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『Trick or treat―お屋敷物語―【不思議な薬はかおすのかおり】 』
ライディン・B・コレビア(ha0461)


 淡く光る、ジャック・オー・ランタン。
 笑う南瓜が見せる夢は、大きな大きなお屋敷の、優しく幸せな笑顔の夢。


「おや、新入りかい?」
 そう言って、フットマン・アーク・ローランをまじまじと見つめるのはマグノリア・シン。
 彼女は昔からこの屋敷に出入りしているものの、正体はあまりよく知られていない謎の行商人だ。お屋敷のお嬢様リリー・エヴァルトの薬も調達しており、今日も薬を持ってきてくれたのだ。
「フットマンのアーク・ローランですよ。先日、この屋敷に入りました」
 執事のライディン・B・コレビアがアークを紹介する。アークは「よろしくお願いします」と人懐こそうな笑顔を浮かべた。皆、この笑顔に騙されるのだが、果たしてマグノリアはどうだろうか。
「どえすっぽい子だねぇ。ライディン、アンタ苦労してるだろ」
 がっつりと、見抜いていた。
「……ええ、まあ、はい」
 苦笑するライディン。リリーの母の代から懇意にしているだけあって、ライディンにとっても幼少から知っている存在だ。下手な隠し事はできそうにない。
「それにしても、若い子が入ったねぇ。アンタがこれくらいの頃と比べると、なかなか優秀そうだけど?」
 マグノリアは穴が開くほどアークを見つめる。
 ――またこの人は面白いおもちゃでも見つけたような顔をして。ロクでもないことしでかさなきゃいいけど。
 苦笑混じりに項垂れ、ライディンは大きな溜息をつく。
 しかしその不安は必ず現実になる。これまでだってマグノリアの悪戯に何度振り回されたことか。その度に執事長のヴィスター・シアレントから怒られるのは自分なのだ。
 マグノリアに直接苦言を言えばいいものの、ヴィスターは彼女を毛嫌いしている。あまり顔を合わせようとはせず、彼女との取引に関する面倒事はライディンか屋敷の主に押しつけるのだ。なぜ毛嫌いしているのかは知らないが、マグノリアも同様にヴィスターを嫌っている。もっとも、リリーはそのことに気付いていないが。
「同族嫌悪とも違いそうだし……なんでかなぁ……。……と、とと」
 思わず呟いてしまって慌てて口を噤む。しかしその言葉はマグノリアには聞こえていないようだ。ヴィスターに負けないくらいの地獄耳だというのに、どうしたというのだろう。
 ライディンが恐る恐るマグノリアに視線を向けると、そこにいたのは見慣れない……しかし、どこかで見たことのある男だった。しかもぴっちぴちのフットマン服に身を包んでいる。ぴっちぴちすぎて破れている箇所もあり、色々危険だ。
「――は? だ、誰……?」
「執事服貸してください、せ・ん・ぱ・い」
 にっこーり。少し太いが聞き慣れた声。そして人懐こくもそこに「どえす」成分を含んだ天使のような笑顔。
「あ……アーク……か!? わ、わかった、ちょっと待ってろ」
 そう、そこにいたのはアーク。少年ではなく、十九歳くらいに成長した――。
 隣ではマグノリアがにやにや笑っており、何やら赤色の液体の入った薬瓶を手に持っていた。
 ――あんた一体、何をしたんですかっ!
 頬が引き攣るのを感じながら、ライディンは慌てて執事服の予備を用意する。
 早く、早く着替えさせなければ。今のアークの姿を純情なお嬢様が見たらお嫁に行けなくなってしまう――!
 お嫁? 誰のところに? そんなのだめだ……! だったらアークを見せたほうがいいんだろうか。お嬢様がお嫁に行かなければずっとお側にいられる。いやまて、お嫁に行っても俺がお嬢様についていけばいいのか、ってだからお嬢様が誰かの妻になるのは嫌だし、かといってお嫁に行けなくなるのは……。
「見てください、先輩」
 ライディンが悶々と、そしてぐるぐると、それこそロクでもないことを考えているうちに、アークは執事服を身に纏っていた。
 やばい、似合う。お嬢様が見たらなびいてしまうかもしれない――!?
「い、いや、アーク。まだ正式な執事じゃないからやっぱりその服はマズイ。うん。俺の私服持ってくるからちょっと待って――がふっ!?」
 ライディンがアークの上着を脱がそうとした時、その口に何かが突っ込まれた。
「……うぎゅ? ごふっ?!」
 喉の奥に流されていく甘い味。視界に入るのは、アークが持っている瓶の中で揺れる青い液体。その瓶は、先程マグノリアが持っていたものと同じ形をしていた。
「ライ先輩も、お揃い」
 笑顔のアークが軽く瓶を振る。マグノリアが腹を抱えて笑っている。胃に届いた液体は暴れ、そして目の前が暗くなり――。

