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『私の大切な貴女へ…… 』
シェアト・レフロージュ(ea3869)&ユリゼ・ファルアート(ea3502)


●リゼへ
 お元気ですか?
 北の地は冬が早いというけれど、貴女がいる蝦夷はどうですか?
 こちらは秋も深くなって、木の葉が色づいてきていて、とても綺麗です。
 
 お手紙を出したのは、急で申し訳ないのだけれど、リゼにお願いがあるの。
 この時期でないとできないことで、貴女が一緒でなければダメなのよ。
 大変かもしれないけれど、1度パリに帰ってきてくれると嬉しい。

 ちょっと考えてみてね。
 待ってます。


●手紙の本当の……
「……一体、何事かと思ったわ」
 呆れ半分なため息を吐きながら、ユリゼ・ファルアート(ea3502)は月竜・フロージュの背からふわりと降りた。フロージュを仰げば、未だ竜上にいるシェアト・レフロージュ(ea3869)が、くすりと微笑んでいる。
 なぜか心の隅に、もやもやと薄黒いモノが沸く。お願いやわがままなんて、滅多にないシェアトの『お願い』だったからこそ、遠いジャパンから帰ってきたのに。
「ふふふ、久しぶりにレンヌの収穫祭に来てみたかったのよ。ありがとう」
「………………はい、姉さん」
 ユリゼが内心『むっ』としていることは分かったが、それでも差し伸べてくれる手が嬉しくて、シェアトは素直に自分の手を預けた。フロージュの背から降りるのを助けてくれる、何だかんだで優しい義妹に頬がゆるみ。シェアトは、ゆるりと小首を傾げて、微笑んだ。
「そんなに呆れた顔をしないで? 小さい頃の様に引っ張り回してくれたら嬉しいのに」
 穏やかな声音、優しい微笑み。
 勝てないな、と思う。
 大好きな人に、そんな優しい笑顔で、心落ち着く声音でお願いされたら……イヤだなんて言えるはずがない。
「ほんと、姉さんはずるい」
「リゼ?」
「何でもない。……何時も無理言っているものね。父さん母さんには言わなかったけど、行きましょ?」
 意地になっているのか照れているのかわからない、素直になれない義妹が、改めて差し出す手に手を重ね。きっと義妹にとっては遠い昔……自分にとってはまだこの間のことのような、懐かしい頃を思い出す。義妹が幼かった頃のように手を繋ぎ、豊かな実りを祝う秋の祭りへと歩き出した。
 並んで歩く二人の背を、月竜は静かに見送っていた。


