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『     花と猫と夜のロンド 』
レイジュ・ウィナード3370)&フガク(3573)&(登場しない)

 人々が畏敬の念を込めてその名を呼ぶ『蝙蝠の城』は、さながら自然の要塞のごとき黒々とした深い森の中に、孤高にその身をうずめている。それは城に住まう有翼の一族、ウィナード家の現当主レイジュ・ウィナードがまとう、安易には近づきがたい雰囲気とどこか似ていた。
 もっとも、レイジュは吸血鬼を彷彿とさせるその容姿のためにしばしば人間から恐れられるが、少しばかりぶっきらぼうなところはあっても礼儀を欠くような言動をとる人柄ではない。背に翼を持つレイジュや彼の姉には障害とならない森の守りを、時間や労力をかけて抜けてくる者たちに対して、若い城主はいつでも完璧なまでの礼儀正しさで迎えることを忘れなかった。
 フガクもそんな歓迎をたびたび受けている者のうちの一人である。声も体格もひとより大きなフガクは心も同様に大らかで、時々それがすぎて無神経なところがあるものの、陽気で気のいい客人だ。
 城主と客人――その二人は今、連れ立って森の中を歩いていた。だが散歩にしては時間が遅すぎるし、何より暗すぎる。彼らの持つ明かりは闇に吸い込まれていくようで、心もとなかった。
 「いないねえ、猫。」
 三つ目の兜、スリーゲイズをかぶったフガクが暗視能力のある二つのレンズを通して、夜と森が作る陰を見通しながら呟く。
 一方レイジュも蝙蝠の城の主らしく、蝙蝠と同じように超音波を周囲に放つ方法で地形を探りながら、猫らしき生き物の姿がないかと目を配っていた。
 「あまり遠くへは行っていないと思うんだが……。」
 そう言ってレイジュは自分たちが来た方――蝙蝠の城をふり返る。彼らがそろって夜も遅い時間にくり出したのは、いなくなった猫を探して欲しいというレイジュの姉の頼みがあったからだった。夜目の利かない彼女は、暗闇の中ではほとんど身動きがとれない。それに対してレイジュは闇の中の方が動きやすい体質であったし、戦飼族(せんしぞく)のフガクは戦いのためだけに人工的に生み出された種族であるからこその経験を持つため、暗闇に沈む森には慣れていた。
 レイジュは、その場にいた客人がフガクでなかったら猫探しの手伝いなどさせなかっただろうが、彼は当然のように自分も探すと申し出たし、レイジュもそれをあえて拒むことはしなかった。二人で探した方がいいに決まっていると明るく言う、人の好い彼の提案を断ることは難しい。種族に運命づけられた破壊的な性を笑顔でくつがえすフガクはとても強く、そして、実に面倒見が良いのである。
 そんな彼は、手分けして探した方がいいだろうかと口にしたレイジュに意味ありげな面持ちで、「それはやめた方がいいんじゃないかな。」と言った。
 「最近、この森に変な生物が住み着いているらしい。ここへ来る途中で聞いたよ。知らない?」
 「知らない。」
 「何でも、美女の姿をした花の怪物で、若い男を誘惑して精気を吸ってしまうとか。」
 それを聞いてレイジュが眉を寄せた。「出くわしたら面倒だな。」
 「俺は美女なら大歓迎だけど。」
 「それで、誘惑されそうになったら僕に止めろというのか?」
 「頼りにしてるよ。」
 フガクがいつも通りの大きな声で豪快に言って笑う。レイジュはそれにため息で答えたが、その表情からはかすかに険がとれていた。
 「にゃー。」
 ふいにどこからともなく聞こえた、お互いのものとは明らかに異質な声を耳にした二人は、一斉に鳴き声のした方をふり返る。
 「どこだ?」
 「にゃー。」
 「この奥だ。」
 森に迷い込んで心細くなったのだろうか、何度かくり返される呼び声のような声を頼りに、二人は森の奥へ進んで行った。
 「待て。」
 突然フガクがそう言ってレイジュを制止し、何かいる、と険しい口調で囁く。兜の視力やレイジュの聴覚がとらえるより早く「何か」を感知したのは、フガクの冒険者としての鋭い感覚だった。
 彼らの目と耳が前方にいる者の姿をとらえるのと、むせかえるような花の香りが二人の鼻腔をくすぐったのはほぼ同時である。
 薫り高い芳香、大輪の見事な花、その中央に同化して見える、美貌を一片の布で隠すことすらしない一人の女性。それはまさしくフガクの言った、最近この森に住み着いたという怪物であった。
 「当たり――かと思ったら、大当たりを先に引いたらしい。」
 「大はずれの間違いじゃないか?」
 好きなものは何かと問われれば、家族や友人の他に必ず「綺麗なお姉さん」を挙げるフガクはどこか嬉しそうな表情を見せ、一方のレイジュは冷静に警戒の色を浮かべる。その差と持てる能力の違いが二人の次の反応に決定的な違いと結末をもたらした。
 惜しげもなく美しい肢体をさらしている女性の唇から、甘く誘うような歌声が流れ出る。それは見えないツタとなって男たちの心をからめとろうと襲いかかった。
 レイジュはとっさに超音波を放つ。瞬時にその歌声が理性を奪うものだと察したのである。魅了にかかるまいとしたレイジュの抵抗は、誘惑のツタを焼き切った。
