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『+ カボチャ王国でパーティしましょ♪ + 』
ルド・ヴァーシュ3364



 ハロウィンの夜を騒がしている一人の魔女っ子がいる。
 彼女は沢山の世界をこのカボチャ王国に繋ぎ、性転換魔法をかけて遊んでいたのだが、つい先ほど異世界人に捕まってしまった。
 その為愛用のステッキを振り、己が掛けた悪戯魔法を解いていたのだ、が……。


「も、もう無理……」
「ちょっ! まだ戻ってない人いるから! 戻ったやつもいるけど、戻ってないやつもいるから!」
「……無理……」
「お願いだから最後まで頑張れ! 頑張って!」
「お腹空いて力が出ない〜……」


 へにょへにょとその場にへたり込む魔女っ子。
 これは、さあ大変。
 戻った者は万々歳。
 けれどまだ魔法が解けていない者は――。


「あらあら、困りましたわねぇ。このままじゃわたくしいつまで経っても王子に戻れませんわ」


 呟くのはカボチャ姫。
 国民が元に戻るまでは己は戻らないと決めている彼……否、現在彼女の呟きにまだ戻れていない者たちが大きく頷く。


「仕方有りませんわね。では魔女っ子のために楽しいパーティをしましょう、そうしましょ!」
「いいのかそれで」
「ハロウィンの夜は一年に一回ですもの。それに美味しいお菓子やご飯を食べたらきっと魔女っ子も元気になるわ。じゃあ準備お願いね」
「は?」
「お願いね」
「はい?」
「お ね が い ね」


―― このカボチャ姫、後で本気でくり抜いてやる……。


 ある一人の異世界人はオカ……失礼、『カボチャ姫』をハンターの眼で見つつ心の中で誓った。



■■■■



「だーかーらー、あたし達はこの身体を何とかして欲しいだけなんだー!!」
「「「仮装しないと駄目ー!」」」
「仮装するものなんてない!」
「「「ハロウィンパーティには仮装必須でーす!」」」
「くっ、カボチャの癖に」
「「「此処はカボチャ王国、カボチャが国民なんですぅー!」」」


 パーティ会場の入り口で警備カボチャと言い争っているのは長い赤髪を散らす青年。
 彼は他の異世界人同様魔女っ子によってこのカボチャ王国に飛ばされてきた人間の一人だ。今彼は言い争いによって怒った興奮によって黒い目を吊り上げ、警備カボチャ達を睨みつける。だが警備カボチャ達は怯まない。任務遂行優先とばかりに未だ仮装していない男へと何か変装しろと勧め続けていた。


「お、おいらだってこのまんまじゃ困る!」
「「「仮装すれば万事おっけー!」」」
「仮装すれば中に入れてもらえるんだな!?」
「「「その通り!」」」
「っ、鳩子。ここは腹を括って何か変装してみっか!」
「とは言ってもね。あたし達は変装できる物なにも持ってな――」
「じゃ、おいらはこの【まるごと虎さん】をっと」
「……虎太郎君、なんでそんなもん持ってるんだ?!」


 青年の隣に居た銀色の髪を持つ小柄な少女は飛ばされていた際運良く持っていた荷物の中から虎の着ぐるみを取り出し、素早く着込んでいく。だが胸元まで着ぐるみを着込んだ辺りでぴたり、と動きを止めた。


「胸、邪魔。すっげー着にくいし、肺圧迫されて苦しっ!」
「今の虎太郎君って年齢の割に明らかに年齢の割に発育のいい身体をしてるよな。なにその、ぼんってきて、きゅってひきしまって、ぷっくりと出たナイスバディは」
「鳩子だって元々はそうじゃないか。おいらこんなのいらね」
「今のあたしはぺったんで、すとーんで、すっきりな身体だけど。……あー、もうさっさと解いてくれ!」


 さて、お分かり頂けただろうか。
 つまりこの二人も魔女っ子によって性別転換の魔法を掛けられてしまった被害者なのである。
 赤髪の青年は元々はとても色っぽいお姉さん「だった」し、銀髪の少女も小柄ではあったものの、元々は肉体派の少年「だった」。二人は魔女っ子によってこのカボチャ王国に飛ばされ、性別転換に非常に戸惑っていたが運良く顔見知りである人間に出会い、問題の魔女っ子が捕獲されたとカボチャ達の噂によって導かれこの会場までやってきた。全ては元の性別に戻してもらうため。だが警備カボチャ達は「仮装絶対!」と無駄に力説して中に入れようとしないのだ。


