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『六花、惑う。 〜土笛の願い 』
アグネス・ユーリ(ib0058)

 静かに雪の降り続ける町を歩く。『彼女』は寒さを感じないけれども、少し前に通りすがった人の様子からしてきっと『身を切る程に寒い』のだろう。
 とんとんと足を鳴らしたのは、寒い時はこうするのが人間の作法だ、と覚えたからに過ぎなくて。けれども繰り返すうちに楽しくなってきて『彼女』は何度もそれを繰り返した。
 とんとん、とんとん。
 ふと、手の中を見下ろす。そこ居る相棒は、子供のようにはしゃぐ『彼女』と一緒に、白の世界を楽しんでいるようだ。長い長い時を過ごしてきた『彼女』と相棒にとって、それは初めて見る珍しい光景ではなかったけれども、毎年訪れる素敵な季節の1つだった。

「‥‥あら?」

 ふいに『彼女』は足を止め、きょろ、と辺りを見回した。雪と戯れ歩いてきたのは良いけれど、果たしてここはどこだろう。何だか見覚えがある気もするし、まったく初めての光景のようにも思える。
 耳を澄ませば微かな音楽。やっぱりそれも聞き覚えがあるようで、聞き覚えがないようで。

「月霊祭‥‥いえ、聖夜祭の音楽、でしょうか?」

 こくり、首を傾げて意見を求めるように手の中の相棒を見下ろしたが、どっちでも良いだろうとばかりに返事はなかった。なかったのが返事だろう、と『彼女』は思う。
 だって、『彼女』は人の賑やかな営みが大好きだ。ならばここで『彼女』が取るべき行動など、たった1つしか存在しない。
 だから賑やかな気配の元を求め、『彼女』は一歩、静かな真白の町に足を踏み出した。





 クリスマスとはジルベリアから伝わったお祭だ。由来は殆ど知られていないが、とにかく親から子供であったり、親しいもの同士でプレゼントを贈りあうものだという事で、主に商人達の商業戦略により天儀にも着々と広まっている。
 けれどもアグネス・ユーリ(ib0058)がその由来が神教会にあるのだと知っているのは、半分は友人のエルディン・バウアー(ib0066)に起因する。ジルベリアの弾圧を逃れて細々と活動を続ける天儀神教会の神父を務めている彼が、せっかくだから神教会由来の『本来の』クリスマスパーティーを行うからと、開拓者の友人達や、信者、ご近所の人々などを招いたからだ。
 だったらせっかくのクリスマスパーティー、飾り付けから一緒に楽しまなければもったいない。そう考え、教会を訪れたアグネスは、まだ人の姿のまばらな教会の中をぐるりと見回した。そうして見知った顔がほとんど居ないのを確認して、こくり、と首を傾げる。

「まだみんな、来てないの?」
「アグネス殿が一番乗りですね。みなさんもうすぐ来られると思いますよ」
「なんだ。じゃあ先に始めてようかな」

 アグネスに返ってきたエルディンの言葉に頷いて、さてどこからやろうかな、と考えていたアグネスは、小さな体で大きなツリーを相手に、キラキラの星を引っ掛けたり、ふわふわのリースを飾ったりと奮闘している秋霜夜(ia0979)を見つけ、思わず笑顔になった。

「あ、頑張ってるじゃない、霜夜」
「もっちろんです!」

 くる、と振り返った霜夜が大きく頷いて、ひょい、とキラキラのお星様をもう1つツリーに引っ掛ける。その後ろ姿からも全力で、楽しくて仕方ない、というオーラが滲み出ていて、なんだか見ているこっちが楽しくなってくる。
 手伝うわ、とアグネスもツリーの下に置かれた箱の中から飾りを取り出して、霜夜と一緒に飾り始めた。それ自体は別に難しくも何ともないけれど、バランス良く見栄え良く、と考え始めると結構、悩ましい。
 あっちにはこれを飾ったからこっちにはそれを、と考え考えツリーを飾っていたら、くすくす笑う霜夜の声が耳に届いた。

