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『■泡沫の夢 』
御影・朔夜(ga0240)
 不意に意識が覚醒した瞬間、周囲の風景が視覚と聴覚に情報として飛び込んできた。
 人々の笑顔と声で賑わう広場、穏やかなる街並。
 見れば、目の前を数人の子供たちが駆け抜けていく。ベンチに座って微寝んでいたところ、至近距離で聞こえた彼らの笑い声により目を醒ましたのだ――御影・朔夜はそこでようやく自身の状況を悟った。
 ただ、それでも一つの違和感が彼を襲う。どうして自分は、こんなところにいるのか。
「ようやく起きましたか」その時になって、今度はすぐ隣から女性の声が響いた。
 声のした方へ視線を送る。
 ――栗色の長い髪を微風に靡かせ、『彼女』は穏やかな視線を朔夜に送り、微笑んでいた。
 彼女の姿を見、朔夜は先ほどの思考を中断した。
(――‥‥あぁ、今日は彼女と絵画展へ行く約束をしていたんだった)
 無論、答えが分かったからである。

 ■

 二人寄り添い足を運んだ絵画展は、彼女が物心ついた頃から――芸術という道を志した頃から好きだという画家の個展だった。
 朔夜は絵画のことに関してはあまり明るくないけれども、彼女はそれと知っていて。
 その画家のどういったところが素晴らしく、そして自分が好きである理由を熱心かつ懇切丁寧に教えてくれる。
 それはまるで、彼女がより自分自身のことを朔夜に教えてくれているかのようで。
 絵画を見上げるその横顔が、どうしようもなく愛しく見えた。
 
 絵画展を出ると、今度は買い物へ。
 初めての邂逅の時から兆候はあったけれど、やはり彼女は絵画だけでなく、芸術と称するモノ全てについて彼女なりの喜びを見出す人間だった。硝子細工の店に行った際に何か一つプレゼントすると告げると、
「本当ですか?」
 ――そう聞き返し顔を見つめてきた時の彼女の嬉しそうな顔は、恐らく一生忘れることが出来ないだろう。
 彼女が何よりも重きを置いているのは芸術。そんなことは前から知っている。
 それでいて、自分にもこんな笑顔を向けてくれるのだ。
 自分は今彼女にとって、どれほどの存在なのだろう。
 朔夜はふと、そんなことを思った。

 買い物の次は食事。
 食事が出てくるまでの待ち時間の間、彼女は徐に、自身が両手首につけていた金のブレスレットの片方を外した。
 そしてそれを、
「さっきのお返し――というわけでもないんですが、私からのプレゼントです」――そう言って、朔夜に向け差し出した。
「‥‥いいのか? 大事なものなんだろう?」
 驚いて、尋ねる。
 如何なる戦いの合間にも、彼女はこれを身に着けていた筈だ。
 それほどのものを、受け取ってしまっていいのだろうか。
「大事なものだからです」
 だけど彼女は穏やかな笑みを浮かべ、答えた。
 それからほんの少しだけ、頬を朱に染めて言葉を続ける。
「自分のことを大事にしてくれる人と、自分にとって大切なものを共有したい――。
 そうすることで自分も相手のことを同じくらい大事にしている証拠にしたいと思うのは、おかしいことですか?」
「‥‥いや」朔夜は首を小さく横に振った。
 正直思い返してみても、これほどまでに強い慕情を抱いたことは恐らくない。
 けれども、だからこそ彼女の言う『共有』が、その慕情の何よりの証になると思った。
「有難う――大切にするよ」
 だから朔夜はそれを受け取り――思い、願う。

 ずっと追いかけてきたこの美しい女性(ひと)が、今は自分の恋人として傍に在るのだ。
 有触れた恋人としての時間が、ここまで甘く幸福なものだとは少し前までの自分は夢にも思っていなかった。

 あぁ――こんな時間が、永遠に続けばいいのに。

 ■

 けれど幸福な時間ほど、過ぎるのは早いものだ。
 夜の帳はとうに下り、今日一日の予定の全てを終えた二人は、昼に出会った広場に戻ってきていた。
 流石に昼とは違い、街灯に照らされた広場に人の姿は少ない。
 人々がそれぞれの居場所で、それぞれの時間を過ごす――夜というのは本来、そういう時間である。
 そしてそれぞれの時間があるのは、朔夜と彼女にとっても同じこと――だから別れの時間が訪れることだけは、如何ともし難い。
 ずっと寄り添っていた温もりが、数歩分離れる。
 それだけでどうしてここまで心苦しくなるのか。考える余裕は、今はなかった。
「そろそろ還らないといけませんね‥‥。
 ――今日は、楽しかったですよ」
「ああ」自分と同様に別れの時間を惜しんでいる様子の彼女の言葉に、肯きを返す。
 別れなければならない。分かってはいる。
 それでもこのまま別れたくないと思うのは、我侭なのだろうか。
 その疑問に対する答えを、朔夜は考えるまでもなく知っていた。
 最初から――この広場で彼女の存在に気付いたその時から、本当は分かっていたのだ。
 これは夢幻――いつかは覚めるものなのだと。
 手を伸ばせばすぐに届くような場所に彼女は居ない――そんな非情に直面するまでの間に遭遇した、刹那の甘い一時なのだと。
 けれど、
「また――会えるよな?」
 敢えて、再会を願う言葉を彼女に投げかける。
「‥‥そうですね。そのうちにまた、こうして」
 彼女はそう言って、若干の寂寞の思いを孕んだ微笑を見せてから――踵を返す。
 その姿が夜闇に溶けて消えるまで、朔夜はその場で立ち尽くし――。

 ■

 次に気付いた時に真っ先に視界に映ったのは、白い天井。
 病院のベッドの上。それが、朔夜の今の居場所だった。
 より正確に言えば、現実における彼の居場所は――戦場にある。
 ――今この時の『彼女』と違って。
 
 ――追い求めていた星の輝きに、伸ばした手は届きそうで、最後にはやはり届かなかったのだと。
 どう足掻いても届かない遠い処へ消えてしまったのだと――彼が目覚めたと知りやってきた医者の話を聞きながら、朔夜は現実を痛感する。
 届かなかった。
 もう一度心の中で反芻した時、右の手の平の硬い手触りに気づいた。
 視線を送ることでその感触の正体を知り、朔夜は強く、目を伏せる――。

『彼女』の自爆に直撃したにも関わらず命に影響を及ぼすような深手を負わずに済んだことを医者は驚いていたけれども、そんなことは朔夜にはどうでもよかった。
 微かに震えるその手の中。
『彼女』のブレスレットは今も尚、その輝きを放っていた――。
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
津山佑弥 クリエイターズルームへ
CATCH THE SKY 地球SOS
2010年11月25日

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