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『熱闘! 障害物競走 』
幸臼・小鳥(ga0067)
●ただ今、大運動会中
 秋が来た――と一口に言っても、その中身は様々であろう。読書の秋な者も居るだろうし、芸術の秋だと洒落込む者も居るだろう。もちろん定番となっている食欲の秋だってある。
 その日、とある場所において秋の大運動会が行われていた。つまりはスポーツの秋である。気候のよい青空の下で汗を流すというのは、とても気持ちのよいものだ。
 プログラムも滞りなく進み、出場者たちも懸命に身体を動かして心地よい汗をかいていた。そして、続いて行われる競技は障害物競走。コース途中に設けられた様々な障害物を突破してゴールを目指す競技であることは、こうして改めて言うまでもないことなのだが……。
 しかしながら、今回用意されていた障害物はよくある物に見えて、実はそうではなかった。出場者たちはそのことを、これから身をもって知ることになるのであった。
 それを簡単に表現するとこのようになる――ご愁傷様、と。

●スタート前の緊張
 観客席から大きな声援が届く中、障害物競走第1組目の出場者たち5人がスタートラインに並んでいた。その内訳は女性4人に男性1人、もっとより見たまま正確に言うならば小学校高学年くらいの女の子3人と少女1人と青年1人である。
 この組み合わせでは一見青年が有利そうに思えるが、障害物競走においては実はそうとも限らない。100メートル走などの純粋に身体能力で決まる競技ならばその通りだろうが、障害物競走は走ることよりもいかにもたつくことなく障害物を突破出来るかということが重要である訳で。障害物の種類によっては、成人男性よりも小さい女の子の方が有利だったり物もあるかもしれないし、運に左右されることも大きかったりするのだ。
「だ、大丈夫。私……頑張ろぉ……うん」
 スタートラインの中央に居た銀髪で小柄な女の子――幸臼小鳥は、両手をぎゅっと握り締めながら、自分を励ますようにそうつぶやいた。顔は少々落ち着かぬ様子で、左右に並ぶ者たちにおどおどとした視線を向けている。
 そんな小鳥から見て右側には背丈も同じくらいの金髪の女の子たち2人が、そして左側には金髪の少女と茶髪の青年が居た。ああ……触れるのを忘れていたが、女性陣は全員大きく背伸びでもしようものならおへそがちらっと見えてしまいそうな体操服にブルマという、一部の者たちにとっては歓喜するであろう姿である。……え、男性はどうなんだって? 体操着です、以上説明終わり!
(この並び、ダントツで勝ったらブーイングされそうなあれだよな……)
 外枠に立つ長身で細身の青年――龍深城我斬は自分の右側に並ぶ女性陣を横目に、ふとそんなことを思った。まあ5人中3人が小さな女の子だからして、勝ったら観客からの多少の反感は覚悟しておかなければなるまい。しかしだからといって手を抜くつもりは我斬にはない。正々堂々と挑むのみである。
 我斬の右隣の少女――セリスはコースを遠くの方まで眺めながら、何やら思案しているように見えた。どのように攻めるべきか考えていたのかもしれない。
「リリィ、頑張りますっ♪」
 小鳥の右隣に居るお嬢様風な女の子――リリィはそう言って可愛らしく小さなガッツポーズをしてみせると、観客席の方に向けて大きくゆっくりと手を振って見せた。間髪入れず歓声が返ってきた所を見ると、彼女を応援に来た者がそこに居たのだろう。
「ふっ……こんな時、どうすればいいかあたしはこう教えられてきたから何の問題もないわ! 曰く、『まずは落ち着け』ってことよ!」
 一番右端に立つツインテールの女の子――天道桃華は余裕綽々といった表情でそんなことを口にした。教えというのはどうも、桃華が尊敬する父親から伝えられた言葉であるらしい。ともあれ、落ち着くというのはレース前には大切なことだ。当たり前の言葉かもしれないが、なかなかいい教えをしている父親であろう。
 合図がありスタートラインにきちっと並ぶ5人。そしてスタートの号砲が鳴らされると、一瞬小さくなっていた観客席からの歓声がまた一際大きくなった。5人は一斉に最初の障害物となるパン食い目指して走り出した――。

