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『あいたい、ひと ――ひびくうた―― 』
エヴァーグリーン・シーウィンド(ha0170)


 淡く光る、ジャック・オー・ランタン。
 笑う南瓜が見せる夢は、世界の果ての遠い歌声。


「……見えなくなっちゃいました、ですの……」
 十一月一日、午前零時。
 エヴァーグリーン・シーウィンドは、窓に映る影を見て溜息を漏らした。
 先程までカーテン越しに二つの影が揺れていた。その影達は互いを確かめ合うように寄り添い、穏やかな時間を過ごしていた。
 だが、日付が変わった瞬間――影はひとつになり、エリの胸に寂しさが去来する。
 ――優しい、夢。
 それは、ハロウィンだけの奇跡だった。
 クレイ・リチャードソン――リチャード・クレイ・シアレント。
 たった一日だけ「還って」きた彼の姿は、エリにはもう見えない。だがきっとヴィスター・シアレントにだけは見えていて、今も二人で寄り添って過ごしているのだろう。
 ハロウィンに肉体を得たクレイをエカリスからクヴァール島まで連れてきたのが、もう随分と前のことのようだ。あれからまだ数時間しか経っていないというのに。
 本当は、彼等をそっとして帰るつもりだった。クレイにもそう言って背を向けた。
 だけれど、大切な友との再会の余韻に浸りたかった。
 ハロウィンが終わればきっと彼の姿は見えなくなってしまうから……せめて、それまでは。
 それまでは、近くにいたかった。
 そうしてエリはこの島に留まり、彼等の家を離れた場所から見守っていたのだ。
「ヴィスターさんいいなー、クレイさん感じられるの……」
 ぽつりと漏らす呟き。視線はそのまま流れ――クレイの「墓」へと吸い寄せられていく。ヴィスターが愛用していた大剣を墓標とするそれは、静かにそこにあった。
 あの土の下に、「クレイ」が眠る。
 だが彼の魂はそこにはなく、今もヴィスターと共にある。
 羨ましくないと言えば嘘になる。クレイを喪ったとき、エリも深き哀しみに覆い尽くされたのだから。本当は、クレイにずっと……生きていて欲しかった。
 訃報が届けられたとき、誰もが誤報であって欲しいと願った。
 この目で真実を確かめるまでは信じないと、絶対にクレイは生きているはずだと、強く信じてこの島に渡った。
 だが、真実は残酷で――クレイの眠りは覚めることなく、静かに静かに時だけが過ぎ去っていった。
「……クレイ、さん」
 エリは何かを言いかけて口を噤む。それ以上、クレイにかける言葉が出てこなかったのだ。その代わり――。

