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『錦糸に薫る金桂香 』
霧咲 水奏(ia9145)&周太郎(ia2935)

●南天、色付きしこと
 山装う秋、野山は赤や黄色に彩られ雪覆う前の華やかさを競う。秋山を臨み、二人の開拓者は理穴中部の街道を歩いていた。
 実りの刻を迎えた理穴。アヤカシの影に怯えていたかつてを思えば平和な光景であった――尤も、二人にとっては、ある意味戦に赴く心地であったのだが。

「周殿、理穴に秋が参りましたなぁ」
 霧咲水奏の言葉には格別の響きがあった。秋の実りを収穫できるのは、人々の暮らしが滞りなく営まれている証なのだ。
 周太郎は水奏へ言葉少なな相槌を打って、刈り入れの済んだ田へ目を向けた。
 国を越えての大規模な掃討作戦が行われてから早一年にもなろうか。収穫後の田に、はざ掛けの稲が揺れている。広くなった田を子供達が駆けてゆくと、何処ぞに潜んでいた雀共がぴちちと鳴いて飛び立った。
 雀はすぐに田へ戻る。頼りなげな仔雀を成雀が守るようにして土をつついていた。
「おお、丸こい‥‥愛らしゅう御座りまするなぁ」
 雀に目を細めた水奏がつい足を止めるのを先へと促して、周太郎は雀の親子に水奏の姿を重ねた。
 仔雀が親雀に慈しみを受けて育つように、水奏もまた両親の愛情を受けて生いたのであろう。己の育って来た境遇とは異なる恋人の親御は、殊に父親はどのような人物なのであろうか。
 そんな周太郎の思索を読んだか、周殿と水奏が恋人の名を呼んだ。
「‥‥父上が、祖父殿と、喧嘩なされたようで御座りまする‥‥全力で」
 最後に付け足された言葉が笑えなかった。
 霧咲家の家族は志体持ちばかりだと聞く。霧咲の家は母系で父は婿養子、両親とも元開拓者だそうだが――
「加減も遠慮もなかったそうで御座りまするよ」
「‥‥そう、か」
 冗談めかした水奏の言葉に苦笑した。
 近い将来、己もまた霧咲家男衆の喧嘩に参戦する状況を、思わず想像してしまった周太郎である。

 水奏が実家宛に『南天、色付き候』と文を出してから随分経つ。
 南天に擬えた彼女の文は正確に両親へと意図を伝えた。『愛する人ができました』正しく両親へ報告した水奏は、その後も時折文を交わしていた。
 霧咲家からの文では家族の近況や反応が返ってきた。水奏の最大の理解者かつ応援者の母、母の実父の祖父――そして生真面目な婿養子の父。
 最近、父の文が以前に比べて干渉気味なのだと、水奏は言った。
「元々生真面目は人では御座りましたが、最近の文では事細かな指図をなさる事が多うなりまして‥‥」
 暗くならぬ内に帰宅せよ、夜は自宅で過ごせ‥‥などと、寺子屋通いの娘子に言うような事を認めて来るのだと水奏。男親の複雑な心境に翻弄されて困ったように微笑んだ。

●父というもの
(「父親、か」)
 その単語は周太郎にとって苦い想いを伴うものだ。
 父――彼にとっては嫌悪と敵意の象徴。幼き日に追われた家は捨てた過去、一族の総意を優先し、子を想う親の心すら持ち合わせていなかったあの男を父と呼ぶなら、父とは憎悪の対象だ。
 だから周太郎は不安に思う。水奏の父親観とあまりにかけ離れている自身の父親観を。

「周殿?」
「ああ、すまない。考え事をしていた」
 やはり緊張なさりまするかと心配気に見つめてきた水奏に、そうではないのだと周太郎は己の半生を語った。
 五行で陰陽師の家に生まれた事。幼少時に一族の儀式に失敗してしまった事。以来今の髪色瞳色に変化してしまい、一族を追われる形で故郷を離れた事――
 長く放浪の生き方を過ごしてきた周太郎にとって家族というものは縁薄い。仲間や恋人に恵まれこそしたが家庭的なものとは無縁、その原因が己の父にあり有体に言えば父を嫌悪さえしているのだと彼は言い、小さく本音を漏らした。
「不安‥‥なのだと思う。俺が父へ向けてきた敵意を、お前の親父さんにも向けてしまわないか。俺はこの感情を克服できるのか‥‥」
「周殿‥‥」
 漏らしたそれは、周太郎の半生の重みが籠もっていた。
 周太郎が語る幼少時の体験を水奏は静かに聞いていた。父に見放され家を追われ、ずっと一人で生き抜いて来た。世界中を巡り仲間を得て自分と知り合った、彼。水奏と異なる人生を歩んできた恋人の話は辛く重いものだったけれど、周太郎の重みを分かち合えればと願う。
 水奏はそっと周太郎の金の髪に触れた。

「‥‥金木犀が香りまする」

 その心は『気高い貴方に真実の愛情を誓う』金木犀の花言葉に擬えて、水奏は彼への想いを告げたのだ。
 周太郎の髪、色眼鏡で隠しがちの紫瞳は決して恥ずべきものではない。穏やかに、水奏は愛しい男に微笑みかけた。
 不安に思う事はないのだ。二人手を携えて歩んでゆけたなら、それで良いのだから。
 力強く頷き返し、周太郎は愛しい娘を引き寄せた。大丈夫、水奏とならばどんな困難も乗り越えられる。
「どうなったとしても、俺は一緒に居る。三途の河の先まで一緒だ」
 そっと包み込み肩越しに呟くと、背に水奏の腕が伸びた。
 耳元で呟かれるは誓いの言葉。
「例え何があるとも周殿と共に生き、比翼の鳥と為りて連理の枝と為る事を‥‥」
 紅葉彩る街道の脇で、恋人達は互いの想いを誓い合う。
 永久に共にあらん、と。

 ――ところで。
(「‥‥拳を交えれば、解り合えるだろうか」)
 志体持ち同士が本気で喧嘩したと言う水奏の父と祖父を思い浮かべ、周太郎はふと思う。
 来たる戦いの予感に、新しい婿候補殿は遠く秋山を眺め嘆息したのだった――
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
周利 芽乃香 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2010年11月29日

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