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『Trick or treat【幸福の意味を知る儚き者】 』
リリー・エヴァルト(ha1286)


 淡く光る、ジャック・オー・ランタン。
 笑う南瓜が見せる夢は、未だ見ぬ未来と――幸福の意味を知る儚き者。


 この世と霊界との間には、目に見えない「門」がある。
 その門は、ハロウィンの時期になると開くという――。

 そんな話を、いつどこで聞いたのだろう。
 リリー・エヴァルトは乳白色の光の中で薄ぼんやりと考えていた。
 ついさっきまで、公園で日向ぼっこをしていた。秋の香りのする陽射しは心地よくて、遊ぶ子供達の声が子守唄のようで、ベンチで少しだけうとうとしていた気がする。
 ――これは、夢?
 周囲にあった景色がいつの間にか消え、ただ乳白色の世界がリリーを包んでいた。夢とも違うような気がするが、だったらこの世界は一体何だというのだろう。
「……痛……っ」
 そっと左手の甲をつねってみれば、確かに痛い。夢ではないのだろうか。リリーが少し赤くなった甲を見つめた時、世界に色と音が戻った。
「……あ、あら、やっぱり夢だった……?」
 先程となんら変わりのない風景。陽射しは暖かで、子供達は相変わらず走り回っている。ただ、自分が座っているベンチの色だけがくすんでしまっている。少しだけ表面も毛羽立っていた。
 ざらざらとする座面を手で撫でていると、視界に影が落ちた。ゆるりと視界を上げると、そこには大きな男が立っていた。見知らぬ顔、しかしどこかで会ったことのある顔。
 男はじっとリリーを見下ろし、時折何かを考えるかのように首を傾げて顎髭を撫でている。
「あご、ひげ……」
 リリーは呟き、ハッとした。
「……もしかして。……ヴィル、さん?」
「……っ、やっぱり……! リリーか……っ!」
 男は驚くというよりは、どこか嬉しそうな笑みさえ浮かべてリリーの両肩を掴む。
「リリー、リリー・エヴァルト! 本物だ……っ!」
 がくがくゆさゆさと、リリーを揺さぶる。
「ヴィ、ヴィル、さん、落ち着いてください……っ」
 リリーが訴えると、男は「あ、すまん」と目尻を下げて手を離した。