「じゃ、おいら先に中に入って楽しんでくるから!」
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
「お先ー!」
「あーもうあたしも何か何かそこら辺のものでなにか、なにか……!」


 【まるごと虎さん】を着込んだ虎太郎は見事チェックを通り、無事中へと入る事が出来た。ところが未だ何の変装をしていない鳩子は中に入れてもらえず、辺りに視線を巡らす。


「くっ、仕方ない。じゃあ……」
「「「わくわくわく」」」
「そんなに期待した目で見るな」


 鳩子は三体のカボチャ達のとっても熱ーい視線を受けながら目に付いたものを手元に引き寄せ、それを使って変装を試みる。
 まず身体には酒樽を潜らせ、右手にはおたま、左手には鍋の蓋。そして極めつけは――頭に鍋。


「とりあえずその辺にあったもので変装してみたぞ。これでどうだ」
「「「…………」」」
「さあ、中に入れろ」
「「「ちょっと談義しますので少しお待ち下さーい」」」


 ひそひそひそ。
 カボチャ達はそういう擬音が聞こえてきそうな談義を交わす。鳩子の耳に聞こえてきた言葉は「あれはいいのか、駄目なのか」。
 さっさと中に入れて欲しいものだと樽の前で腕を組みながらふぅっと息を吐き出せば、やがて結論が出たのか警備カボチャ達はさっと道を開いた。


「ん、素直でよろしい」
「「「ぎりぎりですが、オッケーと言う事にしましたー」」」
「ぎ、……ぎりぎりでも中に入れるなら」
「「「どうぞお楽しみ下さいませー!!」」」


 何とかチェックを通ると鳩子は中へと足を踏み入れた。
 其処はまだパーティの準備中らしく、自分達同様飛ばされてきたと思われる異世界人達がせっせと飾り付けや食べ物を運んでいる姿が目に入る。手伝おうか迷うも、まずは先に行ってしまった虎太郎を探そうと会場内をぐるりと見渡す。虎の着ぐるみを着た少女を見つければいいだけ。それだけの簡単な話――だった。
 ところが見つけた少女の姿は『虎』ではなくなっていた。いや、虎の面影はある。あるにはあるのだが……何故かその背には鷹の翼。そして尻には狸の尻尾がくっついているという変な動物と化していた。


「あ、鳩子も無事通れた――って何その格好!? 仮装じゃなくて武装!?」
「今の虎太郎君にそれを言われたくない。虎太郎君こそ、いつの間にそんなオプションが付いたんだ」
「いや〜、だって此処にいる人間達ってみぃーんな面白ぇ格好してるじゃん。つい、対抗心が燃えちゃって」
「だからってその格好は……もはやなんなのか分からないだろう」
「持っていたものを適当につけていったらこうなったんだい!」


 はぁあと脱力してみせるも、鳩子の格好も虎太郎の格好もあまりにも「変わっている」。
 そのため周囲の人間からの視線が中々熱い。いや、むしろ注目の的だ。そして虎太郎の言うとおりこの場に居る人間達は皆それぞれ好き勝手に――いや、鳩子や虎太郎ほど華麗に奇抜ではないが変装している。ある物は魔法使い、ある者は獣人。童話に出てきそうな兎などもいる。


「わぁ、そのかっこーなぁに?」


 不意に二人に声を掛ける者が現れた。
 短髪の黒髪、好奇心に光る赤い瞳を持つ魔法使いの格好をした少女だ。彼女は何かを運び終えたらしいトレイを持ちながら二人をじぃっと見つめる。そして二人もまじまじと目の前の女の子の魔法使い、つまり魔女っ子を見つめ――そしてはっと息を飲んだ。


