▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『Trick or treat―お屋敷物語―【不思議な薬はかおすのかおり】 』
リリー・エヴァルト(ha1286)


 淡く光る、ジャック・オー・ランタン。
 笑う南瓜が見せる夢は、大きな大きなお屋敷の、優しく幸せな笑顔の夢。


「あら、マグさん。ご機嫌麗しゅう」
 お屋敷のお嬢様リリー・エヴァルトは、庭園を横切っていく影に気付いて笑顔を向けた。
 そこにいたのは、マグノリア・シン。昔からこの屋敷に出入りしているものの、正体はあまりよく知られていない謎の行商人だ。リリーの薬も調達しており、リリーにとっては母親の代から世話になっている姉のような存在でもあった。恐らく、今日も薬を持ってきてくれたのだろう。
「おや、リリーかい。……ふむ、顔色がいいようだね。最近、楽しいことでもあるのかい?」
 マグノリアは立ち止まると、じっとリリーの顔を見て頷く。リリーは「ええ」と肩を竦めた。
 勝率九割のフットマン・アーク・ローランと、一割の執事ライディン・B・コレビアのバトルが繰り広げられる日常はとても刺激的だった。今日も今日とてほんわかぽけぽけしつつも、次のバトルの原因は何だろうと想像してしまう。もちろん、そのバトルを抑えつけるのはリリーであり、執事長ヴィスター・シアレントはそのための鉄鍋磨きに余念のない日々を送っているくらいだ。
「ふぅん、そりゃいいこった。楽しいのは体調にもいい影響を与えるからね。でも、くれぐれも無理はしないように」
 日常をかいつまんで聞かされたマグノリアは、リリーの頭をぽんぽんと叩いて屋敷の玄関へと向かっていく。
「あ、それから。ライディンやアークのような若い連中は、黒のレースが好きさね。衣服に黒のレースをあしらっていると、喜ぶかもしれない。一番良いのは下着だけど」
 振り返り、意味深な笑みを浮かべるマグノリア。リリーはきょとんとしつつも「下着は黒のレース……」と頷いていた。姉のように慕うあまり何でもかんでも鵜呑みにするのはちょっと危険だが、リリーは気にしちゃいない。
「いつも頑張ってる二人に、労いの意味を込めて黒のレースを見せてやるといい。ああ、今すぐにとは言わないよ。いつか、その気になったら……ね?」
 柔らかく言うマグノリアだが、その内容は明らかに色々と危険だ。しかし箱入りお嬢様のリリーには危険であることはわからない。どんな黒のレースがいいかしらと、ほんわかぽけぽけ考え始めた。
「アンティークなレース? それともお花の模様をあしらったレース? 自分でデザインして編んで……服や下着に縫いつけるのもいいかもしれない。……あら? でもどうして黒のレースで喜ぶんですか?」
 かくーり、リリーは首を傾げた。白のレースじゃ駄目なのだろうか。他のものじゃ駄目なのだろうか。男性がレースを好むとは思えないけれど……と、思考を巡らせる。
「リリーにはまだ難しいかもしれないねぇ。でもね、黒のレースには浪漫が詰まっているんだ。アンタの努力次第では、彼等が跪いて『リリー様……!』とか言うかもしれないねぇ」
「リリー様……!」
 な、なんだろう、この素敵な言葉の響きは……!
 お嬢様ではなく、リリー様。
 跪く執事とフットマン。
 そこにかつっとハイヒールの踵でも鳴らして、足を見せ付け……うふふと笑って彼等の顎でも撫でたら、ごろごろと喉を鳴らすかもしれない。
「わ、私ったらどうしてこんなことを考えてしまうのかしら……っ」
 どえすなお嬢様は、新たなどえすに目覚めつつあるのか。しかしそれは神のみぞ知るところだろう。
「まあ、そういうわけだから。鉄鍋だけじゃなくて女も磨くと良い。黒のレースでね」
 最後にそう言い残し、マグノリアは屋敷に入っていく。その背を見送り「いいアドバイス、ありがとうございました」と頭を下げるリリー。
「……それにしても……今日も、いいお天気……」
 久しぶりにマグノリアに会うこともできたし、今日は何かいいことがありそうだ。
 雲一つない空を仰ぎ見て、リリーは再び笑みを零した。

