔梗の腕の中に納まる一幕もあったりして。
 秋の太陽が傾く頃まで、もふもふしたり折鶴を作ったりして和やかに過ごしたのだった。

●ありがと
 秋の日が暮れるのは早いから、暗くならない内にと小さなギルド職員見習いを送ってゆく。完成した折鶴で、すっかり嵩高くなった荷を持ってやり、桔梗は梨佳の下宿先である大衆食堂に向かっていた。
「ギルドでなくて、良かった、か?」
 開拓者ギルドに寄らず、下宿先へ直帰する梨佳を気遣って尋ねると、今日の仕事は終わったからと梨佳。
「桔梗さんと千草さんのおかげで助かりました♪ ありがとうございます!」
 ぺこっと頭を下げると、ふたつに結った髪が陽気に揺れた。
 ううん、と桔梗は首を振る。
「俺も、ありがと」
 鶴の折り方を教えてくれて。一緒に午後を過ごしてくれて――家への誘いに来てくれて。
 諸々の想いをこめた「ありがと」に、梨佳は「こちらこそ」と笑って言った。
「お互い、ありがとですね♪」

 初めて潜った梨佳の下宿先は賑やかで、女将さんは温かな人だった。持って来た荷の包みを置いて、桔梗はまた改めてと挨拶して帰ってゆく。
「桔梗さんも、千草さんも、茉莉花さんも幾千代さんも! みんな、みーんなありがとうです〜!」
 夕焼け空の下、桔梗の後姿が見えなくなるまで、梨佳はいつまでも手を振って見送っていた。
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
周利 芽乃香 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2010年11月10日

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