「「お前が元凶の魔女っ子かー!!」」
「うわぁ! ち、ちがうよぉー! ぼくじゃないよー!」
「なんだい、違うのかよぅ。紛らわしい格好だから間違えちった」
「はぁ、問題の魔女っ子なら姿を元に戻してもらおうと思ったのに」
「えーっとえーっと、つまり……お兄さんはお姉さんで、おんなのこはおとこのこ?」
「「その通り」」


 声を掛けてくれた少女を問題の魔女っ子だと判断しずずいと詰め寄るもそれは勘違いであるとすぐに諭される。
 二人ははぁあっと深い溜息を吐きながらその場で肩を落とした。
 その姿にぷっと息を吹き出したのは勘違いされた少女。彼女は傍のテーブルの上から二つジュースを掴むと二人へと差し出した。


「ぼく、ザド・ローエングリン。今はね、パーティのためにお菓子つくってるよー。ぼくね、おいしいおいしいお菓子つくるからたべてね!」
「おいらは小伝良 虎太郎(こでんら こたろう)。虎太郎って呼んでくれよ」
「あたしは氏池 鳩子(うじいけ はとこ)。鳩子でいい。本当に間違えて悪いね」


 少女――ザドから差し出されたジュースを受け取りながら二人は謝罪の言葉を口にする。
 ザドは全く気にした様子も無く、首を振って笑った。


「ザド、どうした。お前はウラとお菓子を作っていたんじゃないのか?」
「あ、ルド! あのね、あのね。今この二人のかっこー面白いなって思ってお話してたー! こっちの元々はお姉さんの人がえーっと、はとこさんで、こっちの元々おとこのこの人がこたろーだって」
「あー、つまり戻っていない組か。……可哀想に」
「はとこさん、こたろー。ルドはね、性別戻った組なんだよー。えへへ、ルドの吸血鬼伯爵格好いいでしょー」
「戻った組って事はその姿は本来の性別なのか。くっ、おいら元は美女だと思ったのに」
「なぁんだ残念。お仲間だと思ったのに男だったのか。うん、確かに良い男だ」
「……どこから突っ込んで答えればいいか分からないが、とにかく俺は先に戻して貰った組だ。しかし解除魔法の途中で魔女っ子が力尽きてな。歩くのもしんどそうだったから抱き上げて奥のソファに寝かせてきた。パーティが始まって、魔女っ子も何か口にすればきっと元気になるだろう」
「つまり今は戻してもらえない、っていうこと?」
「そう言う事だ」


 美女、という言葉にザドに呼ばれた吸血鬼伯爵の仮装をした青年――ルド・ヴァーシュはひくりと頬を引き攣らせる。
 だが状況が状況ゆえ勘違いしても仕方が無い。魔女っ子に真っ先に性別を戻して貰った彼は今本気で自分の身体に安堵しているのだから。
 ルドはふと何かの視線に気付く。下からのそれはザドのもの。何故か不機嫌そうな彼女に対し疑問を抱き「どうした」と口を開こうとするが、それよりも先にザドは両手を大きく上下に振った。


「ずるーい!」
「な、何がだ」
「魔女っ子さん、ルドにお姫様抱っこされていいなー」
「いや、お姫様抱っこは……したが、別に意味はないだろ?」
「あとでしてー!」
「……ザド、お前」
「してして、ね? ね?」


 お願い、と両手を組み上目使いでザドはルドに願う。
 その可愛らしい光景にルドはうっと言葉を詰まらせてしまった。どうやら性別が変わってしまったザドにルドは滅法弱いらしい。それは初めて二人のやり取りを見た鳩子と虎太郎にも通じ、思わず口端が持ち上がってしまう。二人がいわゆる「そういう関係」なのだと勝手に胸の奥に位置付けると、鳩子と虎太郎は互いに目を合わせて頷いた。


「二人とも何言ってるの。大体ね、ルド。真っ先に男に戻るなんて大人げないわよ。もっとこの状況を楽しみなさいよ」
「ウラ……」
「ザドが厨房に中々戻ってこないから様子を見にきたら……クヒッ。――って、ああ、そう。おまえ、女の子のザドを楽しみたいわけね。すけべおやじだわ……! ほんと、おまえにはがっかりよ……!」
「何か勘違いしてないか、おまえ……。まったく、しょうのないお嬢さんだ。いや、今はおぼっちゃんか」


