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『六花、惑う。 〜祈りの日 』
エルディン・バウアー(ib0066)

 静かに雪の降り続ける町を歩く。『彼女』は寒さを感じないけれども、少し前に通りすがった人の様子からしてきっと『身を切る程に寒い』のだろう。
 とんとんと足を鳴らしたのは、寒い時はこうするのが人間の作法だ、と覚えたからに過ぎなくて。けれども繰り返すうちに楽しくなってきて『彼女』は何度もそれを繰り返した。
 とんとん、とんとん。
 ふと、手の中を見下ろす。そこ居る相棒は、子供のようにはしゃぐ『彼女』と一緒に、白の世界を楽しんでいるようだ。長い長い時を過ごしてきた『彼女』と相棒にとって、それは初めて見る珍しい光景ではなかったけれども、毎年訪れる素敵な季節の1つだった。

「‥‥あら?」

 ふいに『彼女』は足を止め、きょろ、と辺りを見回した。雪と戯れ歩いてきたのは良いけれど、果たしてここはどこだろう。何だか見覚えがある気もするし、まったく初めての光景のようにも思える。
 耳を澄ませば微かな音楽。やっぱりそれも聞き覚えがあるようで、聞き覚えがないようで。

「月霊祭‥‥いえ、聖夜祭の音楽、でしょうか?」

 こくり、首を傾げて意見を求めるように手の中の相棒を見下ろしたが、どっちでも良いだろうとばかりに返事はなかった。なかったのが返事だろう、と『彼女』は思う。
 だって、『彼女』は人の賑やかな営みが大好きだ。ならばここで『彼女』が取るべき行動など、たった1つしか存在しない。
 だから賑やかな気配の元を求め、『彼女』は一歩、静かな真白の町に足を踏み出した。





 クリスマスとはジルベリアから伝わったお祭りだ。由来はほとんど知られていないが、とにかく親から子供であったり、親しいもの同士でプレゼントを贈りあうものだという事で、主に商人達の商業戦略により天儀にも着々と広まっている。
 のだが、エルディン・バウアー(ib0066)のような天儀神教会を信仰する者にとってはまぎれもなく、クリスマスは特別な夜だった。絶対唯一の精霊に祈りを捧げる聖なる夜。
 むろん、皇帝崇拝全盛の今のジルベリアでその様なことを言えば、白い目で見られるだけでは済まない。かの国ではすでに宗教というものは駆逐されて久しく、元々は神教会から発祥したとされる行事の数々も民間のお祭りとなって久しいのだから。
 けれども、エルディンが今いるここは、ジルベリアではない。決して資金繰りは豊かではないが、少なくとも神教会というだけでおおっぴらに迫害される事はない、天儀――その神楽の中に幾つかある、小さな教会の1つで。
 だからこそ、ジルベリアでは決して出来ない本格的なクリスマスパーティーを催そう、とエルディンは思い立ったのだ。いわゆるジルベリア帝国で行われているパーティーではなく、精霊に祈りを捧げる本来の意味での。
 それにはきっと、愛弟子の秋霜夜(ia0979)の存在も一役買っている。愛弟子、と呼んでいても何くれと教会の雑務を手伝ってくれるが実際には天儀神教会の信徒ではない霜夜の、「せんせ、神教会のクリスマスって何かするんですか?」という質問があったから。
 簡単に話して聞かせた聖夜の話を、霜夜は目を輝かせて何度も聞いてきた。だから、せっかくだからご近所の方や数少ない信者、そして開拓者の友人達を招いて本格的な聖夜の宴を催そうと思い立った理由の1つにはきっと、霜夜にそれを見せてやりたい、と思った気持ちもあるに違いない。
 決して大きくはない教会の中には、招待状を受けて集まってきた友人達。そうしてなんだか面白い事をやるらしいよと集まってきた、ご近所の方の顔もチラホラと。
 そんな中で、あちらこちらと飛び回り、あちらこちらにもふらさま人形を飾って回っていたリーディア(ia9818)がふと、思い立ったようにエルディンの方を振り返った。