 ――が。
「これは一体、どういうことなのでしょうか……」
 リリーは混乱している!
 目の前で繰り広げられている光景の意味がわからず、ただただ呆然と、そして脳内では全てを把握するべくあらゆる思考が交差してぶつかりあっていた。
 ついさっきまで、庭で日向ぼっこをしていたのに。
 秋の花達が綺麗で、樹木の葉も色づいていて、そして雲一つない空の元でマグノリアに会って。
 黒のレースについて教えてもらって、色々と妄想……じゃなくて、想像して。
 とても気持ちのいい一時だったというのに。
 日向ぼっこを終えて屋敷に足を踏み入れれば、そこにあったのはこれまでの日常とはかけ離れた世界――まあ、ある意味では「いつも通り」かもしれないが。
「このどえむがっ!」
 これはアークの言葉。
「どえむ言うなーっ!」
 これはライディンの言葉。
 これだけなら、いつも通り。相変わらずアークに振り回されているライディンなのだが……。
「あ、お嬢様」
 リリーに気付いたアークは、ライディンをリリーの視界の外へと突き飛ばす。そしてにっこり笑って駆け寄ってきた。
「……あ、アーク、さん?」
 思わず「さん」を付けてしまうリリー。
 なぜなら、目の前にいるアークは十九歳くらいの青年に見えるからだ。そして先程見たライディンは、小さな子供の姿になっていた。
 それだけではない。
 屋敷の使用人達はみんな動物に姿を変えられていたり、壁一面には「鉄鍋上等」と書き殴られていたり、リリーの父親の肖像画の額には「熊」と落書きがされていたり。ハロウィンが近いせいか、ジャック・オー・ランタンまでもが縦横無尽に飛び回っている。他にも色々と、屋敷内は散々な有様になっていた。
 ごしごしと目を擦って、見間違いではないかと確認する。だが、やっぱりアークは大きい。目線も自分より上にあって、少し逞しくて。しかもフットマンの格好ではなく、執事の格好でそこにいる。
 いつもは自室にだって簡単に入れてしまうくらい甘やかしている少年が、今はなぜかこんなにも大きくて、少年の面影も少ししかなくて。なんだかいつもと調子が違ってしまう。
「お嬢様、どうされたのです?」
 少し心配そうに顔を覗き込むアーク。途端にリリーは血圧があがり、くらりと世界が回ってしまった。
「お嬢様……っ!」
 長くて大きな手が、リリーの背を支えて抱き起こす。
「だ、大丈夫。ちょっと吃驚しただけですから……」
 リリーはアークの手を借りて立つものの、しかしまともに彼の顔を見ることができなかった。その刹那、強く……強く、抱き締められる。
 胸が早鐘を打つ。いつも腕の中にいたようなアーク。その腕の中に、自分がいる。
 温もりは変わらない。けれど匂いが少し……違う。少年の日向の匂いじゃない。自分を強く守ってくれるような、安心感に満ちた匂い。
 また胸が早鐘を打つ。
 なんだろう、これは。
 顔が……熱い。
 どうして?
 どうしてこんなに、顔が熱いの――。
「……そうか、私……」
 ――熱を出したのね!
 だから鼓動も早いし、顔も熱い。目眩だってしちゃうのだ。
 リリーはちょっと明後日の方向に勘違いしつつ、発熱の割に体は元気だなあとぼんやり考えていた。
 それにしても、どうしてこんなことになっているのだろう。心当たりは全くない。
「……ところで、ライは?」
 ライディンなら何か知っているかもしれないと思い、先程視界の外に行ってしまった彼を捜した。
 しかし、どこにも見当たらない。さっきまでそこにいたのに。ほんの一瞬の間に、姿を消してしまった。
「ライ! どこにいるのです、出てきてくださいな! ライ!」
 何度呼んでも反応はない。近くの部屋を捜し回ってもやっぱりいない。
「呼んでも来ないなんて。……もう。おしおきですね」
 ふぅ、と吐息を漏らすと、どこからともなく執事長ヴィスターが現れてリリーの後ろに待機した。
「鉄鍋、持ってきてくださいな」
「既にお持ちしております」
 そう言って、ヴィスターはぴっかぴかの鉄鍋をリリーに渡す。
「とってもいい音がしそう」
 リリーは鉄鍋をこんこんと叩き、どえすな笑みを浮かべた。