 連れてこられたのは、ブリーダーギルドのギルド長室だった。
「……あの戦争から、二十年が過ぎたんだ。ほら見ろ、俺はすっかり老け込んでしまったよ」
 男――オールヴィル・トランヴァースはそう言って笑う。
 そうか、ここは二十年後の世界なのか――。
 リリーは思いのほかすんなりと自身の状況を受け入れていた。道中、見慣れない建物や見慣れた建物を観察しては、明らかに刻まれている経年の証を見せ付けられた。何より、ヴィルが若干老けていることもいい証拠だろう。
 赤毛には白いものが混じっているものの、がっしりした体格は相変わらずだ。顔もそれほど年老いたようには見えないが、元々老け顔だったヴィルのことだからやっと年相応になったのかもしれない。
 そして、ここが未だ「ブリーダーギルド」であることにリリーは安堵と不安を覚える。「ブリーダー」は二十年経っても健在で、エレメント達の姿もあった。依頼を探すブリーダー達や依頼に来る者達が絶えることなくギルドの扉を開く。
 暴走エレメントのことはどうなったのだろう。
 今、ブリーダー達はどんな依頼を請けているのだろう。
 変わらぬものへの安堵と、変わらぬからこそ生じる不安。リリーはそれを押し隠すように、部屋の中に視線を彷徨わせた。
 執務机も、補佐の机も、応接セットも、そして壁にあるスプーンの額装も。
 何もかもが自分の知っている「ギルド長室」と同じ配置のままだ。
 だが、少しずつ雰囲気が違う。備品はほとんど新調され、ギルド長の机には女性用の髪飾りが無造作に置かれている。自分が知っている匂いではなく、どこか柔らかな……そう、女性のつける香水のような香りも漂っている。
「もうすぐこの部屋の主が戻ってくるから。それまでゆっくりしててくれ」
 ヴィルはそう言って、コーヒーカップをリリーの前に置いた。
「……見りゃわかるだろうが、ギルド長も補佐も随分前に代替わりしてな。もっとも、まだ俺もヴィスターもこの部屋に出入りするくらいには忙しいけどな。まあ、俺の生活は大して変わってねぇなあ」
 くすりと笑い、正面のソファに腰掛ける。
 代替わり――。
 ヴィルと、補佐のヴィスター・シアレントが後進に席を譲った。
 それはつまり、世界が少しずつ動いているということだ。
「嫌な事件も相変わらず多いし、ブリーダーが請け負う仕事の種類もちょっとずつ変化してきてるが……まあ、なんとかなっているとは思うよ。……ブリーダーはやっぱり必要で、戦争がないわけじゃねぇけどな」
「戦争……。まだ、あるんですか」
「ヒトがいて、種族があって、国がある。そして共通の脅威を失ったわけだからな。……まあ、戦争の内容は……言うまでもない」
「……そう、ですか……」
「だが、確実に……良い方向に向かっていると言える」
 そうは言うものの、ヴィルの表情は少し暗かった。何か言いたげにリリーを見つめ、そして口ごもる。
「ヴィル、さん……?」
「……ただ……お前が、生きていてくれれば……と、思うよ」
 その言葉でリリーは全てを理解した。
 この世界では、自分は過去の存在なのだ。体を治す薬は完成せず、命の灯火が消えたのだろう。恐らくはクヴァール島での戦争後、二年以内に――。
「公園でお前を見た時は驚いたよ。だけど……有り得ない話ではない。ハロウィンだしな」
「ええ、ハロウィンですもの」
 リリーはヴィルと肩を竦めて笑い合う。その時、ギルド長室の扉が勢いよく開けられた。
 飛び込んできたのは赤毛の女性だ。彼女は部屋に入るや否や、上着を執務机に乱暴に投げつけて喚き散らした。
「ああもう、疲れたっ! あのハゲ大臣達、頭が固いんだもんっ! 頭の上の最後の一本、引っこ抜いてやろうかと思ったっ! ……って、あれ? お客様?」
「こんにちは。……ララさん?」
 リリーはくすりと笑んで、目をまん丸にしている女性の名を呼んでみる。
「……だ、れ……?」
 女性――ララ・トランヴァースは眉を寄せてリリーを凝視した。
「……まさか、リリーお姉ちゃん? ううん、そんなはずないよね。でもそっくり……。じゃあ、エヴォルト家の血縁の……? それとも、リリーお姉ちゃんの隠し子?」
 近距離でリリーの顔を覗き込み、ララはあれこれ考察する。そのうちにリリーもヴィルも堪えきれなくなって吹き出した。
「リリーだよ、ララ。正真正銘のリリーだ」
「……ララさん、大きくなりましたね」
「……え、……ええええっ!?」
 ララは軽くパニックを起こしているように見える。二人の言葉を理解するには少し時間がかかりそうだ。

「ララさん、ご結婚は?」
 ようやく落ち着いたララが、ヴィルを押しのけてリリーの正面に座る。それを待ってリリーが問いかけた。
 今は三十二歳くらいだろうか。長い髪はもうツインテールではなく、幼かったララの面影が微かに残る程度で、すっかりと大人の女性になってしまっていた。身長もリリーより高くなり、少し貫禄も出ているように思う。
 あんなにララが悩んでいた胸は……まあ、心配する必要はなかったようだ。ほどよい大きさと形。
 それから、左手の薬指に光る――。
「ないしょ♪」
 ララは左手を隠して悪戯っぽく笑う。こういうところは、昔のままだ。
 リリーの知っているララは、本当に小さくて……十二歳にしては幼かったように思う。
 だが、ヴィル達が未来を託そうとしたように、ララは未来を繋ぐ糸だった。小さな彼女の姿から、リリーは無限の可能性を見ていたものだ。
 ギルド長になると言っていたララ。
 将来の夢は世界征服だと笑っていたララ。
「世界征服、順調ですか?」
「そりゃもう! 行ったり戻ったりだけれどね。さっきもね、ハゲ大臣達と喧嘩してきた。ブリーダーの福祉派遣のこととか、予算のこととか、シュネイテーシス大陸の保護のこととか」
「シュネイテーシス……」
「うん。クヴァールはヴィスターさん達が怖いから、昔のままの環境を保ってる。桜は根付いて、綺麗な桜並木も見られるようになったんだ。シュネイテーシスは……まだまだ調査中。だけど、環境は壊したくないよね。だって、あそこで生きている存在があるんだから」
 言いながら、ララは次々に資料をリリーに見せてくる。
 クヴァール島はララの言うとおり、大きな変化はない。暗黒大陸と言われたシュネイテーシスは、その半分が解明されていた。
 二十年掛けて半分。少ないのか多いのかリリーにはわからないが――恐らくは時間を掛けて調査しているのだろう。「住人」達の環境を脅かさないためにも。
 老大臣達は相変わらず頭が固いのか、ララと喧嘩することも多いようだ。「お父さん達と違って、まだ円卓を蹴り飛ばすまではいってないけどね?」とララは笑うが、最後の一本を抜くとか喚いている方が怖い気がする。
「みんなそれぞれに生きて、それぞれの道を探して、二十年が過ぎたの。……リリーお姉ちゃんがいないことだけが……不思議な感じ。でもね、ちゃんとお姉ちゃんの居場所はみんなの心の中にあって、一緒に時を過ごしてきた」
 ララは笑う。お姉ちゃんを喪った時は、いっぱい泣いたけど――そうひとりごちて。
「でも、あたしは笑顔で世界征服するって決めてるから、すぐに笑うようになった。だって、お姉ちゃんとの思い出、楽しいものばかりだから」
「……みんなで帰って来たから……な。あの島から」
 ヴィルが呟く。
「そう……ですね……」
 リリーはヴィルを見つめて頷いた。

