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『其の秋の千一夜。 〜捜索人 』
来生・十四郎0883


 その日も一仕事を終えて、来生・十四郎(きすぎ・としろう)が帰宅したのは夕暮れもそろそろ終わろうかという頃だった。

「ただいま、兄貴」

 声をかけながら靴を脱ぎ捨て、どかどか廊下を鳴らして歩く。この時間なら兄の来生・一義(きすぎ・かずよし)は台所で料理をしているか、はたまたアイロンでもかけているか。
 そう考えながら商売道具の入ったカバンを放り出し、一日の埃にまみれた服を脱ぎ捨てて。だがそこまでしてもまだ、兄から返ってくるはずの「ただいま」と言う応えがないことに、ようやく十四郎は不審を覚えてついと眉を寄せた。

「兄貴‥‥まさか、いねぇのか?」

 そう呟くや否や十四郎は、きゅっと鼻に皺を寄せる。そうして兄の姿を求めて文字通り、大慌てで部屋の中に駆け込んだ。
 狭いアパートだ、一目見ればそこに誰が居て誰が居ないかなんてすぐに判る。それでも台所と風呂場を覗き込み、果てはトイレや押入れ、戸棚の中まで探してみたけれども、やっぱりどこにも一義のあの、真面目くさったすまし顔はどこにもない。
 あの野郎、と。ついに最後の戸棚をあけても誰の姿もない事を確かめた十四郎が、歯軋りしながら呻いた。

「また勝手に1人で家から出やがったな‥‥ッ!」

 無論、いくら幽霊になってしばらく経つおかげで見た目的にはまったく成長していないとは言え、あれでも良い歳になった大人だ。普通なら保護者が居なければ外出出来ないなんて事はないし、何より一義は外出したがる性質なのだから、ずーっと家に居ろ、という方が無茶なのかもしれない。
 だがしかし。
 その一義は残念ながら、生前から稀に見る方向音痴で、おおむね1人で外出すれば確実に迷子になって帰ってこれないと言う特殊スキル(?)の持ち主な訳で。
 そんな自分の方向音痴など、本人だっていやと言うほどわかっているというのに。
 どうしてあの兄は、せめて十四郎が帰って来るまでおとなしく家で待っている、という事が出来ないのだ!?

「‥‥ッたく! 迷子になるたびに探す俺の身にもなれってんだ」

 ゆえにそう、十四郎が吐き捨てるように毒づいたとしても、一体誰が責められるというのだろうか。しかも、それでも十四郎はいささかも迷う事無く、ポケットに最低限のものだけ入っている事を確認すると、すぐさま家を飛び出したのだから。
 夕暮れに赤く染まっていた町は、すでに真っ暗な夜の帳を下ろし始めていた。この頃はすっかり日の暮れるのも早くなって、町を行く人も寒さを堪えるように肩をすくめて急ぎ足だ。これから本格的に冬になれば、ますますそんな光景が増えるのだろう。
 家路を急ぐ人を横目に、十四郎はあちらこちらに視線を巡らせ、兄の姿を探す。ぽつり、ぽつりと灯る街灯を頼りに、人通りの少なくなった住宅街を走り抜け、分かれ道に辿り着き。
 さて兄はどちらへ行っただろうと、きょろきょろ見回していた十四郎の耳に、ふと何かが響いた、気がした。はっと振り返ってそちらの方を眺めやれば、今までまったく気付かなかったのがまるで嘘のように、賑やかな楽の音が流れてくる。

(‥‥何だか向こうが賑やかだな)

 あれほど賑やかな音がなぜ今まで聞こえなかったのか、という疑問はあるが、探している兄とて幽霊なのだし、同居人のことも思えばその程度はたいした事ではないだろう。それよりも重要なのは。

「兄貴、まさかあの中に‥‥?」

 思わず呟いて、それが十分にあり得る事なのだと気がついた。ほんの少しばかり好奇心旺盛ならば、思わずふらふらと近付いていった事も考えられる。ましてあの兄は、小心者の癖に変なところで大胆だったりもして。
 ならばまずは行って確かめてみようと、十四郎は迷わず楽の音の聞こえてくる方へと足を向けた。
 進むにつれてぽつり、ぽつりと浮かぶ明かりは、街灯のものとはまた違う不思議な色合いをしている。それに首を傾げつつ、さらに先へと急ぎ行けば、不意に賑やかな人の群れに辿り着いた。
 あちらこちらに色鮮やかな灯が浮かび、にぎやかにさざめき合う人々の群れ。到底現代日本では見かけないような不思議な、あるいは奇妙な衣装をまとった人々が、正体を隠すように1人残らず仮面を被り、語り合ったり、ダンスをしたり、ずらりと並べられたお料理やお酒に舌鼓を打ったり。
 ずっと賑やかに聞こえていた曲は、どうやらダンスの音色のようだ。じっ、と見ている間にもワルツ、ジャズ、ポルカにタンゴと曲を変える。まるで古い映画の中で見たような、みんなで手を繋いで輪になって、ただクルクルと音楽に合わせて回るダンスもあった。
 そこに混じり、踊る人々もやはりどこか不思議な様子。目まぐるしく入れ替わり、互いにさざめき合い、手を取ってただひらひらと踊り続ける。

(こいつらは‥‥?)