「子供服がよくお似合いですよ、ライ先輩」
 頭上から降るのはアークの声。自分が身に纏っているのは、子供服。
「まさか、ちみっ子になるなんて」
 がっくりと項垂れて漏らす声は、ボーイソプラノ。ライディンはアークとは正反対に子供の姿になってしまったのだ。
「いいねぇ、可愛いじゃないか。小さい頃のアンタを思い出すよ。あの頃からアンタはどえむだったねぇ」
 けらけら笑うマグノリア。「ま、安心しな。十七時には効果が切れて元に戻るから」と付け加えたかと思えば、鞄から次々に怪しげな薬『不思議な試供品』を出して使用人達に配り始めた。
「ほーら、他の使用人達もこれで楽しんでおしまいっ!」
「な、何するんですかっ! みんな、そんな怪しい薬を飲んじゃだめだっ!」
 しかし思いの外ノリのいい使用人達は、自分はどんな姿になるのだろうとウキウキしながら薬を飲み干してしまう。
「うわぁ、動物園ですね」
 アークが涼しい顔で周囲を見渡せば、使用人達は全員が愛くるしい動物に姿を変えてしまっていた。その中に熊だけはいない。熊は恐らく屋敷の主専用なのだろう。
「あああぁぁぁ、もう、収拾がつかなくなるっ! 使った薬全部買い取りますから、解毒薬も売ってくださいっ」
 ここを丸く収めるのも執事の仕事と言わんばかりに、ライディンはマグノリアに取引を持ちかける。リリーの薬に関する取引はいつも自分が担当している。これくらい簡単だ――と、思っていたが。
「ガキと取引するつもりはないねぇ。大人の人、呼んできな」
 にやりと笑うマグノリアは、アークをちらりと盗み見る。アークはちゃっかりと壁に「鉄鍋上等 byライディン」と落書きしてたり、マグノリアから受け取った謎の粉をハロウィン用に飾られているジャック・オー・ランタンに振りかけたりと、カオス作成に余念がない。
「お、大人の人って言われても……っ」
 困惑するライディンの頭に、天井付近を飛び回っていたジャック・オー・ランタンがかぶりつく。
「お呼びですか、マグノリアさん」
 一通りの悪戯を終え、ここぞとばかりに大人ぶるアーク。
「アーク! お前には取引なんてまだ早い! 俺に任せるんだ! マグさんとの取引は危険なんだ、マグさんも激しいどえすなのだから!」
「そのお姿で何を言うんですか、このどえむがっ!」
「どえむ言うなーっ!」
 いつにも増してどえす度の増したアークに上から目線でどえむと言われ、ライディンは半ば涙目だ。
 その時、玄関の扉が開いていることに気付いた。そこには呆然と立ち尽くしている、リリーの姿がある。
 どうしよう、こんな姿をお嬢様に見られたら……っ。
 ライディンはパニックに陥るが、そのパニックもあっという間に吹っ飛ばされてしまう。
「あ、お嬢様」
 どすんっ。
 リリーに気付いたアークが、ライディンをリリーの視界の外へと突き飛ばしたからだ。
 派手に壁と抱擁を交わしたライディンの意識は遠のいていく――。

「……ぅ……? 俺……?」
 ライディンの意識が戻ったのは、一分後のことだった。
「そうか、確かアークに突き飛ばされて……。……お嬢様! お嬢様は……っ!?」
 一瞬で現実に引き戻され、ライディンはリリーを捜す。しかしその目に飛び込んできたものは――。
 頬を染めて少し熱っぽい眼差しをアークに向けるリリーと、そのリリーを大きな腕で抱き締めているアークの姿だった。
「……そ、そん、な……っ!?」
 俺が意識を失っているわずかな間に一体何があったというのだ! アークはお嬢様に何をした! お嬢様もなんでアークになびいている! 何が、一体何が……っ!
 アークの腕の中でうっとりするリリーをこれ以上見ていられなくなったライディンは、彼等がこちらに気付く前にその場からマッハで立ち去った。

