▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『Trick or treat―お屋敷物語―【不思議な薬はかおすのかおり】 』
アーク・ローラン(ha0721)


 淡く光る、ジャック・オー・ランタン。
 笑う南瓜が見せる夢は、大きな大きなお屋敷の、優しく幸せな笑顔の夢。


「おや、新入りかい?」
 そう言って、フットマン・アーク・ローランをまじまじと見つめるのはマグノリア・シン。
 彼女は昔からこの屋敷に出入りしているものの、正体はあまりよく知られていない謎の行商人だ。お屋敷のお嬢様リリー・エヴァルトの薬も調達しており、今日も薬を持ってきてくれたのだ。
「フットマンのアーク・ローランですよ。先日、この屋敷に入りました」
 執事のライディン・B・コレビアがアークを紹介する。アークは「よろしくお願いします」と人懐こそうな笑顔を浮かべた。皆、この笑顔に騙されるのだが、果たしてマグノリアはどうだろうか。
「どえすっぽい子だねぇ。ライディン、アンタ苦労してるだろ」
 がっつりと、見抜いていた。
「……ええ、まあ、はい」
 苦笑するライディン。
「それにしても、若い子が入ったねぇ。アンタがこれくらいの頃と比べると、なかなか優秀そうだけど?」
 マグノリアは穴が開くほどアークを見つめる。
 な、なんだろう、この人……?
 アークは眉を寄せ、マグノリアの視線を受け止める。
 見たところ、かなりのやり手バ(自粛)のようだ。油断ならない相手だということはわかる。もしかしたら自分と同じ、どえす属性を持っているのかもしれない。それも、執事長のヴィスター・シアレントとは正反対のタイプだろう。
「アンタ、いい顔してるじゃないか。将来が楽しみ……んー、今すぐちょっと見てみたいさね。良い薬があるんだけど、飲んでみないかい? 夕方くらいまで、大人になれる薬さね」
「大人に?」
 マグノリアが胸の谷間から出した瓶に、アークの視線が吸い寄せられる。瓶の中では赤い液体が揺れていた。
「どうする? 大人になれば、リリーを守ることもできるし、ライディンのこともいじり放題だ」
「……酷い人ですね」
「そう言いながら、アンタ顔が笑ってるよ? ついでにこの青い薬もあげようか。こっちは飲めば子供になっちまうさね」
 その言葉に、アークは頷くよりも早くマグノリアの手から薬をひったくった。そして、赤い薬をくいっと喉に流し込む。
 彼女を信用したわけではない。腹の内では訝しんでいるし、何かあればすぐに行動に出るつもりだ。だが、好奇心ももちろんあるのだ。
 少し苦い味が喉に触れ、体が熱くなる。衣服が全身を締め付け――びり、とどこかが破れる音もする。体から熱が抜けていくと、マグノリアが鏡を見せてくれた。
「……これが、俺?」
 鏡に映るのは、確かに自分の顔だ。だが、十九歳くらいの――青年になっていた。ライディンと変わらない年頃だ。
「……そうだ。お嬢様に妙な薬、飲ませてないでしょうね……?」
 自分がこんな姿になったのだ、リリーにも何か薬を飲ませている可能性がある。アークはマグノリアに凄んでみせるが、しかし彼女は涼しい顔。アークが溜息を漏らした時、何やら独り言を言っていたライディンがアークに気付いた。
「――は? だ、誰……?」
 きょとんとするライディンに、アークは早速笑いかける。
「執事服貸してください、せ・ん・ぱ・い」
 にっこーり。人懐こくもそこに「どえす」成分を含んだ天使のような笑顔を浮かべ、服を要求する。
「あ……アーク……か!? わ、わかった、ちょっと待ってろ」
 ライディンは慌てて執事服の予備を用意すると、アークは素早く着替えを済ませた。
「見てください、先輩」
 若干胸を張ってライディンに見せれば、ライディンは途端に焦りの色を浮かべる。何を考えているのか、大体の予想はつく。
「い、いや、アーク。まだ正式な執事じゃないからやっぱりその服はマズイ。うん。俺の私服持ってくるからちょっと待って――がふっ!?」
 慌てるライディンがアークの上着を脱がそうとした時、アークはすかさず手に持った瓶を口に押し込み、青い液体をライディンの喉に流し込んだ。
「……うぎゅ? ごふっ?!」
「ライ先輩も、お揃い」
 笑顔のまま、アークは軽く瓶を振った。