「泰国の七夕も素敵ですが、神教会の聖夜も素敵ですッ☆」
「七夕? ‥‥ああ、そう言えば、何となしに似てるかもね」

 唐突に出てきた比較に、一体何のことだろう、と一瞬首を傾げたアグネスは、その意図を理解すると笑って頷いた。あちらは笹でこちらは木だが、お祭りのために飾りをつける、という行為は同じだ。
 なるほどね、と感心しながらツリーや教会の中を手分けして飾り付けていたら、しばらくしてリーディア(ia9818)がやって来た。そうして、あちら、こちら、と飛び回りながら持ってきたもふらさま人形を、1体1体ほんの少しずつ飾り付けを変えながら飾り始める。
 鼻歌交じりで飾っている姿はいかにも楽しそうで、アグネスは霜夜と顔を見合わせ、くすくす笑った。

「ほっとくとあのまま教会中、もふらさま人形だらけになるんじゃない?」
「あたしは構いませんけれど、パウロも居ますし」
「ま、確かにね」

 ベンチを動かすエルディンの足下をもふもふ動き回るパウロをちらりと見た霜夜に、アグネスもこっくり頷いた。何しろパウロは本物のもふらさま。よくよく考えれば天儀で『神様』と呼ばれる事もあるもふらさまが神教会にいるというのは不思議な光景だけれど。
 と、リーディアも考えて飾っているのかと思っていたら、不意に彼女はもふらさま人形を置こうとした手を止めた。そうしてエルディンをくるり、と振り返る。

「エルディンさーん。神教会ではどんな飾り付けを使うんですか?」
「何よ、知らないのにそんなにもふらさま人形を飾り回ってたの?」

 その言葉に、アグネスは思わず呆れた眼差しをリーディアに向けた。「えへへ‥‥」と恥ずかしそうに手の中のもふらさま人形に顔を埋める様子を見る限り、どうやら本当に、まったく何も考えてなかったらしい。
 とはいえエルディンの「天儀日照宗の飾り付けでもしない限りは大丈夫ですよ」という返答もどうかと思う。そりゃあ異教の飾りをしたら不味いんだろうけれど、神様が寛大なんじゃなくって、神父がアバウトすぎるだけじゃないのか。
 だが、パウロがえっへんと胸を張って口を挟んだ。

「もふらの僕が居るんだから大丈夫でふ〜」
「‥‥ま、ね」

 まさについさっきアグネスと霜夜が話していた事だけれど、妙に説得力があるような、説得力が皆無なような。霜夜もそう思ったのだろうか、手伝いをすると張り切るパウロに笑いを噛み殺しながら「じゃあこちらを手伝って下さいな」と手招きする。
 しかし。ツリーの飾り付けで、一体パウロに何を手伝ってもらうのだろう、と思っていたら、霜夜はパウロの背中によじ登り始めた。どうやらツリーのてっぺんに、手に持っている一際大きなキラキラの星を飾ろうとしているらしい。

(さすがに、危ないんじゃないの‥‥?)

 きっと霜夜のことだから、大丈夫、という目算があってやっているのだろうけれど。見た目、危なっかしいのは変わりない。
 エルディンもそう思ったのだろう、「大丈夫ですか?」と心配そうな眼差しを霜夜に向けている。けれども当の本人はそれに「もっちろん!」と大きく胸を叩いて請け負ったから――きっと大丈夫なのだろう。
 ならばこちらはこちらの仕事、とアグネスはちらちら気にしつつも、いったん中断した鼻歌を再開して、引き続きツリーにリースを飾り始めた。ふわふわのリースは何だか本物の雪みたいだ。

「またいつもの面子が集まってるな」

 そんな事を今更に考えたのは、少ししてやって来た劫光(ia9510)が、そう言いながらブルル、と猫か犬の様に髪についた雪片を振り落とすのを見たからかもしれない。出迎えたエルディンと二言、三言交わした劫光は、ぐるりと教会の中を見回した。
 確かめるように順繰りに巡ってきた視線に、ひらりと手を振ると劫光は、軽く肩をすくめて返事をする。それからすたすたすたとやって来て、ツリーに取り付いて落っこちそうに危なっかしい霜夜をひょいと抱えあげた。

「ひゃ‥‥ッ!?」
「見てる方が心臓に悪いから、ほら、支えてるうちにさっさと付けちまえ」
(まったくね)