 その彼の傍らでくぐもった声をあげたのはフガクである。人の心を惹きつけ惑わす容姿、剣や物理的な力では切れない誘惑の声、その二つに瞬間的に抗う術を彼は持っていなかった。
 大丈夫かと問いかけたレイジュの視界の中で体を折っていたフガクは顔を上げ、レイジュのことなど見えていないとでもいうようにうつろな目で視線をすべらせると、花の方へふらふらと足を踏み出した。生き物のようにうねる花の根元には、怪物本体の口とおぼしき穴がぽっかりと開いている。そちらへ向かって一歩、二歩と誘われるように進む彼の腕を、レイジュは反射的につかんだ。
 「行くな。」
 しかし、その手は乱暴にふり払われただけである。レイジュはまなじりを上げ、妖しげな笑みでフガクを招き寄せる人の姿をした歌う花に目を向けると、魔法の炎を呼び出した。赤い髪が彼の怒りとも思える魔法の火の熱気で巻き上がり、いっそう鮮やかに闇の中で輝く。
 だがそれを放つ寸前、ほとんど本能的と言っていい動きでフガクがきびすを返し、抜き放った剣でレイジュに斬りつけた。
 ザク、と鈍い音をたてて鋼が土をえぐる。
 かろうじて攻撃をかわしたレイジュの魔法の火は集中が失われ霧散した。もともと魔法を扱うのは得意でないレイジュである、フガクの渾身の一撃を受けてなおそれを維持するのは無理であった。
 その上、フガクは歌に意識を支配されていても、持ち前の戦闘能力をふるうことに制限がない。そればかりか、レイジュを敵だと判断したらしく躊躇なく二撃目をくり出してきたのだった。
 空中に逃れようにも木々が檻のように枝葉を頭上に広げている森の中では叶わない。レイジュは身を翻して再度剣をかわし、ナイフを抜いた。それに念が送り込まれ、大剣へと姿を変えたレイジュの武器、レッドジュエルの刀身をフガクの三撃目が打つ。
 突如現れた武器に警戒したのか、フガクが飛び退るようにして距離をとり、レイジュはそれに向かって威嚇の衝撃波を放ったが、当てるつもりなどないことを見切っていたのかフガクはよける素振りも見せず、すさまじい速さで駆け寄ると剣を突き出した。大剣の刃でそれを受けたレイジュの手にびりびりと振動が伝わる。フガクが使っているのは小ぶりの剣であるが、とてもそんな軽い剣からくり出されたとは思えないほど一撃一撃が重い。
 怪物の花の中央で艶やかに咲く美女の口から紡がれる歌にまるで操られ踊るように何合か切り結んだ二人だったが、その状況の優劣を見るまでもなく勝敗は明白であった。相手を不要に傷つけまいと手加減をしながら抵抗するレイジュが、正気の代わりに殺気をまとって剣を振るうフガクに勝てる見込みなどあろうはずがない。
 フガクの巧みなフェイントに不意をつかれ、レイジュは剣を落として地面に背をついた。それを見逃さず、フガクが剣を振りかぶる。その褐色の手が握る鋭い刃がレイジュの体を貫こうとした瞬間、レイジュは炎を撃った。威力はほとんどないが、魔法攻撃に弱い戦飼族のフガクは恐れたのか、剣を引いて飛びのいた。
 「にゃー!」
 フガクが地面に着地した次の瞬間、彼の背後の茂みから猫が飛び出し、生き物のような動きをしている怪物の花の根にじゃれつく。そして、小さいが立派な牙で、がぶりとかみついた。その途端歌が途切れ、叫び声があがる。同時に、空に厚い雲がかかったようであったフガクの青い目に光が戻った。
 「フガク!」
 レイジュはそれを見て取ると落とした剣を拾い、彼の名前を呼んで怪物に突進した。フガクも一瞬でレイジュの言わんとしたことを理解し、駆け出す。二人が同時に放った一撃は、なまめかしくもうつろな擬態ごと、巨大な花の怪物を切り裂いた。不気味な体が悲鳴を引きずって地に倒れ込む。
 そのおぞましい声と地響きに驚き逃げ出そうとする猫を、フガクが素晴らしい速さで引っつかんだ。そして、安堵の表情を浮かべるレイジュの前にぶら下げ、「こいつ?」と尋ねる。見知った顔を前にして嬉しそうに声をあげた猫の目を、柔らかな銀色を放つ目で見返しながらレイジュは頷いた。
 「やれやれ、人騒がせな奴だな、お前。」
 猫にそう言うフガクを、どっちが、という顔でレイジュが恨めしげに見やる。その視線に気づいたフガクは、「二人一緒にいて正解だったろ?」と屈託なく笑って言った。それから宙ぶらりんにしていた猫を抱き上げ、頭をなでる。
 「二度はごめんだ。」
 不満げなレイジュの言葉を笑顔で聞き流し、「さ、帰るとしますか。」と言ってフガクは歩き出した。訪れる者を歓迎する蝙蝠の城へ。
 夜に活動する小さな虫や動物、風にさやぐ木々も、翅や体や枝を揺らして踊り、かすかなざわめきと静寂の音楽を奏でている。それはあの花が歌っていたものとは違う。優しい自然の輪舞曲である。



     了
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
shura クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2010年11月25日

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