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『●闇と昏黒 』
レインウォーカー(gc2524)

 人々が万聖節の前夜祭で仮装をし、楽しんでいた夜。
 時を同じくして、誰にも語られぬ戦いがあった。

 記憶からも、人々からも忘れ去られた場所の教会。
 
 当時を偲ばせるようなものといえば、今は尖塔の十字架くらいしかない。しかし古びて尚荘厳さを残すたたずまい。きっとここにも、熱心な信者は多数訪れたのだろう。
 かつては堅牢かつ、清らかさを示したと思われる白い外壁は所々風化して破損し、外からも垣間見える大きなステンドグラス――神の誕生から苦難を描いたものだが――は所々割れて欠けている。

 聖の加護すらもなくなった祈りの場所。闇の者にとって『堕ちた場所』と嘲笑い、使用するとすればさぞかし愉快であったろう。

 そんな場所へ、女性が一人侵入する。
 燕尾型の黒いロングジャケット。その長い裾には白い十字架がついている。
 同色のショートパンツとニーソックス。彼女が歩くたびに首から下げたロザリオが揺れた。
 立ち止まり、顔を天井へと向けた女性――夢守 ルキア。
「‥‥匂う」
 ぽつりと溢れた言葉。意味を噛みしめるように、ルキアは『甘い‥‥いいかおりがする』と続けた。

 それは同じ、ニオイ。
 

「永く生きるってのも考えものだぁ。何をしても退屈になる‥‥何の用かなあ、人間?」
 暗闇から静かな声が聞こえる。ルキアの歩が止まり、声の主を探す為視線が方々を彷徨う。
 声はあたりに反響し、まるで教会が声を発しているかのようだ。
「だが、この場所に足を踏み入れたが最後――」
 不意に声が途切れる。

 かわりに聞こえたのは駆ける足音。その音がふいに留まったと思いきや――
「君はここから出る事すら叶わないのだよ。精々ボクの暇つぶし程度にはなってくれよぉ」

 数瞬と経たないうちに間近で先程の声が再び聞こえた!

 耳元で聞こえた男の声。そして風を切る音。
 咄嗟に身を翻すルキア。眼前には赤い髪――金瞳の男、レインウォーカーの姿が飛びこんできた。
 振りかぶったレインの手に武器は握られていない。人間程度なら易々と引き裂く鋭い爪があれば、武器を握る必要すらないのだ。
「ふッ‥‥!」
 瞬時に鎌を顔の前に構え、その攻撃をやり過ごしたルキア。ギィン、という爪と刃が交わった金属的な音が耳に響く。
 ほう、とすれ違いざま小さく感嘆の声をあげたレイン。着地するとルキアの姿を改めて見つめ、ルキアもまた、マントをばさりと払うレインの姿をしっかりと認識した。
「教徒かね。この場に最早祈るべき対象はなく、聖なる加護もない。憐みたまえと救いの言葉を紡ぎながら旅立つと良い」
 神父のように静かな口調で語りかけるレイン。しかし、ルキアは首を振り、大鎌を逆手で握り、半回転させて構えた。
「私は破戒僧‥‥神への誓いを捨てた人間。よって祈るべき神もなければ、救われるべき対象でもないんだよ」
「お前は神を捨てたのか。そこは同じだな、お互い」
「フン。同じ、か‥‥」
 不快に思うでもなくルキアは『同じ』と口にした。
 見ればこの闇の眷属‥‥吸血鬼というのか。ルキアの見た所、中々の実力の持ち主だ。恐らく実力はほぼ互角。
 金稼ぎや教会へのあてつけという瑣末なものもあったが、ルキアは吸血鬼の血と闇の臭いを辿ってこの廃教会に訪れた。
「戦おうか。寄生者『同士』相容れないから」