「お部屋かしら……?」
 リリーはライディンの部屋の扉をノックせずにそっと開けた。
 あれだけ呼んでも姿を現さなかったのだ、もしノックしたところで居留守を使われる可能性もある。だったら、ノックなど必要ない。
 傍にいるのが当たり前の、大事な大事なライ。私がノックしなくても、許してくれるでしょう……?
「……ライ……?」
 カーテンは閉められ、薄ぼんやりと灯りの灯る部屋の中に、小さく蹲る影があった。傍にはサイダーの瓶が転がっており、リリーは影がライディンであるとすぐに悟る。
 ライディンはリリーが来たことに気付いているだろうが、しかし顔を上げようとはしなかった。振り返ろうともしない。その背中にはどこか懐かしいものがあり、リリーは躊躇わずに歩み寄った。
 後ろからそっと、小さな背中を抱き上げる。そのままベッドまで運んで腰掛け、自身の膝に座らせた。それでもなお振り返らない彼を、リリーはぎゅっと抱き締める。
 ふわりと漂う、懐かしい匂い。
 幼い頃の、落ち込んでいるライディンの背中を思い出す。そしてお日様のような匂いも。いつも拗ねるとサイダーを飲んで閉じこもっていたライディン。大人になっても――今は子供の姿だけれど――変わらない。
「……どうしたの?」
 耳元で優しく囁けば、ライディンは小さく頷いて口を開いた。

「そ、か……」
 事情を聞かされたリリーは、溜息を漏らす。
 マグノリアが持ってきた『謎の成長薬(仮名)』によって、ライディンとアークの外見年齢が変わってしまったこと、それによってあらゆる混乱が生じていたこと。薬の効果は十七時には勝手に切れるであろうということ。
 俄には信じられないが、しかし腕の中にいる小さなライディンと、先程のアークの大きな手を思い出せば信じずにはいられない。
 脇に置いた鉄鍋は……こんな小さなライディンに使うわけにはいかなかった。小さめのフライパンを用意しておくべきだったか。
「でも、ライ……アークが来てから、エンジン全開というか……何か、変……?」
 リリーが呟けば、ライディンはぴくりと体を震わせる。どうやら自分が変だという自覚はあるようだ。
「……もしかして」
 少しの思案の後、リリーは眉を寄せる。いつもより微かに低い声に、ライディンは全身を強張らせて緊張の色を見せた。
「……二人は、らぶらぶ?」
「ちが……っ!!」
 思いっきり見当違いなリリーの言葉に、ライディンは思わず即ツッコミ。慌てて振り返って「それだけはない、絶対にない」と物凄い形相で首を振っていた。
「で、でも……つんでれ、とか……そういう言葉があるんでしょう?」
「違うんだぁーーーーーーーーーーーーーっ!!」
 追い打ちをかけるリリー。ライディンは思わず泣きダッシュでリリーの腕の中から、そして部屋から飛び出していってしまった。
「あ、あら……逃げられちゃいまし、た……」
 リリーはいなくなったライディンの代わりに鉄鍋を抱き締め、足をぶらぶらさせる。
「どうすればご機嫌を直してくれるかしら……。……やっぱり、黒のレース……かしら」
 でも、黒のレースなんて持ってないし……この黒の鉄鍋でいいかしらね、とリリーはぼんやり思案に暮れた。

