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『秋の運動会〜夫婦の協奏曲[コンチェルト]〜 』
シーヴ・王(ga5638)


〜発端〜
 ある晴れた秋の日、今日は町内会主催の運動会の日だ。
 雲ひとつ無い良い天気は、洗濯物を干すにも丁度良い。
「こういうときに洗濯物や布団を干すと気持ちがいいです」
 シーヴ・王は二階のベランダに洗濯物と布団を干した。
 料理はまだまだ勉強中だが、その他の家事は一通りこなせて『良い奥さん』の印象も町内に根付き始めている。
 そんな町内会主催の運動会、個人競技の部で障害物競走と夫婦二人三脚に参加予定だった。
「お弁当も作ったですし、そろそろ行かなきゃですかね」
 時計を見ながら時間を確認していたシーヴはトタタと軽くかけて階段を駆け下りようとする。
 何度も行き来して、目をつぶってでも降りられる階段だったが、この日‥‥初めてシーヴは足を滑らした。
 視界がKVのコックピットで敵襲を受けたように揺れたかと思うとダダダダダンと音を立てながら上下に視界は動く。
 体のあちこちを壁や段差にぶつけたかと思うと、あっという間に一階へと降りた‥‥いや、転げ落ちていた。
「ど、どうしたの!? シーヴ、大丈夫?」
 大きな物音に出かける準備をしていた夫のライディ・王が慌てて駆け寄ってくる。
 泣きボクロのあるタレ目がちな顔を心配そうに歪めてシーヴを見下ろしていた。
「大丈夫で‥‥やがるです」
 言葉ではそういったものの、転げ落ちるときに足から嫌な音が聞こえている。
 おそらく挫いているだろうが、我慢できる範囲だ。
「本当に大丈夫?」
「怪我もねぇですし、このくらいはキメラとの戦闘に比べりゃ余裕でありやがるです」
 起き上がったシーヴは心配する夫を安心させるために微笑む。
 年上で、背も大きな夫のライディだが気が弱くて心配性なのだ。
「そう? ならいいけど、無理だけはしないでね。今日がダメでも来年とかあるから」
「大丈夫といったら大丈夫です。シーヴとしてはライディが休みを取っているのかというほうが心配です」
 じぃっと睨むようにライディの顔をみあげると困ったようにライディは視線をそらす。
「えーと、そこはうん大丈夫だからさ‥‥じゃあ、いこっか?」
「はいです」
 捻挫を隠してシーヴは自分に向かって伸びるライディの手を取り外へと出て行くのだった。
 
 
〜異変〜
「がんばれー、シーヴー!」
 ライディが障害物競走で走る妻を大きな声で応援していた。
 小学生から大人までいろいろな世代の人間が交流を含めて参加している。
 ネットをくぐり、粉の中からマシュマロを口だけで探したりと大忙しだ。
「鹿央様もしっかりなさってください、店の宣伝になりませんよ」
 ライディの隣では和服の日本人形のような少女がシーヴと一緒に障害物競走をしている男性を応援している。
 骨董品屋ののぼりを持っているので、そこの人のようだ。
 そんなことをしている間にシーヴがマシュマロをいち早く口でつかみ上げて粉まみれの顔で走りだす。
「あれ‥‥なんか、足ひきずってるような‥‥気のせいかな?」
 ライディはシーヴの走りに違和感を感じた。
 全力疾走できるはずなのに出来ないようなそんな感じさえも受け取れる。

 一方のシーヴは表情には出さないようにしながらも足の痛みに耐えて走り続けていた。
(「まだ‥‥です。ゴールすれば少し休めるから、それで戻せば大丈夫‥‥です」)
 自分に言い聞かせるようにしながら、ライディに気づかせないよう精一杯我慢して走る。
 1位はとれなかったがゴール後はライディに向かって手を振り自分の無事を示した。
 心配そうな顔をしていたライディもシーヴが手を振れば同じように振り返して答えてくれる。
「とりあえず、気づかれてねぇみたいですね‥‥昼休みを挟んで二人三脚‥‥。終わるまで持ってくれればいいです、だから‥‥」
 痛む足をちらりと見下ろしながらシーヴは必死に願った。
 