●久しぶりの故郷の……
 マーシー1世が優れた政治家であることを認めざるをえないのは、かの人物が治める領地の豊かさに起因する。
 人の豊かさを求めるがゆえに、森を伐採し、山を切り崩し、海を汚すことなく。海に面し、森も深く、街も栄え――人と精霊の共存が図られた場所・レンヌ。
 王都・パリに比して、戦火が遠いこともあり、人々の生活に陰りは見えない。
 吟遊詩人が奏でる賑やかな祭りの音色に、人々の喧騒……旅芸人が披露する技に感嘆の声が上がり、豊作を祝って振舞われる出店の料理を勧める客引きの声も高く。けれど1番の賑わいは、レンヌを治める領主一家の乗る花馬車のパレードだった。
 領主であるマーシー1世を始め、その統治を支える優れた公子達の姿を、領民は歓喜して迎え入れる。
「フロリゼルさま、お元気かしらね」
 変わらず鮮やかな人で居て欲しい……。ユリゼの心に在る姿を遠目で探すも、領主一家の乗る花馬車に、夏の鮮やかな陽光に似た金の髪は見つからなかった。代わりにユリゼの目を惹いた青年は、マーシー1世譲りの燃えるような赤い髪の持ち主だった。あれが、かつて公女から聞いた、優れた父の才覚も受け継いだという子息だろうか。
 領主一家が乗る花馬車に続く馬車には、収穫を祝う乙女達が乗っている。乙女達から振舞われるのは、秋咲きの薔薇の花弁や実りの果実、あるいは祝い菓子。
 歓声を上げて帽子や、あるいはエプロンドレスを広げて受け取る人々の後ろで、シェアトも気前良く配られる祝い菓子を、てのひらで受け止めた。
 1つ、2つ……雨のように降る菓子で、手のひらはすぐにいっぱいになってしまう。
 あふれそうな菓子が、何か別のものに見えて、シェアトはため息のように淡く囁いた。
「ね、リゼ。ブランシュ騎士団って何なのでしょうね……」
 ふと投げられた問いに、ユリゼの肩が小さく跳ねた。
 ブランシュ騎士団の名に、真っ先に浮かぶ人物。思い返すだけで、心が痛む。
 気持ちに整理を付けなければと思っても、割り切ることは難しい。
 交わした言葉も、温もりも、時間にさらされて「良い思い出だった」なんて箱に入ってくれるほど、『過去』になっていない。思い出の色になんて染まってくれない。
 想いが全て心の中で落ち着く場所もなく、ずっと吹き荒れたまま……自分の中にある。
 シェアトの問いに返す答えを未だ持たないユリゼは、ただ黙り込むしかなかった。
 大切な義妹の強張った表情に、シェアトはそっと瞳を伏せた。
「冒険者の騎士との違いは何かとこの頃考えててね……」
 シェアトの脳裏を過るのはシュバルツ城での戦いでの藍分隊。藍に限らず、縁を得ることのできたどの分隊の、どの騎士も、何かを内に秘め、あるいは抱えて剣を持っているように見えた。
「この国の、王と民に命を捧げる白き盾と剣――国の殉教者たる者、なのかな、って思ったのよ」
 ノルマン王国の誇る白き騎士団に名を連ねる名誉は、夢や理想だけを糧に得られるものではなく。得る代わりに相応の代償を支払わねば得られないのではないか……。
「自らの命を盾と剣に代える時、誰か大切な個人の顔ではなく国と民、大きなものを思い描いて、冷静に私や個を消していく……人らしさを保ちつつ何時でもその覚悟が出来ている人達なのではって」
 手のひらからこぼれ落ちそうになった菓子を、そっとユリゼの手に落とし。
 そうして空いた手のひらには、また一つ二つと花菓子が落ち、満ちてゆく。
 祝い事だから、ケチなことは言わない。豊作を祝い感謝し、その想いは大地へ返す。受け止め切れなかった、あるいは拾われることのなかった菓子は大地へ還るのだろう。
 ――けれど。
 ブランシュ騎士団の騎士である誉れとともに得る、所属する分隊を表す色を帯びたマント留め。シュバルツ城での戦いで、藍分隊の騎士たちは……隊に戻らぬ仲間のものだというそれを、ズゥンビの群れの中へ投げ捨てられた。
 怒り、冷静さを欠きそうになった分隊を一喝し、正したのは分隊長だった。仲間が失われたとあれば動揺してしかり。それこそが敵の狙いとはいえ、僅かにも揺るぎはしなかったのは、揺らいだ騎士達とどちらが人間らしいのか。失われた仲間の一人は、分隊の副隊長であったのに。
 血族を滅ぼし、民を苦しめ、長く国に動乱を齎したかつてのカルロス伯は、シェアトの仲間達とブランシュ騎士団の騎士達によって討たれたが、マント留めを探し出したのはシェアトだった。
 ズゥンビの腐肉が汚泥のように溜まり広がる戦場で、シェアトが拾い上げなければ、マント留めはどうなっていたのかわからない。城内を片付ける時に探索されたかもしれないし、あるいはズゥンビの屍骸と共に片付けられたのかもしれない。
 冷たいと判断することは容易い。
 けれどあの場で戦線が瓦解していたら、カルロス伯を討つ事は出来なかっただろう。
 あの分隊長が悲しまなかったかは、シェアトには知りえないことだ。
 幾つもの戦いを越えて、失われた命は少なくなく。国に殉じた騎士の不在を埋めるのもまた、騎士で。
 冒険者仲間の騎士の中にも、ブランシュ騎士団を志し、あるいはその中に身を投じた者がいる。
 若い、しかし巣立ち行く知己達の夢と恋、現実……。
「合っているかどうかなんて解らない。けれど……彼らの傍らにあると言う事は瞬時に棄て行く想いや個を預かる事なのではと思うのよ」
 目蓋を閉じれば、今でも鮮明に思い返すことができる、戦場の光景。
 たくさんの腐肉と血潮が流れ溜まる広間の中、翻るのは白の戦布。
「リゼ、貴女は……どうだった?」
 改めて問われ、ユリゼは俯く。手のひらからあふれそうになっている花菓子が目に入る。
「……私、私は……」
 次から次に撒かれる菓子は、滾々と湧き出る泉の水のようで――まるで、際限なく尽きない己の悩みのよう。
(「そう言えばフロリゼル様のお兄様も……」)
 話を聞いてくれた彼女は、いない。もしかすると、今はパリにいるのだろうか。
(「貴女ならどう、応えられますか…?」)