 二人の世界に水を差すように、けれどはっきりと自分の意見を述べたのは海賊船長の仮装をした少年――ウラ・フレンツヒェン。
 だが鳩子と虎太郎はルドの呆れるような言葉で察す。彼もまた『彼女』だったのだと。
 性別転換の悪戯魔法によって認識が滅茶苦茶になりそうで二人は頭を唸らせる。もしかしたら今横を歩いていった彼は彼女で、でももしかしたらもう戻ってしまった人なのかもしれない、とか。


「こりゃ、うっかりお茶しようって声かけらんないや」
「ヒヒッ。お前は戻ってない組みたいねぇ」
「そっちこそ」
「あたしはしばらく男のままを楽しむわ。――そのうち魔法もとけるでしょ。悪戯の魔法なんだから、そんなにカリカリしなくてもいいじゃない」
「おいらは女の子じゃなくていいや。胸邪魔だし」
「あら、着ぐるみの下は……いやぁね。意外に胸大きいじゃない。お前、本物の女から見たら結構羨ましい体型をしてるわよぉ、クヒッ!」
「うわ、くすぐってぇ!!」


 最初こそキリッとした発言をしたウラだが、虎太郎の発言から遠慮なく相手の胸へと手を這わせる。
 相手が元男だと分かっているからか、その手付きには遠慮が無い。触れられている虎太郎の方はただくすぐったそうにしているが、元男だと思われる人間からは好奇の目で見られている。つまり、ウラの堂々とした行動が羨ましいと。
 ルドは教育上――というか自分の身の安全のために――ウラの行動を良くないものと判断し、さりげなくザドの目の上にそっと掌を置き今の光景が視界に入らないように遮る。ザドは何が行われているのかさっぱり分かっておらず、ただ首を捻るばかりだった。


「さ、ザドにルド。戻るわよ。まだまだ料理は出来上がってないんだから」
「はぁ……じゃあ二人は楽しんでくれ。また機会があったら話そう」
「ルドー、目みえないー」
「ああ、もういいな。じゃあ行くぞ」


 満足したらしいウラは虎太郎から手を離す。
 そして厨房へと彼女は向かって歩いていくので、ルドもザドに被せていた手をそっと外した。ザドは暗闇から光ある空間に目がすぐには慣れずくいくいと瞼を擦っていたが、ウラに呼ばれればすぐにそちらへと駆けていく。それを追い掛けていくのは当然ルド。
 やがて場に残されたのは鳩子と虎太郎の二人。
 二人は今のやり取りを嵐のように感じつつ、辺りの様子を今一度観察する。多くの人間が集い、パーティの準備をしてる空間。そして自分達の世界にはない珍しい料理が運ばれてくる度に触発されたかのように鳴ったのは腹だった。


「鳩子。俺腹減った」
「同意見だ。まだ食べちゃ駄目なのか」


 うーん。
 二人は今すぐ食い付きたい衝動を必死に――それはもうよだれが出そうなほど耐えた。その思いが天に、いや、カボチャ王国の神様にでも通じたのか辺りがふっと急に暗くなる。ざわっと皆が動揺する気配が辺りに漂い、二人は反射的に何が起こっても対応出来るよう各々構えを取る。だがその心配はすぐに掻き消された。


 パーティ会場の真ん中、ステージに穴が空いたかと思えばそこから次第に橙色のでっかい何かが上がってくる。
 そう、キラキラと輝くティアラを頭に被せたカボチャ姫だ。
 彼女の高さに合わされたマイクの電源が素早く入り、参加者や国民であるカボチャ達は言葉を飲み込みながら彼女が何を口にするのか真剣に眺めた。
 やがて彼女はふっと柔らかい笑顔を浮かべ、ステージ上から皆を眺めつつ唇を開く。


 <只今よりカボチャ王国恒例ハロウィンパーティを開催いたします。皆様今年も色々ありましたが、これも特別の夜と割り切ってぜひとも楽しんでいらして>


 パーティ開始の合図が主催のカボチャ姫より発言されれば、待ってましたとばかりに歓声があがる。
 そして空腹を訴えていたものは真っ先にテーブルの上に並べられた様々な料理やお菓子へと手を伸ばした。