「ここがお前の家、あっちが……お前が大切にしていた家、それから……」
 ヴィルはリリーにエカリスの街を案内する。ギルド周辺はそれほど変わっていなかったが、他の場所は道が増えるなどして結構変化を遂げていた。
 目立つのは、エレメントと一般人が一緒に過ごせるような店が増えたことだろうか。それから、エピドシスの服を身に纏った者達も見かける。開国から二十年、一般人レベルでの渡航や旅行が進んでいるようだ。
 大事な家の前では、その都度立ち止まって思い出にふける。
 家族、友人、エレメント達――大切な存在との思い出が沢山詰まった家ばかりだ。
 身体の弱い自分が外の世界に出て得た宝物達。
 幼い頃は家の中で過ごしてばかりで……家族が作ってくれるものや、聞かせてくれる話で世界を知った。
 ブリーダーだった夫を喪って、今度は自分がブリーダーとしてイスカリオテと想い出を共有して、気付けば夫でさえ知らなかった世界へと足を踏み入れ、戦っていた。新たな想い出を、築き上げていた。
 世界が動く瞬間を何度も見て、立ち会って、歴史のただ中に身を投じ――。
 戦いの最中に倒れたこともある。
 身体の弱さを見せまいと必死に立ち上がったこともある。
 沢山の出会いと別れがあって、自分の命の灯火が消えかけていることを知っていても。
 それでも、立ち上がって前に進んできた。
 口の中にこみ上げる血の味に慣れてしまっても、自分を必要としてくれる大切な人がいたから……笑って、前を見て。
 もっと生きたいと――思えるようにさえ、なった。
 つと、前を歩くヴィルの背に目を留める。
 大きな背中。
 大剣を持つ背中が、とても大きかったのを覚えている。
 優しくて、でも厳しい時もあった。今でもそれははっきりと思い出せて――。
「ヴィスターほどじゃねぇぞ」
 リリーの心を読んだかのように、ヴィルが呟く。
「……ええ、ええ。厳しいですけれど、確かにヴィスターさんほどじゃありません」
 くすりと笑って、大きな背中に言葉を投げる。
 二十年の歳月を感じさせない背中。でも、ほんの少しだけあの時より小さく見えるのは気のせいだろうか。
「ねえ、ヴィルさん」
「……ん?」
「あなたは……先程ギルドでこう仰いましたね」
 お前が、生きていてくれれば……と、思うよ――。
「……確かに、過去を変えることはできませんけれど……」
 ――未来は、変えることができる。
 この世界のヴィルにとって「リリー・エヴァルト」は「過去」の存在であっても、今ここにいるリリーにとっては「現在」なのだ。
「そうでしょう? ヴィルさん」
「リリー……」
 ヴィルは立ち止まり、振り返る。何か言いたげにじっとリリーの目を見据えて、しかしリリーの言葉を待っていた。
「私は、まだ、生きていますもの。しぶとく生きてみせますよ」
 ここは、自分のいない世界。
 だけれど……きっと、自分が生きて笑っている未来があるはずだ。
 その未来へと向かうことができるはずだ。
「まだ、自分の子供の顔も見ていないことですし、ね」
 少し照れ臭そうに笑うリリーに、ヴィルは目を細める。
「お前なら、できるよ。……その未来に生きる『俺』が羨ましいなぁ」
 お前の子供を見ることができるのだから――穏やかな声で、そう付け加えた。
「子供と言えば! ヴィルさん、お孫さんは?」
「……くはっ!?」
「ねえ、お孫さん! いらっしゃるんでしょう? いらっしゃいますよ、ね?」
 じりじり、リリーはヴィルに詰め寄っていく。ララは結婚については隠していたが、可能性がないわけじゃない。
「ララさんによく似た男の子? それとも『パパ』によく似た女の子?」
 くすくすと笑い、リリーはヴィルの孫の顔を想像する。
 こことは違う未来では、自分の子供がヴィルの孫と出会っている可能性もあるはずだ。そして自分のように、ヴィルの孫やララと関わって――世界を造りあげていく。
 そう考えると、楽しくて仕方がない。
「絶対に、未来を変えてみせますよ」
 リリーは力強く宣言して、ヴィルの胸板をぽすんと叩いた。