●食うか食われるか
 第1の障害物はパン食いだ。パン食い競走として単独でも行われることがあるくらい、ポピュラーな障害物である。仕掛けとしては紐にパンを吊るすだけの非常に簡単な物だが、その吊るす位置を絶妙にコントロールするととても面白いことになる。ジャンプしてぎりぎり届くかどうかの場所に設定出来ると、出場者が悪戦苦闘する姿を楽しむことが出来るのだ。
 先頭でやってきたのは案の定我斬である。だがしかし、最初に来たからといって最初に抜けられる訳ではないことは、先の説明からも分かることだろう。
 我斬もまた最初にジャンプした時に少しパンに当たってしまったがゆえに、2度目からは揺れるパンに向かって喰らい付くことになってしまい、難易度が地味にアップしてしまっていた。その間に2番手でやってきたセリスが一発でパンに噛り付き、我斬を追い抜いて次の障害物へと向かっていったのだった。
 それからほぼ同時に小鳥とリリィと桃華が到着し、横一線となったかに思われたのだが――。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
 突然聞こえてきたのはリリィの悲鳴。先に抜けていたセリスも何事かと思って振り返ってみると、何とそこにはパン――の姿をしたキメラが牙を剥いてリリィに襲いかかっていたではないか!
 騒然となる観客席、リリィ危うし! ……と一瞬なったのだが、パン型キメラの牙がリリィの肌に突き立てられることはなかった。何故ならば、パン型キメラはするりっとリリィの体操服の中に滑り込んでしまったからである。
「えっ!? ちょっとっ……何なのぉっ!?」
 突然のことに動揺するリリィ。だが次の瞬間――。
「やんっ! あっ、やだっ! くすぐった……ひゃあんっ!!」
 身体をびくんびくんさせて悶えるリリィ。体操服の中に入り込んだパン型キメラがリリィの肌の上を這いずり回って、ぶちぶちと下着だけを喰らっていたのである。もちろん上だけでなく下の方も狙われていて……。
「やあああああああああっ!!!」
 リリィはブルマの上から必死に押さえているが、パン型キメラを止めることは出来ない様子。恐らくものの数分のうちには、パン型キメラはパン型パンツ食いキメラとなっていることであろう。
 このようにリリィが罠に引っかかって観客の視線を一身に浴びている中、まず小鳥が抜けて、次いで我斬、それから桃華という順番でパン食いの障害物を抜けていっていた。リリィが抜けたのは、言うまでもなく下着を全部喰らい尽くされた後のことであった。

