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『【総力戦富嶽】失われた愛玩服(プライド) 』
三島・玲奈7134)&鬼鮫(NPCA018)


――根室基地。
 龍族との激戦の末に負った火傷の感染症を防ぐ為、三島玲奈は銀の消毒液に浸かっていた。
 いつになく覇気のない表情で、白熱灯の明かりを返す鈍色の表面をみつめている。その頭上へ、冷酷な診断が断罪の斧のように振り下ろされた。
「被爆量が半端ないな……慈悲の光とやらは人外を選択して焼くのか」
 医者の言葉に僅かに両目を見開かせた玲奈だが、色のない唇は言葉を紡げずに震えた。
「と言うか君も船も余命僅かだ」
「嘘ーっ!」
 さすがに余命まで口にされては堪らない。
 ざばん、と水槽から立ち上がる。惜しげもなく晒された裸婦像の如き妖艶さと、健やかな肌色に合った健康的な色香を纏わせた玲奈を前にしても医者は至って普通である。
「僅か、ではなく。幾ばくか、と言った方がよかろうか?」
「いやいや。言い方変えたところで同じでしょ」
 がくり、と今度は銀の中へ膝をつく。さすがの彼女も堪えているらしい。
 アルコール臭い室内、医療器具から伸びるチューブが縦横に床や空間を走る。無機質な時間が玲奈の上を通り過ぎていくと、天井から吊り下げられている蛍光灯がゆらりと揺れた。
「ん?」
 玲奈の視線の先で銀の水面も微震に小さな水紋を作っていた。パラパラと細かな屑が落ちてきて、顔を上げる――と同時に大きな振動が部屋を、建物全体を襲った。
 まず天井が落ち、間髪入れずに轟いた銃撃で壁は木っ端微塵に飛び散っていく。玲奈はそれを目の端で捕らえながら水槽から飛び出し、床へ転がり落ちる――予定だった。
「なっ?!」
 全身を打ち付けるはずの床から一気に浮き上がる自分に、驚きの声を上げた。
「龍族かっ」
 我が身を乱暴に鷲掴みにしている鱗の足とギラつく爪を殴りつけながら玲奈は叫んだが、眼下の戦闘など歯牙にもかけず、龍は悠々と基地から離脱していく。
 下方から司令の怒声が聞こえた。戦闘機出撃を命じているようだったが、対露刺激を理由に副官から即座に拘束されていた。

 国後島古釜布市上空で、副官のヘリが賑やかな音を立てながら金翅鳥に接近しているところである。
「……本当か? 人間」
「偽の診断でゴリニク族を釣った」
「奴ら雌人の確保に血眼だからな」
「後先顧みぬ強硬手段で尻尾を現した」
「根城は地熱発電所か」
「貴君らは羽搏きで地中の龍すら啄むのだったな?」
「ああ望みを言え」
「金満女の来世が金翅鳥なんだろ? 誰か教えろ。紐になりてぇ」
 嘲る声が薄雲で霞む空に響いた。

 金翅鳥の羽搏きで、砂嵐のように周囲が薄茶に煙る。龍族が身を潜める地下施設が、やがてその姿を現した。龍を喰らう貪欲さを剥き出しにする金翅鳥を掻い潜り、間断ない連射が建設現場を空爆する。一方、副官率いる部隊が施設を急襲していた。
 侵入を阻止しようと、龍族は激しい抵抗をする。
 爆音が炸裂する中、巨躯を誇る龍族のボスが姿を見せた。
「敵を呼込むとは何事か」
 苛立った声は叱責というより怒声である。
 法華経に曰く、獰猛な金翅鳥も龍女の息子だけは捕食しない。そんな意外な事実が判明し、龍族は拉致に長けたロシアのゴリニチ龍達に人間の女を拉致させ、龍の男児だけを繁殖させよと命令したまでは計画通りに進んだが、肝心の姫君が重傷を負ってしまいすべてが狂った。それだけでも怒り心頭であるのに、ここに到って尚も執拗に金翅鳥は現れる。それが何よりも腹立たしいのだ。
「ヴォォォッ!!」
 口蓋を奥まで見える程に開け、くらむ程眩しい火焔魔法を峻烈に吐き出す龍。
 爆風と衝撃波の中から人影がにじり寄るように近づいてくる。煙が薄れた先で悠々と歩を進めていたのは鬼鮫だった。爆風と熱で陽炎が地上を揺らめかせる。
「援軍は呼んでないっ」
 副官は頬をひくつかせながら嘯いた。
「裏切者が俺を呼ぶのさ!」
 ニタリと笑った鬼鮫が笑った刹那、籠から零れたリンゴのように副官の頭部はゴロリと地面へ落下した。吹き上がる血飛沫を一瞥した鬼鮫は、止まない爆撃の中、踵を返して施設内へと向かう。