 劫光の言葉に、心の中で相づちを返す。とまれ、後は劫光に任せとけば大丈夫か、とアグネスはステップを踏むようにくるりとツリーを見回して、全体の飾り付けを確認した。もう少し、下の方にも星を増やした方が良いかも?
 そんな感じで大騒ぎをしているうちに日は暮れて、何とか教会の中が形になる頃には、もうすっかり夜だった。あちらこちらに置いたキャンドルに火を灯して回ると、それはいつも遊びに来る教会と変わらない夜の光景のはずなのに、なぜだかとても特別な気持ちになる。
 それはきっと、アグネスが楽しく準備を終えた充実感で満たされているからだけでは、ない。

「栄光は神に、神は私達に平和をくださいます‥‥こう話していると、御子自身が彼らの真ん中に立ち『あなた方に平和があるように』と言われました」

 教会の小さな小さな聖堂の中で、後ろの方のベンチに陣取って、アグネスはパウロをもふりながらエルディンの説法を聞く。だが、労働の後の疲労感も手伝って、アグネスの意識は朦朧とし始めた。
 ふわぁ、と大きな欠伸を噛み殺す。睡魔というのは下手なアヤカシよりも性質が悪いもので、ちょっとやそっとではどこかに行ってくれそうにない。こうなるともはやエルディンの説法など、子守歌と同じだ。
 だったら寝るしかないじゃない、とアグネスはあっさり抵抗を諦めて、抱き枕よろしくパウロを腕に抱き、気持ちよく意識を手放した。そうして一体、どれ位寝ていたのか。

「そこ、起きないと今夜から貴方の枕元で説法添い寝しますよ?」
「わ‥‥ッ!?」

 不意に耳元で響いた声に、アグネスはまるで叩かれたようにバチッと目を開けた。だが、一体なにごと、と寝起きの頭を全力でフル回転させる。
 きょろきょろ辺りを見回すと、前に居たはずのエルディンが輝く神父スマイルでアグネスのすぐ側にいた。周りの人々が成り行きを見守るようにこちらに注目しているのがわかる。
 ふぅん、とアグネスは大体の状況を把握して、そもそも自分が欲求に忠実に気持ちよく寝ていたからだという理由はあえて棚に上げ、唇の端を釣り上げた。

「添い寝? ‥‥いいけど高いよ? 神父様」

 和やかを通り越し、見ている人間の背筋に薄ら寒いものをもたらす、笑顔と笑顔の対決である。とはいえやっているアグネスは(こう見えても一応)じゃれあいのつもりだし、多分神父スマイルの輝きをどんどん増しているエルディンだって同じだろう。
 だがそれを止めなければいけないと思ったものか、単にタイミングの問題だったのかは不明だが、あの、とリーディアが笑顔の対決に割って入った。

「ええと、その、説法の続きを聞かせてほしいなぁ、なんて」

 いかにもリーディアらしいというか。彼女とて神教会の信者ではないけれども、それはさておき説法には興味があるからまじめに聞く、ということなのだろう。
 おや、と驚いたようなエルディンが、頷いて聖堂の前へと戻っていった。ふ、とその後を追うように通り過ぎていった陰があると思ったら、アグネスよりもさらに後ろに陣取っていた劫光だ。
 見るとはなしに劫光の背中を見守っていたアグネスは、彼が最前列のリーディアの隣に座ったところまで見ると、なるほど、と心の中で頷いた。ちらりと劫光が居たところを振り返ると、お留守番、とばかりにちょこんと座っていた人妖の双樹がにこっと笑う。
 ふふ、と小さく微笑んで手を伸ばし、双樹の小さな頭を撫でてから、アグネスは再びパウロをもふりながら気持ちよく睡魔に身を委ねた。先ほどよりは多少面白そうな話になったようだが、それにしたって説法は説法。そしてアグネスは眠い。
 だから彼女は今度こそ、気持ち良い眠りに落ちていったのだった。





 翌朝。なんだか聖堂の方が賑やかだな、と泊めてもらった部屋から寝ぼけ眼で向かうと、そこには見知らぬお客様が居た。

「‥‥誰?」
「あら、おはようございます♪ 良い朝ですね」
「ああ、うん‥‥おはよ」

 確か会った事はないはずよね、とエルディンと霜夜に挟まれていたその少女をまじまじ見ながら頷くと、少女は碧色の瞳を細めてにっこり笑う。と同時に、ふぅ、と誰かのため息が聞こえた。ん? と見回せば劫光が、なんだか遠い瞳をして「また夢か、また夢なのか」とぶつぶつ呟いている。
 よく解んないわね、と劫光から視線を逸らし、アグネスは改めて少女の様子を観察した。教会の中に居ても震え上がるような寒さだというのに、彼女ときたら真夏のようなノースリーブで平気な顔をしている。だが当の少女はもちろん、彼女と話しているエルディンも気にした様子はない。
 霜夜が和やかに会話している2人に割って入った。