「エルディンさーん。神教会ではどんな飾り付けを使うんですか?」
「何よ、知らないのにそんなにもふらさま人形を飾りまわってたの?」
「えへへ‥‥」

 アグネス・ユーリ(ib0058)の呆れたような眼差しに、恥ずかしそうに手の中のもふら人形に顔を埋めるリーディアだ。とは言え、すでに正式な作法など知っている人も少ないクリスマスなのだし、リーディアが知らないのはむしろ当たり前。
 ゆえににっこりと聖職者スマイルで、パウロのもふもふの毛をひっぱりながらエルディンは言った。

「天儀日照宗の飾り付けでもしない限りは大丈夫ですよ。ええ、神はわりと寛大です」
「そーゆーもんですか?」
「そーゆーもんです」

 こっくり力強く頷く。そりゃあもう、周りから「面白い神父」を通り越して「変人神父」と呼ばれるようなエルディンだって、立派に神父として勤められる程度には寛大だ。
 と、思っていたらパウロの方が偉かった。

「もふらの僕が居るんだから大丈夫でふ〜。それより神父様〜、僕も手伝うでふよ〜」
「じゃあこちらを手伝って下さいな。エルディンせんせ、お星様はてっぺんで良かったんです?」
「ええ、霜夜殿。‥‥大丈夫ですか?」

 そう尋ねたのは、彼女が見上げているクリスマスツリーに対して、霜夜の身長がその、若干危なっかしい高さだったからなのだが。ふと尋ねたエルディンを、振り返った霜夜は「もっちろん!」と大きく胸を叩き、パウロと一緒にツリーの天辺を目指し始める。
 念のためにと目の端にチラリと姿を留めながら、エルディンも運んでいたベンチをよいしょと引き摺る。開拓者の体力は志体のお陰で一般人よりはるかに高いが、教会のベンチというのはずっしりと重い木で作られていてなかなかに重労働だ。
 ずるずると動かしていたら、がた、と教会の入り口が空く音がした。ひょい、と視線をそちらに向けると、すっかり頭の上に雪を積もらせた劫光(ia9510)が猫か犬のようにブルルと首を振って雪片を払い落としながら、教会の中に入ってくるところだ。
 ひとまずベンチから手を放し、激しく尻尾を振って来客を出迎えているペテロの頭を褒めるようになでてから、エルディンは劫光を出迎えた。

「いらっしゃいませ、劫光殿。寒かったですか?」
「ああ、すっかり積もってるからな‥‥お招きありがとう、だ。またいつもの面子が集まってるな」
「劫光殿で最後ですよ」

 きょろ、と教会の中を見回しながら言った男に肩をすくめると、ふぅん、と鼻を鳴らす。そうして、クリスマスツリーから落っこちかけている霜夜や、鼻歌交じりでリースを飾っているアグネスや、こうなったら頑張って紙でリースを作ってみようと真剣な顔でむむむと唸っているリーディアを見た。
 それからエルディンに視線が戻ってくる。

「劫光殿も是非、一緒に飾り付けをしてくれますか?」
「ああ‥‥力仕事の手伝いでもするか。まあエルディンは自力で頑張れ」
「おや、つれないですね」

 残念そうな顔を作ってそう言うと、つれてたまるか、とがっくりした顔で劫光はそう言い捨てて、危なっかしい霜夜の方へといってしまった。こうなっては仕方ないので、エルディンも自力でベンチの移動に精を出すことにする。
 ずるずる、ずるずる。
 がたがた、ごとごと。
 頑張っていたら、霜夜と一緒にツリーの飾り付けをしていたはずのパウロがちょこん、とエルディンのそばにやってきた。ん? と視線を落とすと何だか妙にキラキラした目で、エッヘンと胸を張る。

「神父様〜。お手伝いしたらお腹すいたでふ〜」
「ケーキはまだ駄目ですよ、パウロ」
「ええ〜」

 がぁぁぁぁん、とショックの色を隠さないもふらの姿に、にっこり笑ってエルディンは「こちらも手伝ってくださいね」と手招きする。もふらさまはそもそも、開拓者よりよほど力持ちの生き物なのだ――日頃のもふもふぶりを見る限り、あまりそんな実感はないが。
 大騒ぎをしつつ何とか教会の中が形になる頃には、もうすっかり夜になっていた。あちらこちらに置いたキャンドルに火を灯して回ると、それはいつもと変わらない夜のはずなのに、なぜだかとても特別な気持ちになった。
 それはきっと、エルディンがこの夜を迎えて厳かな気持ちになっているからだけでは、ない。