「子供服がよくお似合いですよ、ライ先輩」
 アークは子供服を身に纏ったライディンの頭上から声を降らせる。
「まさか、ちみっ子になるなんて」
 がっくりと項垂れて漏らす声は、ボーイソプラノ。ライディンはアークとは正反対に子供の姿になってしまったのだ。
「いいねぇ、可愛いじゃないか。小さい頃のアンタを思い出すよ。あの頃からアンタはどえむだったねぇ」
 けらけら笑うマグノリア。「ま、安心しな。十七時には効果が切れて元に戻るから」と付け加えたかと思えば、鞄から次々に怪しげな薬『不思議な試供品』を出して使用人達に配り始めた。
「ほーら、他の使用人達もこれで楽しんでおしまいっ!」
「な、何するんですかっ! みんな、そんな怪しい薬を飲んじゃだめだっ!」
 ライディンが止めようにも、思いの外ノリのいい使用人達は自分はどんな姿になるのだろうとウキウキしながら薬を飲み干してしまう。
「うわぁ、動物園ですね」
 アークが涼しい顔で周囲を見渡せば、使用人達は全員が愛くるしい動物に姿を変えてしまっていた。その中に熊だけはいない。熊は恐らく屋敷の主専用なのだろう。
「あああぁぁぁ、もう、収拾がつかなくなるっ! 使った薬全部買い取りますから、解毒薬も売ってくださいっ」
 ここを丸く収めるのも執事の仕事と言わんばかりに、ライディンはマグノリアに取引を持ちかける。しかし――。
「ガキと取引するつもりはないねぇ。大人の人、呼んできな」
 にやりと笑うマグノリアは、アークをちらりと盗み見る。アークはちゃっかりと壁に「鉄鍋上等 byライディン」と落書きしてたり、マグノリアから受け取った謎の粉をハロウィン用に飾られているジャック・オー・ランタンに振りかけたりと、カオス作成に余念がない。
「お、大人の人って言われても……っ」
 困惑するライディンの頭に、天井付近を飛び回っていたジャック・オー・ランタンがかぶりつく。
「お呼びですか、マグノリアさん」
 一通りの悪戯を終え、ここぞとばかりに大人ぶるアーク。
「アーク! お前には取引なんてまだ早い! 俺に任せるんだ! マグさんとの取引は危険なんだ、マグさんも激しいどえすなのだから!」
「そのお姿で何を言うんですか、このどえむがっ!」
「どえむ言うなーっ!」
 いつにも増してどえす度の増したアークに上から目線でどえむと言われ、ライディンは半ば涙目だ。そんな先輩を横目に、アークはちゃっちゃとマグノリアから取引用の書類を受け取り、ざっと目を通す。
 その時、玄関の扉が開いていることに気付いた。そこには呆然と立ち尽くしている、リリーの姿がある。
「あ、お嬢様」
 どすんっ。
 リリーに気付いたアークが、ライディンをリリーの視界の外へと突き飛ばして駆け寄った。
「……あ、アーク、さん?」
 思わず「さん」を付けてしまうリリー。
「お嬢様、どうされたのです?」
 困惑しているのか、いつもと様子の違うリリー。アークは少し心配そうに顔を覗き込んだ。途端にリリーの頬が赤く染まったかと思えば、ふらりとバランスを崩して倒れかけた。
「お嬢様……っ!」
 咄嗟にアークの長くて大きな手が、リリーの背を支えて抱き起こす。
「だ、大丈夫。ちょっと吃驚しただけですから……」
 リリーはアークの手を借りて立つものの、視線を彷徨わせて挙動不審だ。どうやら、アークの変化に戸惑っているらしい。
 ――かわいい、な。
 くすりと笑みを零し、アークはリリーを強く抱き締める。
 柔らかさも匂いも変わらない。小さく感じるのは自分が大きくなってしまったから。
 よかった、リリーは変な薬を飲まされていないようだ。
 アークはリリーを抱き締めたまま、安堵の吐息を盛らす。
 リリーはと言えば、アークの腕の中でぼんやりとしていた。ますます赤くなる頬と、早くなる動悸。それに気付いたアークは、またくすりと笑う。もっとも、リリーのことだから「熱でも出たのかしら」などと思っていることだろう。
「……ところで、ライは?」
 ふいに、リリーがライディンを探し始めた。そういえば先程、彼女の視界の外に突き飛ばしてしまったっけ――アークも一緒に周囲を見渡す。
 しかし、どこにも見当たらない。ほんの一瞬の間に、姿を消してしまった。
「ライ! どこにいるのです、出てきてくださいな! ライ!」
 リリーが何度呼んでも反応はない。近くの部屋を捜し回ってもやっぱりいない。
「呼んでも来ないなんて。……もう。おしおきですね」
 ふぅ、と吐息を漏らすと、どこからともなく執事長ヴィスターが現れてリリーの後ろに待機した。
「鉄鍋、持ってきてくださいな」
「既にお持ちしております」
 そう言って、ヴィスターはぴっかぴかの鉄鍋をリリーに渡す。
「とってもいい音がしそう」
 リリーは鉄鍋をこんこんと叩き、どえすな笑みを浮かべた。