「あの‥‥せんせ? それよりもマリンさんに、何か上着を貸してあげたほうが良いんじゃ」
「ああ、そうですね」

 今初めて気付いた、という様子で、エルディンが自分の羽織っている上着を脱いだ。ああ見えて案外、エルディンも動揺していたのだろう。
 だがエルディンが上着を掛けようとすると、ふふ、とマリンと呼ばれた少女は微笑んだ。微笑み、大丈夫です、と首を振った。

「それより、今日はカグラも聖夜祭なんですか?」
「え? ええ‥‥友人達を招いて、ささやかに、ですが」
「あの! 良ければマリンさんも一緒に、パーティーに参加しませんか? 今日はこれからプレゼント交換して、その後エルディンせんせのお料理でお祝いするんです!」

 ずい、とエルディンの前に出て、霜夜がぐっと両手握ってそう言った。そうして「ね」と振り返った霜夜の、キラキラした目の輝きを見て、もちろん、とアグネスも大きく頷く。
 パーティーというのは人が多ければ多いほど楽しいものだ。それに霜夜があんなに熱心に誘ってるのだし、見れば悪い子でもないようだし、賑やかに騒ぐ仲間が増えるのは大歓迎だ。
 とはいえ問題のそのプレゼント交換はどうするつもりなんだろう、とアグネスはふと首を傾げた。彼女が持ってきたプレゼントはもう、ツリーの下でスタンバイ済み。でもいきなり誘ったんじゃ、プレゼントを用意する暇どころの騒ぎじゃない。
 けれどもマリンは「んー」と少し考えた後、懐から何か怪しげなお茶を取り出した。

「精霊さんが大騒ぎしてるみたいな、とっても面白い味のお茶なんですよ♪」
「そ、そうなの‥‥ものすっごい色のお茶ね」

 初めて見る不気味、もとい不思議なお茶に、好奇心という言葉では説明しきれない何かを感じながら、アグネスは思ったままを口にした。いや、ものすっごい、という表現ではまだ誉めすぎかもしれない。何というかこう、淀んだというか、禍々しいというか――しかもなぜか見覚えがあるような、ないような。
 そんな訳はないのだが、なぜか他の友人達も不思議そうに「なんだか不吉な予感がしますね」「飲みたくないような、飲まなきゃいけないような‥‥」「身の危険があるような、ないような‥‥」「案外コアなファンがいそうなのです‥‥」と頷き合っている。そうですか? と不思議そうに首を傾げながら、マリンはあくまでそのお茶をプレゼントにと提供した。
 そうして、改めてマリンを加え、プレゼント交換が始まった。皆で飾ったツリーの下にぐるりと並べたプレゼントを囲み、音楽に合わせてグルグル回る。音楽が途切れた所で足を止め、自分の前にあるプレゼントを手に取った。
 さて、自分の分は果たして誰が手にしただろう? ちらちらと周りを伺いながら、手に取った包みを開けたアグネスは、出てきた長いマフラーにふわりと微笑んだ。くるり、と首に巻いてみると、ほんのちょっとだけ長いかもしれないが、問題ないレベルだ。
 これは誰のだろう、と見回すと、「うわぁ‥‥ッ」と霜夜が声を上げた。見ると彼女の手にあるのは、アグネスが用意したプレゼントだ。
 ぱちん、とアグネスはウィンクした。

「あ、霜夜の所に行ったんだ。――あのね、この世のどこかに、吹くと皆が笑顔になれる笛があるんだって」

 そうして秘密を打ち明けるように、ちょっとだけ声を潜めてそう告げる。もうその御伽話を聞いたのが、一体いつの事で、誰から聞かされたのだったか、もう覚えては居ないのだけれど。
 ただ音を奏でるだけで、聞いた誰もが笑顔を浮かべずには居られないという笛になぞらえて、アグネスは綺麗に色を塗った鳥の土笛を用意した。とは言えもちろん、それはありふれた玩具に過ぎないけれど。