 ハーモナーではない。
 楽器も今まで一切触ったことがない。
 だというのに、エリはただ……歌って、いた。
 クレイの墓碑へと、その思いの丈をぶつけるように。
 ただひたすら、ひたすら……喉を、震わせて。
 感情が昂ぶるのか、最後には声や音階はとても歌とは言えるようなものではなかった。
 ――それでも、エリは歌った。
 ぷっつりと意識が途切れるように歌声が消える。それさえも、自分で気付くのに時間がかかった。
 肩で息をしながら、ぼんやりと墓碑を見つめるエリ。その時、背に声を投げかけられた。
「……その、歌は?」
 問う声に振り返ることなく、エリは頷く。振り返らなくても、それがヴィスターであることはわかっているから。ヴィスターは枯葉を踏みしめてエリの左隣に立ち、同じように墓碑を見つめた。
 ヴィスターの持っているランタンの灯りが、揺れる。ふわりとエリの肩に飛来するのは、クレイのパートナー・ホープ。
 ホープの名をつけたのは自分だ。あれはどれくらい前のことだっただろう。もう随分前のこと――でも、昨日のことのように思い出せる。
 ホープ……希望。
 ……ホープは誰かの希望になれたですの? エリは……少しでもクレイさんの希望になれたかな。
「――ハロウィン直前にお泊まりになったお客様が歌っていた曲ですの……」
 エリはホープに粟の穂を与えながら、ぽつりぽつりと語り出した。
「……歌詞に所々解らない部分ありますけど……歌聞いた時、ヴィスターさんとクレイさんのこと思い出して……。あと、歌の題聞いて、クリムさんのこと思い出して……凄く、大泣きしてしまいましたですの」
 それは、喪った存在へとひたすらに想いを乗せて歌を捧げるという歌詞だった。
 たとえ身が滅びようとも、たとえ声が枯れようとも――ひたすらに、想いの全てで。
 エリはそこにクレイとヴィスターを、そしてファスターニャクリムを見て、心が張り裂けそうになったのだ。
「……どうしても歌いたくって。歌詞教えてもらって何度も練習して……。でも、昨日クレイさん見た時はもう全部吹っ飛んじゃって、クレイさんの一番行きたい場所に連れて行かないと! ってそればっかりでしたから……来たら来たでお二人の邪魔したくなかったですし」
 そう言って、少しだけ恥ずかしそうに笑った。
 声が掠れる。よっぽど、酷い喉の使い方をしてしまったのだろう。エリはそっと喉に触れてみる。
「……そうだったのですか」
 ヴィスターは呟き、息を吐く。エリはその横顔を盗み見た。
 エリの知っているヴィスターとは少し違う雰囲気があった。静かで、内包する激しさは見えなくて、何かに身を委ねるように安堵の眼差しを墓碑に向けている。
 その力や気性、暴走したことなどから一部ではエルフ型エレメントと言われているヴィスター。エルフである彼は、これからまだ百年の時を生きていく。
 ハーフエルフのエリがその生を終える頃に、きっと彼もまた生を終える。ヴィスターのことだから、もしかしたらもっと生きるかもしれない。それは、どれほど気の遠くなる時間なのだろう。エリには想像がつかないが、しかしエリもヴィスターも、その永い時を生きていくのだ。
 エリやヴィスターの命が尽きる頃には……クレイを直に知っている者はほとんどいないだろう。そう考えると、誰よりも永くクレイを覚えていられることは幸せかもしれない。
 でも――最愛の存在を喪ったヴィスターにとっては、果てなく永く感じるのではないだろうか。それとも、クレイの魂は常に共にあるから……その永さも気にならないのだろうか。
「……百年は、永い」
 エリの視線に気付いていたヴィスターは、穏やかな声で言う。そこに悲哀の色はなく、炎の中でクレイの亡骸を抱いて暴走していた姿が嘘のようだった。
「……伴奏、覚えてますか?」
「……え?」
 予想外の言葉に、エリは目を丸くする。そして気付く。ヴィスターが手に竪琴を持っていることに。
「付けてあげるから……もう一度」
 軽く弦を弾き、ヴィスターは微かに笑む。エリは頷き、記憶を手繰って伝えられる限りの伴奏を伝えていく。時には口ずさみ、時には身振り手振りで。初めて聴いた時の感覚を全てヴィスターに教えるかのように。
 とんとんと、ヴィスターが弦を叩く。何度か呟くように口ずさみながら、音を探していく。
 エリは「そんな感じですの」と頷き、再び喉をそっと撫でる。
 声は出るだろうか。
 掠れてしまわないだろうか。
 でも、でも。
 どんな声だっていい。自分の心を乗せるのだから、声は関係ない。
 もう一度ありったけの想いを重ねて、クレイへと、空へと――歌を、届けたい。
 エリが小さく頷けば、ヴィスターも頷き返して音を紡ぎ始める。
 ――クレイさん、また……会える、よね?
 心の中で呟き、エリは伴奏に声を乗せる。ふとヴィスターを見やれば、彼に重なる金色の影が見えた。

 ――きっと、会えるよ。ありがとう……エリちゃん。

 金色の影が、そう言ってくれたように思う。
 とても幸せそうな、笑顔で。
 絶対に、会うんですの。一度と言わず、何度でも。
 エリはその影に頷き返す。
 やがて影はふわりとヴィスターに同化し、見えなくなってしまった。
 
 エリの歌声と、ヴィスターの竪琴と。
 ゆるやかに絡まる音色は、低く高く星空へと吸い込まれていった――。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ha0170 / エヴァーグリーン・シーウィンド / 女性 / 10歳(実年齢20歳) / プリースト】
【hz0032 / クレイ・リチャードソン / 男性 / 24歳(実年齢24歳) / ウォーリアー】
【hz0020 / ヴィスター・シアレント / 男性 / 34歳(実年齢102歳) / ウォーリアー】
【ファスターニャクリム / 男性 / 年齢不詳 / エレメント】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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■エヴァーグリーン・シーウィンド様
いつもお世話になっております、佐伯ますみです。
「HD! ドリームノベル」、お届けいたします。
さて。今回は少し特殊なご発注、ありがとうございました!
教えてくださった歌を何度も聞き込み、色々とイメージを膨らませておりました。今では歌詞もほとんど覚えてしまっております(笑
イメージをしっかり固めた上で書かせていただきました。少しでもお気に召す内容となっているといいのですが……!

この度はご注文下さり、誠にありがとうございました。
とても楽しく書かせていただきました。少しでも楽しんでいただければ幸いです。
寒暖の差が激しいですので、お体くれぐれもご自愛くださいませ。
2010年 11月某日 佐伯ますみ
HD!ドリームノベル -
佐伯ますみ クリエイターズルームへ
The Soul Partner 〜next asura fantasy online〜
2010年11月26日

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