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『あいたい、ひと ――おとどけもの―― 』
エヴァーグリーン・シーウィンド(ha0170)

 ハロウィン。
 それは年に一度、一日だけ、死者がこの世に甦る日。

 彼等は「逢いたい」と望んだ者が思い描く通りの姿で現れるという。
 年老いて世を去った者は、若き日の姿で。
 若くして逝った者は当時のままの姿で。
 幼い子供が成長した姿で現れる事もあるらしい。

 ハロウィンには、奇跡が起きる――


「……あれ……?」
 10月31日、午前零時。エカリス郊外にあるシアレント家……今は誰もいない筈の、その家の前に、ぼんやりと佇んでいる人影があった。
「……僕、どうしてここに……?」
 その人影、クレイ・リチャードソン――本名リチャード・クレイ・シアレントは、不思議そうに首を傾げる。
 つい先程まで、クヴァール島の新居でヴィスター・シアレントと共にいた筈なのに……彼だけに見える、特別な存在として。
 それが、何故こんな所に? しかも――
「……クレイ、さん」
「――?」
 聞き覚えのある声に、クレイは振り返る。その目に飛び込んで来たのは、目を丸くして立ちすくんでいる小さな友達の姿だった。
「……エリちゃん!」
 エヴァーグリーン・シーウィンド。王子様親衛隊のひとり、キジさんだ。
「えっと……僕が、見えるの?」
 クレイの問いに、エリはこくこくと頷く。
 ――やっぱり、そうだ。
 クレイは自分の両手を闇に透かしてみた。
「透けてない。それに……」
 左手の指に光る、細い輪。去年のクリスマスに、大切な人から貰った宝物だ。
 その輝きを愛おしむ様に右手で包む。冷たい筈の金属が、ほんのりと暖かく感じた。
 身体が、ある。魂だけの存在ではない。
「そうか……僕、かえってきたんだ……」
 しかし自分が還るべき場所は、ここではない。自分を待つ人は、遠い海の向こうにいる。
「きっと、手違いがあったんですの」
 自分の間違いであるかの様に、申し訳なさそうな様子でエリが言った。復活を手配した女神が転居を知らなかったのか、それとも忘れていたのか。
「ヴィスターさん、春に引っ越したばかりだから、もしかしたらって思って……様子見に来て、正解でしたの」
「てちが……っ、くしゅっ」
 ……寒い。体の心が凍った様に冷たく感じるのは、薄着のせいばかりでもなさそうだ。
「どう、しよ……急に消えちゃったから、心配してるかな……」
 心配どころか――
「……暴走、しちゃってる、かも……」
「た、大変ですの!」
 一部ではエルフ型エレメントとまで言われたヴィスターの暴走っぷりには定評がある。もし本当にそんな事になれば、クヴァール島壊滅どころか世界の破滅だ。
「急いでヴィスターさんの所へ……!」
「え、でも……僕、泳げないし……っ」
 大陸から島まで、泳いで渡れると思っているらしい王子様、世間知らずにも程がある。泳げたって無理だってば……ヴィスターなら、やりかねないけれど。
 ――ばさり。
 おろおろしているクレイの頭から、エリは自分の着ていたマントを被せ、その腕を取ってずるずると引きずって行く。
「え、あの、エリちゃ……っ!?」
「空飛べるパートナーいますし、エリが送って行くですの!」
「え、ええっ!?」
 ずるずるずる。
 久しぶりに得た肉体は体に合わない鎧の様で、重くて扱いにくい。思い通りに動いてくれない手足を持て余しながら、クレイはエリの後について転がる様に走った。
 着いた先は……