●振り返ればみえたのは……
「フロリゼル様は?」
 緑が濃く薫る季節に再会した時。訊ねると、公女はどこか困ったように微笑んだ。
 珍しい表情だと思ったのを、覚えている。
「私は難しいわね、出戻りだし。出来ることで父上やレンヌの役に立とうとは思うけど……なかなかね」
 公女という地位に生まれ、騎士という立場を選んだ彼女は、己の手へと視線を落とす。
「守りたいものが多ければ多いほど、守るための力もたくさん必要よ。そして、地位が上であるほど力は大きい。この国で確実な力を願うなら、国1番の騎士団はブランシュ騎士団……更にその上を目指すのが良いと思う。剣を選んだ身としては、単純にそう思うわよ。色んなことを割り切ったり、飲み込めないと上にはいけないし、そんな単純な話でもないのだから」
 剣を持つ固い手のひらは、深窓の姫君の手からは遠いもの。
 民のため、父母のために出来る事を選んだ結果、出来上がった手だから、誇りに思う手。
 それでも、その手で掴む事ができるのは、多くはない。
「私達はね、領内で一番豊かじゃないといけないの。そういう家族に生まれたから。それはとても恵まれていることだと私も知っているから笑うわ。1番の人達が不幸そうな顔してたら、民はもっと不安になるから、何があっても笑っているのよ。父上なんか陰謀策謀だいすきでーすって隠してないけど、いつも笑っているでしょう?」
 ユリゼが訊ねたことから、少し話がそれたように思えたが、何か意図があるのだろうと1つ頷いて、続きを待った。訝しげな表情が顔に出ていたのか、公女が小さく笑う。
「それは陛下も同じ――結局は為政者なのよ。陛下の場合は、すっとこどっこいだけど、それで皆が助けるんだって発奮するんだから、良い方向に向いてると思うのよね」
「ああ、それはわかるかも」
 放っておけないという感情を抱かせるのだ。その結果、幾人の冒険者が、幾つの冒険をしたことだろう。
「……あれ? でも……」
「そうよ、笑っていて欲しいって『思わせる』のも才能よね。でも、笑っていて欲しいって『思う』人もいるのよ」
 首を傾げたユリゼに、公女は笑った。正解を掴んだ子供を褒めるような、笑顔。
 思わせる人が誰で、思う人が誰なのか。
「騎士なんてね、名誉があってのものなのよ。実をとるっていってても、誉れがなかったら、騎士の存在そのものが成り立たないんだから。誇りじゃ実際食べていけないって話も聞くけどね、誇りに拠ってようやく立っている人間もいるの。――意地っ張りで折れられないんだから、合せてあげる懐の広さっぷりを示してあげて」
 公女の言葉がわかる自分と、わかりたくない自分がいて。
 ユリゼは頷く事も、反論することもできなかった。
「って貴女にお願いするのも酷かもしれない。結局、男は女とは違う生き物なんだから、理解しようとしても無理よ。だから、貴女が辛くない所でいいの。でもそこにいくまでに、心を殺すことなんてしないで……悩みなさいな」
 そっとユリゼの頬を包むように両手を添えて、まっすぐに見つめる。

 ――己を映す鮮やかな青が、夏空のようだと、思った。


●そして、心は常に
「騎士である事を理解しようとは思ったかな……けど、何かとは考えていなかったかも」
 以前交わした言葉を思い返し、今またシェアトが話してくれた言葉を受け止めて、ユリゼはようやく……漸く、ぽつりと零すように答えた。
 どうしていいかわからなくて、積み重ねた思い出も交わした言葉も全て内に在るのに。
 闇雲に目を耳をふさぐだけの日々の中、それでも待ってくれる人がいたのだ。
「……ごめんね。でも、もう少しだけ時間を頂戴。大丈夫、いつかなんていわない……ちゃんと、心の中で色んな欠片が落ち着く場所を見つけられるから」
 シェアトはやわらかな笑みを浮かべ、頷いた。
 今返しうるユリゼの精一杯の答えだと、理性でなく、これまでの絆から知っていたから。
 ユリゼと自分の手に満ちた花菓子を広げたバンダナで包むと、ようやく空いた互いの片手を繋ぐ。
 菓子は片手に――分けて持てば己が片手よりも多くのものを持てる。
 そうして歩む道のりは、一人より……温かい。
 きっと。
WTアナザーストーリーノベル -
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2010年12月09日

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