▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『●薄明の人 』
夢守 ルキア(gb9436)

 人々が万聖節の前夜祭で仮装をし、楽しんでいた夜。
 時を同じくして、誰にも語られぬ戦いがあった。

 記憶からも、人々からも忘れ去られた場所の教会。
 
 当時を偲ばせるようなものといえば、今は尖塔の十字架くらいしかない。しかし古びて尚荘厳さを残すたたずまい。きっとここにも、熱心な信者は多数訪れたのだろう。
 かつては堅牢かつ、清らかさを示したと思われる白い外壁は所々風化して破損し、外からも垣間見える大きなステンドグラス――神の誕生から苦難を描いたものだが――は所々割れて欠けている。

 聖の加護すらもなくなった祈りの場所。闇の者にとって『堕ちた場所』と嘲笑い、使用するとすればさぞかし愉快であったろう。

 そんな場所へ、女性が一人侵入する。
 燕尾型の黒いロングジャケット。その長い裾には白い十字架がついている。
 同色のショートパンツとニーソックス。彼女が歩くたびに首から下げたロザリオが揺れた。
 立ち止まり、顔を天井へと向けた女性――夢守 ルキア。
「‥‥匂う」
 ぽつりと溢れた言葉。意味を噛みしめるように、ルキアは『甘い‥‥いいかおりがする』と続けた。

 それは同じ、ニオイ。
 

「永く生きるってのも考えものだぁ。何をしても退屈になる‥‥何の用かなあ、人間?」
 暗闇から静かな声が聞こえる。ルキアの歩が止まり、声の主を探す為視線が方々を彷徨う。
 声はあたりに反響し、まるで教会が声を発しているかのようだ。
「だが、この場所に足を踏み入れたが最後――」
 不意に声が途切れる。

 かわりに聞こえたのは駆ける足音。その音がふいに留まったと思いきや――
「君はここから出る事すら叶わないのだよ。精々ボクの暇つぶし程度にはなってくれよぉ」

 数瞬と経たないうちに間近で先程の声が再び聞こえた!

 耳元で聞こえた男の声。そして風を切る音。
 咄嗟に身を翻すルキア。眼前には赤い髪――金瞳の男、レインウォーカーの姿が飛びこんできた。
 振りかぶったレインの手に武器は握られていない。人間程度なら易々と引き裂く鋭い爪があれば、武器を握る必要すらないのだ。
「ふッ‥‥!」
 瞬時に鎌を顔の前に構え、その攻撃をやり過ごしたルキア。ギィン、という爪と刃が交わった金属的な音が耳に響く。
 ほう、とすれ違いざま小さく感嘆の声をあげたレイン。着地するとルキアの姿を改めて見つめ、ルキアもまた、マントをばさりと払うレインの姿をしっかりと認識した。
「教徒かね。この場に最早祈るべき対象はなく、聖なる加護もない。憐みたまえと救いの言葉を紡ぎながら旅立つと良い」
 神父のように静かな口調で語りかけるレイン。しかし、ルキアは首を振り、大鎌を逆手で握り、半回転させて構えた。
「私は破戒僧‥‥神への誓いを捨てた人間。よって祈るべき神もなければ、救われるべき対象でもないんだよ」
「お前は神を捨てたのか。そこは同じだな、お互い」
「フン。同じ、か‥‥」
 不快に思うでもなくルキアは『同じ』と口にした。
 見ればこの闇の眷属‥‥吸血鬼というのか。ルキアの見た所、中々の実力の持ち主だ。恐らく実力はほぼ互角。
 金稼ぎや教会へのあてつけという瑣末なものもあったが、ルキアは吸血鬼の血と闇の臭いを辿ってこの廃教会に訪れた。
 だが、狩るものも狩られるものも結局は同じ。対象を見つけ、寄生する。そうしなければ生きてはいけないのだから。
「戦おうか。『寄生者同士』相容れないから」

 自分と同じ、闘争を好むニオイ。

 自分と同じ、闇に安息を得るモノの匂い。

 それをレインも感じ取ったのだろう。あまり表情を変えなかった彼が、一瞬嬉しそうにニィと笑った。
「面白い事を言うね。いいよ、遊ぼうか」

 外では、鳥の飛び立つ羽音が聞こえた。



 昏い教会に響く戦の音。

 崩れた教会の天井から覗く月の光。そのわずかな明かりのなかでルキアは鎌を振るう。レインに襲い掛かる銀の色。
 それをひらりと躱しながら、素早く爪を繰り出す。それを予測していたルキアは柄を握る逆手を滑らせ、そのまま上に振り上げる。
 鎌の部分が牙のように上へと方向を変えたが、素早くレインも後方へ飛び退った。
「‥‥ははっ、なんだこれは。暇つぶしどころか、なんて愉しいんだろうなぁ」
 戦う前までは退屈そうだと思った事を取り消すレイン。金の瞳には狂気のような悦びが見えていた。
「そうだな‥‥私ときみ、どちらが消えても素敵だろうな」
 ルキアもまた、その意見に異を唱える事はないらしい。微かに口元を吊り上げた彼女は、鎌を手足のように振るってレインを徐々に追い詰める。
 レインが鎌の刃を躱せば、ルキアは柄に添えた手をつぅと滑らせて長さを変えながら石突の部分をうまく使い切り返す。