「今日は皆と笑顔で居たいなって想いを込めて、ね」
「はい!」

 アグネスの言葉に大きく頷いて、霜夜がすぅ、と息を吹き込んだ土笛の、どこかとぼけたようなまあるい音を聞きながら、それで結局このマフラーは誰のかしら、と再び視線を巡らせた。周りの会話を聞くに、消去法で行けばリーディアしか居ないわけだが。
 だが声をかけようとして、アグネスは彼女の様子がおかしい事に気がついた。どうしたのだろう、とリーディアの手元にある開きかけのプレゼントを覗き込んだアグネスも、ひくり、と唇の端をひきつらせる。
 だが女性2人の不穏な空気に全く気付いた様子もなく、エルディンがリーディアの手元を見て憎たらしいくらい爽やかに笑った。

「‥‥ああ、これは私が用意したプレゼントですね。こちらはパウロのもふ毛で作った褌です。お揃いのぶらじゃもあります」
「えと‥‥」
「私の手製のパウロの刺繍入り、私の自信作。貴方の大切な場所をパウロが守ります――嬉しそうですね、リーディア殿」
「‥‥ッ、この変態神父!」

 嬉しいわけがあるかッ! という気迫で叫ぶや否や、アグネスはしなやかな足をスパーン! と鋭く一閃させて回し蹴りを放った。変態許すマジという怒りのおかげだろうか、放った本人が驚くほど綺麗に決まる。
 ぱたり、と実にすがすがしい笑顔で倒れたエルディンを、アグネスは鼻息荒く見下ろした。リーディアがおろおろと「エルディンさん、大丈夫なんでしょうか!」と叫ぶ。

「せんせの事だからきっとすぐ復活すると思いますー。今日のお料理は聞いてるから、先に始めますか?」
「そーね。変態はほっといて、楽しく乾杯しましょ」

 そう言ったら、きょとん、と首をかしげたマリンが「あら、バウアーさんは変態さんなんですか?」と不思議そうに尋ねたが、それには応えない事にする――何と言うか、手作りのぶらじゃを贈る男が果たして変態ではないかと言われると、かなり厳しいじゃないか。
 故にアグネスはひょいと肩をすくめ、改めてリーディアに声をかけた。

「このマフラー、リーディアの? ありがとね、とっても良い感じ」
「あ、良かったのです! 最初は帽子にしようかなとも思ったのですが、人によってサイズが違うので‥‥」
「そーね」

 プレゼントを元通りにしまいながらリーディアがにこっと微笑む。彼女もまた、先ほどのマリンの言葉には沈黙を守ることにしたらしい。
 ありがとね、ともう一度お礼を言って、アグネスはマフラーを巻き直した。今までに巻いてきたどんなマフラーよりも、それは暖かい心地がした。





 クリスマスパーティーの乾杯は、教会の地下にあるワイン倉庫から持ってきたワイン樽を開けて始まった。

「かんぱーい!」
「メリークリスマス!」

 口々にそう言いながら、手にした酒杯を軽く掲げる。目の前には暖かく火を入れていかにも美味しそうな匂いを漂わせている、よーく煮込んだエルディンお手製のシチュー。当のエルディンはまだ、アグネスの回し蹴りから回復していないのだが。
 まあそんな事は美味しいお料理とお酒には関係ないと、アグネスは遠慮なくシチューを頬張った。そうしてクイッ、とワインをあけると、劫光がひょいと空になった酒杯に新たなワインを注ぐ。
 たまに一緒に飲んでいる仲だから、その辺りのタイミングもだいたいは解っている。注がれたワインは遠慮なく頂いて、お返しに空になった劫光の酒盃にワインを注ぎ、シチューや、パンや、チーズや、他のエルディンお手製の料理を肴にくいくいと杯を重ねていく。
 そんなペースで飲んでいたら、ワイン樽はあっさり半分近く空になった。なのにまだほろ酔い気分と言う事は、あと半分は必要な訳で。心置きなく食べて、飲んで、楽しんで居たけれど、そろそろ不味いかな、と思った頃、もぞ、と動く気配がした。
 ふいと視線を向けると、ちょうどエルディンがガバッと起き上がった。リーディアがそんなエルディンに、ぱちぱちぱち、と拍手して「お料理も上手なのですね!」と褒め称える。