「栄光は神に、神は私達に平和をくださいます‥‥こう話していると、御子自身が彼らの真ん中に立ち『あなた方に平和があるように』と言われました」

 教会の小さな小さな聖堂の前に立ち、ベンチに座った人々に向かって、エルディンはにこやかな笑顔で聖夜の為の説法を口に載せる。それを、最初のうちこそ興味深そうに耳を傾けたり、どんな話が始まるんだろうとじっと視線を注いでいた聴衆は、やがて何人かがとろんと眠たそうな眼差しになった。
 さもありなん、と苦笑する。エルディンや数少ない信者のように神教会を信仰する者ならまだしも、まったく興味のない人間が説法を聞かされればちょっとした子守唄よりも良く効く、眠りの呪文と大差ないのだ。
 幸い霜夜は色々、賑やかできらきらでふわふわに飾り付けられたツリーだったり、いつもと違って賑やかに人の詰め込まれた聖堂であったり、窓の外をちらちら降っている雪であったり、とにかくそんなよそ事に気を取られていて、眠くなる暇はないようだ。それはそれで困ったものだけれども、信者ではない彼女に煩く言うのもおかしな話。
 一方、と一番前に視線を戻すと、リーディアが真剣な顔で時折頷きながらエルディンの説法に耳を傾けている。対照的に一番後ろで壁にもたれている劫光はといえば、俯いていてはっきりとは見えないけれども明らかに、こっくり、こっくりと舟をこいでいて。
 その少し離れた場所に居る、パウロに抱きつきもふりながら、こちらは思い切り気持ち良さそうな寝顔を披露しているアグネスを見るに至って、エルディンはついに説法を紡ぐ口を止めた。
 数瞬の黙考。そして。

「そこ、起きないと今夜から貴方の枕元で説法添い寝しますよ?」

 にこっ、ととっておきの輝く聖職者スマイルで、エルディンはすすす、とアグネスの傍に近付くと、取って置きの声色で耳元で囁いた。そのせいで、というより多分、単に耳元で突然声がしたのにビクッと跳ね起きたアグネスが、一瞬、事態を確認するようにきょろきょろ辺りを見回す。
 そうして、間近にあるエルディンの顔を見て、事態を悟ったらしい彼女は「ふぅん?」と唇の端を面白そうに吊り上げた。

「添い寝? ‥‥いいけど高いよ? 神父様」

 エルディンの聖職者スマイルにも負けない、実に清々しく輝く笑顔を浮かべたアグネスである。笑顔対笑顔と言う、一見すると和やかで、実際の所も当人同士は和やかなのだが、見ている周りはちょっぴりハラハラする対決がそこに、唐突に出現した。
 それを止めなければいけないと思ったものか、単にタイミングの問題だったのかは不明だが、あの、とリーディアが手を上げる。

「どうしました、リーディア殿?」
「ええと、その、説法の続きを聞かせて欲しいなぁ、なんて」
「おや」

 そうして言われた言葉に、エルディンは軽く目を見開く。何となれば、彼女は天儀神教会の信者ではないし、はっきり言って信者であっても説法と言うのは眠いものなので。
 だが、神父として説法を続けてくれといわれればもちろん、否やはない。ましてそれが友人かつ人妻とは言え、女性ならば尚更だ。
 ゆえにエルディンは二つ返事で頷いて、元通り聖堂の前へと戻っていった。再開した説法は、けれども先程よりはほんのちょっとだけ砕けたジョークが入り混じっている。まぁ、ちょっとしたサービスだ。
 お陰で今度は睡魔という名の、アヤカシよりも強力な敵に負ける者は、再び気持ち良くパウロをもふって眠り始めたアグネスを覗いて殆ど居なかった。最後に精霊に捧げる聖句を唱えて聖夜のミサを締め括ると、一緒に唱えて頭を垂れた人々が、一瞬の沈黙の後、ふぅー、と大きな息を吐く。
 大きく伸びをしたり、或いは親しい者同士で長い説法を耐え抜いた事を讃え合う人々の中で、けれどもエルディンの愛弟子だけが祈りの体勢を崩さない。何かを熱心に祈り続けているようだ。
 おや、とエルディンは首をかしげた。