「……ブリーダーギルド……」
 懐かしい。依頼が貼り出された掲示板も、受付のカウンターも、皆と打ち合わせをした隅の机も……記憶にある、その時のままだ。
 そして、奥のギルド長室にはヴィスターの机がある筈だった。よく、ドアの隙間からさりげなく覗いては、その姿を確認して安堵の息をついたり、不在を知って肩を落としたり、一喜一憂していたものだ。……勿論、人には知られないように、だが。
 今、そこに彼の姿はない。胸の奥が、きゅんと痛んだ。
 何故だろう。彼はクヴァール島の家にいる。そこで自分を待ってくれている。それを知りながら、どうして不安に駆られるのか……。
「早く、帰らなきゃ……」
「でも、ギルド長さんもいないですの。誰か責任者に渡航許可貰わないと、あの島へは渡れないですの!」
 エリは再びクレイの腕を引っ掴んだ。
 ずるずるずる……そして今度はギルド長オールヴィル・トランヴァースの自宅へ。
 しかし、そこに人の気配はない。目を転じると、そこには真夜中だというのに煌煌と明かりが灯る、一件の家。
「大臣さん!」
 ドンドンドン!
 近所迷惑も顧みず、エリはそのドアを思いきり叩く。
「……んだよ、こんな夜中に……」
 ぶつくさと文句を言いながら現れたのは、何かと便利な大臣フェイニーズ・ダグラス。酒が入っているのか、顔が少し赤い。
「エリ? どうした……」
「大臣さん! クヴァール島渡航許可下さい、今すぐ!」
「……はぁ?」
 問答無用の勢いでまくしたてるエリに、困惑の表情を浮かべる大臣。奥からのっそりと現れた赤ら顔のオールヴィルは、更に状況が掴めない様子だ。どうやら、二人で飲んでいたらしい。
「理由は、これですの!」
 ずいっと差し出された「理由」に、二人のヨッパライはいっぺんに素面に戻った。
「クレイ……っ!?」
「……こんばんは。久しぶり……ねこさんも、くまさんも……相変わらず、だね」
 にこー。
「おま、なんで……っ!?」
「だって、今日はハロウィンだもん」
 ほわ〜ん。
「話は後ですの! クレイさんを一刻も早くヴィスターさんの所にお届けしないと、世界が破滅の危機に!」
「……はぁ?」
 わけわからん。
「……まぁ、そいつが自分ちに帰るってんなら……良いんじゃねえか、別に?」
 許可なんて、なくても。
「つーか、お前なんで、こんなトコでウロウロしてんだ?」
「積もる話は後ですの!」
 がしっ、ずるずるずる……
 渡航許可をもぎ取ったエリは、再びクレイを引きずって走り出す。
「……ねこさん、くまさん、また後でねっ! 遊びに来るから、お菓子いっぱい用意しといて……っ!」
 ずるずるずる。
 そして今度はエリの自宅へ。クヴァールまでの足を確保する為だ。
 真夜中の襲撃に、家の者はさぞ驚く事だろうと思いきや……この手の騒ぎには慣れているのだろうか。
「ペガサス貸して! それから……お父様、防寒具貸して!」
 幼馴染から分捕った……いや、お借りしたパートナーにエレメントの宝珠を使って体調を万全に。養父からは二人分の防寒具を調達し……
「はい、エリ。お弁当」
「……! パパありがと!」
 パパと呼ばれた人は、何も訊かずに二人分の軽食と暖かいお茶の入ったポットを差し出して、にっこりと微笑んだ。
 可愛い人だ。醸し出す雰囲気が少し、自分に似ているかもしれないとクレイは思う。
 手渡された弁当を鞄に入れ、エリはペガサスの背に飛び乗った。
「クレイさん乗って!」
 エリは子供だし、クレイも細身だ。二人乗りでも、そう負担にはならないだろう。
「あ、ちょっと待って!」
 その前に……ごそごそごそ。
 紙とペンを借りたクレイは、何やら書き付けたものをポケットに突っ込む。
「僕、お届けものだから。荷札が要るかなーって」
 にこぉー。
 そこには、こう書かれていた。

 受取人:ヴィスター・シアレント様
 送り主:リチャード・クレイ・シアレント
 品名:だいじなもの

 二人を背に、ペガサスは北へ向かって夜空を駆けた。氷の刃の様な冷たい風が耳元で轟々と音を立て、地上の景色は流れる様に後ろへ消えて行く。
「うわぁ、速いねぇ……」
 ヴィスターの乗るムーンドラゴンも速いけれど、ペガサスも負けてはいない。寧ろ体が小さい分だけ、スピード感が増すように感じられた。
「もう少しの辛抱ですの。すぐに、ヴィスターさんの所に……」
「うん、ありがとう。……でも……どうして?」
「エリはプリーストですの。女神様の手違い修正するのは当然ですの」
 けれど、理由はそれだけではなかった。
「エリのパパ、見たでしょ?」
「うん」
 あの、お弁当の人。
「クレイさんとヴィスターさん、お二人の作る空気は、お父様とパパが作る空気と似ているですの」
「……空気?」
 それって……どんなの、だろう。よくわからないけれど……すごく甘くて、あったかそうな感じがする。
 エリは目を細め、少しくすぐったそうに小さく肩を竦めた。
「あと、小さい頃お父様が依頼でパパがお留守番の時……お父様が帰ってきて、無事な姿を見た後で『お帰りなさい』って笑うパパは、綺麗で可愛くて。エリはその笑顔を見るのが好きだったですの」
「……きっと、今でも可愛いんだろうね。可愛くて、綺麗で……」
 大好きな人と一緒にいる時は、誰でも皆、可愛くなる。大切で、愛おしいと思う気持ちが、強ければ強いほど。
 こくん、エリが頷いた。
「だから、クレイさんを一番大事な人の所に連れて行きたいって……」
「ありがとう」
 にこー。
「……でも、ね。多分……手違いじゃ、ないよ」
「……え?」
「あの家には、いろんな……楽しい思い出が、いっぱいあるから」
 最初は、他人の家だった。自分はただのお客さんで、時間が来れば帰るべきもので。……でも、帰る場所も、帰りたい場所も、どこにもなくて。
「全部……あの家で、見付けたんだ。ずっと、欲しかったもの……全部」
 還る場所、ふるさと、大切な人、それに……家族。
「友達も、みんな……大事。会いたいって、思う。けど……家族になりたいって、一瞬も離れたくないって思ったのは、ひとりだけ、なんだ」
 肉体を失っても、ずっと傍にいたい。
 例えそのせいで……どんな罰を受ける事になっても。
 たったひとりの、特別な存在、だから。
「ヴィスターさんに、言っておきますの。今度からは、ちゃんとあの家で待ってて下さいって」
「ありがとう……エリちゃん。ほんとに、ありがと」
 エリがいなかったら、今頃どうなっていただろう。世界の破滅は大袈裟だとしても……島のひとつくらいは、本当になくなっていたかもしれない。
「……早く、逢いたいな。僕の大切な人もね、すごく綺麗で……可愛いんだよ」
 未だ無事な姿で横たわる黒い島影が、次第にその大きさを増して行く。
 その一角に、小さな明かりが見えた。