「鳩子! これ、これおいしそう! 食ってみて!」
「あ、んむ。なんだこれは。美味しい」
「えーっと、黒トカゲを野菜と一緒にぐつぐつ煮込んでカボチャの中に入れて焼いた、みたいなこと書いてるけど」
「んっぐ、っぐ!」
「あー、もうがっつくから! 骨法起承拳ッ!!」
「げほっ! ちょ、待て。それは介抱としては間違って、っはぁ」
「あ、こっちのお菓子おいし」
「虎太郎君、人の話を聞きなさい」


 料理を喉に詰まらせた鳩子に対して明らかに体術で物を吐き出させようとする虎太郎。
 確かに詰まっていたものは出てきたが、その代わり背中へのダメージが大きく鳩子はこめかみに青筋を浮かべる。けれどそ知らぬ顔で食べ進める虎太郎は本当に楽しそうで、それ以上何も言えなくなってしまった。
 鳩子自身次こそ喉には詰まらせないように、けれど好奇心から勢い良く食べだす。傍にいた参加者に声を掛けられ、時に己から掛けて親睦を深めつつ。


「この料理はなんだ? ――ほう、それは中々にうまそうだな。では早速……」
「ん、ん、んっ!! 美味い、美味しっ! すげー!」
「虎太郎君はもうちょっと落ち着いて食べたらどうだ」
「あ、隣の兄さんが喉詰まらせた。よし、骨法起承――」
「だーかーらー!!」


 パーティを楽しむ人々の声が会場を包む。
 ある者は性別に拘らず人に話しかけ――つまりナンパをし、ある者はせっせとパーティの進行を手伝う。カボチャ王国の国民もこの日は無礼講と蔓を使って飲み物を取りアルコールを摂取したりしている。後でどんな味になるのか狙っている者も多少、いや、多く存在している事を知らずに。
 そしてカボチャ姫はこの雰囲気に満足し、再びステージの下へと潜って行った。



■■■■



 一方、こちらは厨房。
 パーティ開始の声もきちんと聞こえてくると料理人達もまた顔を見合わせ、客人に振舞う料理やお菓子を次々と生み出していく。
 そしてその中の一角にウラとザドとルドが居た。


「このカボチャ王国の国民って案外いまの性別と違うほうが良いってヤツが多いのねぇ。意外だわぁ。クヒッ」
「カボチャさん達、たのしそーだったね」
「ふふん、そうよね。願いが叶ったなら嬉しいわよね。その気持ちは分かるわぁ」
「ねーねー、ウラちゃん。これってどうすればいいのー?」
「ああ、そこはね」


 海賊船長なウラと今は乙女な魔法使いのザド。
 二人の会話はいたってほのぼのしており、耳に入ってくる言葉は心を和ませる。特にザドの方は完全に恋する乙女と化しており、お菓子作りもどちらかというと「誰かさん」の為――と感じさせる節がある。
 それに対してウラは「本当に女の子みたいねぇ」とザドの事を気に入ったらしく、丁寧にお菓子作りの指導をしていたりするのだから傍目的には和やかといってもいい。
 そう、それが例え二人だけに焦点を当てた錯覚であっても。


「さ、おいきなさい。次に生まれてくるときは希望の性別だといいわね」
「きゃあああ!!」
「さ、お前も」
「ちょ、え、まじっすかぁああああ!!」
「ヒヒッ……あたしも魔術師の助手! みんなの想いが叶いますようにって気持ちをこめて、お菓子作りをするわよ! さあ、お前達は遠慮なく皆の糧に成りなさい」
「お、お助けを……!」
「ご、ごめんね! おいしくつくるからっ! 可愛くかざりつけするからー!!」


 カボチャ達の阿鼻叫喚。
 それさえ聞こえてこなければ、此処はきっと楽園だったのに。


 楽しげにカボチャ王国の国民達を鍋に放り込んだり、未知の材料を恐れず使うウラの隣でザドは多少申し訳なさそうに眉尻を下げた。
 両手を合わせて「ごめんね」と口にはするが、なんせ二人の料理のメインはカボチャ。――――そう、まさに『主役は国民達』である。
 先ほどからカボチャのプティングやパイをてきぱきと作り、それをルドに運ばせるウラの姿はとても愉しそうで輝いていた。