「いいんだ、いいんだ……」
 うじうじぐじぐじ、自室で次々にサイダーの瓶を開けていくライディン。
 こんな姿では仕事も満足にできないし(もっとも、いつも失敗ばかりだが)、リリーはアークになびいている(ように見える)し、今日はなんて日なのだろう。こうしてヤケサイダーをしても気持ちは一向に晴れやしない。
「あの頃はよかったなぁ……」
 ぼんやりと宙を見つめ、ライディンは思い出に浸る。
 いつも自分をいじめ……じゃなくて、優しくしてくれるリリー。
 いつも自分をいじめ……じゃなくて、厳しくしてくれる執事長。
 思い出すのは、彼等にいたぶられ……じゃなくて、囲まれて楽しく過ごしていた日々。
「……そうでもなかったかなぁ?」
 ちょっとだけ不安になりつつも、しかし思い出は暖かい。
「……ライ……?」
 ふいに、背中にかけられる声。
 振り返る必要はない。よく知っている声だ。リリーだ。きっと自分を心配して来てくれたのだろう。だが、どんな顔をして振り返ればいいのかわからない。
 その時、後ろからひょいっと抱き上げられた。ライディンが驚く暇もなくそのまま運ばれ、ベッドに腰を下ろしたリリーの膝に乗せられる。そして背中に伝わる温もりと柔らかさにどぎまぎしつつ、ライディンは全身を硬くした。
「……どうしたの?」
 耳元で優しく囁かれる。
「……実は」
 考える前に、口が開いた。

「そ、か……」
 事情を聞かされたリリーは、溜息を漏らす。
「でも、ライ……アークが来てから、エンジン全開というか……何か、変……?」
 リリーの言葉に、ライディンはぴくりと体を震わせた。
 気付かれている。自分の変化を。どうしよう、知られていいものなのか。しかし自分は執事であり、リリーとは立場が――。
 ぐるぐると考えていると、「……もしかして」とリリーが呟いた。
 その声は微かに低い。ライディンの全身が思わず強張ってしまう。
「……二人は、らぶらぶ?」
「ちが……っ!!」
 思いっきり見当違いなリリーの言葉に、ライディンは思わず即ツッコミ。
「それだけはない、絶対にない」
 勢いよく振り返ると、全力でリリーの言葉を否定する。
 アークとらぶらぶなんて、あってたまるか……っ!
「で、でも……つんでれ、とか……そういう言葉があるんでしょう?」
 お嬢様、一体どこでそんな言葉を! ライディンは目眩を覚えた。どうやらリリーは完全に勘違いしかけているようだ。これ以上何を言っても無駄に違いない。
「違うんだぁーーーーーーーーーーーーーっ!!」
 ライディンは思わず泣きダッシュでリリーの温もりから逃れると、部屋から飛び出した。

「こんなところで拗ねてるんですか?」
 ライディンが庭の隅っこで再びヤケサイダーに走っていると、隣にアークが座り込んだ。
「……なんだよ」
「アークです」
「そういう意味じゃなくて」
「冗談も通じないんですか? お子ちゃまですね」
「うぐ……っ」
 大人アークから言われるといつも以上に腹が立つと同時に、敗北感が凄まじいのはどうしてだろう。できのいい兄貴にからかわれているような、そんな感じでもある。ライディンは悔しさをサイダーにぶつけるべく、新しい瓶の栓を抜いて一気に飲み干した。
 炭酸で喉が痛くて涙目になるが、そんなライディンをアークがひょいっと担ぎ上げる。
「な、何を……っ」
「こんなところで拗ねてないで、お嬢様のところに行きますよ」