 似ているから――惹きあうようにどちらともなく駆け寄っては武器を、爪を振るう。

 似てはいるが、決して相容れぬ存在。

 なぜこんな場所にいるのかという事や、相手の性格等‥‥互いにとってそれもどうでもよかった。
 相手(おまえ)を殺したいという衝動を抱えているという事だけが共通。
 この男が血に塗れる姿はさぞ素敵だろう。人間(ひと)は嫌がるのだろうが、私はそれに――どうしようもなく惹かれるのだ。
 形として視認できるのであれば、とても鋭く‥‥触れれた刹那より斬り裂かれてしまいそうな『殺意』。
 互いに『ソレ』をまき散らしながら幾度もぶつけ合う。

 ルキアの戦いぶりは見事なものだった。
 常人には追う事すら出来ぬ彼の速度と力を見抜き、逆に予測して攻撃を『置いて』くる。
 それを捌きつつ、再び懐に潜り込もうとするレインを牽制しながらわずかな隙も見逃すまいと目を光らせていた。

 爪が大振りになった刹那、教会の壁へ向かって蹴り飛ばす。レインは体勢を整えきれずに背中から壁に激突し、劣化した壁は衝撃に耐えきれず、砕ける。
 もうもうと立ち上る埃を吸いこみ、軽くむせたレイン。身の柔軟性だけで起き上がり、ルキアの追撃から回避するように飛び上がった。
 そのまま壁を蹴り、ルキアに迫る。穿つために飛びこんでくるその姿とスピードはまるで弾丸。
 こんな素晴らしい戦いを行っているのに、月だけが静かにやってくるであろう結末を見守っている。
 豪速の爪を避けたが、風圧で彼女の頬の皮が切れた。微かな血が滲み、小さな珠となって虚空へ散る。
(人間が神を捨てた、この廃教会。互いが知っていればそれでいい)
 この戦いも、この私も。神にとっては興味すら無いのだろうから。
 


 二人の苛烈な戦いと闇の重い帳は、朝日によって破られた。
「‥‥夜明けか。朝日を拝ませるつもりはなかったのになぁ?」
 そう吐き捨てたレインにとっては忌むべき光だ。が、ルキアはそれを良しとしない。彼女の眼が、レインの顔が『さあ、どうする』と語っている。
 陽の光? 冗談ではない。そんなものの力を借りずともあくまで自身の手によって殺すのだ。だから、光のある方には逃がしはしない。
 しかし、陽の光が当たっているわけではなくとも太陽が昇るだけでそれはセカイへ与えられた祝福。そして目に見えて動きが鈍ってきたレイン。
 それが残念だと思う反面、喜びが彼女の中にも生まれていた。
 これが殺せるのだ、と。
「きみと言う存在は消滅する、ただ私だけが覚えておくよ。偽りの神からの慈悲だ」
 地獄(ゲヘナ)へ、堕としてあげる――そう言いながら銀剣に手を伸ばし、引き抜く。

「For Yours is the kingdom――And the power and the glory forever.
―――Amen.」

 ズカッ、という鈍い音と肉を断つ感触が届く。
 レインの心臓を、彼女の銀剣が刺し貫いていたのだ。
 不意に教会の天井の一部ががらりと崩れる。そこへ、陽光が差し込んでレインの身体に降り注いだ。
 しゅうしゅうと煙を立ち上らせながら、レインは激痛を感じつつルキアの事を見つめている。
 慈悲を与えると彼女が言った。そう、彼は目覚める事のない眠りへと。永遠への誘いを受けるのだ。
 もう闘う事も、血をすする事も出来ないけれど――
 
「‥‥そうか。そいつは、悪くないなぁ」

 ああ、と吐息を漏らしながら‥‥レインは光と慈悲を受けて、灰となった。
 甲高い音を立てて落ちる銀剣を拾い上げ、軽く拭ってからしまうルキア。

 そうして来た時と同じく空を仰ぐ。
 空は薄青に澄み渡り、その色を濃くしていくのだろう。

 彼女の心も同じ。最大の敵を斃し、この高揚感でいっぱいだった気持ちは再び昏く沈んでいくのだろう。

 天国にも地獄にも行けぬ私は、この心まで彷徨うのだ。

 それが私にふさわしい道なのだろう。
 ルキアはそう自嘲し、踵を返した。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【 gb9436 / 夢守 ルキア / 女 / 15 / スナイパー】
【 gc2524 / レインウォーカー / 男 / 22 / ペネトレーター 】
HD!ドリームノベル -
藤城とーま クリエイターズルームへ
CATCH THE SKY 地球SOS
2010年11月30日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.