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『Resolution Day 』
リヴァル・クロウ(gb2337)


 時刻は19時の10分前。
 手首の腕時計をちらりと見て、音子はほっと息を吐いた。
 乗る電車を間違えるという失態を犯したものの、待ち合わせには間に合いそうだ。
 念の為に早めに家を出たのが幸いだった。
 駅舎から外に出ると、小さな綿雪がちらついていた。
 見上げると、家を出る時には晴れていた空に、今は薄灰色の雲がかかっている。
「‥‥っと、呆けてる場合じゃなかった」
 小さく呟き、視線を地上に戻して、待ち合わせ場所に急ぐ。
 その足取りは一見すると普通だが、内心で彼女はかなり緊張していた。
 男の人と二人で食事をするのが、実に数年ぶりのことだからだ。
 クリスマス直前の時期ということも考慮すれば、意識するなという方が難しい。
 とは言え、『直前』というのがこの場合重要で、加えて、相手の男性には素敵極まりない恋人がいる。
 しかも音子自身、兄と思って慕っている相手でもあるし、向こうもこちらを妹のように考えているだろう。
 故に色っぽい要素は特にないはずなのだが‥‥
 やはり意識してしまうのは、人間、いや、音子の悲しい性だろうか。


 吐く息が白い霧となり、リヴァルの目の前の視界を霞ませる。
 時刻は待ち合わせの7分前。
 そろそろ来るだろうか、とぼんやりと考えながら、リヴァルは胸に手を当てた。
 コートの内ポケットにしまってある、封筒の存在を確かめるように。
 先日、音子に対して持ちかけた誘い。
「遅くなったが誕生日プレゼントを渡したい。指定の日時に夕食でもどうだろうか」
 音子は随分と恐縮し遠慮していたが、元々誘惑に弱い子である。
 予約したレストランの名前を教えると、あっさりと釣れた。
 つくづく、色々と心配になる性格だった。

 リヴァルはこれまで、音子には適度に距離を置き、程々に見守ってきた。
 挫ければそっと励まし、悩んでいればさりげなく支えた。
 だが今回、リヴァルは一歩踏み込むことを決意した。
 懐にある封筒。
 その中の一枚の券。
 プレゼントというには余りに軽く、そして重いもの。
 その覚悟を、彼女はどう受け取るだろうか。

「うわ、やっぱ先に来てましたかっ」
 横から、耳慣れた声。
 振り向くと、普段より少し落ち着いた服装の音子の姿。
 いつもの女性の可愛らしさを重視するコーディネートではなく、真っ白なワンピースに黒のショートコートという格好だ。
「ごめんなさい、お待たせしちゃいましたね」
 ぺこりと頭を下げて、音子は申し訳なさそうな表情だ。
「気にするな。まだ時間前だ」
 リヴァルの素っ気ない言葉に、嬉しそうな笑顔を向けてくる音子。
 ともすれば誤解されがちな彼の口調も、相応に付き合いの長い音子には問題なく真意が伝わっているようだ。
「ありがとうございます。それにしても、電車を間違えた時はどうしようかと思いましたよっ」
 笑顔の次は、眉根を寄せた困り顔。
 ころころと表情を変えて話し出す音子を促し、リヴァルは歩き出す。
「間に合ったから良かったですけど、遅刻したら申し訳ないですからねっ」
 音子の声には妙に力が入っていた。
 緊張を誤魔化そうとしているのだろうか、と予想しつつ、リヴァルは素っ気なく告げる。
「メールがあるだろう」
「‥‥あぁ!」
 言われて気づいた、とばかりに音子は目を丸くした。
 そして決まり悪そうに照れ笑いを浮かべる。
「お恥ずかしいです‥‥」
 俯く音子の頭を、リヴァルは優しく叩いた。
 百の言葉より、一つの行動の方が雄弁なこともある。
 音子は締まりのない笑顔を、リヴァルに向けるのだった。


 音子はそわそわと、落ち着かない様子で目を泳がせていた。
 巷で噂の三星レストラン。
 外装、内装、ウェイター、店内に流れる音楽。
 その他どれを取っても品が良く、高級感を漂わせながらも押し付けがましくない。
 名前に釣られて来てはみたものの、場違い感の凄まじさに音子は軽く困惑していた。
 それなりの正装をしてきたつもりだが、お洒落は好きでもお金をかける趣味はなかったので、いまひとつ自信がない。
 そんな音子を見兼ねてか、
「緊張することはない。他に誰が見ているわけでもないんだ。いつも通りにするといい」
 リヴァルが平素の声で気遣う。
 そう。
 ウェイターに案内された席は個室で、気にすべき他人の視線もないのだ。
 しかしそれはそれで、私なんかがここに居てもいいのだろうか、という考えが頭を占めるのだった。
 リヴァルの方は、いつも通りの様子でこちらを見ている。
 端正な顔立ちに、柔らかな黒髪。薄いレンズ越しの茶色の瞳は、森の奥の湖のような静謐さを湛えている。
 シックな仕立ての黒のスーツが、実によく似合っていた。
 ‥‥と。
 そんな風に彼を見ている内に、落ち着きを取り戻している自分に気づく。
(あぁ‥‥やっぱり、リーさんといると安心できるなぁ‥‥)
 声には出さず、胸中で呟いた。
 本人に直接伝えるには、幾分気恥ずかしかったのだ。
 気が和らぐと、口が緩くなる。
 本来の調子を取り戻した音子は、静かに聞き役に徹するリヴァルに、世間話の花を咲かせるのだった。