●これ、ぬるぬるしてます
 第2の障害物はプールである。といっても水泳で使うような立派なプールではなく、地面をちょっと広く深めに掘った所にベニヤやらをはめ込んでコース数分作った簡易プールだ。とはいえ深めに掘っているので、飛び込んで少し泳ぎ歩きするような形になる。
 先頭でやってきたのはセリス。セリスがプールの半分以上を進んだ所で、小鳥とそれに追い付いた我斬がほぼ同時に空いているプールへと飛び込んだ。
(……あれっ?)
 飛び込んだ瞬間、小鳥は違和感を覚えた。水ににゅるんとぬめりけがあったのだ。
(普通のお水じゃないのかな……?)
 障害物競走ゆえ、ローションか何かを混ぜて泳ぎにくくしているのかと一瞬考える小鳥。だがちらっとセリスや我斬を見てみると、どうもぬめりけがあるように思えない。
 場所によって違うのかと小鳥が考えかけたその瞬間である。背中に撫でられたような感覚が走ったのは。
「ひっ!?」
 びくっとして背筋を伸ばす小鳥。慌てて振り返るが、そこに誰か居る訳もなく。気のせいかと思った瞬間――小鳥の身体のあちこちが一斉に撫でられ始めたのだ!
「ひゃぁぁぁぁっ!?」
 軽くパニックになる小鳥。誰もそばに居ないのに、確かに全身を撫でられているのだ。オカルト? いやいや、そうではない。何も居ないように見えてちゃんとそこには居るのだ……水と見間違えても当然なスライムたちが。
 そう、プールの中の1つだけがスライムだらけの罠プールだったのである!
 しかもスライムたちは、飛び込んできた犠牲者をただ撫で回すだけではなかった。真の恐怖は、この小鳥の悲鳴を聞けば分かるはずだ。
「とっ……溶けてるぅぅぅぅぅっ!?」
 何ということだろう、溶け出してしまっているではないか……小鳥の体操服とブルマが、じわじわと。スライムたちによって服が溶かされてしまい、観客から注目を浴びてしまう――これこそが真の恐怖!
 言うまでもなく、そんなプールの中でぼやぼやしていると上がった時には生まれたままの姿になってしまう訳で。パニックになっていても、どうにかそれに気付けた小鳥は、スライムの全身撫で回し&服溶かし攻撃に耐えながらプールを突っ切ってゆくのであった……。

●縄にはご注意
 第3の障害物は縄くぐり。格子状の縄の下をくぐって抜けてくる奴だ。焦って抜けようとすると格子に手やら足やら頭やらが引っかかってしまうので、なかなかに難しい障害物だ。まあコツをつかむとスムーズに通り抜けられるのであるけれども。
 さて順番は先頭は変わらずセリス、小鳥がスライムにやられたので2番手には我斬が来ていた。先に入ったセリスが格子に手を引っかけ少しもたついたため、順番こそそのままだがスムーズに抜けた我斬が若干差を縮める展開となった。
 我斬が抜けるのとほぼ同時に3番手で桃華がやってきた。
「縄くぐりの教えは確かあれだったはずね……『一気通貫』よ!」
 いや桃華さん、それ麻雀の役名ですから。そりゃあ一気に行けると楽は楽ですけれども。
 ともかく桃華もまた格子状の縄の下へ潜り込んだのだが――すっかり全身が入ってしまった直後に、何と格子状の縄がひとりでにうねうねと動き出したではないか!
「ちょっ、ちょっと! 何なのっ!?」
 縄の異変を目の当たりにした桃華は、急いでくぐり抜けようと試みる。しかし縄の動きの方が一足早く、きゅっきゅっきゅっと桃華の手首足首を縛り付け動きを取れなくしてしまった!
「これまさかっ、縄型の触手っ!?」
 パン型キメラ、プールのスライムと目の当たりにしていた桃華がこの縄の正体に気付いたが、身動き取れなくされてしまっている以上は時すでに遅し。哀れ桃華、そのまま縄型触手に引きずられ観客席のそばまで運ばれてしまった。さらにはそこで縄型触手が縛り方を変えてしまい、M字開脚どころの騒ぎではないあられもない格好になるよう吊るされてしまったのであった……。
 観客の男性陣はやんややんやと盛り上がり、桃華にはカメラのフラッシュが雨あられと炊かれてゆく。どうにかしようと思っても、身体に喰い込むほど縛り上げられている桃華にはなすすべもなく。
「は、恥ずかしい時の教えは……えっと……『まいっちんぐ』……?」
 ――妙な言葉を教えてどうする、父親。というか、そもそもどこで覚えたんだと。

