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『Happy Happy Wedding 』
サクラ・キドウ(ea6159)&アルテス・リアレイ(ea5898)&ミリート・アーティア(ea6226)



 静かに、控えめに、人々が集まる。
 人目をしのぶようにして集まったかのように思える彼らだが、しかしその実、あたたかい笑みを浮かべており、とても嬉しそうに見えた。
 それもそのはず。彼らは今日、門出を迎える二人を祝福するために集ったのだから。

 ――2月14日。セントバレンタインデー。男女が愛を誓う日、それが今日。
 アルテス・リアレイとサクラ・キドウが、永遠の愛を神と友人たちに誓う日。

 この日を迎えられるようになるまでに、何の障害もなかったわけではない。アルテスはエルフ。サクラは人間。彼らの出身であるイギリス王国や神聖ローマ帝国において異種族間の婚姻はタブーとされている。アルテスが神聖騎士であろうと、いや、神聖騎士であるからこそ、教会から許しを得られる見込みはなかった。
 無論、教会での挙式は望めない。ゆえに森の中にある小さな小屋を借りた。木材や薬草の採集に森を訪れた者が体を休めるための小屋で、ダイニングのような部屋のほかにベッドルームもあるにはあるが、立派な式を挙げるには狭すぎる。しかし、「立派でなくてよいから、友人たちに見守られながら誓いたい」――それが二人の望みだった。
(……何だか感慨深いなぁ)
 新婦の親友であり新郎の友人でもあるミリート・アーティアは、本日の特等席となるであろう位置で、彼らの登場を待っていた。
 彼らが歩んできた道がどんなものであるか。彼らがどれだけ深く想い合っているか。よく知っているから、今日が来るのが楽しみで仕方なかった。
(イッパイお祝いしてあげないと♪)
 準備は万端。ふふふ〜と頬も緩んでしまう。
「あ、来たみたい」
 ベッドルームは更衣室となっている。その扉が開く音を耳にして、参列者はみな、廊下の先を注視した。
 彼らの目にまず飛び込んできたのは、新郎アルテス。体の線に沿った黒の正装で、首からロザリオをさげている。左手には愛する人の右手。そっと乗せられていたその手をやさしく握り締めてから、ゆっくりと、自分のほうへ引き寄せる。
 そうして新婦サクラがアルテスと並んだ。首元をやや詰めた長袖の白いドレスで、腰は背中側のリボンで絞り具合を調節できるようになっている。細身ながらも剣を振るえる体は適度に引き締まっていて見る者に厳粛さを感じさせるものの、一方でふわりと広がるスカート部分が彼女の女性らしさを際立たせる。
 ふたりは皆の待つ部屋に入る手前で立ち止まると、姿勢を正してから、深く一礼した。それから歩みを再開する。左右に分かれた友人たちの間を一歩ずつ、正面を見据えて。小さな小屋の小さな部屋だ、距離はない。奥に寄せられたテーブルの前にもすぐに着いた。テーブルには白い布がかけられており、中央に置かれた十字架に輝きを与えている。
 静かに待つ十字架に対し、ふたりは厳かに頭を垂れた。
 わずかな時間の後、再び頭を上げてから、アルテスが唇を開いた。
「……僕、いえ、私は」
 緊張からだろうか。一呼吸おいて、仕切りなおす。
「私アルテス・リアレイは、サクラ・キドウを妻とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、サクラ・キドウを愛し、敬い、慰め、助け、命の限り守ることを、誓います」
 今度は一息で言い切った。ふぅ、とかすかに安堵のため息を漏らした後、それを隠すように繋がる手に力をこめた。
 次はキミの番、とアルテスが微笑んでみせるも、さすがのサクラも緊張した様子で目をしばたかせる。アルテスはもう一度、今度はより力強く、サクラの手を握る。
「わ……私、サクラ・キドウは、アルテス・リアレイを夫とし、良き時も悪き時も……富める時も貧しき時も……病める時も健やかなる時も……アルテス・リアレイを愛し、敬い、慰め、助け、命の限り守ることを……誓います」
 サクラの頬は桃色を通り越し、瞳も潤んでいた。指輪の交換のため自分のほうを向かせてアルテスはそれに気づき、胸がきゅっとした。
 順に互いの左手をとり、その薬指に銀の指輪をはめていく。専用にサイズを調整された指輪は各人の指にぴったりとはまり、窓から差し込む陽光を受けて輝いた。
「……」
「……? アルテス、どうかしましたか?」
 急に動きを止めたアルテスにサクラは慌てた。自分は何か間違えただろうか、あんなに練習したのに――不安になって、アルテスの顔を覗き込んだ。友人たちも顔を見合わせているのが伝わってくる。
 けれど、言ってしまえばただの取り越し苦労だった。自分の指にはめられた指輪に触れて笑みをこぼしたサクラ、その笑顔を堪能していただけなのだが、これをサクラが知るのは今夜の話。
「サクラさん」
 できることなら永久に堪能したいところだが、見惚れてばかりもいられない。アルテスは高潮するサクラの頬に指先を伸ばした。次に何が来るのかを察して、サクラの瞼が下ろされる。
「……アルテス、大好きですよ……。私、幸せです」
「ええ、僕も……幸せです」
 アルテスも目を閉じる。少しだけ顔を傾けながら。頬に触れる指先からサクラの熱さを感じ取り、つぃ、と撫でる。
 誓いのキスは、互いを想う心を感じさせるものだった。
 短い間のことだっただろう。それでも立会人たる友人達の胸にはしっかりと刻まれたはずだ。
 唇を離し見つめあうふたりへ、大きな歓声が贈られた。