「ふむ、事情はよくわかりました」
 執務室でアークから報告を受けたヴィスターは、机に頬杖を突いてアークを見据えた。
「先輩は子供の姿ですから、仕事は俺が代わりにやっておきました」
 ライディンの仕事をそつなくこなしたアーク。これなら本当に執事になっても楽勝だろう。
「恐らくライディンはいじけているでしょうが、アークはこの状況を楽しんでいるんじゃないですか?」
 鋭い問いを投げてくるヴィスター。アークは一瞬たじろぎながらも首を振る。
「楽しんでるだけじゃないですよ。虎視淡々と解毒薬やら調合書を狙っています」
「収穫はあったのですか?」
「いえ、まだです。これからまた彼女を追いかけるつもりです」
 そう言ってアークが退室すると、ヴィスターは彼に聞こえないように呟いた。
「まだまだ……執事としての勉強が必要そうですね。仕事ができるだけじゃだめですよ、アーク。色々学んで……本当の意味で大きくなりなさい」
 そう言って、穏やかな眼差しでアークの背を見送った。
「ぶなー」
「おや、イスカリオテ。今日は三人の傍にいかないのですか?」
 足元に絡みつくイスカリオテを抱き上げ、ヴィスターが問う。
「ぶな」
「……モヤシプリンが欲しいのか」
 どうやらこの騒動でライディンがモヤシプリンを作り忘れていることに腹を立てているらしい。ヴィスターは小さな吐息を漏らして立ち上がった。
「わかった、私が作ってやろう」

「解毒薬も調合書もないさね」
 やっと捕まえたマグノリアは、あっさりとこう言ってのけた。
「嘘は駄目ですよ? 執事長の命令です。本当のことを教えてください」
 しかしアークは嘘も交えてマグノリアに詰め寄っていく。
「本当のことさね。嘘ついたってアタシには何の得もない。それより……アンタ、なんで解毒薬を求めるんだい? アンタが大人のままなら、リリーに対する立場も優位になりそうなものを」
 マグノリアは鋭い眼差しをアークにぶつける。
「……それは……」
 ――先輩とお嬢様は、恋人同士だから……。
 そう勘違いするアークは、マグノリアから目を逸らして口ごもった。
 恋人同士。
 だから、邪魔はしても引き裂くようなことはできない。
 ほどほどに邪魔をしながら、二人の仲を健気っぽく程々以上には邪魔しないようにと、アークなりに奮闘していたのだ。
「まぁ、いいけどさ。アンタも……健気さね」
「……そうでしょうか?」
「背中が痒くなるほどにねっ。まあ、薬は勝手に効果が切れるんだから、アンタはそれまでに自分のやることをやってきな」
 マグノリアはくすりと笑い、アークの背をばしんと叩く。
 アークは頷き、何かを決意するようにポケットに手を入れた。
 そこに入っているのは、以前ヴィスターからもらった執事のカフス――。
「……いつか立派な執事になるためにも」
 今は、自分にできることをしなければ。
 そしてアークは、ライディンを捜すために駆けだした。

「いた……!」
 ライディンは庭の隅っこにいた。周囲にサイダーの瓶が転がっているのは、きっとヤケサイダーでもしているからだろう。ちょっと可愛いかもと思いながら、アークは彼の隣に座り込む。
「こんなところで拗ねてるんですか?」
「……なんだよ」
「アークです」
「そういう意味じゃなくて」
「冗談も通じないんですか? お子ちゃまですね」
「うぐ……っ」
 顔さえ上げずに拗ねるライディンをアークは少しからかってみたくなった。いつもは何だかんだと兄のようなライディンだが、今だけは自分が兄貴分……そんな気がする。ライディンもそう感じているのか、悔しさをサイダーにぶつけるかのように新しい瓶の栓を抜いて一気に飲み干した。
 そんなライディンをひょいっと担ぎ上げる。
「な、何を……っ」
「こんなところで拗ねてないで、お嬢様のところに行きますよ」
 お嬢様はきっと、あなたを待っているはずですから――。
 その言葉は、呑み込んだ。