●新たなる感情を引き出してあ・げ・る
 パン食い、プール、縄くぐりときて、いよいよ最後に待つ障害物は飴探し。粉の中に埋まっている飴を、顔を突っ込んで探し出す訳だが、運が悪いと本当に見付からない。ゆえに、現在ビリでも逆転するチャンスが僅かに出てくる障害物なのである。
 順番はセリス、我斬と変わっていない。後ろ3人は罠にかかった以上団子状態で、桃華に関してはあれではもう半分リタイヤ状態のようなものだ。
(しかし過激だよな……どれも)
 我斬は吊るされた桃華の方に1度視線を向けてから、飴の隠れている箱の方へと顔を向けた。本人としては内心冷静さを装っているつもりだが、顔は正直な物で緩んでいる。そりゃまあ、女の子たちが恥らうあんな姿やこんな姿を目にしてしまうと、ついついそんな顔になってしまうのが健康な男子ではあるけれども。
 そして我斬が箱の中に顔を突っ込もうとした時である。背中を何か鞭のような物で叩かれたのだ。
「な、何だっ!?」
 我斬が驚き振り返ると――。
「ボクの足元に跪きなさい!」
 そこにはきつい口調でそんなことを言い、どこから持ってきたのか手にした縄をびしっと強く地面に叩き付けるセリスの姿があった。……いつ着替えたかボンデージ姿になっていて。
「なっ……!?」
「口ごたえしない!!」
 我斬が何か言おうとするも、セリスの縄が先に飛びそれを制する。セリスの目は鋭くなっており、それまでとは明らかに様子が違っていた。
 ……というのも、実は飴の中に1個だけ本性が出てしまうようになる物が混ぜられていて、よりにもよってそれをセリスが引き当てたという訳だ。まあそうなると、セリスの本性は女王様だということになるのだが……それはそれとして。
「頭が高いでしょう!」
「ま、待てっ! ちょっ……うわぁっ!!
 女王様モードとなっているセリスは、我斬に四の五の言わせず押し倒してしまう。そしてそのまま、我斬の腹部にがしっと片足を乗せてしまう。
「じたばたしない……のっ!」
 そう言って我斬の腹部に乗せた足を軽く押し込むセリス。我斬の表情が一瞬苦痛に歪むが、それと同時に妙な感情が浮かび始めていた。
(ん? ……何だ?)
 突然の感情に戸惑う我斬。それはセリスの足責めと縄打ち責めが繰り返される度に、徐々に大きく大きく膨らんでくる。
(何なんだ!? この……感情は……!?)
 苦痛の中、次第に激しくなる我斬の鼓動。我斬の精神は戸惑い、葛藤を始めていた。だがそれも、セリスのこの行動が止めとなってしまう。
「……椅子にするにはちょうどいいかも」
 そう言い、我斬を椅子代わりにして尻の下に敷くセリス。この瞬間、我斬の苦痛よりも新たな感情の方が上回ってしまい、ここに女王様の椅子が1つ完成したのであった……。

●決着
 さてさて、先頭と2番手の2人がこんなことになってしまったのだから、レースは実質小鳥とリリィだけの勝負となってしまった。1人はスライムにより布より肌の露出が多い状態に、もう1人は下着が食べられ何とも落ち着かない状態にされ、ともにぼろぼろであるけれども。
 だが2人とも恥ずかしさで顔を真っ赤にしながらも、レースは最後まで全うする。結果を言うと、最後の飴探しを小鳥が先に抜け、そのままゴールを決めたのである。
「や……やったぁっ……」
 どうにか先頭でゴール出来た喜びで胸をいっぱいにし、控えめにバンザイをする小鳥。だがそれがいけなかった。その拍子に、もはや服としての機能を果たしていなかった布切れの各所がぶちぶちと切れてしまい――。
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」」」」」
 観客席の男性陣の大歓声に、小鳥の小さな悲鳴は見事に掻き消されたのであった……。
 ちなみにこの後も予定通り全組障害物競走は行われたのだが、終わってから障害物を考えた輩は袋叩きに遭ったとか遭わなかったとか。どっとはらい。


【おしまい】
■「秋の大運動会」ノベル■ -
高原恵 クリエイターズルームへ
CATCH THE SKY 地球SOS
2010年12月24日

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