「エルディンせんせ、聞いてたお料理は全部出しちゃいましたけど、合ってました?」

 横から淀みなくシチューのお代わりを劫光とマリンに渡しながら、霜夜がこくりと首をかしげる。エルディンはそれに少し沈黙を返した後、ワインはどこのを取ったかと尋ねた。
 どうやらこの日のために、エルディンは取って置きのワインを用意して待っていてくれたようだ。同じくそろそろ、と思っていたらしい劫光が、自分達ためにもう一樽取りに行く、と自ら申し出て、一緒に地下へと消えていく。
 それを見送ったあと、にこにことパウロのもふもふの毛を撫でているリーディアに、上機嫌でパチンとウィンクした。

「どんなワインが出てくるのかしらね?」
「きっと、すっごく美味しいワインなのです♪」

 くすくす笑いながらそう話している向こうで、霜夜とマリンもお料理に舌鼓を打ちながら、楽しそうにお喋りしている。そうしているうちにエルディンと劫光がワイン樽を抱えて戻ってきて、アグネスとリーディアは遠慮なく歓声を上げて2人を迎えた。
 霜夜が笑いながら立ち上がり、全員の酒盃に新しいワインを注いで回った。くい、とそれを飲み干したアグネスは、楽しい気分に任せて立ち上がり、小声で歌など歌いながら足を踏み鳴らして踊り始める。
 シャン、と動くたびに鳴る鈴の音はアンクレット・ベルのもの。にこっと笑った人妖の双樹が一緒になって踊り始めると、やれやれといった風で劫光も笛を取り出し、踊りに合わせて曲を奏で始め。
 何曲か踊った後、さすがに軽く上がった息を整えようと席に戻ると、不意にほろ苦い笑みがこぼれた。

(天儀だと‥‥こんな風に影もなく、集まってお祝いが出来るのね‥‥)

 それは彼女がクリスマスが神教会に由来する行事だと知っていた、もう半分の理由。皇帝崇拝全盛のジルベリアではアグネスのような自由を愛する吟遊詩人も弾圧され、お上の目をかいくぐって生きてきた――そんな、言うなれば形のない連帯感のようなもの。
 けれどもこの天儀では、神楽では違う。神教会を信仰しているからと迫害されることはないし、心の赴くままに曲を奏で、歌を紡ぎ、賑やかに踊った所で追い立てられることもないのだ。
 そんな、ささやかで、当たり前で、けれども決して故郷では手に入れられないだろう、目眩のするような幸せをアグネスは噛みしめる。

「‥‥たまには良いもんだな」
「うん、たまにはね」

 同じ光景を見て、しみじみと呟いた劫光に頷いた。毎日のささやかな積み重ねの先にある、こんな特別な、幸せな日があっても良い。
 そんな気持ちを調べに乗せるべく、アグネスはリュートを引き寄せた。教会の音楽は聴くばかりしか知らないけれど、それっぽくアレンジした曲を爪弾き始める。
 静かに、賑やかに。今日という日を気の置けない友人達と一緒に過ごせた事に、感謝を。
 そうしてアグネスは祈るように瞳を伏せたのだった。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /      PC名     / 性別 / 年齢 /  クラス 】
 ia0979  /      秋霜夜     / 女  / 14  / 泰拳士
 ia9510  /      劫光      / 男  / 21  / 陰陽師
 ia9818  /     リーディア    / 女  / 19  / 巫女
 ib0058  /   アグネス・ユーリ   / 女  / 20  / 吟遊詩人
 ib0066  /  エルディン・バウアー  / 男  / 28  / 魔術師

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

ご友人同士のクリスマスパーティー、心を込めて書かせて頂きました。
何やら増えておりますが気にせず流して頂けるととても助かります(目逸らし
吹いたら誰もが笑顔になれる笛、実際にあったらきっと、素敵な世界になるんだろうな、と思います。
でもきっとお嬢様は、笛などなくても皆様を幸せな笑顔に出来る方なのだろうな、とかとか。

お嬢様のイメージ通りの、楽しくてほんの少しほろ苦いクリスマスになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
SnowF!Xmasドリームノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2010年12月24日

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