 季節柄を思えばこれは、ハロウィンの仮装パーティーなのだろう。だがそれにしてはどこかが奇妙だと、つい、と首を傾げたものの、それ所ではなかったのだと思い出す。
 ぐるりと辺りを見回せば、すぐそばにいる仮面の人が目に入った。十四郎の前に訪れたらしい客に仮面と衣装を渡している所を見ると、この仮面の人が受付代わりなのだろうか?
 もう一度辺りを見回して、他にそれらしい人も居ない事を確かめると、十四郎は「そこの仮面の人」と呼びかけた。

「ちょっと聞きたいんだが、ここに眼鏡のリーマン風が来なかったか?」
「眼鏡をお召しになったお客様――ええ、確かに来られましたよ」
「やっぱりか! どいつだ?」
「ええ――あちらの」
「あちら‥‥あの踊ってる狼男か?」

 先ほどから宴の中央で次々と新しい相手に手を取られながら、くるくるとダンスを楽しんでいる狼男の衣装に狼男の仮面を被った人物を指差して確かめれば、ええ、とこっくり頷きが返る。それを聞いて十四郎が真っ先に感じたのは――脱力感。
 あれだけ人に心配させておいて。慌てて飛び出してきたのに、当の本人はこんな、どことも知れない宴の中でダンスを楽しんでいた、なんて。

「そうかい、そうかい‥‥なあ、あんた。悪いがそのカボチャの面と吸血鬼の服貸してくれねぇか」
「こちらですか?」
「ああ。ついでにそこの魔女の帽子も」
「畏まりました――どうぞ、こちらを。お返しは結構ですよ、これはお客様の為のものですから。どうぞ、良い夢を」

 仮面の人が深々と腰を折りながら差し出してくれた吸血鬼の衣装をまずは受け取って、身体を押し込むようにして手早く着替えた。次にカボチャの面を被り、最後にぼさぼさの髪を残らず押し込むように魔女のトンガリ帽子を被る。
 我ながら珍妙な仮装だという自覚は合ったが、ようは十四郎が仮面の人に指差されるまで狼男が一義だと気づかなかったように、一義がこちらの正体に気付かなければ良いのだ。その為にも、何よりこのぼさぼさの髪の毛は何としても隠しておかなければ、あの兄はすぐに十四郎だと気付いてしまうだろう。
 そうしてすっかり仮装を整えて、十四郎は一度だけ仮面の人を振り返り、礼を言った。そうして再び兄へと視線を戻すと、ちょうど一義は疲れでもしたのか、踊りの輪から外れて1人、ふらりと並べられたテーブルの方へと向かったところだ。
 これ幸いと、十四郎も宴の人々の間をすり抜けて、だが決して気付かれないよう気配を殺しながら一義の方へ向かう。何という事はない――散々心配を掛けられたお返しに、他人のフリをして驚かせてやろう、というのだ。
 シャンパングラスをぐいと煽り、クラッカーを口に放り込んだ一義が、不意に誰かを探すようにきょろ、と辺りを見回した。そうして十四郎の姿に気付き、ああ、と親しげな笑みを浮かべる。
 まさかこの仮装で正体がわかったのか? 一瞬ドキリとしたけれども、それはまったくの杞憂だった。

「そこの方。お一人でしたらご一緒に‥‥」
「‥‥ご一緒に何だよ、バカ兄貴」

 その証拠に、どこか酔っ払ったような口調で声をかけてきた一義の言葉を聞いて、やれやれ、と諦めた嘆息が思わず十四郎の口を吐いて出る。驚かせてやろうなんて思っていたこともすっぽりと頭から抜けてしまう位の――それは、安堵だ。
 あれ、と一義が目を見張り、確かめるように十四郎の全身を上から下まで眺め回した。狼男の仮面に覆われて見えないはずなのに、ポカン、としている兄の顔が見えたような気がして、気付けば呆れた笑みが口元に浮かぶ。
 そうして小さく、肩を竦めた。