「ぶなー」
「あら、イスカリオテ、どうしたの?」
 自室に戻ってずっとぼんやりしていたリリーの元に、愛猫イスカリオテが扉を押し開けてぽてぽてと現れた。その後ろには、ヴィスター。
「お嬢様、ライディンを捜さなくてよろしいのですか? それにアークも放置して大丈夫でしょうか」
「……何をおっしゃるんです。ヴィスターの様子を見ていれば……大丈夫だということくらいわかりますよ?」
 リリーはくすりと笑み、執事長の余裕の表情を眺め見る。
「さすがです、お嬢様。……あとは、あなた次第ですよ。お二人とも、あなたを本当に大切にされてますから」
 ヴィスターがそう言った時、少し控え目に扉がノックされた。「どうぞ」と促せば、開いた扉の向こうにいたのはアーク――。
「アーク……さん」
 また血圧が上がる。でも今度は座っているから大丈夫だ。リリーがホッと胸を撫で下ろしていると、アークは手に持った緑色の何かをぽいっとリリーに向かって投げつけた。ちょっとひどい。
「え、え、あ、わ……っ!?」
 リリーは咄嗟に緑色の何かを抱き留める。
「投げるなよっ!」
 腕の中で叫ぶのは、ライディン。十七時まではあと一時間ほどある。それまではこの小さなライディンを抱っこできるのだ。リリーは思わず頬を綻ばせ、ライディンをぎゅっと抱き締めた。そんなライディンにすたすたと歩み寄るアーク。
 ぐいっと身を屈め、ライディンの顔を覗き込み――そして、ぺちん、と額を叩く。
「いてぇっ! 何すんだっ!」
 大人げなく(子供の姿だか)涙目で抗議するライディン。
「お嬢様と遊んでてください」
 遊んでて――守って。その言葉が隠れていることに気付いたライディンはハッとし、アークを凝視する。しかしアークはリリーに向き直ると、「さあお嬢様、こき使ってあげてください」と、どえすな笑みを浮かべた。
「え、ちょ、それはちょっと……」
 リリーの腕の中でわたわたするライディン。
「……いいえ、いいえ」
 ふるふると首を振り、リリーは呟く。そしてライディンとアークを交互に見た。
 遊ぶ前に。こき使う前に。
 自分にはやるべきことがあるのだ。
 このお屋敷のお嬢様として。
 彼等二人を傍に仕えさせている、主として――!
 リリーは呼吸を整えて口を開いた。
「なんだか散々お二人に振り回された気がします。とりあえず、遊ぶ前に屋敷内の騒動をどうにかしてもらいましょうか。……え? あれもマグさんの薬が原因ですって? そんなことあるはずないじゃありませんか。あなた達の姿が変わったのは確かにマグさんの薬のせいかもしれませんけれど……他の騒動は、あなた達の喧嘩に巻き込まれただけでしょう? それに、お父様の肖像画の『熊』は何事かしら? 確かに熊だけれど。それは否定しないけれど」
 リリーはどこか据わった目で一気に言いきった。ライディンとアークが何が喚いているが、聞こえない。そしてマグノリアを一切疑おうとはしない。それどころか、にっこり笑ってヴィスターを振り返った。
 やっぱりお仕置きが必要よね。
 黒のレースは……まだ早い。きちんとお仕置きして、反省させて、彼等がもっと成長してからご褒美に黒のレースを使うのが一番。
 うん、決定!
 リリーはうふふと肩を竦めて笑う。
 その様に、ライディンとアークは顔を見合わせ、頬を引き攣らせた。
「まずは、お仕置きです。……ヴィスター、鉄鍋」
「はい、こちらに――」
 ぴっかぴかの鉄鍋は、とてもいい音がしそうだ。
 リリーは爽やかな笑顔で鉄鍋を振り下ろす。

 ずごーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!

 屋敷中に、その小気味よい音が響き渡る。
「お、いい音じゃないか! 今度は黒のレースでも調達しておこうかね……!」
 外までも響く鉄鍋の音に目を細め、騒動の原因であるマグノリアは屋敷に背を向けた。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【ha1286 / リリー・エヴァルト / 女性 / 21歳 / ハーモナー】
【ha0721 / アーク・ローラン / 男性 / 19歳(実年齢38歳) / 狙撃手】
【ha0461 / ライディン・B・コレビア / 男性 / 18歳 / 狙撃手】
【hz0020 / ヴィスター・シアレント / 男性 / 34歳(実年齢102歳) / ウォーリアー】
【hz0037 / マグノリア・シン / 女性 / 32歳 / ウォーリアー】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
■リリー・エヴァルト様
いつもお世話になっております、佐伯ますみです。
「HD! ドリームノベル」、お届けいたします。
さて。久々のお屋敷物語ということで、色々と楽しませていただきました!
今回は字数がとんでもないことになり……削るくらいならと三人三様の部分に加筆修正して分解し、それぞれお届けしました。
その結果、お嬢様は少しカオス成分が少なめかも……と思いつつ、ちょっとだけ淡い気持ちと、天然な部分を表に出しております。もちろんどえす部分も。アドリブも派手に黒のレースなど(笑
他のお二人のノベルと合わせることで、一粒で三度美味しい状態になっているといいのですが(笑
……お嬢様が十年後の姿になって、成熟した魅力(黒のレース)でお二人を振り回す様も想像してみたのはここだけの秘密です。はい。

この度はご注文下さり、誠にありがとうございました。
そして、お待たせしてしまい大変申し訳ありませんでした。
とても楽しく書かせていただきました。少しでも楽しんでいただければ幸いです。
寒暖の差が激しいですので、お体くれぐれもご自愛くださいませ。
2010年 11月某日 佐伯ますみ
HD!ドリームノベル -
佐伯ますみ クリエイターズルームへ
The Soul Partner 〜next asura fantasy online〜
2010年11月17日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.