「……ただいまぁーーーっ!!」
 どかーーーん!
 空から降って来た王子様が、ヴィスターの大きく広げた腕の中に飛び込む。
「……おかえり、……っ!」
 骨も砕けよとばかりにクレイを抱き締めたヴィスターの喉から、上空に佇むエリには聞き覚えのない名前が漏れた。
 よく聞き取れなかったけれど――きっと人には教えられない、二人だけの秘密の名前なのだろう。
「やっぱり、同じ空気ですの」
 甘くて暖かくて、幸せな空気。上空からは暗くて表情まではわからないが、二人が今どんな顔をしているかは容易に想像がついた。
「……ただいま、ヴィスター」
 ぎゅうっ。ありったけの力で抱き返しながら、クレイは周囲の惨状に目をやった。
 木々は根元から薙ぎ倒され、引き裂かれ、粉々に砕かれ……あちこちに、大きな穴が開いている。恐らく、突然姿を消したクレイを探しまわった結果なのだろうが……まるで戦場だ。
「……ごめんね。寂しかった……?」
「……かえってきて、くれたから……いい」
 ぎゅっ。
「……ったく、冗談じゃねぇぜ、あのエルフ型暴走エレメント野郎……っ」
 へろり、ふわふわ……黒い影が静かに舞い上がり、エリの隣に並んだ。
「……炎烏、さん……?」
 どうしたのだろう。羽根も服も、ボロボロだ。
「……いや、あんたのお陰で助かったぜ……もう少しで、島が地割れに呑まれちまう所だった」
 つまり、このボロクソ状態はヴィスターの暴走と言うか、ご乱心と言うか……を止めようとした結果、だったらしい。
「もしかして……危機一髪、でしたの?」
 危なかった。
 どうやら本当に、エリは世界を救ってしまったらしい。
「……えぇと……でも、とにかく危機は去ったことですし。エリはエカリスに帰りますの」
 これ以上ここにいても、お邪魔虫っぽい、し。
「あ、エリちゃん……帰っちゃうの?」
 下で王子様がぱたぱたと手を振っている。
「夜はあぶないよ? ねえ、泊まっていかない?」
 いや、それは……何と言うか、御免被る。これ以上ここにいたら、甘い空気に当てられて酔っぱらいそうだ。
「残念ですけど……パパやお父様が、心配しますの。明日の朝も、宿のお仕事ありますし」
「……そっか。そうだね」
 クレイは少し残念そうに手を振った。
「ほんとに、ありがと。じゃあ、気を付けてね……皆のとこには、後で遊びに行くから。お菓子と、おでんいっぱい持って、ふたりで……むにゅっ!?」
 後の方は、よく聞こえなかった。
 どうやら唇を塞がれたらしい――



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ha0170 / エヴァーグリーン・シーウィンド / 女性 / 10歳(実年齢20歳) / プリースト】
【hz0032 / クレイ・リチャードソン / 男性 / 24歳(実年齢24歳) / ウォーリアー】
【hz0020 / ヴィスター・シアレント / 男性 / 34歳(実年齢102歳) / ウォーリアー】

 ―guests―
【hz0002 / フェイニーズ・ダグラス / 男性 / 32歳(実年齢32歳) / ソーサラー】
【hz0008 / オールヴィル・トランヴァース / 男性 / 32歳(実年齢32歳) / ウォーリアー】
【hz0052 / 炎烏 / 男性 / 年齢不詳 / エレメント】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お世話になっております。STANZAです。
いつも王子と遊んでいただき、ありがとうございます。

彼の視点で、という事でしたが……NPCの出番、こんなに多くて良いのでしょうか(汗
王子はとても喜んでいますが、なんだか申し訳ない気がしないでもないけど、まぁいいかっ!

では、ご依頼ありがとうございました。
またご縁がありましたら、よろしくお願い致します。
HD!ドリームノベル -
STANZA クリエイターズルームへ
The Soul Partner 〜next asura fantasy online〜
2010年11月18日

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