「今度は俺と踊ろうってか?」
「ああ、お前か‥‥良く判ったな」

 十四郎の言葉に返ってきたのは、どこか感心したような響きの言葉。さもありなん、どうやら一義は十四郎が声をかけるまで、まったくの見知らぬ誰かと信じて疑っていなかったみたいだし。十四郎とて自力では到底、一義を見つけ出すことは出来なかっただろう。
 そんな不思議そうな兄に種を明かすようなくすぐったさで、ひょい、と十四郎は親指で背後を指した。そうしながら視線を向けてみれば、十四郎がここへ辿り着いた時にもそこに居た仮面の人が、新しくやってきた誰かに新たな仮面を渡している。

「あいつに聞いたんだよ――人に散々心配かけたお返した」
「おや」
「あんだけ踊り回って、満足したんならそろそろ返るぞ。ッたく、どれだけ探したと思ってんだ」

 ぶちぶちと文句を言いながら乱暴に一義の手を取って、またどこかに迷っていかないようぐいぐいと引っ張りながら、十四郎は不思議な宴の出口へと向かい始めた。一義が逃げ出すと考えている訳ではないけれども、うっかりはぐれてこれ以上の面倒はごめんだ。
 だからしっかりと手を握ったまま、十四郎と一義は目元だけを隠した仮面の下から覗く唇を意味深に吊り上げた相手に見送られた。寸前、来年もお待ちしています、と声が掛かって怪訝に振り返れば、そこにはただ月の光の下に揺れる枯れ野原が広がっているだけで。
 あれほどに賑やかだった不思議な楽の音も。
 あれほどにあちらこちらと照らしていた不思議な灯も。
 あれほどにざわめき合っていた仮面の人々の群れも。
 何もかもが、まさしく秋の夜が見せた夢幻だったかのように、ただただ静寂の中で虫の音色が降り積もるばかり。ふと気付けば十四郎が被っていたカボチャの面も、吸血鬼の衣装も、ぼさぼさの髪を押し込んでいたとんがり帽子も、一義が被っていた狼男の仮面や衣装だって、何かの間違いだったかのように掻き消えてしまっていた。
 これは一体どういう事かと、しばし、顔を見合わせる。だが――そう、あの仮面の人が言っていたように、すべては夢の出来事だったのだろうか。

「‥‥十四郎。見事な月が出ているよ」
「え、月?」

 まったくおかしな宴だったと、肩を落としたら傍らの一義がそう言って、空に浮かぶ月を指差した。思わず訝しげな声を上げた後、ちら、と確かめるように眼差しだけを夜空へ向け、ああ月だな、と小さく頷く。
 そうして月の光の下で、まっすぐ一義へと呆れた眼差しを、向ける。

「‥‥呑気な奴だな‥‥で、兄貴、楽しかったか?」
「ああ、とても。たまにこうして出歩いてみると、面白い事に出会えるな」
「そーしてそのたんびに俺は兄貴を探し回る羽目になる訳だな」

 大きく大きく嘆息し、肩を落とした十四郎は、まったくお前は方向音痴の癖にとか、どうしてそう大人気ないんだとか、せめて俺が帰ってくるまで待てなかったのかとか、文句のようなお説教を始めた。そうしたらこの兄と来たら、何だかくすぐったそうな顔で苦笑するのだ。
 まったく、ともはや脱力とも呆れとも、はたまた安堵とも吐かない複雑な気持ちで、兄の手をしっかりと握り直した。あれはたいそうに不思議な宴だったけれども、彼ら兄弟の現実はここなのだ。
 だから。この現実に兄を繋ぎとめるように、十四郎はぶつぶつとお説教を続ける。けれども時折兄が空を指差したなら、一緒に月を見上げる位は良い。
 それもまた、彼ら兄弟が体験した、不思議な夢の名残なのだろうから。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号/   PC名   / 性別 / 年齢 /     クラス     】
 3179  /  来生・一義  / 男  / 23  / 弟の守護霊・来生家主夫
 0883  /  来生・十四郎 / 男  / 28  / 五流雑誌「週刊民衆」記者

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
納品が遅くなり、大変申し訳ございません。

お兄様を探して迷い込まれた秋の夜の不思議な宴、心を込めて書かせて頂きました。
弟さんはものすごく、お兄様の事を大切にされていて、それが素直に出せない方なのかな――という印象で書かせて頂いたのですが、如何でしたでしょうか。
夏のキャンプの時は‥‥ご参加なされた依頼を拝見して、この方々なら大丈夫だと思いましたので(何が

お待たせしてしまった分、お気に召す内容に仕上がっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
HD!ドリームノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2010年11月30日

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