「ルド、パイが焼けたわよ! これを食べやすい大きさに切り分けてさっさと持って行って頂戴」
「はいはい。ああ、そうだ。皿、出しておいたぞ」
「あら気が利くわね。此処にはケーキを乗せましょ」
「あとお前達用に少しだけ料理を分けてもらって来たから暇な時にでも食べろ。それは冷えていても美味しいものらしい」
「ヒヒッ、匂いで割とおなか一杯だから平気よぉ、って言ってもあたしの為じゃなくてザドの為かしらね」


 準備や雑用を特に文句を言わずに引き受けるルドの姿にウラは妖しげな笑みを浮かべる。そして隣に居る今は少女のザドを見てクヒッと喉を鳴らした。
 ザドは今自分達の製作の中でメインになるカボチャケーキのスポンジ生地にペースト状にしたカボチャを必死に混ぜ込んでいる。以前はお菓子作りも出来なかったザドだが、この一年の間に随分成長したものだとウラは密かに感心していた。そして好奇心もありそっと厨房からパーティ会場の方へと顔を出し、そちらの様子を眺めれば皆笑顔で自分が作った料理を口にしているではないか。それがウラは嬉しくくぅっと唇は弧を描く。


「カボチャパイが出来たぞ、食べたい奴はいるか?」
「はいはいはーい、おいら食べる!」
「お前は確かこたろうだったな。これは出来立てで熱いから気をつけて。冷ましてから食べるように」
「え、このまんまじゃ食べらんないの!?」
「いや、舌を火傷しなければいいだけの話だ」
「じゃあ、いいや。いただきまー――熱ッ!!」
「……だから、冷ましてから食えと」


 虎太郎が忠告を若干無視してパイを手に取る。
 だが出来立てのパイの熱さをなめてはいけない。掴んだ瞬間、指先が危険を察し虎太郎はパイを投げるように手を振ってしまった。ルドはそれを予想し、さっと皿を動かして落ちそうになったパイを受け取る。それからルドはふーふーと息を吹きかけて指先を冷ます虎太郎の手に冷たいおしぼりを握らせ、しっかりと冷やすように指示を下してから小皿にパイを分けてから他の参加者へと給仕を再開する。
 しかし今の流れは傍目から見れば仮装で格好が面白いとはいえ、愛らしい少女に対して青年が気遣っている光景に見えなくもない。
 加えて鳩子にも丁寧に同じ様に忠告と、そしてまたも同じ様な結果を残す様子にウラは口元に手を当てて笑うしか出来なかった。


「ルドのあれは無自覚にやってるのかしらねぇ。それとも本当にすけべおやじだったのかしら。クヒッ。あーこうなったら、ザドはいっそのことルドのやつを押し倒したらいいんだわ! そしたら少しは自覚するでしょうよ」
「ウラちゃん、生地ねりこみできたよー! ん? なに見てるのー?」
「あら、ご苦労様。なんでもないわぁ。次の作業に取り掛かりましょ」
「魔女っ子さん、デコレーションだけでもいっしょ、できないかなー? おつかれでむりかなぁ?」
「無理じゃないかしら。ほらあそこのソファでまだすやすやお休み中よ。後で鼻先にお菓子でも持って行きましょ。そして美味しい香りをかがせてやるの」
「……よだれでそう」
「それが狙いなんだもの。あたしのお菓子を食べたらきっと三倍増しで元気になるわよ。さ、続き続きっと」


 ザドの背を押し、厨房の中へとウラは足を向けた。
 ちらっと後ろを向けば鳩子とルドが和やかに会話する姿が見える。姿だけ見れば見目麗しい二人、と言っても良いだろう。


「じれったいわねぇ」


 ――クヒッ、と喉が楽しげに鳴るのは何故だったのだろうか。



■■■■



 幸せをお裾分けするのは、お菓子を分けるのに似ている。


 パーティも終盤に近付いた頃、会場の端に置かれたソファの一つにルドは腰を下ろし自分の膝の上にザドを横向きに座らせながらデザートを口にしていた。ザドが擦り寄ればルドは少しだけ恥ずかしがるも身体を離そうとはしない。