 ぽいっ。
 リリーの部屋に入るや否や、アークは抱えていたライディンをぽいっとリリーに向かって投げつけた。ちょっとひどい。
「え、え、あ、わ……っ!?」
 リリーは咄嗟にライディンを抱き留める。その腕の中で、ライディンは「投げるなよっ!」と叫んだ。
 しかしその様子にリリーは思わず頬を綻ばせ、ライディンをぎゅっと抱き締めた。途端に表情を崩すライディンに歩み寄り、アークはぺちんと彼の額を叩く。
「いてぇっ! 何すんだっ!」
 大人げなく(子供の姿だか)涙目で抗議するライディン。
「お嬢様と遊んでてください」
 遊んでて――守って。その意味を込めた言葉にライディンは気付いたようだ。ハッとし、見つめてくる。しかしアークはリリーに向き直ると、「さあお嬢様、こき使ってあげてください」と、どえすな笑みを浮かべた。
 それこそがいつもの形。こんな、リリーの腕の中で守られている姿じゃなくて、いつもの……どえむな先輩が見たいのだ。
「え、ちょ、それはちょっと……」
 リリーの腕の中でわたわたするライディン。
「……いいえ、いいえ」
 ふるふると首を振り、リリーは呟く。そしてライディンとアークを交互に見た。
「なんだか散々お二人に振り回された気がします。とりあえず、遊ぶ前に屋敷内の騒動をどうにかしてもらいましょうか。……え? あれもマグさんの薬が原因ですって? そんなことあるはずないじゃありませんか。あなた達の姿が変わったのは確かにマグさんの薬のせいかもしれませんけれど……他の騒動は、あなた達の喧嘩に巻き込まれただけでしょう? それに、お父様の肖像画の『熊』は何事かしら? 確かに熊だけれど。それは否定しないけれど」
 リリーはどこか据わった目で一気に言いきった。ライディンとアークが何を言おうとも、マグノリアを一切疑わない。それどころか、にっこり笑ってヴィスターを振り返るではないか。
 まずい。
 ひじょーに、まずい。
 ちょっとだけ、怒ってらっしゃる――!
 ライディンとアークは顔を見合わせ、頬を引き攣らせた。
「違います、違いますってば! 薬云々はもうどうでもいいけど、肖像画の落書きは俺達じゃありませんよ……っ!」
 二人は声を揃えて弁解する。なりふり構わず、必死で。しかしリリーの耳には届いていないようだ。
「まずは、お仕置きです。……ヴィスター、鉄鍋」
「はい、こちらに――」
 ぴっかぴかの鉄鍋は、とてもいい音がしそうだ。
 リリーは爽やかな笑顔で鉄鍋を振り下ろす。

 ずごーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!

 屋敷中に、その小気味よい音が響き渡った。

 ライディンとアークは元の姿に戻ってから混乱の後片付けを始めた。それを横目で眺めつつ、肖像画を見上げて満足げに笑みを浮かべていたのは……ヴィスター。
「……ふむ、会心の出来映えですね。我ながら達筆とでも言おうか」
 その言葉が耳に届いたアークはぎょっとする。
 まさか自分が(色んな意味で)超えるべき相手は、この人なんじゃないだろうか――。
 ポケットの中のカフスを握り、アークが新たな決意を胸にしたのは言うまでもない。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【ha0721 / アーク・ローラン / 男性 / 19歳(実年齢38歳) / 狙撃手】
【ha0461 / ライディン・B・コレビア / 男性 / 18歳 / 狙撃手】
【ha1286 / リリー・エヴァルト / 女性 / 21歳 / ハーモナー】
【hz0020 / ヴィスター・シアレント / 男性 / 34歳(実年齢102歳) / ウォーリアー】
【hz0037 / マグノリア・シン / 女性 / 32歳 / ウォーリアー】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
■アーク・ローラン様
いつもお世話になっております、佐伯ますみです。
「HD! ドリームノベル」、お届けいたします。
さて。久々のお屋敷物語ということで、色々と楽しませていただきました!
今回は字数がとんでもないことになり……削るくらいならと三人三様の部分に加筆修正して分解し、それぞれお届けしました。
フットマンさんパートのノベルは「成長を誓うどえす」などという、わけのわからないテーマを置いてみました(笑
外見は大きくなっても、中身はやっぱり少年フットマンの面影を……と試行錯誤してみましたが、果たして表現できているでしょうか。
他のお二人のノベルと合わせることで、一粒で三度美味しい状態になっているといいのですが(笑

この度はご注文下さり、誠にありがとうございました。
そして、お待たせしてしまい大変申し訳ありませんでした。
とても楽しく書かせていただきました。少しでも楽しんでいただければ幸いです。
寒暖の差が激しいですので、お体くれぐれもご自愛くださいませ。
2010年 11月某日 佐伯ますみ
HD!ドリームノベル -
佐伯ますみ クリエイターズルームへ
The Soul Partner 〜next asura fantasy online〜
2010年11月17日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.