〜夫婦〜
 昼食の間もなるべく足をリラックスさせながらシーヴは特に冷やしたりなどはせずにライディとの時間を過ごす。
 平穏な日常を一緒に過ごせる時間は少ないために変な心配をかけて台無しにしたくなかったのだ。
 そして、ライディのスプーンレースが終わると種目が二人三脚に移る。
 シーヴにとっていろんな意味での正念場だった。
「何だかちょっと照れるね」
 シーヴの気持ちとは関係なく、ライディは人前で体を密着させることに少し照れている。
 肩に回される手は心地よさと勇気をシーヴに与えてくれた。
(「がんばるです‥‥このままゴールすれば翌日までにはエミタが何とかしてくれる‥‥です」)
 シーヴは前を向いてライディの背中に手を回す。
 パンとスタートの合図がなり、一斉に走り出した。
「いくよ、1、2、1、2!」
「1、2、1、2!」
 ライディの掛け声にあわせて、シーヴも足を出す。
 結んでいる足を1、結んで無いほうを2として二人はリズムよく駆けた。
 順調に走り出し、痛みも障害物競走のときに比べれば和らいでいる。
 いけると思った瞬間、踏み込んだ足が痛みシーヴはバランスを崩してしまった。
 ライディを引っ張るようにしてシーヴが倒れこむ。
「わわ、シーヴッ!?」
 予想だにしなかった状況にライディも引っ張られるようにして地面に吸い寄せられるように体をぶつけた。
「すまねぇ‥‥です。でも、すぐに立てるですから‥‥」
 すぐに立ち上がろうとしたシーヴだが、今度は耐えられない痛みにしゃがみこんでしまう。
「シーヴ! ちょっと足見せて。うわ、すごく腫れてるじゃない‥‥やっぱり気のせいじゃなかったんだ」
 障害物競走でばれていないと思っていたが、既にライディに気づかれていたようだ。
「だ、大丈夫でありやがるですから」
 それでもシーヴは腫れている足を気遣いながら立ち上がろうとするも今度は尻餅をついて倒れる。
 二人の横を色白で青い瞳な女の子と色黒で茶色い瞳で眼鏡をかけた女の子が二人を追い抜いて息のあったリズムで走り去っていった。
「ダメだよ。これ以上は無理。棄権しよう」
 女の子達を悔しそうな瞳で見送っているシーヴにライディは顔を覗き込むようにして棄権を促してくる。
 でも、ここで諦めてしまっては今までの我慢が無駄になるのだ。
「嫌です」
 だから、シーヴの答えはこれである。
「‥‥仕方ないなぁ」
 頑なに譲らないシーヴを見ていたライディは腫れた足に結ばれていた紐を解き高い位置で紐を結び直した。
「ライディ‥‥」
「ほら、これで大丈夫‥‥最後まで走ろうか?」
 苦笑ではあるが、ライディはシーヴを抱き起こしてゴールへと一歩ずつ踏み出す。
 もう、他の走者も走り終えていて残るのはシーヴとライディの二人だった。
「はい‥‥です」
 ちょっと気遣いが嬉しくて、痛みとは違う涙が出そうなシーヴだったがそれをこらえて走り続ける。
 その一歩一歩は小さなものだが、確実にゴールへと近づき町内会の人々から声援が大きくなっていった。
 本当の夫婦二人三脚を続ける。
 シーヴの細い体をライディが支え、足に負担がかからないように気遣ってくれていた。
 そして、声援を背中に一杯に受けながらようやくゴールを果たす。
「ビリですけど、ゴールできて嬉しいです。ありがとう‥‥嬉しいです」
 色々な気持ちで溢れそうになっていた涙が、喜びと共にシーヴの瞳から流れた。
 大好きな人と優しい人々に囲まれたこの街が、シーヴはより好きになった。
 
 
〜終点〜
「じゃあ、閉会式前に帰ろうか。今度は二人三脚じゃないよ」
 微笑みながらライディは足の紐を解いてしゃがみこんだ。
 背中を見せてシーヴを背負う姿勢であることを示す。
「じゃあ、言葉に甘えやがるです」
 照れたシーヴがそっとライディの背中に体をつける、ふわっとその体がライディの手に支えられながら浮き上がった。
「恥ずかしいから、下ろしてくれです」
「お医者にみせに行こう。それまで俺が背負っていくよ。これでもちゃんと鍛えているんだからね?」
 恥ずかしくなってきたシーヴに答えることなくライディの足は進んでいく。
 夕日を浴びる二人の影は一つに重さなり長く、長く伸びていた‥‥。
■「秋の大運動会」ノベル■ -
橘真斗 クリエイターズルームへ
CATCH THE SKY 地球SOS
2010年11月22日

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