 料理に舌鼓を打つ音子を眺めながら、リヴァルはワイングラスを傾ける。
 飲むというよりは、唇を湿らす程度に。
 大事な話を前に、酔うわけにはいかない。
 始めの内こそ緊張で固かった音子だが、世間話をする程に落ち着きを取り戻してからは、普段通りの振る舞いだった。
 特に料理の味には感激したようで、頻りに「美味しい」を連呼して頬は緩みっぱなしだ。
 微笑ましく思いながら、リヴァル自身も食事を嗜む。
 香ばしく焼きあげられ、ホワイトソースが添えられた合鴨肉。
 ナイフが滑るように通る柔からさでありながら、口に含んだ時の歯ごたえはぷりぷりと小気味良い。
「うむ。美味いな」
「ですよねー! もうこんな美味しい料理食べたの初めてですよっ! リーさんほんとありがとうございますっ」
 音子はぐっと手を握り、あまつさえ頬まで紅潮させている。
(相変わらず子供みたいな奴だ)
 言えば膨れっ面をするであろう感想は、きちんと胸の内にしまう、大人なリヴァル。
 味、盛り付け、共に素晴らしい料理を、何気ない会話を挟みつつ、二人は堪能した。

 デザートまでしっかりと食べ終えて、これ以上ない満足した表情で、音子は紅茶を口に運んでいる。
 食事も一通り終えたし、頃合いだろう。
 そう判断し、リヴァルはいよいよ本題を切り出した。
「音子」
「ん。なんですか?」
 こちらの改まった態度を見て、音子も何かを察したらしく、居住まいを正した。
 一呼吸を挟み、彼は問い掛けた。
 音子を真っ直ぐに見つめ、真摯な声で。
「お前は、何の為に能力者になった?」


 問い掛けられ、音子は心臓が跳ねるのを感じた。
 咄嗟に言葉が出ず、返答に詰まる。
 その間に、リヴァルは静かに続けた。
「俺は、カンパネラに来てからの音子しか知らない。言い換えれば、カンパネラに来てからのことは、ある程度はわかっている。‥‥随分と変わったな」
「‥‥はい。みんなの、お陰で」
 音子は辛うじて、搾り出すように答えた。
「あぁ。仕事にも復帰したようだし、大分明るくもなった。だが──」
 表情に変化はなく、口調は淡々と。
 その奥にある優しさを、音子は知っている。
 だから、目を逸らさず、耳を塞がず、受け止める。
「まだ『逃げて』いるな?」
「‥‥はい‥‥」
 握りしめた手の爪が、掌に食い込む。
 なにから逃げているか。
 なにから目を逸らしているか。
 言われずとも、わかる。
「私は‥‥」
 掠れる声。
 紅茶を一口だけ飲んで喉を潤し、言い直す。
「私は、自分の力が、みんなの役に立つならと思って、能力者になりました。戦う内に、この力でみんなを守れるなら、守りたいとも」
 でも、その過程での過酷な命のやり取りに、彼女は耐えられなかった。
 様々なものから逃げて、カンパネラに流れ着いた。
 カンパネラで優しさに触れ、厳しさを教わり、命の輝きを思い出し、支えられることの強さを知った。
 けれど、まだ、怖い。
 立ち直りはしたが、立ち向かうことは、まだ、出来なかった。