 自分と同じ、闘争を好むニオイ。

 自分と同じ、闇に安息を得るモノの匂い。

 それをレインも感じ取ったのだろう。あまり表情を変えなかった彼が、一瞬嬉しそうにニィと笑った。
「面白い事を言うね。いいよ、遊ぼうか」

 外では、鳥の飛び立つ羽音が聞こえた。



 昏い教会に響く戦の音。

 崩れた教会の天井から覗く月の光。そのわずかな明かりのなかでルキアは鎌を振るう。レインに襲い掛かる銀の色。
 それをひらりと躱しながら、素早く爪を繰り出す。それを予測していたルキアは柄を握る逆手を滑らせ、そのまま上に振り上げる。
 鎌の部分が牙のように上へと方向を変えたが、素早くレインも後方へ飛び退った。
「‥‥ははっ、なんだこれは。暇つぶしどころか、なんて愉しいんだろうなぁ」
 戦う前までは退屈そうだと思った事を取り消すレイン。金の瞳には狂気のような悦びが見えていた。
「そうだな‥‥私ときみ、どちらが消えても素敵だろうな」
 ルキアもまた、その意見に異を唱える事はないらしい。微かに口元を吊り上げた彼女は、鎌を手足のように振るってレインを徐々に追い詰める。
 レインが鎌の刃を躱せば、ルキアは柄に添えた手をつぅと滑らせて長さを変えながら石突の部分をうまく使い切り返す。

 似ているから――惹きあうようにどちらともなく駆け寄っては武器を、爪を振るう。

 似てはいるが、決して相容れぬ存在。

 なぜこんな場所にいるのかという事や、相手の性格等‥‥互いにとってそれもどうでもよかった。
 永き刻を生きてきたレイン。生きるというのはココロを摩耗させるのだろうか?
 満たされぬ飢えと乾きを僅かでも満たす為、彼はここで生き血を啜ってきた。
 だが、今日は違う。この戦いが、この女が自らを差し出して満たしてくれるのだ――!!
 相手(おまえ)を殺したいという衝動を抱えているという事だけが共通。
 形として視認できるのであれば、とても鋭く‥‥触れれた刹那より斬り裂かれてしまいそうな『殺意』。
 互いに『ソレ』をまき散らしながら幾度もぶつけ合う。

 ルキアの戦いぶりは見事なものだった。
 常人には追う事すら出来ぬ彼の速度と力を見抜き、逆に予測して攻撃を『置いて』くる。
 それを捌きつつ、再び懐に潜り込もうとするレインを牽制しながらわずかな隙も見逃すまいと目を光らせていた。

 しかし、僅かながら埋められぬ能力差がある。
「素晴らしいなあ。しかし、天国にも地獄にも行けぬウィル・オ・ウィスプ。その燃えさしは悪魔から貰ったものだろう?」
 レインは振られた鎌の刃を掴み、月の光をルキアの瞳へと反射させた。

 そう。夜が明けきらぬのであれば――目が慣れていたとしても。
 暗闇で受けた僅かな光でも強く感じる。一瞬の隙は致命的でもあった。

 一瞬でルキアの視界からはレインが消える。
 僅かにチラつく視界でルキアは考えた。左か右か? 上か下か?
 恐らく裏から攻めるだろう。ルキアは決断し、瞬時に鎌を振る。
「おぉっと」
 軽くおどけたような声は――左から聞こえた。
 しまった、と悟ったと同時。
 ああ、そうか。そういうことか――‥‥そう理解し、ルキアは微笑んだ。次の瞬間には鈍い衝撃と鋭い痛み。
 ルキアは自分の身体から生える、血に濡れたおかしな手を見つめて動きを止める。
 彼女の心臓はレインの手によって貫かれていた。
「愉しませて貰ったよ、人間。これはボクなりの敬意だ‥‥その魂、朽ち果てるまで彷徨い続けろぉ!!」
 なぜ、この男は首に牙を立てず生き血を啜らなかったのだろう。残り少ない命の灯が消える前に、ルキアはレインの声を訊いた。

 これがこの男の敬意。破戒僧の私に、闇の眷属から敬意を払われているらしい。

「殺せなかったのは残念だけれど、彷徨うのも悪くないね‥‥」
 血塗られた手に、そっと自らの手を一瞬だけ触れさせて、ルキアは事切れる。
 むせ返るような血の匂い。きっと、この血はさぞかし甘美なものだろう。匂いは甘くレインを誘うが、これは渇きを忘れるほどに愉しませてくれた相手に対する彼の敬意。

 徐々に冷たくなるであろうその身体から手を抜きながら、レインは思った。

 もう、この渇きを癒してくれるものは現れないだろう。
 そうして彼は、またいつもと変わらぬ孤独な毎日へと戻るのだ。
 

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 gb9436 / 夢守 ルキア / 女 / 15 / スナイパー】
【 gc2524 / レインウォーカー / 男 / 22 / ペネトレーター 】
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2010年11月30日

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