「霜夜殿、何を熱心に祈っておられるので?」
「え? えへへー‥‥エルディンせんせが言ってたじゃないですか。今日は人々の思いで奇跡が起こるかもな夜だって」

 それは、エルディンが霜夜に何度もせがまれて話した聖夜の物語。

「外は天使の羽のよな雪が舞っていますから。お祈りをすれば、素敵なお客様が来て下さるかも、ですね」

 そう言ってまた祈りを捧げた霜夜に、そうですね、とエルディンは頷いて彼女の隣にひょいと座り、一緒に祈りを捧げることにした。どうか、この降りしきる雪の中から誰か、思いもかけないお客様がやってきてくれますように。





 翌朝。2人の祈りが叶えられた事を、エルディンはペテロの鳴き声で知った。

「‥‥これは」

 そう呟いたきり、次の句が継げなかったのは決して、朝っぱらから現れたその人がこのクソ寒い冬の最中に薄着どころの騒ぎじゃない寒々としたノースリーブの異国の服を着ていたからじゃない。否、そこも立派に理由ではあったのだが、どちらかと言えば彼が驚いたのはむしろ、そこに居たのが見知った相手だったからだ。
 だが果たしてこれは本当に、エルディンの知っている彼女だろうか、と首をかしげる。どこからどう見てもそっくりなのだが、良く良く見れば何だかこう、印象と言うか、そう言うものが違うような。
 だが悩んでいても仕方がないと、エルディンは意を決して彼女に声をかけることにした。何より建物の中に居ても深々と冷え込むような雪の朝に、こんな美少女を寒々とした格好で置いておく訳にはいかない。

「もし。起きないと風邪を引きますよ?」
「キャッ!?」

 軽く肩を揺さぶって声をかけると、彼女は驚いた様子でびくんとベンチの上で飛び上がり、その拍子にズルリとそこから滑り落ちた――何となれば、彼女は教会のベンチの上で実に気持ち良さそうに眠っていたので。いつの間に入り込んだのだろう、鍵はしっかりかけておいたはずなのだけれど。
 そんなエルディンの疑問をよそに、きょろきょろ辺りを見回していた彼女は、まるで手の中にしっかり握りこんだ白亜の杖に語りかけられたように、え? と首を傾げて視線を落とした。それからきょとんと再び視線を上げ、エルディンと、起きてきた霜夜の顔を見比べる。
 あら、と微笑んだ。

「おはようございます、良い朝ですね。えっと‥‥ここは、どこでしょう?」
「ここは神楽の天儀神教会ですよ、お嬢さん。私は神父のエルディン・バウアーと言います」
「カグラ‥‥? ふふっ、道理で見覚えがあると思ったら。私は旅の魔法使いのマリン・マリンです。宜しくお願いしますね♪」

 エルディンの言葉を聞いた瞬間、なぜか少女はくすくす笑ってそう言った。そうしてエルディンを見上げて、小首を傾げてそう微笑んでから、ほんの少し不思議そうな顔になる。
 バウアーさん? と口の中だけで呟いた。

「うーん‥‥どこかでお会いしました? 良く似たお名前のお友達は居るんですけれども」
「どうでしょう。私も、マリン殿に良く似た知り合いは居るんですが」
「あの‥‥せんせ? それよりもマリンさんに、何か上着を貸してあげたほうが良いんじゃ」

 2人の会話を聞いていた霜夜が、エルディンの袖をクイクイ引きながらごくまっとうな正論を言った。くどい様だが、しっかりとドアや窓を締め切った教会の中とはいえ、雪の降り積もった早朝の冷え込みは、堪えるを通り越して我慢大会だ。
 だが、そうですね、とエルディンが自らの羽織っていた上着をかけてやろうとすると、ふふ、とマリンは微笑んだ。微笑み、大丈夫です、と首を振った。

「私は平気ですから。それより、今日はカグラも聖夜祭なんですか?」
「え? ええ‥‥友人達を招いて、ささやかに、ですが」
「あの! 良ければマリンさんも一緒に、パーティーに参加しませんか? 今日はこれからプレゼント交換して、その後エルディンせんせのお料理でお祝いするんです!」