 ぽいっ。
 リリーの部屋に入るや否や、アークは抱えていたライディンをぽいっとリリーに向かって投げつけた。ちょっとひどい。
「え、え、あ、わ……っ!?」
 リリーは咄嗟にライディンを抱き留める。その腕の中で、ライディンは「投げるなよっ!」と叫んだ。
 しかしその様子にリリーは思わず頬を綻ばせ、ライディンをぎゅっと抱き締めた。リリーの温もりに包まれ、怒りが急激に冷めていく。気持ちが良い。柔らかい。良い匂い。よく知っている、温もり。
 ライディンがリリーの感触に酔いしれていると、歩み寄ってきたアークがぐいっと身を屈めて顔を覗き込み――そして、ぺちん、と額を叩いた
「いてぇっ! 何すんだっ!」
 大人げなく(子供の姿だか)涙目で抗議するライディン。
「お嬢様と遊んでてください」
 遊んでて――守って。その言葉が隠れていることに気付いたライディンはハッとし、アークを凝視する。しかしアークはリリーに向き直ると、「さあお嬢様、こき使ってあげてください」と、どえすな笑みを浮かべた。
「え、ちょ、それはちょっと……」
 リリーの腕の中でわたわたするライディン。
「……いいえ、いいえ」
 ふるふると首を振り、リリーは呟く。そしてライディンとアークを交互に見た。
「なんだか散々お二人に振り回された気がします。とりあえず、遊ぶ前に屋敷内の騒動をどうにかしてもらいましょうか。……え? あれもマグさんの薬が原因ですって? そんなことあるはずないじゃありませんか。あなた達の姿が変わったのは確かにマグさんの薬のせいかもしれませんけれど……他の騒動は、あなた達の喧嘩に巻き込まれただけでしょう? それに、お父様の肖像画の『熊』は何事かしら? 確かに熊だけれど。それは否定しないけれど」
 リリーはどこか据わった目で一気に言いきった。ライディンとアークが何を言おうとも、マグノリアを一切疑わない。それどころか、にっこり笑ってヴィスターを振り返るではないか。
 まずい。
 ひじょーに、まずい。
 ちょっとだけ、怒ってらっしゃる――!
 ライディンとアークは顔を見合わせ、頬を引き攣らせた。
「違います、違いますってば! 薬云々はもうどうでもいいけど、肖像画の落書きは俺達じゃありませんよ……っ!」
 二人は声を揃えて弁解する。なりふり構わず、必死で。しかしリリーの耳には届いていないようだ。
「まずは、お仕置きです。……ヴィスター、鉄鍋」
「はい、こちらに――」
 ぴっかぴかの鉄鍋は、とてもいい音がしそうだ。
 リリーは爽やかな笑顔で鉄鍋を振り下ろす。

 ずごーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!

 屋敷中に、その小気味よい音が響き渡った。

「あ。モヤシプリン忘れてた……」
 元の姿に戻り、全ての後片付けを終えたライディンは、はたと気付く。騒動のことで頭がいっぱいで、リリーの愛猫イスカリオテにモヤシプリンを作ってやることを忘れていたのだ。大慌てでモヤシプリンを作り、イスカリオテを捜す。
「イスカリオテー! ごめんよー、モヤシプリンだよー!」
「ぶなっ、ぶなっ、ぶなななななななな」
「お、あっちか」
 テラスから聞こえるイスカリオテの声を追い、ライディンは駆ける。
「ほら、イスカリオテ、もやしぷり……え、ええ……っ!?」
「ぶ、なぁーっ!」
 イスカリオテを見た瞬間、ライディンは固まってしまった。
「そ、その……もやしぷりん……誰が……?」
「ぶな!」
 そう、イスカリオテは既にモヤシプリンを食していたのだ。しかもウェディングケーキのようにゴージャスなモヤシプリン。ライディンのモヤシプリンを食べる時以上に嬉しそうに食べているイスカリオテは、ライディンをちらりと一瞥しただけですぐに食事に戻ってしまう。
「お、俺のモヤシプリン……いらないの?」
 しかしライディンの問いにイスカリオテは答えない。
 口の周りをモヤシのヒゲだらけにして、いつまでもいつまでもゴージャスモヤシプリンを頬張っていた――。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ha0461 / ライディン・B・コレビア / 男性 / 18歳 / 狙撃手】
【ha0721 / アーク・ローラン / 男性 / 19歳(実年齢38歳) / 狙撃手】
【ha1286 / リリー・エヴァルト / 女性 / 21歳 / ハーモナー】
【hz0020 / ヴィスター・シアレント / 男性 / 34歳(実年齢102歳) / ウォーリアー】
【hz0037 / マグノリア・シン / 女性 / 32歳 / ウォーリアー】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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■ライディン・ベル・コレビア様
いつもお世話になっております、佐伯ますみです。
「HD! ドリームノベル」、お届けいたします。
さて。久々のお屋敷物語ということで、色々と楽しませていただきました!
今回は字数がとんでもないことになり……削るくらいならと三人三様の部分に加筆修正して分解し、それぞれお届けしました。
執事さんパートのノベルはひたすらいじめられています。ごめんなさい。本当はもっといじめるべきかと思ったのですが、流石に小さいお姿の執事さんをいじめる勇気はありませんでした……(笑
他のお二人のノベルと合わせることで、一粒で三度美味しい状態になっているといいのですが(笑

この度はご注文下さり、誠にありがとうございました。
そして、お待たせしてしまい大変申し訳ありませんでした。
とても楽しく書かせていただきました。少しでも楽しんでいただければ幸いです。
寒暖の差が激しいですので、お体くれぐれもご自愛くださいませ。
2010年 11月某日 佐伯ますみ
HD!ドリームノベル -
佐伯ますみ クリエイターズルームへ
The Soul Partner 〜next asura fantasy online〜
2010年11月17日

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