「今日は凄かったな。カボチャ達も蔓を使って会場設営を手伝ってくれたし、ザド達が多くの料理を作ってくれたお陰で皆笑ってた」
「ん、ぼくがんばったよ! あーんして、あーん」
「……あー」
「これぼくがつくったケーキ! ウラちゃんにおしえてもらってね、いっしょうけんめいつくったから」
「ああ、美味しいよ。これなら魔女っ子もきっと元気になってくれるだろうな」
「えへへ、そうだったらいいな」
「だが……」
「ん?」
「ザドの胸がぺたんこに戻るのは正直残念だ」
「がーんっ!!」


 ザドは心からショックを受け、顔を歪ませる。
 自分の今の状態を改めて確認する為身体を――主に胸をふにふにと弄る。ザドの元の性別は両性だ。女の子になれたのは以前からの願いが叶ったからだと信じている。
 やはりルドは胸のある可愛い女の子がすきなのだろうかと今まさにぐるぐると考え出す。それこそ頭から煙が出そうなほどぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる……。
 やがてザドはルドの胸元を押すと身体を離し、ふらりとどこかへ行こうとするではないか。これに慌てたのは当然ルド。ぱしっと細い手首を掴むと自分の元へと引き寄せる。


「一体どうしたんだ」
「うー……このまま女の子でいたい、って思ってるんだけど……魔女っ子さんにそういう魔法をしってたらおしえてもらおうかなーって」
「――ザド」
「お胸、ぺったんこはいやだし」
「いや、俺は別に胸に拘っているわけじゃないぞ」
「でも女の子の方がルドやさしい気がする!」
「う」
「……ほら」


 否定出来ない自分を少々悔やみながらルドは己の額に手を当てる。
 ザドはその間も魔女っ子のほうへ行こうとするが、手首は掴まれたままなので動けない。だが急にぐいっとルドが腕を引く。当然ザドの身体はルドの方へと引き寄せられ、そのまま崩れた。ルドは戻ってきたザドの身体を両手で抱き込み、その耳元に唇を近づける。その瞬間、ひくっとザドの身体が震えた。


「お前が、いればいい」
「ルド?」
「……参った。今日はいつも以上に輝く笑顔でお菓子を作るお前の姿を見て、思い切り抱きしめて、頭を撫でたい衝動にかられたよ」
「それは女の子だから?」
「確かに女の姿は魅力的だと思う。思うけどな」
「…………」


 こく、と喉が鳴る。
 ルドははぁぁ……と熱を吐き出し、一度唇を舐めると言葉を紡いだ。


「俺は、『お前』が好きだよ」


 ―― この声がザドにどう聞こえたのか。それは赤らんだ耳元だけが知ってる。














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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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東京怪談
【3427 / ウラ・フレンツヒェン / 女性 / 14歳 / 魔術師見習にして助手】

ソーン
【3364 / ルド・ヴァーシュ / 男性 / 26歳(実年齢82歳) / 賞金稼ぎ / 異界人】
【3742 / ザド・ローエングリン / 両性 / 16歳(実年齢6歳) / 焔法師 / レプリス】

舵天照
【ia0641/ 氏池 鳩子(うじいけ はとこ) / 女 / 19歳 / 泰拳士】
【ia0375 / 小伝良 虎太郎(こでんら こたろう) / 男 / 15歳 / 泰拳士】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは!
 今回は「カボチャ王国でパーティしましょ♪」に参加頂きまして真に有難う御座います。
 まず、「はとこ」「こたろう」の平仮名表記はわざとです。
 ソーンの二人には漢字を簡単に聞き取れないということで!

 今回の物語にはEDが複数有ります。
 ぜひ他の方とあわせてお読み下さい。


■ルド様
 いつもお世話になっております!
 今回はサポートばっかりでした。とても助かります! そしてちょっとザド様との距離が近付くよう仕組んでみましたがどうでしょうか。
 真っ先に男性に戻ったとの事でそれはそれで男前な判断です(笑)
 ルドザドED(と勝手に名付けてます)では二人きりの世界を描写させて頂きました。
 お菓子より甘くなればいいなとこっそり祈りつつ……!!
HD!ドリームノベル -
蒼木裕 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2010年11月11日

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