「……リリー、おい、リリー!」
 どこか遠くで自分を呼ぶ声がする。
 がくがくと揺さぶられ、また「リリー! 大丈夫か!」と大きな声。
 ゆるりと目蓋を開ければ、そこにあったのは――。
「ヴィル、さん?」
 あれ……、私、どうしたのかしら。
 リリーは何度も瞬きをして、ヴィルと周囲の状況を確認する。
 ヴィルはよく知っているいつものヴィル。そしてここは公園で、自分はベンチに座っていた。
「あら、あら、あらぁ……?」
 ついさっきまで、白髪交じりのヴィルと散歩していたはずなのに。
 なぜ公園にいるのだろう。そして、なぜヴィルは若返っているのだろう。
「おい、大丈夫か? お前ずっとここで居眠りしてるから……具合でも悪いんじゃねぇかと心配したぞ?」
 リリーの脈拍や熱を確かめ、ヴィルは溜息を漏らす。
「……夢?」
「なにが」
「ヴィルさんと……お孫さんの話、してたんですけど」
「ララはまだ嫁にはやらんぞっ!」
「夢……だったんです、ね」
「一体なんの話だ?」
「なんでも、ありません」
 リリーは肩を竦めて笑い、立ち上がる。足元には、ぶなぶなとイスカリオテ。
 夢――だったのだろうか。
 でもひどく生々しくて、感触も残っていて……自分が最後に言った言葉は、まだ喉の奥に熱を持っている。
「今日はハロウィンかぁ……。仮装したガキ共が多いな。そういや去年はちょっとした事件もあったっけな。振り回されたよなあ」
 ヴィルは公園ではしゃぐ子供達に目を細め、「散歩でもするか?」とリリーを誘う。リリーは「喜んで」とヴィルの隣を歩き、同じように子供達に目を細めた。
 ハロウィンの見せた夢……それとも、魔法?
 この世と霊界との間には、目に見えない「門」がある。
 その門は、ハロウィンの時期になると開くという――。
 そんな話を、いつどこで聞いたのだろう。
「まさか……ね」
 でも、きっとその「まさか」なのかもしれない。
 リリーはいつも通りの世界と景色を見渡していく。
 そして隣を歩くヴィルが、自分の歩調に合わせてくれていることに気が付いた。
 ヴィルさんに、私の子供……見せないと、ね。
「ヴィルさん」
 くすくすと笑って、リリーはヴィルに向き直る。そして、ゆるりと言葉を紡いだ。
 ――二十年後の未来にも、同じ言葉を言えると信じて。
「……トリックオア、トリート」



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ha1286 / リリー・エヴァルト / 女性 / 21歳 / ハーモナー】
【hz0008 / オールヴィル・トランヴァース / 男性 / 32歳 / ウォーリアー】
【hz0020 / ヴィスター・シアレント / 男性 / 34歳(実年齢102歳) / ウォーリアー】
【hz0031 / ララ・トランヴァース / 女性 / 12歳 / ウォーリアー】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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■リリー・エヴァルト様
いつもお世話になっております、佐伯ますみです。
「HD! ドリームノベル」、お届けいたします。
さて。未来にトリップということで、二十年後の未来を描いてみました。
熊親子はある意味相変わらずで、生活もそれほど大きな変化はなさそうですが……時が経った分、世界情勢の変化に振り回されていそうなので、そういった面を書いてみました。
リリー嬢のことですから、きっと二十年後もぽやぽやとギルドに顔を出していそうとか、身体も治って子だくさんになっていそう……とか、色々想像してしまいました(笑
タイトルは、かつて佐伯が出させていただいた称号から。色んな意味を込めさせていただいております。
二十年先の未来でも、世界を愛して愛されるリリー嬢でいてくださいね。

この度はご注文下さり、誠にありがとうございました。
とても楽しく書かせていただきました。少しでも楽しんでいただければ幸いです。
寒暖の差が激しいですので、お体くれぐれもご自愛くださいませ。
2010年 11月某日 佐伯ますみ
HD!ドリームノベル -
佐伯ますみ クリエイターズルームへ
The Soul Partner 〜next asura fantasy online〜
2010年11月22日

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