 程なくして、小屋の外ではパーティーが始まった。テーブルが出され、各自が持ち寄った料理や酒が並べられている。新郎新婦はいったん更衣室に下がってからまだ現れていないので乾杯こそしていないものの、友人たちの盛り上がりようは結構なものだ。新郎新婦が今後どのような夫婦になっていくかについて、こうだ、いやああだ、と勝手な憶測で熱弁を振るい合っている。
「もう、みんなったら」
 窓からその様子をうかがうミリートは肩をすくめた。といっても、とがめるという風ではないが。
「大丈夫。楽しんでくれるのが一番ですから。……ミリート、来てくれて嬉しいです」
 ベッドに腰掛け休憩するサクラも、口元がほころんでいる。いつもは冒険者らしく動きやすい服装で髪も簡単に束ねるばかりの親友が、今日は髪をおろし礼服に身を包み、まるでどこかのお嬢様のように見えて。
「……ミリートも幸せに?」
「なっ、ちょっ、ええっ!? なんで今そんなっ」
 小首をかしげるサクラに、ミリートは手を顔の前でぶんぶん振って抗議した。
 しかしすぐにその手もおさまり、恥ずかしそうに視線をそらす。
「……うん……まあ、うらやましいなって思ったんだけどね」
「その時は呼んでくださいね」
「も、もちろん! ……いやぁ、ええと、すぐにってわけにはいかないかもしれないけど」
 脳裏に誰かさんの姿を思い描いているのだろう、ミリートの耳が赤くなっている。
 女の子同士の約束。
 コンコン、と開きっぱなしだったドアからノックの音が響いた。
「お楽しみ中のところすみません。そろそろ行きませんか? 外は早くお酒を飲みたくてうずうずしているみたいですし」
 立っていたのはアルテスだった。
「そうだね、主役が行かなくちゃ始まらないもんね」
 傍らのリュートベイルを手にミリートが立ち上がる。
 サクラも続こうとしたが、アルテスはそれを手で制した。エスコートするのだろうと考えたミリートは先に部屋の外へ出て、彼らのために道をあけた。
「思ったんですが、僕だって男、少しくらい大胆にエスコートしても構いませんよね、サクラさん?」
「え?」
「――ううん。今日からは愛しい妻、サクラって呼ぶことにするよ」
 エスコートと言っても手をひく、もしくは腕を組むくらいだと、ミリートもサクラも考えていた。だが違ったらしい。サクラが身構えるよりも早く、アルテスは彼女を横抱きにしていた。
「きゃ!? あ、アルテス……いきなりっ」
「ほら暴れないで。危ないよ」
(これってお姫様だっこ!?)
 朱を通り越して真っ赤に染まったサクラも、落ちると言われてはアルテスにしがみつくしかない。彼の体に密着して、自分を支える手と腕の感触を味わい、顔やら首筋やらが近くにあろうとも。声が、吐息が、耳にかかるとしても。
 そしてミリートも真っ赤になっていた。なりすぎて、「はうぅぅー……」と呻いている。
「ミリートさん、どうぞ先に行ってください」
 当の本人は涼しい顔で促すが、前述の状況にあるミリートが颯爽と動けるはずもなく。
 盛大な拍手で迎えられたアルテスとサクラには、花嫁の介添えよろしくミリートが追従していた。


 調子を取り戻したミリートが演奏したのは、新婚カップルのこれからの暮らしがそうでありますようにと願いをこめた、明るくて楽しい曲で、歌までついてきた。あまりにもよい演奏で、よい歌だったものだから、気づいた時には誰からともなく踊り始めていた。
「ふたりとも、おめでとう。これから先も、ずっとずっと幸せにね♪」
「……ありがとう、ミリート」
 感極まったサクラの目尻に涙が浮かべば、アルテスがそっとハンカチを差し出した。
「フィナーレだよ、頑張って」
 呼吸を落ち着けると、サクラはうなずいた。ブーケを携えて友人たちに背を向ける。ミリートを含めた未婚の女性達はその元に集った。
「行きます!」
 後ろ向きに投げるというのは難しい。力加減はわからないし、油断すると斜めに飛ぶ。
 しかし白の中に青い花を散らしたそのブーケは、実にきれいな放物線を描き、導かれたかのようにミリートの腕の中へと収まった。
「え、え、あれっ、私がもらっちゃっていいの!?」
 僥倖に驚くミリートに対し、返答代わりに皆がおめでとうと祝辞を述べる。アルテスとサクラは目を見合わせ、その後に笑って檄を飛ばした。
「さっきの約束、近いうちに果たしてもらえそうですね」
「僕も楽しみにしていますから」
「うぅっ……なんか私プレッシャーかけられてる?」
 眉毛を八の字にして訴えるミリートだったが、表情はまんざらでもないと語っていた。


「皆さん、今日は本当にありがとうございました」
「これからも、私たちふたりをよろしくお願いします」
 新郎新婦が揃って礼をして、式は終わりを告げる。
 ふたりはこれからも苦楽を共にし、友人たちとも充実した時間を過ごしていくだろう。
 けれどそれはまた、別のお話。
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2010年12月06日

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