 ずい、とエルディンの前に出て、霜夜がぐっと両手を握ってマリンを誘うと、あら! と彼女は目を輝かせる。目の輝いたタイミング的に、どうやら『お料理』が彼女のツボだったらしい。
 ね、と振り返った霜夜の言葉に、アグネスやリーディアも大歓迎で頷いた。1人、何だか反応が鈍いな、と劫光をじっと視線を注いでいると、さりげない仕草を装って必死に服のあわせなどを探っているのが判る。
 ‥‥そういえば招待状には、クリスマスパーティーに、とは書いたのだけれども、具体的な手順などは書いていなかった、とエルディンは思い出した。否、昨今ジルベリアで行われている宗教色を排したクリスマスパーティーでだってプレゼント交換はするものなので、普通あえて書く必要もないのだが。
 だが声をかけようとすると、察した劫光はエルディンにきっぱり「忘れちまったんだ」と主張する。マリンも飛込みではプレゼントなど用意してない筈だが、んー、と少し考えて懐から何だか怪しげなお茶を取り出した。

「精霊さんが大騒ぎしてるみたいな、とっても面白い味のお茶なんですよ♪」
「そ、そうですか‥‥なんだか不吉な予感がしますね」

 初めて見る不気味、もとい不思議なお茶だが、なぜか見覚えがある気がしてエルディンはほんの少し身を引いた。いや、何となく昔どこかで、このお茶を飲んで倒れたことがあるようなないような。
 なぜか他の友人達も不思議そうに「飲みたくないような、飲まなきゃいけないような‥‥」「身の危険があるような、ないような‥‥」「ものすっごい色のお茶ね」「案外コアなファンがいそうなのです‥‥」と遠巻きに頷き合っている。そうですか? と不思議そうに首を傾げながら、マリンはあくまでそのお茶をプレゼントにと提供した。
 そうして、改めてマリンを加え、プレゼント交換が始まった。みんなで飾ったツリーの下にぐるりと並べたプレゼントを囲み、音楽に合わせてグルグル回る。音楽が途切れた所で足を止め、自分の前にあるプレゼントを手に取った。
 さて、自分の分は果たして誰が手にしただろう? ちらちらと周りを伺いながら、手に取った包みを開けたエルディンは、出てきたプレゼントを思わず見なかった事にして仕舞い込んだ。仕舞い込んだが、いやそれではいけない、これも精霊の試練だろう、と勇気を出して再び取り出す。
 それを見た劫光が、思わず同情でぽむ、と肩を叩いた。何となればそこにあったのは、つい先ほど話題になったもの。見覚えはないはずなのになぜか、飲んだ瞬間昇天しそうな気がしてならない、マリン提供のアレなお茶だったのだからして。
 案外飲んでみるといけるのかもしれない。いやだがしかし、何となくこれは後に取っておいた方が良さそうだ、と劫光の手元を見ると泰国風の刺繍の入った小物入れがあった。もしや、と思って視線を巡らせると、ぴょこんと首を伸ばした霜夜が「あっ、それ、あたしのですー。鳳凰の柄なんですよー、自作じゃなくて、買ったものですけど」と手を上げる。
 そんな霜夜の手元にあるのは、アグネスが用意したという綺麗に塗られた鳥の土笛。満面の笑顔で嬉しそうに息を吹き込み、音を鳴らす霜夜の姿に、自分の方が嬉しそうに目を細めたアグネスの手元にあるのは、リーディアが用意してきた手編みのマフラーで。
 その、リーディアはと言えばプレゼントの包みを開けたまま、ピキーン、と固まっている。

「リーディア殿、どうされ‥‥ああ、これは私が用意したプレゼントですね」
「はっ、エルディンさんの‥‥」
「こちらはパウロのもふ毛で作った褌です。お揃いのぶらじゃもあります」
「えと‥‥」
「私の手製のパウロ刺繍入り、私の自信作。貴方の大切な場所をパウロが守ります――嬉しそうですね、リーディア殿」
「‥‥ッ、この変態神父!」

 パクパクと口を動かして何とお礼を言ったら良いか判らずに居る(ようにエルディンには見える)リーディアの代わりに、プレゼントを覗き込んだアグネスが叫ぶや否やスパーン! と回し蹴りを放った。ははは、と爽やかな笑顔で受け止めてばたりと倒れるエルディン。
 それでも、倒れた笑顔は実にすがすがしく、嬉しそうな慈愛に満ちていたとか何とか。