 揺れる音子の瞳を、リヴァルはじっと見つめる。
 その胸中は、ある程度なら察しがつく。
 自身を厭う感情も。
 今の自分を彷彿とさせるが故に。
「力は──」
 ゆっくりと。
 音子に言い聞かせるように、告げる。
「力は、確かに凶器になりうる」
 能力者の力は、諸刃だ。
 使い方を誤れば、容易く傷つける。
 他者も、自分自身も。
「だが、思いが伴えば強さになる」
 信念を伴わない力は、暴力になり兼ねない。
「だからこそ、少しずつでいい。自分と向き合う事を、怠ってはならない」
 怖いからと逃げていては、力は凶器のままだ。
 いつまた、誰かを、何かを傷つけるとも知れない。
 それらの思いの丈を込めた彼の言葉は、果たして音子に届いただろうか。
 リヴァルが見つめる音子の瞳は────揺らぎをなくし、じっとこちらを見つめ返していた。
 音子が口を開く。
 出てきた言葉は、
「もう一度、きちんと、自分と向き合います」
 滅多に浮かべない、凛とした顔で、音子は言った。
 リヴァルは少しだけ肩の力を抜き、背もたれに僅かに体重を預けた。
 これで、心置きなく、渡せるというものだ。
 懐に手を挿し込み、封筒を手に取る。
 そしてぽつりと、
「‥‥俺は、死ぬ為に能力者になった」
 そう零した。
 音子は驚いたようだが、じっとこちらの言葉に耳を傾けている。
「例え自分が嫌いな人間でも、いつしか護る為に、生きる為に戦うようになる」
 信念を以て紡ぐ言葉。
 リヴァルは懐から封筒を取り出した。
 飾り気のない、何の変哲もない封筒だ。
 音子へと差し出し、恐る恐る受け取る彼女に、しっかりと託す。
「いつかその時、力が必要になる時が来るならば、その封筒を開けろ」
 音子は封筒とリヴァルの表情とを、交互に見ている。
「それ以外は開けてはならない。そして開ける時は、一人で開けなければならない」
「‥‥わかりました」
 真剣な面持ちで、音子は封筒をそっとバッグにしまった。
「ありがとうございます。大事に、大切にしますね」
 音子は噛み締めるように、一言一言、ゆっくりと口にした。
 かと思うと、
「ごめんなさい、ちょっと化粧直してきますね」
 やや慌ただしく席を立った。
 その声が少し濡れていたのと、ふと見えた横顔に涙が伝っていたことに、リヴァルは軽く驚く。
「‥‥ふむ」
 腕を組み、少々考える。
 ──まあ、ここは見て見ぬふりをするのが得策だろう。
 そう判断し、リヴァルは最後の一口のコーヒーを飲み干した。


 二人が外に出ると、夜半に差し掛かった時刻ということもあり、寒さはより増していた。
 道行く人達は、身を寄せ合ったり身体を縮めたりして、行き交っている。
「ありがとうございました。ご飯までご馳走になっちゃって‥‥」
 店の前で音子は、リヴァルに申し訳なさそうに頭を下げた。
 まさか化粧直しに言っている間に会計を済ませているとは思わず、リヴァルのスマートさに音子は改めて感服していた。
「俺から誘ったのだしな。なにより、音子の誕生祝いだ」
「なんか、お祝いされるのって慣れてなくて‥‥くすぐったいんですよね」
 当然のことをしたまで、という飾らない口調のリヴァルに、音子は照れくさそうな笑顔を向ける。
 駅への道すがら、クリスマス一色の街並みの中を、二人は並んで歩く。
 周囲はやはり、カップルと思しき男女の姿が目立っていた。
 勿論、同性同士や複数人のグループもいるが、やはり何処かカップルたちとは違った雰囲気だ。
 この二人の場合はどうだろうか。
 血の繋がりはないが、互いに兄妹のように思っている。
 音子はリヴァルを、優しく厳しく頼れる格好いい、理想を思い描いた兄のような存在として。
 リヴァルは音子を、色々と放っておけずにお節介を焼かずにはいられない、妹的な存在として。
「あの、お願いがあるんですけど‥‥」
 駅まであと数分というところで、音子は意を決した口調で切り出した。
 足は止めず、しかし少しだけ歩調を落として。
「なんだ?」
 自然と歩調を合わせたリヴァルは、気負いなく聞き返す。
「これから、兄さんって呼んじゃダメです?」
「ふむ。別に構わない。好きにするといい」
 淀みのないやり取りだった。
 とは言え、言葉の額面通りだったかどうかは定かではない。
 しかしそれを表に出すこと無く、
「へへ、ありがとうございますー! 兄さん!」
 普段より一層締まりの無い笑顔で、音子はリヴァルの腕に自身の腕を絡めた。
「む? うむ‥‥」
 リヴァルは瞳に僅かな困惑を浮かべたが、振りほどくことはせず、音子の為すがままに任せた。
 その時、止んでいた雪が、再びちらつき始めた。
 ひらりと舞い降りた綿毛のような雪が、音子の鼻に触れる。
「ん、冷たっ」
「また降り出したか‥‥本降りになる前に帰るべきだな」
「そうですねー。じゃあ駅まで行きましょー!」
 何故か妙に元気の良い音子。
 相変わらず表情に大きな変化はないリヴァル。
 うっすらと雪の積もった地面に二つの足跡を残し、二人は駅を目指して歩いて行った──





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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gb2337/リヴァル・クロウ/24/男/サイエンティスト
gz0303/野宮 音子/23/女/グラップラー


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちは、リヴァルさん。間宮です。
この度は発注して下さって、本当にありがとうございました!
大変お待たせしてしまって申し訳ありません‥‥
その代わりなどとは言えませんが、楽しんで頂ける内容になったのではないか、と思うのですが‥‥如何でしょうか?
かなりこちらで膨らませてもらった部分があるので、そこが気に入って頂けるかどうかは少々怖かったりもします。
もしも問題があれば、気兼ねも遠慮もなくリテイクをよろしくお願いします。
ご満足して頂けたなら幸いです。
それでは、またの機会があることをお祈りしつつ、この辺で失礼させて頂きます。
SnowF!Xmasドリームノベル -
間宮邦彦 クリエイターズルームへ
CATCH THE SKY 地球SOS
2010年12月27日

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