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『其の秋の千一夜。 〜翡翠鳥 』
アルーシュ・リトナ(ib0119)


 夜の帳の閉ざされた漆黒の空にぽっかり浮かぶ、透き通るように白く輝く月を見上げるのが、天儀では風流なのだと聞いた。季節の移り変わりを楽しみ、その中に風情を見出す天儀の風習は、他の儀で生まれ育った者にはどこか、憧憬のようなものも感じられて。
 だから、ジルベリアにはなかったその風習を楽しみたいと、同じくジルベリアから天儀へやってきた恋人と2人、アルーシュ・リトナ(ib0119)は夜の野原を歩いていたのだ。仲良く手を繋いで、穏やかに微笑み合いながら夜空に浮かぶ月を見上げて、時折は他愛のない言葉を大切に重ねながら。
 それなのに。

(どこに行ったのかしら‥‥いつの間に?)

 戸惑いを隠しきれない眼差しを、夜に沈む野原のあちこちにさまよわせながら、アルーシュはきゅっと小さく手を握った。その手の中には、先ほどまで確かにしっかり指を絡め、握りあっていたはずの恋人の手は、ない。
 どんなに考えてもいつその手を離したのかどうしても思い出せず、不安に自らの肩を抱く。こんな時こそあの温もりを感じて安心したいのだけれど、そう思って幾度目かに視線をさまよわせても、やっぱりそこには彼の姿はなくて。
 不安に揺れる翠の眼差しが、ふいに夜闇に浮かび上がった灯りを、ぽつり、見出した。

(あんな所に、あったかしら‥‥?)

 あの人の姿を求めて、ほんのわずかも見落とさないように瞳に映したはずなのに、と。
 こくり、アルーシュが首を傾げた瞬間、今度はどこからともなく弦の泣くような不思議な調べが流れてきた。はっ、とまるでたった今夢から醒めた心地で目を見開くと、いつの間にやらアルーシュは、不思議な集団に取り囲まれている。
 否――取り囲まれている、と言うのは正しくないかもしれない。その人達はまるで、最初からそこに居たかのように思い思いにさざめき、くつろぎ、笑い、踊っていたのであって――まるで、アルーシュの方が場違いにこの場に迷い込んでしまったようで。
 それは天儀の人とは到底思えない、ジルベリアの貴族のような装いをした人々だった。けれども確かにジルベリアの人なのかと言われれば、それもどこか違うと首を振らざるを得ない。思い思いに過ごす人々は誰も彼もが不思議な仮面をつけていて、それはアヤカシの様でもあり、ケモノの様でもあり、また空想の中にしか居ない見知らぬ生き物の様でもあった。
 どうぞ、と戸惑うアルーシュの前に差し出されたのは、翡翠色の鳥を模した仮面。差し出した相手へと視線をめぐらせると、身体の線の出にくいゆったりとした衣装を着ているせいもあるだろう、男とも女ともつかない仮面の人が、深々と腰を折りながら翡翠鳥の仮面を捧げ持ち、仮面の奥からアルーシュを見上げている。

「どうぞ――これは、お客様の為にご用意させて頂いた仮面です」
「え‥‥? でも、私はこんな宴に出れるような格好じゃないですから‥‥」
「――おや。すでにお客様は、仮面以外の準備はお整いではありませんか」
「‥‥‥ぇ?」

 仮面の下から覗く口がつい、と笑みの形に吊りあがったのに、ますます戸惑いを覚えて自分自身を見下ろして、アルーシュは息を呑んだ。確かに、あの人と一緒に野原を歩いていた時にはいつもと変わらぬ装いをしていた筈なのに、アルーシュの目に飛び込んできたのは見た事もない、真紅のドレスだったから。
 ひどく大胆に胸元の開いた、ぴったりと身体に寄り添って身体の線を強調するかのようなドレスは、まるで血の色で染め上げたかのように一点の曇りもない紅だった。普段のアルーシュなら選ばないような色――選ばないような蠱惑的なドレス。
 ああ、と眩暈にも酩酊にも似た感覚を覚え、それから逃れようと何かに縋るような気持ちで、見上げた漆黒の空には透き通るように輝く白い月。けれどもほっと息を吐いたのもつかの間、まるで誰かが一滴の血を落としたように、ぼんやりと赤く滲んで、歪む。

(‥‥ッ!?)

 驚いて目を瞬かせると、月はまるで先ほどの光景が夢か幻だったかのように、ただただ静かな輝きを湛えて白くそこにあった。あ‥‥と、気の抜けたように息を旗アルーシュの耳に、くすくすと密やかにざわめく、周り人々の笑い声が聞こえる。
 弦の泣く楽の音。美味しそうなお料理に舌鼓を打つ人々。アルーシュが身につけているのと同じ様な大胆な衣装に身を包み、顔に仮面を張り付かせ、ぴっとりと身体を寄せ合ってくるくると踊るその光景はまるで、鳥達が戯れているかのよう。

(この人達は何なの‥‥?)