 治療の最中に再度拉致された玲奈は、従順な龍達から望みを問われて素直に答えると、乞うた通りにチア服やメイド服を与えてもらい、着せ替え人形になって楽しんでいた。
 表の戦闘に気づかない彼女はまさに至福の時を過ごしていた。
 そこへ、突如乱入して来たのは返り血で赤く染まった鬼鮫だった。銃火装備で厚い扉を吹き飛ばし、驚く玲奈と身構える龍の前へ立ちはだかる。
 姫を護らんが為と龍は次々と奪還者の前へ踊り出て、牙や爪を振るうがすべて鬼鮫に一蹴される。まるで赤子の手を捻るように、それは易々と、淡々と行われていった。
 血反吐を吐いて、くず折れていく下僕をみつめ、
「いい人達なのに斬るの?」
 玲奈は自然に呟いていた。
 咥え煙草の火をフィルターぎりぎりまで吸い寄せ、
「一遍死ぬか?」
 呆れたように脅すように鬼鮫は言い放った。吐き出された紫煙は、室内に充満する埃と硝煙に紛れて消える。
「!」
 本調子ではないことはわかっていた。けれど、自分を甘やかすように従ってくれた龍達の惨劇を目にした今。無視するわけにはいくまい。フリル満載のメイド服の裾を握り締め、玲奈は奥歯を噛み締めた。
「死なないわよ。不吉なこと言わないでくれる……っっ!!!」
 床を蹴り、一気に間合いを詰める。鬼鮫の懐へ飛び込み、拳を肝臓へ向けて捻り込んだ。だが、その攻撃はすんなりとかわされる。
「やれやれ」
 間近で見上げた鬼鮫の顔。嫌味なくらいに笑っている。後方へ飛び退り、距離を取る。使える武器は何でも使ってやろうと、早々に倒れた龍の手からマシンガンを奪った。
 床上に累々と重なる龍の死体や建物の残骸越しに銃をぶっ放す。白線を潜り、弾切れすれば落ちている剣を取って斬り合った。鋼が擦れる耳障りな音が響く。
 珍しく玲奈の息が切れた。肩を大きく揺らしながら呼吸をする。せっかく龍達が用意してくれたメイド服が、コンクリートの粉塵で白く薄汚れてしまった。早く鬼鮫を片付けて埃をはたきたい、せめて写真撮影だけでも――
 よけいな事に意識が向いてしまったからか。はたと気づいた時には、眼前に鬼鮫が立っていた。
 余裕綽々といった具合に、咥え煙草をぺっと吐き出し、
「残念だな」
 後手に回ってばかりだった玲奈を見切り、鬼鮫が言い放つ。彼女の気に入りのドレスをそのプライドごと切り裂いた。
「メイド服が…制服が…体操着が」
 その場へへたり込む玲奈。煙草を取り出し、一服始めた鬼鮫が、ここまでで勘弁してやると吐く。
 戦闘はいつのまにか終了していて、息絶えた哀れな従者の亡骸の中で、玲奈はひとり声を上げて泣いた。

PCシチュエーションノベル(シングル) -
高千穂ゆずる クリエイターズルームへ
東京怪談
2010年12月02日

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