 エルディンが気がついたのは、クリスマスの宴会が始まってしばらくしてからの事だった。鼻腔をくすぐる良い匂いに、これは私の自慢のシチューですね、と頭の中で頷いてから、ハッと気付いて起き上がると、先に舌鼓を打っていた仲間達が一斉にエルディンを見る。
 まさに匙を口の中に突っ込んだところだったリーディアが、エルディンににこっと笑いかけた。ぱちぱちぱち、と拍手する。

「えへへ、美味しいですよ、エルディンさん♪ 料理も得意なのですねぇ、すごいのですッ」
「エルディンせんせ、聞いてたお料理は全部出しちゃいましたけど、合ってました?」

 こくりと首を傾げながらシチューのお代わりを劫光とマリンに渡した霜夜の言葉に、ええと、と食卓の上に並んだ料理を確認する。今日のこの日のために、作り置きの出来るものからこつこつと作っておいたのだ。
 シチューは問題ない。他のこまごまとした料理も、出し漏れはないようだ。

「霜夜殿、ワインはどこのを取りました?」
「手前のですー」
「おや。取っておきのが奥にあったんですよ。ちょっと取ってきましょう」
「俺も行こう。アグネスと俺のペースじゃあと一樽は必要だ」

 会話を聞いていた劫光が、手にしていたワインの酒盃をテーブルに置いて立ち上がった。ワインの樽は小ぶりなものでもけっこうな重労働になるものだし、確かにこの2人――のみならず、他の面々も割合ワインは嗜む方だし。
 遠慮なく好意に甘える事にして、エルディンは地下倉庫へと降りて行き、今日のために用意していた取って置きのワインの樽を手に取った。劫光には別の、安いワインの樽を指差す。中には古ワインなどを喜んで嗜む人々も居るのだが、それはまた別のお話。
 2人が樽を抱えて戻ると、リーディアとアグネスが歓声を上げた。遠慮の欠片もないが、仲間内ならそれも当たり前のことだ。
 霜夜が笑いながら全員の酒盃に、新しいワインを注いで回った。それを飲み干したアグネスがひょいと楽しそうに立ち上がり、小声で歌など歌いながら足を踏み鳴らして踊り始める。
 シャン、と動くたびに鳴る鈴の音は、アグネスがつけているアンクレット・ベルのものだろう。にこっと笑った人妖の双樹が一緒になって踊り始めると、やれやれといった風で劫光も笛を取り出し、踊りに合わせて曲を奏で始めた。
 それは、神教会という場所でなくても繰り広げられそうな、ささやかで賑やかなクリスマスパーティーで、けれどもこの場所でしか出来なかっただろう和やかな光景。
 宴の終わりにはみんなで精霊に感謝の祈りを捧げよう。今日の糧を与えて下さった事と、こうして何気兼ねなく集まれる仲間を与えて下さった事。楽しい一時を過ごせた事。その他のささやかで大切な、ありとあらゆるものに。
 そう、エルディンは感謝を噛み締めていたものだから――どこぞの旅の魔法使いが持ち込んだ不気味なお茶との対決が待っていた事を思い出すのは、その日の夜になってからの事だった。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /      PC名     / 性別 / 年齢 /  クラス 】
 ia0979  /      秋霜夜     / 女  / 14  / 泰拳士
 ia9510  /      劫光      / 男  / 21  / 陰陽師
 ia9818  /     リーディア    / 女  / 19  / 巫女
 ib0058  /   アグネス・ユーリ   / 女  / 20  / 吟遊詩人
 ib0066  /  エルディン・バウアー  / 男  / 28  / 魔術師

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

ご友人同士のクリスマスパーティー、心を込めて書かせて頂きました。
マリンさんもお招き頂きまして、本当にありがとうございました。
ええと、あの、多少、どころではなくやりすぎた感はひしひしとございますが‥‥(目逸らし
マリンさん提供のお茶は某お茶会ウィザード様から多分もらったんだと思いますorz

神父様のイメージどおりの、楽しく厳かなクリスマスになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
SnowF!Xmasドリームノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2010年12月24日

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