 もはや戸惑いも過ぎ去って、訝しむようにくるくると踊る人々を見つめ、顔と顔を寄せ合って談笑する人々を見つめる。自分とは掛け離れた人々――自分とは掛け離れた場所。
 それなのに、そんなアルーシュの訝りを嘲笑うように、心の中の誰かがそっと、耳元で歌うように囀るのだ。

 ――染まってしまえば良いじゃない。
 ――さあ、皆と一緒に。
 ――だってアナタはここに辿り着いたんだもの。
 ――だから、ね?

 心の中の誰かの囀りは、いつしかアルーシュの周りで踊る人々すべての言葉になった。誰も彼もが歌うようにアルーシュに手を差し伸べて、こちらへおいでと誘いを向ける。さあ、一緒に、輪になって。ここまで堕ちておいでとくすくす笑う。
 いつの間にかアルーシュは、仮面の人に渡された翡翠鳥の仮面を被っていた。そうして森の中を羽ばたく小鳥のように、差し伸べられる手をすり抜け、真紅のドレスの裾を翻し、輪を掻き分けてたった1人の姿を探す。
 たった1人の、かけがえのないあの人。私をここから連れ出してくれる人。あの暖かい、力強い腕。
 くすくす、くすくす、ひっきりなしにさざめき続ける笑い声に揺れる宴は、まるでアルーシュに絡みつくような空気を保っていた。それは明らかに人とは異質のものに思えるのに、人を惑わせるアヤカシのものともまた違う。
 無邪気な好奇心。余りにも無邪気であるがゆえに、誰かを傷つける事など想像もしない幼い子供が、傀儡遊びに興じている場に紛れ込んでしまったかのような――まるで、アルーシュ自身も誰かの傀儡になってしまったかのような。
 違うの、と呟き、人々の輪をすり抜ける。まるで森の枝のように差し伸べられる人々の手をかいくぐり、迷図の中に閉じ込められたかのような宴の中を、ただあの人の姿を求め。
 違うの、とまた呟く。私は違うの。私はそうじゃないの。私は――ワタシは――?
 弦の泣く楽の音が耳元で響く。聞いたことのない、天儀のものともジルベリアのものとも違うその旋律は、不思議とアルーシュの耳に心地よく染み渡り、アルーシュの唇はいつしか知らない歌詞を調べに乗せる。
 ふわり、舞うように翻った真紅のドレスの背中には、翡翠色の翼があった。翡翠の翼を羽ばたかせ、まさに小鳥になったような気持ちでアルーシュは、仮面の人々に囲まれた籠の中を飛び回る。
 口ずさむ調べは恋の唄。恋するあの人の姿を求め、会いたいと焦がれ焦がれて鳴く小鳥の囀り。

(駄目)

 心のどこかでアルーシュが叫ぶ。こんな私は知らない――そんな私は違うと叫ぶ。
 そんな想いは見せては駄目。こんな姿は見せては駄目。あの人の前では穏やかな微笑を浮かべて、柔らかく相槌を打って、時折優しく微笑みあって。それだけで良いの、それ以上なんて望んでいないの。
 こんな――身を焦がす想いなんて、あの人に見せては、駄目。
 いつものように、ただいつものように――それだけで良い筈だから。

(早く、オツキミを、しましょう?)

 私が私でなくなる前に、ねぇ、あなた。
 どうか私をこの鳥籠から連れ出して。どうか私をあなたの良く知る、いつもの私に引き戻して――あなたのその、暖かくて力強くて泣きたいほどに懐かしい腕で。
 翡翠の小鳥は囀りながら飛び回る。あちら、こちらと飛び回り、そうしてようやく見つけたその、長身の影。
 ああ、と熱を帯びたため息を吐いた。くらりとひときわ強い眩暈を覚え、アルーシュは求めるようにその影へと両手を差し伸べる。
 なぜだかとても、泣き出したい気持ちだった。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /     PC名     / 性別 / 年齢 /  クラス 】
 ib0119  /  アルーシュ・リトナ  / 女  / 19  / 吟遊詩人

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
納品が遅くなり、大変申し訳ございません。

お嬢様が迷い込まれた秋の夜の妖しい宴、心を込めて書かせて頂きました。
ぇー‥‥と、やり過ぎたような気が致しますが、後悔はしていません(ぇぇ
日頃のお嬢様とは違う艶やかな情景を精一杯表現しようと、なけなしのボキャブラリーをひっくり返して頑張ってみました。
某方(誰)につきましても、大好きと言って頂けて蓮華もとても嬉しいです(笑

お待たせしてしまった分、お気に召す内容に仕上がっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
HD!ドリームノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2010年12月01日

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