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『●緋色と青藍が交わる刻 』
海原・みなも1252

 日が落ちるのも早くなってきたな、と黄昏空を見上げる。
 学校帰りの海原みなもは、いつもの道を歩いていた。
 みなもの長い髪が夕日の朱い光に照らされ、さらりと風に揺れる。秋が足早に過ぎ去ろうという季節。頬に受ける風はやや冷たかった。 
 駅前の大通りに差し掛かった頃。
(今日は、随分と色々な恰好をした人が‥‥)
 みなもは道行く人の中に、普段の恰好とは思えない――仮面をつけたり、つるつるとしたサテン素材の服を着て、目や口を模してくりぬいた南瓜を持って歩く一団を見た。
 普段はこの時間であれば見かける事が無いようないでたちのまま歩いているのである。
 何か催し物があるのだろうか? 疑問が頭をよぎったが、その答えは駅ビルのガラスに貼られた『ハロウィン』という表記で一気に解決した。
――そうだ、今日はハロウィンだったんだ。
 学校でもショップでもこの時期はさんざんハロウィンの話だったというのに失念していた。人前で恥をかいたわけでもないのに、みなもは一人赤面してうつむく。
 しかし、仮装といえども良く出来た装いをしている人もいる。普段と違う新鮮さからだろう、楽しい気分になったみなもはしばらくその一団を観察することにした。
 獣の被り物。ふさふさと生えている毛は堅そうで、ぴんと立った耳にだらりと垂れ下がったままのふっくらした尻尾‥‥犬よりは野性味がある。あれは人狼だろう。
 黒い三角帽子と裾の長いワンピース。竹箒に跨って移動する女性は魔女か。しかし、気のせいか移動しているというのに歩いているようには見えない。
 しかし、やはりこうして仮装した人々が歩いている姿も、見ているほうにも違和感がある。ましてや素晴らしいクオリティで、仮装には見えないものまである。
 お化けだとか妖怪が本当に居たとするなら、こんな風に『違う』と浮いて見えるものなのだろうか――

「トリック・オア・トリート」

 みなもの意識がが思考の中へと入り込もうとしていたとき、左側から声がかかる。内心驚きつつも瞬間的に意識を引きもどしたみなもは、ハッとしてそちらを振り向いた。
 そこには山高帽の男性と、その男性の肩にちょこんと座る――30センチもない、小さな小さな女の子。彼女の背には二対の翅がついている。
 二人とも興味深そうに、かつ親しみやすそうな顔でみなもの事を見つめていた。
「お嬢さん、先程から僕らの事をじぃっと見ていたでしょう? お菓子をくれるためだったら嬉しいかな」
 山高帽の男は、細い眼を更に細くしてみなもを見つめた、のだが‥‥みなもからは、その男が目を閉じているのか開いているのかも分からない。
 そして、妖精という存在(もの)がいるとすればこんな感じであろう、という小さい女の子が、これまた小さい両の手を突き出してお菓子をせびる。
 みなもは困惑した。突然彼らに話しかけられたからではなく、普段より買い食いはおろか、菓子すら学校へ持っていかない彼女には渡す物が何もないからだ。
 素直に菓子が無いと謝罪したみなもに、山高帽と妖精は顔を見合わせた。

「じゃあ、悪戯しちゃおうかな――いいよねぇ、みんな?」

 みんな?

 その不思議な感じ。人々のざわめきや駅ビルからの音楽が聞こえない。
 静寂。そして、道行く人は誰も――いなかった。
「えっ‥‥?」
 これは、何? 何かが変だ。
 そしていつの間にか、彼女の周りを仮装した人々が囲んでいた。

「トリック・オア・トリート‥‥!」
 山高帽の声が高らかに響き、仲間達がそれに倣う。山高帽の肩から妖精が飛び立った。
 みなもの頭上を旋回する妖精は『お化けになっちゃえ!』と悪戯っぽく笑って、翅から七色に輝く不思議な粉を振りまいた。
(あ、綺麗‥‥)
 自分が何をされるのか解らず、みなもはきらきらと舞い落ちる粉を見て、素直にそう思った――次の瞬間。

「!?」
 みなもの身体が徐々に熱くなった。身体の内側からの熱と、ずきずきと脈動するような頭痛が襲う。
 思わず自分の身体を抱きしめて、その身を預けるように壁へともたれかかるみなも。仮装した妖怪たちは、じっとみなもの事を眺めていた。
 自分が一体何をしたというのか。そして彼らは何をしようというのか? 恐怖と混乱がみなもを襲い、彼女の身体はじっとりと汗をかいていた。
 腕全体に痛みが走り、ざわざわと皮膚の下で何かが動く――じぶんのからだが、へんに、なる。
「不安に思わなくていいよ、死んだりしないから」
 山高帽の肩に再び留まった妖精が優しくいうのだが、この状況を不安に思わない人間がいるだろうか。
 みなもの腕が軋んで、羽毛が生える。その事に驚きはするが痛みはない。そして、彼女の手が――羽毛が彼女の腕を包んで翼になる。
「ひっ‥‥!?」
 彼女は思わず指先だった所を凝視する、指先の感覚があるか確認したのだろうが、肘から先がばさりと動くだけだった。その変異に喉の奥からひきつった声がでたが、唇はすぐに閉じられた。
 腕だけに構っている場合ではない。足は鳥のようになり、身体の色すらも変わっていくではないか!
 自分が自分で無くなりそうだ。困惑のため、ため息交じりに『ああ』と呟いたが‥‥そこでもしやとみなもは思った。
 よくできた、あの仮装は。
「もしかして、皆さんの『仮装』は――」

 本当は仮装ではないのでは?

 その言葉を発さずとも、彼らには伝わったらしい。首肯して『君もそうなるのだよ』と、その中の誰かがみなもへ云った。
「――でも、望まれないイタズラだから‥‥ここまでにしておこうかな」


 やりすぎちゃって泣いたらかわいそうだしね、と言いながら妖精は飴玉を抱えて飛び立ち、山高帽が肩をすくめたとき。ぱちん、とひときわ大きな炸裂音がして。世界が一瞬真っ白になった。




――ハッとみなもが顔をあげたとき。

 そこにはいつもの景色があって、様々な音が存在していた。先程まで青と赤が混じる空は紫色だったというのに、いつの間にか暗くなっている。
 駅ビルのショーウィンドーには、白い壁に背をつけたまま立っている自身の姿が映っており、おずおずと自分の手を見たが、なんの変化もない。そして彼女は一歩もそこから動いていなかったようだ。
 仮装した人々の姿は、どこにも見当たらない。夢でも観たのだろうか。

 カサリ。

 みなもの制服のポケットに、妖精が持っていたものと同じ飴玉が入っている‥‥!

 呆然とした顔でみなもはその飴玉を見つめ、考えた。


 ああ。

 黄昏時のことを別名では、逢う魔が刻、とも言うのだった、と。
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東京怪談
2010年11月19日

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