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『収穫祭の夜に 』
フェリクス・フォーレ(ez0205)


「こちらが緑分隊長殿の隠れ家の一つというわけか。……興味深い場所へご招待頂けて光栄だ」
 興味深そうに室内を見まわす客人の様子に、フェリクス・フォーレ(ez0205)は小さく笑みを浮かべた。
「そんなに大げさな場所ではありませんよ、縁あって若干の援助をしているというだけで。ここで作られているワインがお気に入りでしてね」
 椅子を勧めると、客人は慣れた様子で外套を椅子の背に掛け、目深に被っていた帽子を脱いだ。普段は後ろへ流している黒髪がさらりと零れる。日頃目にする姿と異なる質素な服装も相まって、そういえば同僚達の中で一番年若いのだったと思いだす。若輩者よと侮られることを嫌って、日頃ことさら硬質な雰囲気を纏っていることも知っている。
 年若いものを見るとつい浮かんでしまう年長者特有の笑みを、やわらかな微笑の下に収め、フェリクスは木杯を手に取った。
「ただ、流通が少ないのでね。中々市場では巡り会えないので、直接流してもらっているんです。そして、可能なら年に一度は自分で訪れることにしているんですよ」
「なるほど、道理で」
 小さな酒樽からワインが注がれてゆくさまを見ながら客人は頷いた。
 室内にふわりと新酒の華やかな香りが漂う。
 今宵、郊外にある小さな修道院に招かれた客人――フェリクスと同じブランシュ騎士団の分隊長であるオベル・カルクラフト(ez0204)は、瞳を細め宴席というには、ささやかな本日の席の招待主を見やる。
 ――どこにでもいて、どこにもいない。
 特殊な任を請け負う緑分隊の長・フェリクスは、騎士としては風変わりな特技の持ち主だった。変わった特技の下で、素顔すら曖昧にするフェリクスが、あまり目立たない程度の普段着で『フェリクス』として過ごしているのは、場所柄ゆえか。
 今年の収穫祭は、豊作に恵まれ、長らく国民が待ち望んでいた若き王の婚礼もあって、近年で一番の賑わいを見せている。喜びに沸く街中をしばし離れ、国の要職にある二人がいるの一室は、華美な調度品の類は無いが、過ごし易いように整えられていた。
「……特に警戒が必要な時期ではありますが、偶にはこういう時間も必要ではないかと、思うのですよ」
 修道院で作られたフレッシュチーズや熟成されたチーズをつまみに新酒を傾けようというささやかな宴席。多忙中に時間を割いて頂いたことへの感謝を述べると、オベルは小さく首を横に振る。
「のったのは自分だからな、むしろこうした機会を設けて頂いた礼をいうべきだろう」
 意思を持って機会を作らねば、会うことも中々難しい職務にあることは否めない。『いつか』などと言っていたら、そのような機会は永遠にこないかもしれない。
 手土産と称してオベルが持参した燻製品を加え、国の要職者が囲むにしては、ささやかな宴席が始まる。鉄鏃や魔法が降らず、雨風の心配無く落ち着いて酒が飲める場所であれば上等と思えるくらいには、二人とも修羅場慣れもしている。実りに感謝する宴としては十分なのだろう。



「婚礼等でパリにも多くの人が入ったりで何かと忙しい頃でしょうが、多少の息抜きも必要でしょう」
 生真面目な同輩に、多少の息抜きも憶えてほしいという思いが透けたのか、オベルが眉根を寄せる。
「個性豊かな同輩に囲まれているために目立たないだけで、それなりにやっているんだがな」
 そんな顔をしているから、あちこちで似たようなことを言われるのだとは言わず、フェリクスは穏やかな笑みで杯を勧める。
「婚礼式典はいかがでしたか?」
「いかがもなにも、愛娘を嫁に出す父の心境に勝るほどの感想は持ち得られないと思うのだが?」
 先ほどの意趣返しか、微妙なところに会話を返され、フェリクスの眉がやはり微妙にあがる。が、酒肴ののった皿を遠ざける程大人げなくはない。そんな雰囲気を察したのか、オベルが小さく笑う。
「個人的には式典よりもその後の方が大変だった気がするが……まあ、らしくて安心したのも事実だ」
 やはりというべきか、結婚後は揃って「おしのび」が決行され、騎士団長と赤分隊長が対応に走り回ることになった。妃が諌め、王を城に留めるより、お二人らしいと微笑む民も少なくない。
 華燭の典を挙げ、ノルマン王国の安泰を国内外に示すことができたのは、王国の騎士としての重畳。いつものようにお忍びの対応に駆け回ることができることは、国が落ち着いている証。
 ウィリアム3世が妻を迎えてなお『ウィリアム3世らしく生きられること』は、王を弟のように思い支えてきたオベルにとって、最良の形なのだろう。
「フェリクス殿の見込まれた通り、良き夫婦となられるだろう。お二人のお味方は多い」
「……それは何よりです」
「数年前からの想いが結実した此度の婚礼を祝い飲む酒は、さぞや美味であろうな」
 からかい混じりの言葉にも微笑みを返し、フェリクスは静かに木杯を傾けた。
 今年の夏は酷い暑さだったが、その分、粒は小さいものの甘みが凝縮したブドウで作った新酒は、華やかな香りで良いものに仕上がった。
「本当にワインの出来というものは面白い。同じ場所で育てた葡萄でも、樽が違えば味も違う……まして、葡萄の産地も異なれば……興味深いな」
 ワインを一口、口に含んだ感想がしみじみとしたもので、そういえばとフェリクスが首を小さく傾ける。
「ランスは穀倉地帯でしたね」
「なかなか領内を見て回れぬ不良領主がいるが……領主代行が優秀だから問題なく豊かだ」
「確か弟君が代行でしたか?」
 オベルは肯定するように小さく笑って木杯を傾ける。騎士団の任務でほぼ不在の領主に代わり、広く豊かな領地ときっちり治めているのだ。身内の贔屓ではないのだろう。
「隊の様子はいかがです? 身辺で変わったこともあるのでは?」
「……藍分隊は変わらんな。発足して10年以上経つのだから、変わっても良い頃合いなのかもしれないが」
 フェリクスの束ねる緑分隊を始め、各分隊でも先の戦で失われた隊員は少なくない。ブランシュ騎士団の登用試験も行われているが、藍分隊は副長と数名の分隊員が欠けたまま、結局人員の補充はされていない。
「我々分隊長の顔触れも幾つか変わりそうだしな」
「そうですね、常に人も組織も変わるもの……変わらなければ、停滞し淀んでいく」
 感傷的な言葉は続かなかった。冷静な分析感と揺らがぬ理性をもってこそ、人を束ねる地位に在れるのだ。
「自分が就いた頃を思えば穏やかなものだろう。……私の目標はギュスターヴ殿だからな。生涯をこの国に捧げ、王国の騎士たらんと日々切磋琢磨だ。生半可な覚悟ではこの場所は譲れん」
「それはそれは……」
 冗談めかしたオベルの声音にのり、おどけた様に応じながら、フェリクスは空いた杯に酒を満たす。
「話題の赤殿ですが、近頃の追及は如何様ですか?」
「国王夫妻にまで終われているフェリクス殿程ではないと思うが」
 投げたそばから己の話題を打ち返され、フェリクスは苦笑を浮かべた。今やフォーレ卿息女ことノルマン王国の王妃は、赤様と並ぶブランシュ騎士団独身騎士たちを叱咤鼓舞する存在である。『お義母さんが欲しいです』という義娘の願いは、叶えてやれていない。
「最近はレンヌ公にも追われている」
 挙げられた名前に目を瞠ると、オベルは軽く肩をすくめてみせた。
「公爵夫人の地位も捨てがたいらしい」
「……本当に、節操のない」
 呆れとも嘲りともつかない感想に、相変わらずだとの微苦笑が返る。
「マーシー1世の動向をどう見るか、だったが……王妃候補に推した実の娘たちが妃争いに敗れたわけだ。1番正攻法で穏当な手が失策したのだ……ますます巧妙かつ不穏当な手に出てくるだろうな。現在は水面下で準備中といったところか」
 オベルへの接触も、次の一手の1つなのだろう。王妃が定まったとはいえ、後継問題まで解決したわけではない。王位は直系で無ければならないという決まりは無く、王位継承権を持つものは他にもいる。オベルも、またマーシー1世も序列に名を連ねているのだ。
「陰謀大好き元気中年で困る。……それを考えれば、騎士ではなく貴族……文官としての道もあるかと正直迷う」
 オベルは手のひらで包むように木杯を持ち、真紅のワインに視線を落とす。揺らめくランプの焔を映した瞳は、本当に揺れているように見える。
「まあ、私はこちらの方が性に合っているからな。今は未だ取り得る選択肢の検討中だ」
 けれど、再びあげられた瞳は静かなもので。藍色の貴石が飾られた剣の柄を撫でながら笑ったオベルからは、少年騎士であった頃の激情も、言葉ほどの迷いもみつけられない。
 マーシー1世の名が挙がるたびに、忘れられない過去が幾つも過ぎる。それを表に出すほどフェリクスは浅慮でも無ければ、若くもなかった。薄紗を何枚も重ね素顔を覆い隠すように、『自分』を深く深く奥底へ隠し沈めることなど造作もない。それでも、そこには必ず『フェリクス』がいるように、忘れることなど出来ない『裏切り』があった。
 かつて目にした『裏切り』は、オベルの中ではどんな過去になっているのだろう。王国の騎士であることに拠って立っていた少年は、ブランシュ騎士団を辞すことも手段の一つとして捉えることができるようになっていた。
 復興戦争から流れた時間が短くない事を改めて感じながら、フェリクスは空いた杯に酒を注ぐ。
 ゆるゆるとワインが杯に満ちていく様をみれば、己が分隊長に就く時分にもなったのだと――時が流れてゆくさまを目にした気がした。
「職務の性質上、滅多に集うことのない私達ではありますが……こうして集まり、だた言葉を交わす、という機会を今後持つことが出来たら良いと思いますね」
 ふわり浮かべられたフェリクスの表情に、オベルは瞳をゆるめ。
「そうだな」
 一言、頷いた。
 華やかな新しい香りをはなつワインを満たした木杯を掲げれば、どちらともなく交わす軽い音が響く。
 パリの賑わいに比べればささやかな祝祭の宴。
 けれど、数えきれない人々の願いや望みを背負い、託された想いを抱えてここまできた騎士たちにとっては、自身が立っている大切な場所を確かめるために必要な時間なのかもしれなかった。
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
姜 飛葉 クリエイターズルームへ
Asura Fantasy Online
2010年11月12日

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